テセウス王の依頼
クサリヘビに対する血清ポーションを作った私は、街の中でちょっとした噂になった。そして、その噂を聞きつけたテセウス王に、私は呼び出される事になってしまった。
迎えであるエリクトニオスさんに続き、私とイノは王宮内を歩く。しかし、王の待つ部屋の間で、エリクトニオスさんはこう告げた。
「テセウス王と話す必要があるのはケンジ殿のみです。イノ殿は別室で、私としばらく待つとしましょう」
私はその提案におやっと思う。イノは半分当事者と言う事もあり、これまではどんな場でも私と一緒だった。聞かれた不味い話なんて無かった。
そして、こういってはアレだが、イノは私の護衛も兼ねている。イノは既にエリクトニオス以上の実力を持つ魔女だ。相手が魔女やモンスターでなければ、人間相手に後れを取る事は無い。
それもあって、イノは私に問い掛ける視線を向けた。本当に離れて良いかは、私に判断を委ねると言う事んだろう。
「……うん、大丈夫だと思う。それに、イノなら大丈夫だよね?」
知らない人が聞けば『一人で待っていられるよね?』と、問い掛けている様に聞こえる。しかし、当然ながら私の質問はそんな意図では無い。
「はい、お父様。それ程、離れた部屋でさえなければ」
イノは当然ながら、私の意図を理解する。そして、コクリと静かに頷いた。
つまり、周囲に危険は感知出来ず、何かあればすぐに駆け付けられると言う事だろう。私はホッとしつつ、エリクトニオスさんへと視線を向ける。
「それでは、イノの事をお願いします」
「承知しました。イノ殿、こちらへ……」
別室に案内されるイノを見届け、私はテセウス王の待つ部屋と向かう。そして、すぐに来るとわかっていたのか、既にテセウス王は待ち構えていた。
当たり障りのない挨拶の後、私は席を勧められる。私がテーブル越しに向かい合うと、テセウス王は機嫌良さそうに話し始めた。
「話は聞いておる。解毒薬を作ったそうだな。既に街中はその噂で持ち切りであるぞ?」
「もう噂が広がっているんですね。――それだけ、影響が大きいと言う事でしょうか?」
私の問い掛けに、テセウス王は大きく頷く。そして、その白髭を撫でながら、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「アトランティス軍の攻撃は散発的で、大規模な物では無い。それはあちらの消耗を抑える意味もあるのだろう。だが、それ故に我が国は一方的に消耗されられておった。特に毒によって多くの兵が命を落とし、また後遺症により兵士として使えなくなっておったのだ」
その話はマカーオーンさんからも聞いている。そして、その毒をどうにも出来ない事で、あの兄妹はずっと無力さに苛まされていた。
それが解消したなら、私としても後悔はない。けれど、その後の影響については、しっかりと確認する必要があるだろう。
「ケンジ殿は来て早々にその実力を示された。最早、この国で実力を疑う者はおるまい。――故に、改めて問おう。私に仕える気は無いか?」
「えっ……?」
唐突な提案に私は驚く。そして、ポカンと口を開く私に、テセウス王は前のめりに言葉を続ける。
「正直、ケンジ殿の医学がどれ程の物か、わたしは理解していなかった。マカーオーン達も頑張ってはおるが、今の病院は無いよりマシ程度の物である。しかし、医学がこうもハッキリ成果を出せるならば話は別だ。そこに金を使う事に、アテナイの民も反発は無いだろう」
何となくだけど、話が読めて来た。病院の環境が劣悪だったのは、アテナイが金を掛けていなかったからだ。だから、私とイノは着任早々に、まずは清掃から始める羽目になったのだ。
けれど、これまで国民が苦しんでいた毒が解消する。多くの男達が戦争で命を落としたり、手足を失ったりする必要が無くなる。その為であれば、税金をそこに投じる事が出来ると言う寸法だ。
「魔法使いである事を隠したいなら、私の専属医師としても良い。この都市に住む事が難しいなら、来れる際に通う形でも構わない。いずれにしても、私としては契約の期間だけで、関係が切れるのだけは避けたいと考えておるのだ」
私は妻のセメレが、あの時に言った言葉を思い出す。医学書を流せば、テセウス王が私を求める可能性があると。
あの時は、私の存在を隠す事を条件に、行商人ブラド―へと医学書を託した。まあ、それは女神アテナの存在もあり、隠し通す事が出来なかった訳だが……。
ただ、あの時のセメレの予言が現実となった。私はあの時に気楽に考え、いざと言う時を考えて無かった事を後悔する。もう少し深く考えていれば、こういう時の返しも考えておけたはずだからね。
「そなたの娘であるイノ殿を取り込むつもりはない。それは女神アテナ様より禁じられておるしな。それに、ポーションもこれまで通り購入しよう。その上で、そなたの望む環境や報酬も用意するつもりだ。どうだろう? 我等の縁をこの先も、繋いで行けないものだろうか?」
「…………」
ブラドーとの繋がりを知る以上、私達がポーションを売っているのも知っているよな。それに、イノの事情もテセウス王は知らされているはずだ。
それを承知で、アテナイ国の王様がここまでの譲歩を見せている。本気で私との縁を切りたくないと考えているのだろう。私としても、アテナイ国と絶縁になるのは避けたい所だけれど……。
「……前向きに検討させて頂きます。ただし、条件面はもう少し考えさせて頂けませんか?」
「おお、前向きに考えてくれるか! 勿論、条件面は納得するまで考えて貰って構わない!」
私の色良い返事に、テセウス王は歓喜を滲ませる。しかし、私は内心で溜息を吐く。
今の私ではこの辺りが限界だろう。アスクと相談出来れば、もっと確実な返事も出来るのだが……。
いや、条件は持ち帰り検討に出来ないかな? もう少し状況を見つつ、そう交渉してみるのもありか?
そんな風に考えていたら、テセウス王が席を立つ。そして、私の隣に座り直すと、陽気に肩を組んで来た。
「よし、それではこの国の良い所をアピールさせて欲しい! 少しでも好印象を持って貰い、交渉を有利に進めたいからな!」
「は、はあ……。そうですか……?」
それって交渉時に口にして良いのかな? 勿論、私も変に腹の探り合いをしたい訳では無いんだけど……。
明るくパワフルな老人であるテセウス王。彼はまるで友人に語るかの様に、私へとアテナイ国のアピールを始める。私はその勢いに、ただ押され続けるのであった。




