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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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トロイア戦争

 現在の病院は暇を持て余しているらしい。それと言うのも、前回のアトランティス軍の攻撃時に、殆どの負傷兵が翌日完治と言う状態となったからだ。


 病床を開ける為に、元々の患者は大半を退院させた。その後の入院患者はすぐに退院してしまった。ここ数年の間で、ここまで病院がガラガラになる事は珍しいそうである。


 そんな訳で今日は午後からマカーオーンさん、パナケイアさんの家にお邪魔している。今日はお二人の経歴でも聞かせて貰おうと、話を聞いてみたのだが……。


「――えっ? トロイア戦争? あの木馬で有名な?」


「はい、そのトロイア戦争です。私も父と共に軍医として参列しておりました」


 出されたお茶を飲む手も止まり、私は呆然とマカーオーンさんを見つめる。まさか彼が、あの戦争に参加しているとは思っていなかった。


 私も詳しく知る訳では無いが、直近で最も大きな戦争だったらしい。アキレウスとヘクトールと言う、有名な武将の戦いは広く語り継がれているそうだ。


 そして、私はその話をセメレから聞かされた。それと共に、オデュッセウスが木馬を使い、トロイアの城塞を陥落したと言う話についてもだ。


「確かトロイア戦争は十年前に終結したんですよね? それに十年続いた戦争とも聞いていますが……」


 今のマカーオーンさんは三十代前半。パナケイアさんは二十代の前半である。十年前だとすると、かなり若い時になりそうなのだが……?


「ええ、その通りです。私が参戦したのは十五の時ですね。そこから弟のポダレイリオスと共に、十年近くを父と共に過ごしました」


「私や姉妹は残念ながら、トロイア戦争に参加しておりません。まだ幼かった事もあり、お父様が認めて下さらなかったのです」


 二人の説明に納得する。流石に十歳の娘を戦地に連れては行かなかったらしい。アスクレーピオスにも常識が有るとわかり、私は内心でホッとする。


 それと共に私は少しばかり気になる事があった。声を潜めてマカーオーンさんへと問い掛けてみる。


「戦争へ参加した際に、アスクレーピオスは白い蛇を連れていませんでしたか?」


「白い蛇ですか? いえ、連れていませんでしたよ。どうしてそんな質問を?」


 マカーオーンさんは目を丸くして驚いている。どうやら彼は、アスクの存在を知らないらしい。つまり、その時はまだアスクが生れていなかった可能性が高い。


 そして、アスクレーピオスは子供達にその存在を知らせなかった。その意図は何だろうと考えていると、パナケイアさんがクスクスと笑い出した。


「恐らく、お父様の逸話がねじ曲がって、遠方に伝わったのではないでしょうか? お父様が蘇生法を見つけるに際に、蛇がヒントを与えたと言う話がありますので」


「ああ、あの話か。父が誤って蛇を殺した際に、仲間の蛇が薬草で復活させたと言う奴だな。それで父が薬学を学び始めたとか。まあ、流石にあれは眉唾だろうがな」


 笑い合う兄妹の姿から、どうもその逸話は正しくは無さそうだ。と言うよりも、アスクレーピオスは賢者ケイローンから薬学も学んでいる。蛇の行動で薬学を学び始めはしていないだろう。


 その話はまあ良いかと思い、私は別の話題を振ってみる事にした。


「そういえばトロイア戦争は、何が切っ掛けで始まったんでしたっけ? トロイア国の行動に、スパルタ国が怒ったとは聞いているのですが?」


 セメレから話を聞いた際に、その経緯を詳しく聞いていなかった。何となく彼女から、そこには触れて欲しくなさそうに感じのもある。


 この際だから確かめてみるかと思ったのだが、二人は真剣な表情に変わり、声を潜めて話し始めた。


「表向きの話としては、スパルタ王の妃ヘレネーを、トロイア国の王子パリスが奪ったとなっています……。それに激怒したスパルタ王と同盟軍が、トロイアを攻め落としたのがあの戦争だと……」


「しかし、その裏には神々の思惑がありました……。女神アフロディーテがヘレネー王女に呪いを掛け、パリス王子に惚れさせたのです……。そして、神々は両陣営に分かれて支援し、戦争をより激化させました……」


「――はっ……?」


 軽い気持ちで尋ねてみたら、何やら神々の陰謀が語られ始めた。想定外の事態に私は固まるが、目の前の兄妹は構わずに話を続ける。


「そして、そう仕向けたのはゼウス様です……。ゼウス様は人間が増え過ぎたと感じたそうです……。増えた人間を減らす為に、大神は大きな戦争を起こさせたかったのです……」


「私達は父から聞かされました……。そして、父はアポロン様より聞かされたそうです……。この話は決して口外しないで下さい……。神々に知られれば、どんな罰を受けるかわかりません……」


 二人の話に私は血の気が引くのを感じた。それは軽々しく知って良い話では無いはずだ……。


「どうして……。そんな危険な話を……?」


 そう、これは話した二人にとっても危険な内容だ。今はエリクトニオスさんの結界も無い。盗み疑義をされていたら、取り返しの付かない事態になりかねない。


 しかし、二人はニコリと微笑むと、嬉しそうにこう答えた。


「ケンジ先生は知るべき人です……。そして、知った情報を正しく活用してくれるはずです……」


「私達なりの恩義もありますが……。何かが変わるのではと言う、期待も多少含んでいます……」


「――っ……」


 私の持つ知識が、医学を進歩させると期待されている。その延長として、私が何かを変えると考えたのかもしれない。


 けれど、それを知る事が本当に正しかったのだろうか? この場で聞いてしまって、本当に良かったのだろうか?


 私はその判断が出来ず、そっと目を閉じる。彼等に悪意はなく、ただ期待しただけ。けれど、その期待にどう応えたものかと私は迷う。


 そして、そっと瞳を開けて隣に視線を向ける。静かに話を聞いていたイノに変化は無い。衝撃的な内容にも関わらず、彼女には一切の感情の揺らぎが見られなかった。



 ――イノに聞かせて、本当に良かったのだろうか……?



 その不安がどうしても拭いきれない。けれど聞かせてしまった以上、もうどうしようもない。


 私は内心でこっそり溜息を吐き、そっとイノの頭を優しく撫でた。

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