#7 友達だから、会いにいく
「こんにちは〜!」
昼過ぎのダズリン。デイジーは、数日前にも訪れた冒険者酒場の扉を開けた。
昼食後の店内にはまだ少し客が残っている。カウンターの奥でリリーは洗い終えたグラスを棚に戻していた。
「デイジーちゃん! また来てくれたん?」
彼女はすぐに顔をほころばせた。
「どうぞ座ってや。仲間探しの続きやんな?」
「そのことで、ぜひお話ししたくて」
デイジーがカウンター席に腰を下ろすと、リリーは早速グラスを取り出した。
「まず何飲む?」
「前と同じチョコレートドリンクをお願いします」
「はいはい。気に入ってくれたんやね」
リリーは嬉しそうに笑い、奥から材料を取り出した。
「ほんで、仲間探しはどう? この前のでオリーブちゃんの腕は分かったやろ?」
そう言って、彼女はカウンターの端へ目を向ける。
そこには深緑のフードを被った小柄な女がいた。テーブルに小さな魔道具の部品を広げ、何やら細かい作業をしている。先日、五体の魔族を一瞬で拘束した女だ。
「今日ゆっくり話してみる?」
「そうですね。でも……」
デイジーはリリーに向き直った。
「今日は、リリーさんともお話がしたくて」
「私?なんやろ。告白?」
「違います」
「なんやぁ」
リリーは残念そうに笑った。しかしデイジーの表情は真剣だった。
「リリーさん。あなたの本当のお名前を、教えていただけませんか?」
グラスに注いでいたミルクが止まった。
「……どういうこと?」
「ソフィ・ウィンダムさん、ですよね」
カウンターの端で小さな金属音がした。オリーブが作業の手を止め、こちらを見ている。
「五年前まで王家に仕えていた賢者。王の鳥を率いたウィンダム家の一人娘」
リリーは何も答えなかった。
「違いますか?」
しばらくして彼女は作りかけのドリンクをカウンターに置いた。
「……よう調べたなぁ」
その声には、先ほどまでの明るさはなかった。
「お姉さん」
オリーブが席を立った。
「何者?」
デイジーが振り返ると、オリーブは小さな魔道具を握っていた。指先がその側面にある突起へ触れている。先日の戦いで見た、素早い動きが頭をよぎった。
「オリーブちゃん」
リリーが静かに呼んだ。
「ええよ」
「でも……」
「大丈夫やって。デイジーちゃん悪い人ちゃうよ」
オリーブは警戒したままだった。
「何で分かるの?」
「なんとなく。それに悪いことしに来たんやったら、こんな正面から聞かへんと思うで」
「……そうかもしれないけど」
「それにデイジーちゃんも結構強いんちゃう?」
デイジーが少しだけ眉を上げた。
「店に入ってきたときから、なんとなく分かった。普通の旅人とは違うって」
リリーは二人を交互に見た。
「やめてや。二人が喧嘩したら、また店壊れるで」
オリーブは渋々、魔道具から指を離した。
「……分かったよ」
リリーは店内を見回した。窓際の客が食事を終え、席を立とうとしている。
「デイジーちゃん。ちょっと待って?」
リリーは残っていた客の会計を済ませ、入口の札を裏返した。扉に鍵をかけて戻ってくると、今度は自分もカウンター席に座った。
「さて、と」
彼女はデイジーを見た。
「どこまで知ってるん?」
「王の鳥のことですか」
「うん」
かつて王国には、「王の鳥」と呼ばれる賢者たちの組織があった。
国を守る結界の管理や、魔法技術の研究と開発を担い、王家から厚い信頼を寄せられていた。その組織を率いていたのが、ウィンダム家だった。
「五年前の戦争が始まる少し前、王の鳥は突然解散しました。当時の宰相だったウィンダム氏が、自ら宣言したそうですね」
「そうやで」
「その後、一族の多くが行方不明になった。世間では、戦争が始まると知って王家を見捨てた、なんて言われていました」
オリーブが眉を寄せた。
「見捨ててないよ」
「はい。私もそう思っています」
デイジーが答えると、オリーブは少し意外そうな顔をした。
「調べていくうちに、解散には別の理由があったと分かったんです」
「……何が分かったん?」
リリーが尋ねた。
「魔岩子爆破魔法です」
その名前を聞いた瞬間、リリーの表情が変わった。
魔岩子爆破魔法。
五年前の戦争で、魔族が王国の街々に撃ち込んだ巨大な爆破魔法だった。一度発動すれば、街一つを消し飛ばすほどの威力を持ち、多くの人々の命を奪った。
「その基礎となる技術を開発したのは、あなたのお父上ですね」
「……せやな」
「でも、ウィンダム氏はその技術を兵器として使うことに反対した。危険すぎるから、研究そのものを封印しようとしたんです」
リリーは黙って聞いていた。
「ところが、王家の一部はそれを認めなかった。ウィンダム氏は宰相を解任され、その後、王の鳥を解散させた」
「そこまで分かってるんやね」
「はい。でも、分からないこともあります」
デイジーは少し言葉を選んだ。
「研究を封印しようとしていたはずなのに、魔族はその技術を手に入れました」
リリーの指が、膝の上でぎゅっと握られた。
「……そう。王の鳥の研究者たちが、捕まったんや」
「はい。魔族に拷問され、研究情報を奪われたと聞いています」
「……うん」
「そして、そのほとんどが殺されました」
リリーは俯いたので、デイジーはそれ以上詳しいことを口にしなかった。
しばらくして、リリーが小さく息を吐いた。
「……よう調べたな」
「以前の仕事で、調査に関わっていました」
「仕事?」
「申し遅れました」
デイジーは姿勢を正した。
「私デイジー・ウォーカー、今は旅する吟遊詩人ですが、以前は国家軍で隠密任務に就いていました」
「……やっぱりな」
リリーは納得したように頷いた。
「普通の吟遊詩人ちゃうとは思ってたけど」
「今はもう、軍を離れています」
「ほんで、元国家軍の人が、わざわざ私に何の用?」
「お願いがあるんです」
デイジーは声を落とした。
「今からお話しすることは、絶対に外へ漏らさないでください」
そのとき、横から声がした。
「私も聞いていい?」
オリーブだった。デイジーは少し迷ったが、リリーが先に答えた。
「オリーブちゃんは大丈夫」
「でも……」
「私の妹みたいなもんやから。信用してええよ」
オリーブは少し照れくさそうに目を逸らした。
「……別に、妹じゃないけど」
「そういうこと言わんといて」
リリーが笑う。デイジーは見て、頷いた。
「分かりました」
そして、鞄から一枚の新聞を取り出した。
「先日の満月、ダズリンが魔族から宣戦布告を受けたことはご存知ですよね」
「うん。三か月後にまた来るって」
「そのとき、魔族の軍勢を率いていた人物がいます」
デイジーは新聞を広げた。
そこには、黒い鎧と仮面をまとい、巨大な槍を持つ人物の姿が描かれていた。
「鉄の魔女です」
「声だけで街中の人間を動けなくしたって話?」
リリーが新聞を覗き込む。
「この記事なら読んだで」
「実は、この人物の正体が分かったんです」
デイジーがそう言いかけたときだった。
「レオナでしょ」
オリーブが、何でもないことのように言った。デイジーの言葉が止まった。
「……え?」
リリーも顔を上げた。
「今何て?」
「だから、レオナだって。鉄の魔女」
オリーブは新聞の絵を指さした。
「あの日その場にいたんだよ、私。顔は見えなかったけど、槍の動きと声で分かった」
リリーはしばらく、オリーブの顔を見つめていた。
「……レオナ?」
「うん」
「私らの知ってる、あのレオナ?」
「他に誰がいるの?」
リリーは新聞へ目を戻した。
「……生きてたん?」
かすれた声だった。デイジーが静かに答えた。
「私も、鉄の魔女の正体はレオナ・ジョーンズさんだと考えています」
リリーは顔を上げた。
「ほんまに?」
「間違いないと思います。王の犬で兵士長を務めていた、あのレオナさんです」
「……そっか」
リリーは口元を押さえた。
「生きてたんや……」
そのまま、しばらく動かなかった。
やがて彼女は、ゆっくりオリーブへ顔を向けた。
「オリーブちゃん、いつから知ってたん?」
「この前、魔族が宣戦布告で来たとき」
「何で言うてくれへんかったん!?」
突然大きな声を出され、オリーブは肩を跳ねさせた。
「えっ、だって確証なかったし!」
「今、分かったって言うたやん!」
「あとで調べようと思ってたんだよ!」
「ほんで?」
「……忘れてた」
「忘れる内容ちゃうやろ!!」
「ごめんってば!」
彼女は怒っているというより、どうしていいのか分からないようだった。
「……ほんま、もう」
デイジーは二人が落ち着くのを待ってから、口を開いた。
「オリーブさんも、レオナ先輩をご存知だったんですね」
「……そうだよ」
オリーブは少し考え、フードを外した。顎のあたりで切りそろえた金髪が現れる。
「私も、昔は王宮に出入りしてたんだよ。王の猿の技術者としてね」
「王の猿……?」
「クロエ・ロック。それが本当の名前」
デイジーは息を呑んだ。
「ロック家……!」
「うん。今はガラクタ売りのオリーブだけど」
「生き残りがいたんですね」
「まあね」
デイジーは二人を交互に見た。王の鳥を率いたウィンダム家と、王の猿を率いたロック家。かつて王宮で働いていた二人が、今は同じ酒場にいる。
「……驚きました。お二人とも、こんなところにいたなんて」
「世の中、狭いやろぉ」
リリーが笑った。だが、その笑顔はすぐに消えた。
「デイジーちゃん。レオナのこと、もう少し聞かせて」
「はい」
デイジーは新聞を畳んだ。
「五年前の戦争で、レオナさんは亡くなったとされていました。でも、遺体は見つかってません」
「……うん」
「私は、魔族側へ連れて行かれた可能性があると考えています」
「連れて行かれた?」
「はい。そして今は、鉄の魔女として魔族軍を率いる」
リリーは考え込んだ。
「レオナが、自分から魔族の味方になったってこと?」
「私は、そうは思いません」
デイジーはすぐに答えた。
「レオナさんは、誰かを守るためなら自分の命だって投げ出す人でした。あの人が、自分の意思で街を襲うなんて……」
言葉が詰まった。
「考えられないんです」
リリーはしばらく黙っていた。
そして、何かを思い出したように顔を上げた。
「……もしかしたら」
「何ですか?」
「昔、パパから聞いたことがあるねん」
二人がリリーを見る。
「魔族には、死んだ人間を魔族として蘇らせる呪術があるって」
「……そんなことができるんですか?」
デイジーが身を乗り出した。
「私も実際に見たことはないで。昔の魔法の話やし、危険すぎてほとんど使われへんようになったって聞いた」
「どういう呪術なの?」
クロエが尋ねる。
「魔族一人分の生命力を使って、人間の身体を作り変えるんよ。死にかけている人間でも、生き延びられることがあるらしい」
「魔族一人分って……」
「そう。誰かの命が必要になる」
三人の間に沈黙が落ちた。
「それだけやないねん」
リリーは続けた。
「身体は人間の頃よりずっと強くなる。でも、心まで無事とは限らへん」
「どういうことですか?」
「その人が持ってた怒りや憎しみが、異常に強くなってしまうことがあるんやって。記憶や大事なものまで分からんようになって、敵味方の区別がつかなくなることもあるらしい」
デイジーは、あの夜の鉄の魔女を思い出した。冷たい声。黒い仮面。そして、広場にいた人々を一瞬で動けなくした、恐ろしい魔力。
「……レオナ先輩も、そうなっているんでしょうか」
「分からん。今の話だけで決めつけたらあかんよ」
リリーは慎重に答えた。
「でも、もしその呪術が使われたんやったら、今のレオナが昔と違う理由にはなるかもしれへん」
「戻せるの?」
クロエがすぐに聞いた。
「元に戻す方法はないの?」
「……分からん」
「ソフィ!」
「でも、何もないとは言い切れへんよ」
リリーは少し考えた。
「古い研究資料を調べたら、何か見つかるかもしれん。王の鳥でも、昔の呪術については研究してたから」
デイジーは顔を上げた。
「調べられるんですか?」
「今すぐ答えは出せへんけど、調べてみる価値はあると思う」
「……ありがとうございます」
デイジーは深く頭を下げた。
「私、方法を探していたんです」
彼女は顔を上げた。
「私は今、軍から鉄の魔女を殺害するよう命令されています」
リリーとクロエの表情が変わった。
「……殺害?」
「そうです。次に魔族が攻めてきたとき、鉄の魔女を倒すこと。それが私に与えられた任務です」
「でも、デイジーちゃん……」
「嫌なんです」
デイジーははっきりと言った。
「レオナ先輩を殺したくない。かつて私を助けてくれた人を、自分の手で殺すなんてできません」
二人は黙って聞いていた。
「五年前、レオナさんが亡くなったと聞いたとき、何もできなかったことが悔しくて。でも、生きているなら……今度こそ、助けたいんです」
デイジーは二人を見た。
「だから、仲間を探しています。鉄の魔女は、人間だった頃から王国でも指折りの戦士でした。今は魔族の身体まで手に入れているかもしれない。普通の兵士を何人集めても、簡単には近づけないと思います」
「声だけで大勢動けなくするんやもんな」
リリーが頷いた。
「はい。だから、あなたの力が必要なんです」
デイジーは真剣な表情で尋ねた。
「ソフィさん。私と一緒に、レオナさんを助けに行ってくれませんか?」
リリーは少しだけ考えた。
「……分かった」
「え?」
「私、行くで」
あまりにもあっさりした返事に、デイジーは目を瞬かせた。
「いいんですか?」
「いいも何も、レオナがそんなことになってるって聞いて、ほっとけるわけないやろ」
リリーは新聞に描かれた黒い鎧を見た。
「絶対助ける」
その声には迷いがなかった。
「もしほんまに何もかも忘れて暴れてるんやったら、一回引っ叩いて思い出させたるわ」
「……ありがとうございます!」
デイジーの顔が明るくなった。
「あ、そうや」
リリーが突然、思い出したように言った。
「報酬」
「はい?」
「出るんやんな?」
「もちろんです」
「いくら?」
デイジーは鞄から、金貨の入った袋を取り出した。
「契約金として、一千万ゴールドです」
リリーは金貨の袋を見つめた。
「……一千万?」
「はい」
「ほんまに?」
デイジーは頷くと、リリーは金貨の袋を持ち上げた。
「すご……」
そして、にっこり笑った。
「安心してな。私、裏切らんから」
「そこは信じています」
リリーは袋を大事そうにカウンターの奥へ置いた。
「これで店の残りの修理代も何とかなりそうやわ」
「……あの、ソフィさん」
「ん?」
「お店はどうするんですか?」
「しばらく休みにする。留守の間のことは、これから考えなあかんけど」
そう答えると、リリーはクロエを振り返った。
「それより、オリーブちゃん」
「何?」
「クロエも行くやろ?」
クロエの表情が止まった。
「……私?」
「うん」
「無理だよ」
即答だった。
「何で?」
「ソフィ」
クロエは少し声を落とした。
「私、ロック家だよ」
リリーは何も言わなかった。
「王国を裏切った家の人間なんだよ。レオナのところに、私が行っていいわけないじゃん」
「……クロエ」
「だって、何て言えばいいの?」
クロエは俯いた。
「五年ぶりに会って、あのときはごめんねって?」
リリーは静かに聞いていた。
「……そりゃ私だって、会いたいよ」
クロエは小さな声で続けた。
「でも、レオナが私の顔を見たら、どう思うんだろ」
その言葉に、リリーは少し考え込んだ。やがてデイジーへ向き直る。
「デイジーちゃん。ちょっと昔の話してもええ?」
「もちろんです」
「私とクロエ、それからレオナと、もう一人。昔から仲良しの四人組やってん」
「もう一人?」
「王女様」
デイジーは驚いた。
「王女様って……ミラ・アスター王女ですか?」
「そうやで」
リリーは懐かしそうに笑った。
「王族や王家に近い家の子らが通う学校があってな。そこでずっと一緒やったんよ」
クロエも顔を上げた。
「覚えてる? レオナ、よく木の棒持って走り回ってたよね」
「覚えてる覚えてる。『私が兵士長だ!』ってな」
「まだ子どもだったのにね」
「ほんまやで。私らにも指示出してきて、うるさかったわぁ」
クロエがくすくす笑った。
「ソフィだって、魔法使えるふりして枝振り回してたじゃん」
「ちょっと! それは言わんといて!」
「何にも出ないのに、『大魔法や!』って」
二人が笑うのを見て、デイジーもつられて笑った。
「楽しそうですね」
「楽しかったで。ミラも一緒におったしな」
「ミラ王女も?」
「うん。あの子、めちゃくちゃ人見知りやってん」
リリーは思い出しながら話し始めた。
「初めの頃なんて、私らが遊ぼうって誘っても、全然しゃべってくれへんくて。気づいたら一人でカード並べてるんよ」
「タロットだよ」
クロエがすぐに訂正した。
「ミラのタロット、ほんとにすごかったんだから」
「分かってるって。私らのこと占ってくれたこともあったやんな」
「うん。レオナが将来立派な兵士長になるって言われて、すっごく喜んでた」
「そのあと調子乗って、また先生に怒られてたわ」
二人は顔を見合わせて笑った。やがて、リリーの笑顔が少しずつ静かになった。
「ミラはな、王女様やったけど、私らにとっては普通の友達やってん」
「……うん」
クロエが頷く。
「せやから、三人で約束したんよ。王の犬としてレオナ、王の猿としてクロエ、そして王の鳥として私。三人でずっとミラのそばにおって、守ってあげようって」
リリーはカウンターに置かれた新聞を見た。
「でも、守られへんかった」
デイジーは黙って聞いていた。
「ミラは死んだって聞かされて、レオナも死んだと思ってた」
リリーは小さく笑った。
「あの世でレオナがミラと一緒におってくれたら、あの子も寂しくないかなぁって。そんなこと考えてたんよ」
その声が、少しだけ揺れた。
「……そう思ってたのになぁ」
クロエは何も言わなかった。
「でも、レオナは生きてた」
リリーは顔を上げた。
「また、会えるかもしれへん」
そして、クロエを見た。
「だから、一緒に行こう」
「……でも」
「私、クロエがおらんと嫌や」
クロエは驚いたようにリリーを見た。
「何それ……」
「ほんまやもん。昔は四人で一緒やったやろ。せっかくレオナに会えるかもしれへんのに、クロエだけ置いていくなんて嫌やわ」
「……ソフィ」
「それに、あんたの力が必要やねん」
リリーはデイジーへ向き直った。
「この子もな、まあまあ強いで」
クロエがすぐに顔を上げた。
「クロエは錬金術だけやない。護身術も、潜入も、戦い方も、ちゃんと身につけてる。あの家で育ったからこそ、できることあるんよ」
デイジーは先日の戦いを思い出した。
五体の魔族を相手に、ほとんど隙を見せなかった身のこなし。あの速さは、普通の技術者のものではなかった。
「確かに、オリーブさんの強さはこの目で見ました」
「でしょ?」
リリーが得意げに言った。
「でも……」
クロエは二人から目を逸らした。
「私、あの家でいろんなことしてきたんだよ。レオナたちに顔向けできない」
「クロエ」
「でも……」
言いかけて、口を閉じる。
「……それでも、会いたいよ」
クロエはぽつりと言った。
「レオナに」
リリーは黙って聞いていた。
「会って、ちゃんと話したい。だけど、私が会いに行っていいのか分かんない」
声が震えた。
「……怖いんだよ」
クロエは唇を噛んだ。
「嫌われてたら、どうしようって」
涙が頬を伝った。
「私、もう……」
そこから先は、うまく言葉にならなかった。リリーは席を立ち、クロエの隣へ移った。
「クロエ」
「……うん」
「レオナがどう思うかは、私にも分からへん」
クロエは俯いたままだった。
「でも、会わへんかったら、ずっと分からんままやで」
「……」
「話したいこと、あるんやろ?」
クロエは小さく頷いた。
「ほんなら、会いに行こう」
リリーは彼女の背中を優しく撫でた。
「私も一緒におるから」
クロエは顔を覆った。
「……うん」
その様子を見ていたデイジーが、静かに口を開いた。
「クロエさん」
初めて本当の名前で呼ばれ、クロエが顔を上げた。
「私も、お願いしたいです」
「……何を?」
「一緒に来てください」
デイジーは真剣だった。
「私は国家軍にいたので、ロック家が王国にしたことを知っています。簡単に忘れていいことだともしません」
クロエの表情が曇った。
「でも、あなたがどんな人なのかは、まだほとんど知りません」
「……」
「だから、家の名前だけで決めたくないんです」
デイジーは少し笑った。
「この前、お店で魔族からみんなを守ってくれましたよね」
クロエは涙の残る目で彼女を見た。
「私が仲間になってほしいのは、ロック家の人間だからじゃありません」
デイジーは手を差し出した。
「レオナさんに会いたいと思っている、クロエさん本人です」
クロエはその手を見つめた。
「……私でいいの?」
「もちろんです」
「本当に?」
「はい」
クロエは何か言おうとしたが、また涙がこぼれた。
「……もう、やだ」
「っ?」
「そんなこと言われたら、また泣いちゃうじゃん……」
デイジーは慌ててカウンターを見回した。
「あ、じゃあ、これ使ってください!」
手近にあった布巾を差し出す。
クロエが受け取ろうとしたところで、リリーが口を挟んだ。
「デイジーちゃん、それテーブル拭くやつやで」
「あっ! ご、ごめんなさい!」
「……いいよ、もう」
クロエは構わず布巾で顔を拭いた。
「ちょっと待ってな。ちゃんとしたタオル持ってくるから!」
リリーが厨房へ向かう。その間に、デイジーは鞄からもう一つ金貨の袋を取り出した。
「それと、こちらも」
「……何?」
「クロエさんの分の報酬も用意しています」
クロエは涙を拭く手を止めた。
「報酬?」
「はい。一千万ゴールドです」
「……すご」
戻ってきたリリーが呆れた顔をした。
「急に元気なったな」
「だって一千万だよ!?」
「さっきまで泣いてたやん」
「それとこれとは別!」
クロエは袋を引き寄せた。そして、少しだけ笑った。
「……分かった。行くよ」
クロエは目元を拭った。
「レオナ、めちゃくちゃ強いんだろうなぁ……」
「はい。かなり」
「こわぁ……」
リリーが笑った。
「そこは怖いの!」
「怖いよ! 昔から怒ると怖かったじゃん!」
「せやなぁ。クロエ、よう怒られてたもんな」
「ソフィだって怒られてたでしょ!」
「私はそんなことないで?」
デイジーは二人のやり取りを見ながら、ようやく笑った。
「では、よろしくお願いします!」
彼女が改めて手を差し出すと、クロエは今度こそ、その手を握った。
「……よろしく」
リリーも横から手を重ねた。
「ほな、三人でレオナを助けに行こか!」
三人の声が、誰もいない酒場に明るく響いた。
*
「そういえば」
しばらくして、リリーが口を開いた。
「もう一人、仲間にしたらええ子がおるんちゃう?」
クロエも顔を上げた。
「ああ、確かに!」
「この戦いに、めちゃくちゃ向いてると思うねん」
デイジーは身を乗り出した。
「本当ですか? どんな方なんです?」
リリーとクロエは顔を見合わせた。
「レオナに、いっつも怒られてた子」
「……怒られてた?」
「うん。昼寝ばっかりしてたから」
クロエが頷く。
「あと、おやつばっかり食べてた」
「そうそう。いつもぼーっとしてたよなぁ」
デイジーは少し不安になった。
「あの……その方、本当に強いんですか?」
「強いで!」
「めちゃくちゃ強いよ!」
デイジーは安心した。
「では、その方は今どちらに?」
リリーがクロエを見る。
「知ってる?」
「知らない」
「生きてるかな?」
「さあ……」
デイジーの笑顔が止まった。
「……え?」
二人は顔を見合わせたまま考え込んでいる。
「あの、どうやって探すんですか?」
リリーが元気よく答えた。
「分からん!」
クロエも笑顔で続けた。
「分からない!」
「…………」
デイジーは黙って、すっかり冷めてしまったチョコレートドリンクを飲んだ。
仲間探しは、まだまだ簡単には終わりそうになかった。
毎日お疲れ様です。大切な時間を使って読んでくださり、大変嬉しく思います!
楽しんでいただけたでしょうか?読みにくいところはございませんか?率直な『☆』評価(★1〜5個)おまちしております。ポチッといただけるだけで励みになります!
本作はすでに最終回まで完成してます。朝6時、昼12時、夜22時の1日3回投稿してますのでよかったらブックマーク登録もお願いします!




