密談(イノ視点)
私は聴力を強化し、お父様とテセウス王の話を盗み聞きしています。けれど、話の内容は問題の無いものでした。テセウス王がお父様を取り込もうとするのは想定の範囲内だからです。
お父様としても、それを断る意思は無さそうです。恐らくは家族に危険が少ない形で、話を受けられるでしょう。私は先が読めた事に安堵し、向かいに座るエリクトニオスさんへと視線を向けます。
恐らく、彼は私が盗み聞きをしている事に気付いている。その上で、私が納得するまで待っていてくれています。彼からすると、そうする必要がある状況なのでしょうね。
私は彼の真剣な眼差しに若干の警戒心を抱く。けれど、それを隠しながら彼へと問い掛けました。
「私をお父様と離したのは、エリクトニオスさんの判断ですね? 私と個別に話す必要があったのですか?」
私の問い掛けに彼は頷く。そこに驚きはありません。彼からすれば、私がその程度は考えられると理解しているのでしょう。
そして、彼は姿勢を正してから、真剣な表情で頷いた。
「……私は見誤っておりました。お二人は思慮深くお見受けしたので、短絡的な行動を起こさないだろうと楽観視していたのです」
「…………」
それだけを聞けば、私達を貶している言葉にも受け取れる。まるで私達が、短絡的に行動する人間であるかの様に。
しかし、彼が伝えたいのは、そんな言葉では無いとわかる。彼は小さく息を吐くと、微かに顔を歪めて呟いた。
「いえ、私が愚かなのです。お二人はアスクレーピオス様の後継者。目の前に救える命があれば、救わずにはいられない方達でしょう。それを私は想定しておくべきでした。お二人がここに居る意味を考えれば、わかって当然の事なのですから……」
お父様と私は女神アテナに請われて、この地へ医学を伝えに来た。それと共に、私と女神アテナが顔を合わせるのが目的であった。
しかし、お父様はそれを断る事が出来た。そもそもの話として、医学書をアテナイに送る必要も無かった。
それを行ったのはお父様の気質によるものです。自分の力が人の為になるなら、例えリスクがあろうと手を差し伸べる性格なのです。
私であれば当然理解している事です。あの屋敷に住むお母様やアスク様でも理解出来ている事でしょう。
しかし、私はゆっくりと首を振る。それを外の人間であるエリクトニオスが、完全に把握するのは無理であるとわかるからです。
「馬車での道中に、お父様を見定めたと思ったのですね? けれど、それは無理だと思います。お父様の発想は普通では無く、神であってもその行動を読み切る事は出来ないでしょう」
出来る可能性が有るとすれば、それは太陽神アポロン様くらいです。あの御方は未来を見通す目を持ち、お父様を選定された方ですからね。
しかし、それ以外の神々では難しいでしょう。お父様はこの世界とは、まったく異なる倫理観で生きている御方なのですから。
「……それで、本題はなんでしょう?」
そこをどうこう言っても仕方が無いと、私は話を打ち切ります。すると、それを理解したエリクトニオスさんは、気を取り直して話し始めました。
「アテナイに毒が通用しなくなった事は、程なくアトランティス軍にも知れ渡るでしょう。そして、その成果を齎したのが、ケンジ殿である事にも辿り着くはずです」
「そう、でしょうね……」
それは私も懸念していました。今すぐアトランティス軍に知られるとは思えない。けれど、それが時間の問題であるとは考えていたのです。
楽観視するなら契約期間の一ヶ月で敵が行動を起こすはずがない。敵国が違和感を感じるには、それ相応の戦闘を繰り返した後になるだろうからだ。
しかし、エリクトニオスは危機感を滲ませた、低い声でこう告げた。
「彼等が状況を把握し、行動を起こすとすれば早くて十日程。そこをリミットとして、いつでも国を離れられる準備をすべきだと私は考えています」
「なるほど……」
彼は楽観視をしていない。かなりシビアに事態を考えていた。むしろ、その速度感は、情報はすぐに敵国へ伝わる……。
――彼は内通者が居ると考えているのだ……。
テセウス王の態度からして、あの王様は楽観視している側だろう。そして、その動きに同調していないと言う事は、彼はテセウス王の配下では無い……?
「……エリクトニオスさんは、どういう立場なのですか?」
「私ですか? ――ああ、なるほど。私はテセウス王の部下ではありませんよ。私は女神に仕える者であり、テセウス王からすれば、女神の使いと言った所でしょうか?」
私はその言葉で納得する。エリクトニオスさんはテセウス王に配慮をしない。あくまでも、女神アテナの都合を優先する存在なのである。
今回は国益に繋がるので、テセウス王はお父様との繋がりを求めている。けれど、女神アテナからすれば、それはそこまで優先順位が高い訳では無いのだろう。
そして、テセウス王とは別に動く彼の、真の目的はと言うと……?
「……リミットの十日間で、私に何をさせたいのですか?」
「流石は話が早いですね。私はイノ様の為に、武器を作りたいと考えています」
私に武器を作りたい? 咄嗟にその意味が理解出来ず、私は少しばかり黙考する。
恐らく、この場合は彼が魔法の武器を作ると言う意味だ。通常の剣や杖を与えられても、私にとっては大した意味を持たない。
戦う時には魔法が主体。それも、私の場合は雷の魔法を得意としている。武器で敵を攻撃する可能性は、限りなくゼロに近いだろう。
――いや、それでは足りない状況か……。
今の私の魔法では届かない相手。神々を相手取るなら、その不足分を補う必要がある。そして、それは通常の武器と言うよりも……。
「はい、お考えの通り。ゼウス様の雷に対抗しうる武器です」
私は部屋の中に視線を這わせる。四隅に短杖が立てられており、結界が張られている事に安堵する。この会話は、神々であろうと盗み聞き出来ないのだろう。
けれど、私は彼の言葉に懐疑的だった。いくら魔法を学ぼうと、神々の力に届くとは思えない。それは、女神アテナを目にしたからこそわかる。
では、どうすれば良いかと言えば、その答えに私は届いていない。不足分を埋める手立てが、まったく思いつかなかったのだ。
それを、彼は武器によって埋めると言う。本当にそんな事が可能なのだろうか?
「勿論、ゼウス様に勝てる訳ではありません。しかし、まずはゼウス様の雷を何とかする必要があります。そうしなければ、どんな神々だろうとも、最高神には手も足も出ないのです」
彼の言い分は理解出来る。最高神ゼウスの雷をどうにか出来れば、他の神々の協力で打開策が見つかるかもしれない。
場合によっては私が雷を無力化し。他の神々がゼウスを打倒する手だってある。ただ、問題なのは本当にそんな武器が作れるか、なのだが……。
「その為には雷に適性があり、神に由来する素材が必要となります。それさえあれば、雷に関してのみ最高の性能を持つ武器を作れるのです」
「……その素材と言うのは?」
何となくだが予想は出来る。ただ、問題はどの程度かと言う事である。
すると、私が警戒心を見せる中、彼は淡々とした口調でこう告げた。
「神の雷を抑えられる神器。その作成の為に――イノ殿の片腕を頂戴致します」
彼の突き付ける要求に、私は思わず固唾を飲む。私は右腕を固く握りながら、彼の言葉に耳を傾け続けるのだった。




