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ジジイ、異世界で魔女の師になる  作者: 秀文
第2部:アテナイ戦争
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名声

 祝勝会の翌日。私は今日の授業を行うべく、朝食後にイノと病院へ向かった。しかし、そこで想定外の事態となる。


「ああ、先生! 貴方がケンジ先生ですね! 本当にありがとう御座います!」


「お陰で腕を失わずに済みました! 先生のお陰です! 本当にありがとう!」


 入院患者の半分が、昨日の戦争で運び込まれた人達だ。そして、その大半が私に対して詰めかけて来た。


 その殆どが有り余るほどの元気さで、昨日の怪我が嘘みたいだ。まあ、昨日の話では半数が今日中に退院予定らしいけどね……。


「――ちょ、ちょっと待って下さい! 薬を作ったのはパナケイアさんですよ? 私は大した事はしていませんからね……?!」


 マカーオーンさんとパナケイアさんには、そう口裏を合わせる様にお願いしたはず。そして、二人もそれを昨晩、確かに了承したはずなのだ。


 どういう事かと思い、私は二人の姿を探す。すると、二人は患者を落ち着かせながら、奥からこちらに歩み寄って来た。


「いやあ、俺達はそう説明したんですけどね。ただ、ケンジ先生が来てすぐに、毒の治療法を確立した訳じゃないですか?」


「私もヒントを貰っただけだと説明したのですがね……。それでも、お礼を言わずにいられないと、こんな状況でして……」


 苦笑を浮かべる二人の姿に、私も何となく察する事が出来た。彼等は口裏を合わせてくれたけど、状況証拠的に信じて貰えなかったのだろうと。


 とは言え、ある程度は誤魔化す必要があるのも事実だ。一部を認めつつも、この炎上を鎮静化させねばなるまい。


「えっと、私がした事はパナケイアさんと、毒について会話しただけですよ? その会話から解毒法に気付き、解毒薬を作り上げたのはパナケイアさんですからね?」


 私は若干――レベルでは無い嘘を混ぜつつ、患者の皆さんへ説明を行う。けれど、彼等は陽気に笑いながらこう口々にする。


「馬鹿言っちゃいけねぇ! ちょっと会話しただけで、薬が出来る訳ねぇだろ!」


「先生の知識あっての事だろ? 先生の授業を聞いた患者等もそう言ってるぜ!」


「随分と謙虚だな。けれどもっと誇ってくれ。先生はこの国の救世主なんだぜ?」


 初日の授業が好評だった事もあり、それに紐づいて推測されてしまっている。そして、それがあながち間違っていないので否定もしずらい……。


 どうしたものかと私は悩む。すると、そんな私を見かねてか、マカーオーンさんとパナケイアさんがこうフォローを入れた。


「長年、アテナイでは毒の被害で苦しんで来ました。多くの兵士が毒の後遺症に怯えて来たのです。その不安が払しょくされた、彼等の喜びも理解して頂けませんか?」


「ケンジ様からすれば会話しただけかもしれません。けれど、私達に気付きを与えてくれたのも事実です。そのお陰で、私は毒の治療薬・・・を作れたのですから」


 穏やかに微笑む二人を見て、私は彼等の意図を瞬時に察する。この状況を納める為には、彼等の案に乗るしかないだろう。


「……お役に立てたのであれば幸いです。私の知識でこの国が救われたなら、私としてもこれ程嬉しい事はありません」


 ここまで盛り上がってしまえば、もう私の名声を隠す事は難しい。ならば、せめてその方向性だけでも、こちらでコントロールしておくべきだ。


 あくまでも私は知識を与えただけ。そして、私の与えた知識を元に、パナケイアさんが治療薬を作ったと言う事を強調するのである。


 そして、その治療薬がポーションであること。それと共に、私やイノが作ったと言う事実だけは隠さねばならない。


 それが知られてしまえば、イノが魔女である可能性が知れ渡る。そして、最悪はゼウスの子だと神々に伝わる可能性まで出て来てしまう。


 イノがゼウスの子だと知られる事だけは、何が何でも隠し通さなくてはならない。その為ならば、治療薬発見と言う名声は、私が甘んじて受け入れるべきなのだろう。


「やっぱ、凄い先生だったんだな! 本当にありがとよ!」


「出来る事があれば言ってくれ! 恩は必ず返すからな!」


「俺は医者ってものを見直した! 皆にも伝えなきゃな!」


 口々に告げられる感謝の言葉に、私は少しばかり嬉しくなる。ただ、嘘を付いている手前、若干の後ろめたさも混じってしまうのだけれど。


 とはいえ、皆の感謝を私が受け入れた事で、その熱も徐々に落ち着いて行く。やがて、看護師さんの協力によって患者が病床に戻る。


 そして、ほっと一息ついた所で背後から声を掛けられた。


「ケンジ殿、昨晩はご活躍だったみたいですね?」


「えっ……?」


 振り返るとそこには、エリクトニオスさんが立っていた。今日も護衛のメネラオスさんとオレステスさんを連れている。


 そして、いつもポーカーフェイスの彼が、にこやかに笑っていた。そこに若干の不気味さを感じていると、彼は明るい声で続けた。


「そのご活躍を、テセウス王もお聞きになりたいそうです。今からお時間を頂けますか?」


「あっ、はい……。勿論です……」


 周りの患者さん達は、褒章でも出るのかとざわついている。国を救った英雄だから、当然だろうと盛り上がっていた。


 けれど、私は内心で冷や汗を流す。これは怒られる流れではないだろうか? 明らかにやり過ぎてしまったパターンだろう。


 何せイノの正体を隠す為、テセウス王やエリクトニオスは協力してくれている。しかも、守護神である女神アテナ様の指示で動いているだ。


 それに反する行動を、張本人が行ってどうすると言う話である。私は連行される罪人の気分で、エリクトニオスに馬車せんしゃへと誘導される。


「……そう暗い顔をなさらずに。感謝はしているのです」


「えっ……?」


 私にだけ聞こえる様に、エリクトニオスは小さく囁いた。けれど、その顔はにこやかな笑みのままで、聞き間違いかと思える程に変化が無かった。


 私はその言葉をどう受け止めるべきかと考える。彼の内心を知る術はないけれど、それでも今は黙って付いて行く事にしよう。何となく彼が、私達を害する事は無いと思えたのだから。

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