神殿病院(アスクレピエイオン)
午前の授業が終わり、私はマカーオーンさん、パナケイアさんと共に昼食を取る事になった。この辺りは二人から熱望されているので、今後も続く事になりそうだね。
そして、共同調理場の併設テーブルで私達は食卓を囲む。私とイノが並んで座り、向かいには兄妹の二人が座っている。
更には調理及び配膳を行ってくれた看護師さん達も、何故だか私達の周囲に控えている。彼女達は席の数が少なく、共に食事を取る事が出来ないのだ。
かと言って、他で食べる事を勧めると拒絶される。お気になさらずと言われてしまい、私は渋々食事を開始する事となった。
ただ、今日の食事中の話題は予想に反し、質疑応答の続きでは無いらしい。マカーオーンさんは真剣な表情で、私に対してこう問いかけて来た。
「ケンジ先生は神殿病院――アスクレピエイオンをご存じでしょうか?」
「アスクレピエイオンですか? いえ、聞いた事が無いですね……」
名前からするとアスクレーピオスに関する病院だろうか? 神殿と付いているので、どういう場所かはイマイチ理解出来ないが……。
私が首を傾げていると、マカーオーンさんは一から説明を始めてくれた。
「アスクレピエイオンは、都市国家エピダウロスに建設された施設です。父上の生誕の地であるエピダウロスを聖地と定め、神殿が建てられた事がその始まりとなります」
「アスクレーピオス生誕の聖地……」
その説明に納得する。アスクレーピオスは死後に蛇使い座となり、神の一員に迎えられているのだ。
つまり、人々にとって彼は信仰の対象なのである。そして、生誕の地であれば聖地にもなり、神殿が建てられる事もあるだろう。
「その神殿には父の子供達だけでなく、医師を目指す者が多く集まりました。そして、神殿を中心に病院が建てられました。更には治療を望む者達の為に、宿泊施設等も増築されている場所となります」
「へぇ、多くの人が集まっているのですね……」
医学はまだまだ未発達だが、アスクレーピオスが医神となった影響だろう。その加護にあやかり、怪我や病気を治したい人達が集まっているのだと思われる。
そして、医者と患者が集まれば、医学の発達も期待出来る。きっと今後は、アスクレーピオスの子供達を中心に、医学が世の中に普及して行くのだろうね。
……等と他人事の様に考えていたら、マカーオーンさんが身を乗り出した。
「そこに是非、ケンジ先生を招待したいのです! 弟のポダレイリオスや、妹のヒュギエイア達にも紹介させて欲しいのです! きっとケンジ先生の教えに感動する事でしょう!」
「えっ? 私を招待って……?」
唐突な勧誘に私は動揺する。まだアテナイでの契約も、数日しか経っていないのだ。急に他の都市国家に移動なんて出来るはずもない。
しかし、妹のパナケイアさんはニコリと微笑み、兄と同様に私への勧誘を始める。
「私も一時期はアスクレピエイオンで医学の研究を行っていました。今は戦地であるアテナイの治療を優先していますが、いずれはアスクレピエイオンへと戻るつもりです。今すぐが難しくとも、将来的にはご一考頂けないでしょうか?」
「将来的には、ですか……」
私は直近の話では無いとわかり安堵する。流石に女神アテナ様との契約が優先だし、家に戻らずそのまま移動も出来ない。
けれど、将来的になら考える余地はある。アスクレーピオスの意思を継ぎ、医学を広めるのは私の使命だ。それを果たす事にも繋がるだろうしね。
「今すぐでなければ、ですが……」
「「――ほ、本当ですか……?!」」
私の言葉に目を輝かせる兄妹。更には周囲の看護師さんも、嬉しそうにざわついていた。
反応の大きさに私が唖然としていると、目の前の兄妹は嬉しそうに声を掛け合う。
「難解で理解出来なかった父の教えが、これで大いに解き明かされる! 長年もどかしく感じていた悩みが、きっと全員解消されるだろうな!」
「ええ、ええ! その通りですね、兄さん! これで医学は更に進歩するでしょう! きっと、医学の進歩が本来より百年は進むはずですわ!」
二人の話にギョッとなる。何故だか私がアスクレピエイオンに向かうと、医学が大きく発展すると思われているみたいだった。
「ちょ、ちょっと待って下さい! いくら何でも買いかぶり過ぎです! 私が知っているのは初歩の初歩! アスクレーピオスの様に深い理解がある訳では無いのですよ……?!」
しかし、私の反論に二人はポカンと口を開く。そして、信じられないと言う表情で、勢い良く反論が返って来た。
「その初歩が理解出来ず、我々は研究に行き詰っていたのです! 父の教えの難解な基礎部分を、ケンジ殿は完全に理解しているのですよ! その意味をしっかりとご理解下さい!」
「その通りですよ、ケンジ様! ケンジ様の知識は父に次ぐ物です! この世界にケンジ様以上の医師は存在しません! 何より誰にでも理解出来る教えは、天賦の才と言えます!」
二人の余りの勢いに、私は思わず口を紡ぐ。基礎の理解は学校の授業によるものだし、教え方についてはイノに教え続けた結果でしかない。
私には天賦の才なんて無い。そう内心では思うのだが、周囲の看護師さん達まで口々に褒め始めた。
「私はケンジ様の授業で、初めて学ぶ楽しさを知りました」
「ケンジ様の授業のお陰で、応急手当も適切に行えてます」
「衛生管理の大切さすら、私達は理解していませんでした」
真剣な表情で訴えかけられ、私は再び口を閉ざす。多勢に無勢で、どう考えても私に勝ち目なんて無かった。
只、それでも私は内心で申し訳なく思う。私の知識は才能等では無い。異なる世界で生まれ育ち、この世界との違いから来る物でしかないのだ。
とはいえ、それを理解して貰う事は難しいのだろう。私が内心で溜息を吐くと、隣のイノが満面の笑みを私に向けた。
「だから言ったでしょう? お父様は、人に教える天才なのだと」
「だからそれは……。いや、もう私が諦めるべきなんだろうね……」
私が止めても、イノはその言葉を止めなかった。賢いイノがそうする以上、そこには意味がある。どうしても彼女は、それを私に理解させたかったのだろう。
私が内心でどう思うか何て関係ない。周りはそういう目で、私の事を見ると言う事である。
流石の私も観念して、そういうモノだと受け入れる事にした。私の持つアチラの知識は、多くの人達に求められるモノなのだろう、と。




