二人の兵士
テセウス王への対応に悩み、昨晩は余り深く眠れなかった。私が一人でアレコレ考えても、どこか穴が有る気がするのだ。やはり、持ち帰ってアスクと相談するしかないな……。
そんな感じで眠りが浅かった事もあり、今日の私は日が昇ると共に目覚めた。私はイノを起こさない様に、そっとベッドを降りて寝室から出る。
すると、私は玄関付近で、見慣れない光景を目にする事になる。
「――居眠りをするとはどういう了見だ! ケンジ殿の護衛は大切な任務だと、あれ程言い聞かせておいただろうが!」
「い、いやぁ……。申し訳ないっす……。つい、気が緩んでしまったんすよ……」
どうやら今日は、アストレウスさんが早くに来ていたらしい。護衛任務の交代には早い時間なので、ペウロスさんの様子見も兼ねてだろう。
そして、案の定と言うべきか、ペウロスさんは居眠りをしていたらしい。夜の護衛も込みで二人は一日置きの交代となっている。アストレウスの叱る理由は理解出来た。
「おはよう御座います。今日は早いですね、アストレウスさん」
「あっ、ケンジ殿! もしかして、起こしてしまいましたか?」
小声とは言えペウロスさんを叱っていたのだ。その声で起こしたのかと、アストレウスさんが申し訳なさそうな表情を浮かべる。しかし、私は苦笑を浮かべて首を振る。
「少し考えごとをしていたもので、眠りが浅くなっていました。朝日で目覚めたので、アストレウスさんのせいではありませんよ」
「そうであれば良かったです……」
アストレウスさんはホッとした表情を浮かべる。彼は本当に真面目で、非常に好感が持てる人物である。
対してペウロスさんは、今がチャンスと言わんばかりの表情を浮かべる。そして、いそいそと荷物を纏めて、家から飛び出して行った。
「ケンジ殿が起きたので、もう交代で良いっすよね? それでは、俺っちはこれで!」
「あっ、待て! まだ話は終わって……!」
しかし、アストレウスさんの制止も虚しく、ペウロスさんの姿は消えてしまう。そんな彼の態度に溜息を吐き、アストレウスさんは私へと頭を下げた。
「申し訳ありません。うちのペウロスがご迷惑をお掛けして……」
「ははは、構いませんよ。ただ、お二人はどういった関係で?」
馬車での旅でも見ていたが、二人の仲はかなり良い。隊長であるアストレウスさんが、部下のペウロスさんの面倒を見ているだけとは思えなかった。
まるで手の掛かる子供と、それを甲斐甲斐しく世話する親の様だった。そんな疑問をぶつけてみると、彼は苦笑交じりにこう答えてくれた。
「新兵の時から私が鍛えた、というのあるのですが……。ペウロスの父が、私の恩師なのですよ」
「ペウロスさんの父親ですか?」
「ええ、彼の父親もこの国の兵士で、新人だった私を育ててくれたのです。ただ、ペウロスが成人する前に、クサリヘビの毒で命を落としましたが……」
苦々しそうな表情で俯くアストレウスさん。どこかやりきれない表情で、彼は小さく息を吐いた。
「元々、ペウロスの母親は早くに病気で亡くなり、彼は片親で育ちました。そして、父を亡くし、身寄りの無くなった彼を、私は放っておく事が出来なかったのです。私の家で家族として面倒を見て、成人後は部下として面倒を見続けています」
「そんな事情が……」
それならば、その過保護っぷりが納得出来る。ペウロスさんが子供の時から、彼が親代わりに面倒を見続けて来たのだろう。
「……ただ、怠惰な態度が目に付くので、ずっと彼は私とワンセット扱いでして。私がエリクトニオス様付けになった際も、一緒に付けられる事になったのです」
「ははぁ、なるほど」
それは何となく理解出来る。アストレウスさんの目が無いと、ペウロスさんはすぐさぼろうとする。そんな彼を他の同僚は面倒を見切れなかったのだろうね。
ただ、私が若干呆れ交じりの表情を浮かべたからだろう。アストレウスさんは慌てた口調でこうフォローを入れた。
「ただ、勘違いをしないで下さい! 決してエリクトニオス様は、ケンジ様を軽んじている訳ではありません! エリクトニオス様も初めは渋ったのです! ペウロスをケンジ様の護衛に付けて良いものかと!」
「えっ……?」
その必死な表情に私は目を丸くする。彼はどうしてそんなに慌てているのだろうか?
「エリクトニオス様は最も信頼の置ける者として、私をケンジ様に付ける事を決めました! そして、もう一人はペウロス以外をと! けれど、私が面倒を見ると直訴し、それを認めて頂いたのです!」
何となくその状況が想像出来る。アストレウスさんの立場からすると、そうせざるを得なかったのだろう。
エリクトニオスさんとて要人である。さぼり癖のあるペウロスさんを、自分の目も無いのに残してはおけなかったのだ。
どうやらアストレウスさんは、相当な苦労人みたいだな。そんな真面目でお人好しな彼に、私は苦笑を浮かべてポンと肩を叩く。
「そんなに気を張らなくて大丈夫ですよ? その程度で私は気分を害したりしませんので。むしろ、アストレウスさんに倒れられる方が、私としては困りますからね?」
「お、お気遣いありがとうございます! 一ヶ月と言う期間ではありますが、しっかりと務めを果たさせて頂きます!」
アストレウスさんは気を緩める所か、むしろ気を引き締め直して返事をする。そして、両手を上げて私へと敬礼を示す。
ちなみに、私からすると両手を上げる仕草は、降参のポーズにしか見えない。しかし、これがこの地での敬礼らしい。目上の人への敬礼の他、神々への祈りでも同様のポーズを取る。
まあ、私か見るとシュールな姿だけど、彼は至って真面目に行っている。私はそういう文化と受け入れつつ、微笑みながら小さく頷いた。
「期待しています。もうしばらく、宜しくお願いしますね?」
「はい、お任せください!」
良い笑顔で明るく返すアストレウスさん。私の彼に対する好感度はうなぎ上りである。
けれど、少しばかり彼の声が大き過ぎたらしい。迷惑そうに唸りながら、イノが寝室から姿を現した。
そんなイノの姿にアストレウスさんは再び慌てる。そして、イノへと頭を下げる彼に、私は苦笑せずにはいられなかった。




