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討伐対象は、かつて私を救ってくれた恩人でした 〜殺せと命じられたので最強仲間たちと連れ戻します〜  作者: 真鈴マリン
Part.1 帰還編

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#7 友達だから、会いにいく

「こんにちは〜!」


 昼過ぎのダズリン。デイジーは、数日前にも訪れた冒険者酒場の扉を開けた。


 昼食後の店内にはまだ少し客が残っている。カウンターの奥でリリーは洗い終えたグラスを棚に戻していた。


「デイジーちゃん! また来てくれたん?」


 彼女はすぐに顔をほころばせた。


「どうぞ座ってや。仲間探しの続きやんな?」


「そのことで、ぜひお話ししたくて」


 デイジーがカウンター席に腰を下ろすと、リリーは早速グラスを取り出した。


「まず何飲む?」


「前と同じチョコレートドリンクをお願いします」


「はいはい。気に入ってくれたんやね」


 リリーは嬉しそうに笑い、奥から材料を取り出した。


「ほんで、仲間探しはどう? この前のでオリーブちゃんの腕は分かったやろ?」


 そう言って、彼女はカウンターの端へ目を向ける。


 そこには深緑のフードを被った小柄な女がいた。テーブルに小さな魔道具の部品を広げ、何やら細かい作業をしている。先日、五体の魔族を一瞬で拘束した女だ。


「今日ゆっくり話してみる?」


「そうですね。でも……」


 デイジーはリリーに向き直った。


「今日は、リリーさんともお話がしたくて」


「私?なんやろ。告白?」


「違います」


「なんやぁ」


 リリーは残念そうに笑った。しかしデイジーの表情は真剣だった。


「リリーさん。あなたの本当のお名前を、教えていただけませんか?」


 グラスに注いでいたミルクが止まった。


「……どういうこと?」


「ソフィ・ウィンダムさん、ですよね」


 カウンターの端で小さな金属音がした。オリーブが作業の手を止め、こちらを見ている。


「五年前まで王家に仕えていた賢者。王の鳥を率いたウィンダム家の一人娘」


 リリーは何も答えなかった。


「違いますか?」


 しばらくして彼女は作りかけのドリンクをカウンターに置いた。


「……よう調べたなぁ」


 その声には、先ほどまでの明るさはなかった。


「お姉さん」


 オリーブが席を立った。


「何者?」


 デイジーが振り返ると、オリーブは小さな魔道具を握っていた。指先がその側面にある突起へ触れている。先日の戦いで見た、素早い動きが頭をよぎった。


「オリーブちゃん」


 リリーが静かに呼んだ。


「ええよ」


「でも……」


「大丈夫やって。デイジーちゃん悪い人ちゃうよ」


 オリーブは警戒したままだった。


「何で分かるの?」


「なんとなく。それに悪いことしに来たんやったら、こんな正面から聞かへんと思うで」


「……そうかもしれないけど」


「それにデイジーちゃんも結構強いんちゃう?」


 デイジーが少しだけ眉を上げた。


「店に入ってきたときから、なんとなく分かった。普通の旅人とは違うって」


 リリーは二人を交互に見た。


「やめてや。二人が喧嘩したら、また店壊れるで」


 オリーブは渋々、魔道具から指を離した。


「……分かったよ」


 リリーは店内を見回した。窓際の客が食事を終え、席を立とうとしている。


「デイジーちゃん。ちょっと待って?」


 リリーは残っていた客の会計を済ませ、入口の札を裏返した。扉に鍵をかけて戻ってくると、今度は自分もカウンター席に座った。


「さて、と」


 彼女はデイジーを見た。


「どこまで知ってるん?」


「王の鳥のことですか」


「うん」


 かつて王国には、「王の鳥」と呼ばれる賢者たちの組織があった。


 国を守る結界の管理や、魔法技術の研究と開発を担い、王家から厚い信頼を寄せられていた。その組織を率いていたのが、ウィンダム家だった。


「五年前の戦争が始まる少し前、王の鳥は突然解散しました。当時の宰相だったウィンダム氏が、自ら宣言したそうですね」


「そうやで」


「その後、一族の多くが行方不明になった。世間では、戦争が始まると知って王家を見捨てた、なんて言われていました」


 オリーブが眉を寄せた。


「見捨ててないよ」


「はい。私もそう思っています」


 デイジーが答えると、オリーブは少し意外そうな顔をした。


「調べていくうちに、解散には別の理由があったと分かったんです」


「……何が分かったん?」


 リリーが尋ねた。


「魔岩子爆破魔法です」


 その名前を聞いた瞬間、リリーの表情が変わった。


 魔岩子爆破魔法。


 五年前の戦争で、魔族が王国の街々に撃ち込んだ巨大な爆破魔法だった。一度発動すれば、街一つを消し飛ばすほどの威力を持ち、多くの人々の命を奪った。


「その基礎となる技術を開発したのは、あなたのお父上ですね」


「……せやな」


「でも、ウィンダム氏はその技術を兵器として使うことに反対した。危険すぎるから、研究そのものを封印しようとしたんです」


 リリーは黙って聞いていた。


「ところが、王家の一部はそれを認めなかった。ウィンダム氏は宰相を解任され、その後、王の鳥を解散させた」


「そこまで分かってるんやね」


「はい。でも、分からないこともあります」


 デイジーは少し言葉を選んだ。


「研究を封印しようとしていたはずなのに、魔族はその技術を手に入れました」


 リリーの指が、膝の上でぎゅっと握られた。


「……そう。王の鳥の研究者たちが、捕まったんや」


「はい。魔族に拷問され、研究情報を奪われたと聞いています」


「……うん」


「そして、そのほとんどが殺されました」


 リリーは俯いたので、デイジーはそれ以上詳しいことを口にしなかった。


 しばらくして、リリーが小さく息を吐いた。


「……よう調べたな」


「以前の仕事で、調査に関わっていました」


「仕事?」


「申し遅れました」


 デイジーは姿勢を正した。


「私デイジー・ウォーカー、今は旅する吟遊詩人ですが、以前は国家軍で隠密任務に就いていました」


「……やっぱりな」


 リリーは納得したように頷いた。


「普通の吟遊詩人ちゃうとは思ってたけど」


「今はもう、軍を離れています」


「ほんで、元国家軍の人が、わざわざ私に何の用?」


「お願いがあるんです」


 デイジーは声を落とした。


「今からお話しすることは、絶対に外へ漏らさないでください」


 そのとき、横から声がした。


「私も聞いていい?」


 オリーブだった。デイジーは少し迷ったが、リリーが先に答えた。


「オリーブちゃんは大丈夫」


「でも……」


「私の妹みたいなもんやから。信用してええよ」


 オリーブは少し照れくさそうに目を逸らした。


「……別に、妹じゃないけど」


「そういうこと言わんといて」


 リリーが笑う。デイジーは見て、頷いた。


「分かりました」


 そして、鞄から一枚の新聞を取り出した。


「先日の満月、ダズリンが魔族から宣戦布告を受けたことはご存知ですよね」


「うん。三か月後にまた来るって」


「そのとき、魔族の軍勢を率いていた人物がいます」


 デイジーは新聞を広げた。


 そこには、黒い鎧と仮面をまとい、巨大な槍を持つ人物の姿が描かれていた。


「鉄の魔女です」


「声だけで街中の人間を動けなくしたって話?」


 リリーが新聞を覗き込む。


「この記事なら読んだで」


「実は、この人物の正体が分かったんです」


 デイジーがそう言いかけたときだった。


「レオナでしょ」


 オリーブが、何でもないことのように言った。デイジーの言葉が止まった。


「……え?」


 リリーも顔を上げた。


「今何て?」


「だから、レオナだって。鉄の魔女」


 オリーブは新聞の絵を指さした。


「あの日その場にいたんだよ、私。顔は見えなかったけど、槍の動きと声で分かった」


 リリーはしばらく、オリーブの顔を見つめていた。


「……レオナ?」


「うん」


「私らの知ってる、あのレオナ?」


「他に誰がいるの?」


 リリーは新聞へ目を戻した。


「……生きてたん?」


 かすれた声だった。デイジーが静かに答えた。


「私も、鉄の魔女の正体はレオナ・ジョーンズさんだと考えています」


 リリーは顔を上げた。


「ほんまに?」


「間違いないと思います。王の犬で兵士長を務めていた、あのレオナさんです」


「……そっか」


 リリーは口元を押さえた。


「生きてたんや……」


 そのまま、しばらく動かなかった。


 やがて彼女は、ゆっくりオリーブへ顔を向けた。


「オリーブちゃん、いつから知ってたん?」


「この前、魔族が宣戦布告で来たとき」


「何で言うてくれへんかったん!?」


 突然大きな声を出され、オリーブは肩を跳ねさせた。


「えっ、だって確証なかったし!」


「今、分かったって言うたやん!」


「あとで調べようと思ってたんだよ!」


「ほんで?」


「……忘れてた」


「忘れる内容ちゃうやろ!!」


「ごめんってば!」


 彼女は怒っているというより、どうしていいのか分からないようだった。


「……ほんま、もう」


 デイジーは二人が落ち着くのを待ってから、口を開いた。


「オリーブさんも、レオナ先輩をご存知だったんですね」


「……そうだよ」


 オリーブは少し考え、フードを外した。顎のあたりで切りそろえた金髪が現れる。


「私も、昔は王宮に出入りしてたんだよ。王の猿の技術者としてね」


「王の猿……?」


「クロエ・ロック。それが本当の名前」


 デイジーは息を呑んだ。


「ロック家……!」


「うん。今はガラクタ売りのオリーブだけど」


「生き残りがいたんですね」


「まあね」


 デイジーは二人を交互に見た。王の鳥を率いたウィンダム家と、王の猿を率いたロック家。かつて王宮で働いていた二人が、今は同じ酒場にいる。


「……驚きました。お二人とも、こんなところにいたなんて」


「世の中、狭いやろぉ」


 リリーが笑った。だが、その笑顔はすぐに消えた。


「デイジーちゃん。レオナのこと、もう少し聞かせて」


「はい」


 デイジーは新聞を畳んだ。


「五年前の戦争で、レオナさんは亡くなったとされていました。でも、遺体は見つかってません」


「……うん」


「私は、魔族側へ連れて行かれた可能性があると考えています」


「連れて行かれた?」


「はい。そして今は、鉄の魔女として魔族軍を率いる」


 リリーは考え込んだ。


「レオナが、自分から魔族の味方になったってこと?」


「私は、そうは思いません」


 デイジーはすぐに答えた。


「レオナさんは、誰かを守るためなら自分の命だって投げ出す人でした。あの人が、自分の意思で街を襲うなんて……」


 言葉が詰まった。


「考えられないんです」


 リリーはしばらく黙っていた。


 そして、何かを思い出したように顔を上げた。


「……もしかしたら」


「何ですか?」


「昔、パパから聞いたことがあるねん」


 二人がリリーを見る。


「魔族には、死んだ人間を魔族として蘇らせる呪術があるって」


「……そんなことができるんですか?」


 デイジーが身を乗り出した。


「私も実際に見たことはないで。昔の魔法の話やし、危険すぎてほとんど使われへんようになったって聞いた」


「どういう呪術なの?」


 クロエが尋ねる。


「魔族一人分の生命力を使って、人間の身体を作り変えるんよ。死にかけている人間でも、生き延びられることがあるらしい」


「魔族一人分って……」


「そう。誰かの命が必要になる」


 三人の間に沈黙が落ちた。


「それだけやないねん」


 リリーは続けた。


「身体は人間の頃よりずっと強くなる。でも、心まで無事とは限らへん」


「どういうことですか?」


「その人が持ってた怒りや憎しみが、異常に強くなってしまうことがあるんやって。記憶や大事なものまで分からんようになって、敵味方の区別がつかなくなることもあるらしい」


 デイジーは、あの夜の鉄の魔女を思い出した。冷たい声。黒い仮面。そして、広場にいた人々を一瞬で動けなくした、恐ろしい魔力。


「……レオナ先輩も、そうなっているんでしょうか」


「分からん。今の話だけで決めつけたらあかんよ」


 リリーは慎重に答えた。


「でも、もしその呪術が使われたんやったら、今のレオナが昔と違う理由にはなるかもしれへん」


「戻せるの?」


 クロエがすぐに聞いた。


「元に戻す方法はないの?」


「……分からん」


「ソフィ!」


「でも、何もないとは言い切れへんよ」


 リリーは少し考えた。


「古い研究資料を調べたら、何か見つかるかもしれん。王の鳥でも、昔の呪術については研究してたから」


 デイジーは顔を上げた。


「調べられるんですか?」


「今すぐ答えは出せへんけど、調べてみる価値はあると思う」


「……ありがとうございます」


 デイジーは深く頭を下げた。


「私、方法を探していたんです」


 彼女は顔を上げた。


「私は今、軍から鉄の魔女を殺害するよう命令されています」


 リリーとクロエの表情が変わった。


「……殺害?」


「そうです。次に魔族が攻めてきたとき、鉄の魔女を倒すこと。それが私に与えられた任務です」


「でも、デイジーちゃん……」


「嫌なんです」


 デイジーははっきりと言った。


「レオナ先輩を殺したくない。かつて私を助けてくれた人を、自分の手で殺すなんてできません」


 二人は黙って聞いていた。


「五年前、レオナさんが亡くなったと聞いたとき、何もできなかったことが悔しくて。でも、生きているなら……今度こそ、助けたいんです」


 デイジーは二人を見た。


「だから、仲間を探しています。鉄の魔女は、人間だった頃から王国でも指折りの戦士でした。今は魔族の身体まで手に入れているかもしれない。普通の兵士を何人集めても、簡単には近づけないと思います」


「声だけで大勢動けなくするんやもんな」


 リリーが頷いた。


「はい。だから、あなたの力が必要なんです」


 デイジーは真剣な表情で尋ねた。


「ソフィさん。私と一緒に、レオナさんを助けに行ってくれませんか?」


 リリーは少しだけ考えた。


「……分かった」


「え?」


「私、行くで」


 あまりにもあっさりした返事に、デイジーは目を瞬かせた。


「いいんですか?」


「いいも何も、レオナがそんなことになってるって聞いて、ほっとけるわけないやろ」


 リリーは新聞に描かれた黒い鎧を見た。


「絶対助ける」


 その声には迷いがなかった。


「もしほんまに何もかも忘れて暴れてるんやったら、一回引っ叩いて思い出させたるわ」


「……ありがとうございます!」


 デイジーの顔が明るくなった。


「あ、そうや」


 リリーが突然、思い出したように言った。


「報酬」


「はい?」


「出るんやんな?」


「もちろんです」


「いくら?」


 デイジーは鞄から、金貨の入った袋を取り出した。


「契約金として、一千万ゴールドです」


 リリーは金貨の袋を見つめた。


「……一千万?」


「はい」


「ほんまに?」


 デイジーは頷くと、リリーは金貨の袋を持ち上げた。


「すご……」


 そして、にっこり笑った。


「安心してな。私、裏切らんから」


「そこは信じています」


 リリーは袋を大事そうにカウンターの奥へ置いた。


「これで店の残りの修理代も何とかなりそうやわ」


「……あの、ソフィさん」


「ん?」


「お店はどうするんですか?」


「しばらく休みにする。留守の間のことは、これから考えなあかんけど」


 そう答えると、リリーはクロエを振り返った。


「それより、オリーブちゃん」


「何?」


「クロエも行くやろ?」


 クロエの表情が止まった。


「……私?」


「うん」


「無理だよ」


 即答だった。


「何で?」


「ソフィ」


 クロエは少し声を落とした。


「私、ロック家だよ」


 リリーは何も言わなかった。


「王国を裏切った家の人間なんだよ。レオナのところに、私が行っていいわけないじゃん」


「……クロエ」


「だって、何て言えばいいの?」


 クロエは俯いた。


「五年ぶりに会って、あのときはごめんねって?」


 リリーは静かに聞いていた。


「……そりゃ私だって、会いたいよ」


 クロエは小さな声で続けた。


「でも、レオナが私の顔を見たら、どう思うんだろ」


 その言葉に、リリーは少し考え込んだ。やがてデイジーへ向き直る。


「デイジーちゃん。ちょっと昔の話してもええ?」


「もちろんです」


「私とクロエ、それからレオナと、もう一人。昔から仲良しの四人組やってん」


「もう一人?」


「王女様」


 デイジーは驚いた。


「王女様って……ミラ・アスター王女ですか?」


「そうやで」


 リリーは懐かしそうに笑った。


「王族や王家に近い家の子らが通う学校があってな。そこでずっと一緒やったんよ」


 クロエも顔を上げた。


「覚えてる? レオナ、よく木の棒持って走り回ってたよね」


「覚えてる覚えてる。『私が兵士長だ!』ってな」


「まだ子どもだったのにね」


「ほんまやで。私らにも指示出してきて、うるさかったわぁ」


 クロエがくすくす笑った。


「ソフィだって、魔法使えるふりして枝振り回してたじゃん」


「ちょっと! それは言わんといて!」


「何にも出ないのに、『大魔法や!』って」


 二人が笑うのを見て、デイジーもつられて笑った。


「楽しそうですね」


「楽しかったで。ミラも一緒におったしな」


「ミラ王女も?」


「うん。あの子、めちゃくちゃ人見知りやってん」


 リリーは思い出しながら話し始めた。


「初めの頃なんて、私らが遊ぼうって誘っても、全然しゃべってくれへんくて。気づいたら一人でカード並べてるんよ」


「タロットだよ」


 クロエがすぐに訂正した。


「ミラのタロット、ほんとにすごかったんだから」


「分かってるって。私らのこと占ってくれたこともあったやんな」


「うん。レオナが将来立派な兵士長になるって言われて、すっごく喜んでた」


「そのあと調子乗って、また先生に怒られてたわ」


 二人は顔を見合わせて笑った。やがて、リリーの笑顔が少しずつ静かになった。


「ミラはな、王女様やったけど、私らにとっては普通の友達やってん」


「……うん」


 クロエが頷く。


「せやから、三人で約束したんよ。王の犬としてレオナ、王の猿としてクロエ、そして王の鳥として私。三人でずっとミラのそばにおって、守ってあげようって」


 リリーはカウンターに置かれた新聞を見た。


「でも、守られへんかった」


 デイジーは黙って聞いていた。


「ミラは死んだって聞かされて、レオナも死んだと思ってた」


 リリーは小さく笑った。


「あの世でレオナがミラと一緒におってくれたら、あの子も寂しくないかなぁって。そんなこと考えてたんよ」


 その声が、少しだけ揺れた。


「……そう思ってたのになぁ」


 クロエは何も言わなかった。


「でも、レオナは生きてた」


 リリーは顔を上げた。


「また、会えるかもしれへん」


 そして、クロエを見た。


「だから、一緒に行こう」


「……でも」


「私、クロエがおらんと嫌や」


 クロエは驚いたようにリリーを見た。


「何それ……」


「ほんまやもん。昔は四人で一緒やったやろ。せっかくレオナに会えるかもしれへんのに、クロエだけ置いていくなんて嫌やわ」


「……ソフィ」


「それに、あんたの力が必要やねん」


 リリーはデイジーへ向き直った。


「この子もな、まあまあ強いで」


 クロエがすぐに顔を上げた。


「クロエは錬金術だけやない。護身術も、潜入も、戦い方も、ちゃんと身につけてる。あの家で育ったからこそ、できることあるんよ」


 デイジーは先日の戦いを思い出した。


 五体の魔族を相手に、ほとんど隙を見せなかった身のこなし。あの速さは、普通の技術者のものではなかった。


「確かに、オリーブさんの強さはこの目で見ました」


「でしょ?」


 リリーが得意げに言った。


「でも……」


 クロエは二人から目を逸らした。


「私、あの家でいろんなことしてきたんだよ。レオナたちに顔向けできない」


「クロエ」


「でも……」


 言いかけて、口を閉じる。


「……それでも、会いたいよ」


 クロエはぽつりと言った。


「レオナに」


 リリーは黙って聞いていた。


「会って、ちゃんと話したい。だけど、私が会いに行っていいのか分かんない」


 声が震えた。


「……怖いんだよ」


 クロエは唇を噛んだ。


「嫌われてたら、どうしようって」


 涙が頬を伝った。


「私、もう……」


 そこから先は、うまく言葉にならなかった。リリーは席を立ち、クロエの隣へ移った。


「クロエ」


「……うん」


「レオナがどう思うかは、私にも分からへん」


 クロエは俯いたままだった。


「でも、会わへんかったら、ずっと分からんままやで」


「……」


「話したいこと、あるんやろ?」


 クロエは小さく頷いた。


「ほんなら、会いに行こう」


 リリーは彼女の背中を優しく撫でた。


「私も一緒におるから」


 クロエは顔を覆った。


「……うん」


 その様子を見ていたデイジーが、静かに口を開いた。


「クロエさん」


 初めて本当の名前で呼ばれ、クロエが顔を上げた。


「私も、お願いしたいです」


「……何を?」


「一緒に来てください」


 デイジーは真剣だった。


「私は国家軍にいたので、ロック家が王国にしたことを知っています。簡単に忘れていいことだともしません」


 クロエの表情が曇った。


「でも、あなたがどんな人なのかは、まだほとんど知りません」


「……」


「だから、家の名前だけで決めたくないんです」


 デイジーは少し笑った。


「この前、お店で魔族からみんなを守ってくれましたよね」


 クロエは涙の残る目で彼女を見た。


「私が仲間になってほしいのは、ロック家の人間だからじゃありません」


 デイジーは手を差し出した。


「レオナさんに会いたいと思っている、クロエさん本人です」


 クロエはその手を見つめた。


「……私でいいの?」


「もちろんです」


「本当に?」


「はい」


 クロエは何か言おうとしたが、また涙がこぼれた。


「……もう、やだ」


「っ?」


「そんなこと言われたら、また泣いちゃうじゃん……」


 デイジーは慌ててカウンターを見回した。


「あ、じゃあ、これ使ってください!」


 手近にあった布巾を差し出す。


 クロエが受け取ろうとしたところで、リリーが口を挟んだ。


「デイジーちゃん、それテーブル拭くやつやで」


「あっ! ご、ごめんなさい!」


「……いいよ、もう」


 クロエは構わず布巾で顔を拭いた。


「ちょっと待ってな。ちゃんとしたタオル持ってくるから!」


 リリーが厨房へ向かう。その間に、デイジーは鞄からもう一つ金貨の袋を取り出した。


「それと、こちらも」


「……何?」


「クロエさんの分の報酬も用意しています」


 クロエは涙を拭く手を止めた。


「報酬?」


「はい。一千万ゴールドです」


「……すご」


 戻ってきたリリーが呆れた顔をした。


「急に元気なったな」


「だって一千万だよ!?」


「さっきまで泣いてたやん」


「それとこれとは別!」


 クロエは袋を引き寄せた。そして、少しだけ笑った。


「……分かった。行くよ」


 クロエは目元を拭った。


「レオナ、めちゃくちゃ強いんだろうなぁ……」


「はい。かなり」


「こわぁ……」


 リリーが笑った。


「そこは怖いの!」


「怖いよ! 昔から怒ると怖かったじゃん!」


「せやなぁ。クロエ、よう怒られてたもんな」


「ソフィだって怒られてたでしょ!」


「私はそんなことないで?」


 デイジーは二人のやり取りを見ながら、ようやく笑った。


「では、よろしくお願いします!」


 彼女が改めて手を差し出すと、クロエは今度こそ、その手を握った。


「……よろしく」


 リリーも横から手を重ねた。


「ほな、三人でレオナを助けに行こか!」


 三人の声が、誰もいない酒場に明るく響いた。


 *


「そういえば」


 しばらくして、リリーが口を開いた。


「もう一人、仲間にしたらええ子がおるんちゃう?」


 クロエも顔を上げた。


「ああ、確かに!」


「この戦いに、めちゃくちゃ向いてると思うねん」


 デイジーは身を乗り出した。


「本当ですか? どんな方なんです?」


 リリーとクロエは顔を見合わせた。


「レオナに、いっつも怒られてた子」


「……怒られてた?」


「うん。昼寝ばっかりしてたから」


 クロエが頷く。


「あと、おやつばっかり食べてた」


「そうそう。いつもぼーっとしてたよなぁ」


 デイジーは少し不安になった。


「あの……その方、本当に強いんですか?」


「強いで!」


「めちゃくちゃ強いよ!」


 デイジーは安心した。


「では、その方は今どちらに?」


 リリーがクロエを見る。


「知ってる?」


「知らない」


「生きてるかな?」


「さあ……」


 デイジーの笑顔が止まった。


「……え?」


 二人は顔を見合わせたまま考え込んでいる。


「あの、どうやって探すんですか?」


 リリーが元気よく答えた。


「分からん!」


 クロエも笑顔で続けた。


「分からない!」


「…………」


 デイジーは黙って、すっかり冷めてしまったチョコレートドリンクを飲んだ。


 仲間探しは、まだまだ簡単には終わりそうになかった。

毎日お疲れ様です。大切な時間を使って読んでくださり、大変嬉しく思います!


楽しんでいただけたでしょうか?読みにくいところはございませんか?率直な『☆』評価(★1〜5個)おまちしております。ポチッといただけるだけで励みになります!


本作はすでに最終回まで完成してます。朝6時、昼12時、夜22時の1日3回投稿してますのでよかったらブックマーク登録もお願いします!

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