#24 みんなで帰るから
荒野から、魔物たちの咆哮が消えていた。
レオナが倒れたのを見て、残った魔物たちも退いていったらしい。真紅の竜となったマチルダの周囲には、倒された魔物がいくつも転がっている。
『……帰っちゃった』
マチルダが遠くを見渡した。追いかけることはできない。彼女自身も傷だらけで、片方の翼は力なく垂れていた。
ほかの仲間たちも限界だった。ジェマの左腕は動かず、ソフィは杖に寄りかかっておる。腹を刺されたミラはデイジーの治療でようやく身体を起こせるようになり、ニーナも脇腹の痛みをこらえていた。
その中央に、レオナが倒れている。
肩にはニーナの剣が深く刺さったまま。それでも、かすかに呼吸を続けていた。
「……タリア?」
ニーナが呼ぶと、タリアはレオナから目を離さずに答えた。
「方法が、あるかもしれません」
ソフィが顔を上げた。
「何か思いついたん?」
「研究所で見つけた、魂変質魔法です」
「あれか……!」
ソフィは思い出した。エウテルペ研究所で、タリアが一冊だけ別にしていた古い本。魔族化を解く方法を探す中で見つけた、魂そのものに作用する術だった。
「でも、あれは身体を元に戻せへんのやろ?」
「はい。成功しても、レオナの身体は魔族のままです」
「じゃあ、どういうこと?」
クロエが尋ねた。
「魂の構造を、元の形に組み直すんです。記憶や人格、感情にも作用すると書かれていました」
タリアはレオナを見た。
「今日、レオナはミラを殺そうとして、腕が止まりました。ソフィの言葉にも反応していましたよね」
クロエが頷く。
「前にソフィを見逃したときも、理由を聞かれて困ってた」
「きっと、レオナの中にはまだ元の魂が残っています。それなら、この魔法で取り戻せるかもしれません」
ニーナはレオナの顔を見つめた。
「……本当に?」
「分かりません。記録が少なく、使ったことがない魔法です。失敗したらどうなるのかも……」
「危険性も分からないんですね」
デイジーの問いに、タリアは頷いた。
誰もすぐには答えなかった。
今まで探していたのは、レオナを人間に戻す方法だった。けれど、そのために命を奪うことなど、もう誰も望んでいない。
ソフィがレオナの隣へ腰を下ろした。
「……ええやん」
「ソフィ?」
「身体が魔族のままでも、別にええやん」
ソフィはレオナの頬に触れた。赤い瞳も、身体に流れる魔力も、昔とは違う。それでも仮面の下にあったのは、ずっと会いたかった友達の顔だった。
「私ら、何を戻そうとしてたんやろな。ずっと、人間に戻すことばっかり考えてた」
少し笑って、続ける。
「でも、欲しいんは『人間のレオナ』やない。レオナや」
『自分もそう思う』
少し離れた場所から、マチルダが大きな顔を近づけた。
『身体が何でも、レオナはレオナでしょ』
ソフィが笑った。
「マチルダが言うと説得力あるなぁ」
『そう?』
「今、めっちゃ大きいドラゴンやし」
『かっこいい?』
「うん。めっちゃかっこええ」
マチルダは満足そうに鼻を鳴らした。張り詰めていた空気が、少しだけ和らいだ。
タリアは改めてレオナの前に膝をついた。
「……やってみます」
「待って、タリア」
ソフィがその手を取る。
「前に話してた蘇生魔法とは違うんやな? タリアの命を使う術やないんやな?」
「はい。命を交換する魔法ではありません」
「ほんまに?」
「本当です」
タリアが微笑むと、ソフィはようやく手を離した。
「……分かった」
「ただ、デイジー。手伝っていただけますか?」
「もちろんです。何をすれば?」
「私が魂に干渉している間、レオナの身体を維持してください」
デイジーはすぐにレオナの横へ座った。
「任せてください。治療は私の仕事ですから」
疲れ切った顔で笑い、両手から治癒の光を生み出す。
「私たちは?」
ジェマが尋ねた。
タリアは仲間たちを見回した。
「レオナを呼んでください」
「呼ぶ?」
「魂の中に、どれだけ記憶が残っているのか分かりません。だから、みんなで教えてあげてほしいんです。レオナが、どんな人だったのか」
ソフィはレオナの手を握った。
「……そんなん、いくらでもあるわ」
タリアは頷き、レオナの胸元へ両手をかざした。
淡い光が生まれ、ゆっくりと身体へ沈んでいく。
「……っ!」
レオナが小さく身を震わせた。デイジーが治癒魔法を強める。
タリアは目を閉じた。
「それでは、行ってきます」
「タリア」
ソフィが呼び止める。
「レオナちゃん、連れて帰ってきてな」
「はい」
光が強くなり、タリアの意識はレオナの魂の奥へと沈んでいった。
*
目を開けると、そこには暗闇が広がっていた。
空も地面も見えない。ただ、遠くに小さな光が一つだけ浮かんでいる。
「……あそこに」
タリアは光へ向かって歩き出した。しかし、途中で何かにぶつかった。
目の前に、赤黒い壁があった。煙のように揺れているのに、触れると硬い。その奥の光を取り囲むように、どこまでも広がっている。
手を当てた瞬間、頭の中に声が響いた。
――人間を殺せ。
「っ……!」
――憎め。壊せ。すべて敵だ。
赤黒い壁が脈打ち、タリアの手を弾いた。
魔族化によって植えつけられた怒りや憎しみが、レオナの魂を覆っている。
タリアはもう一度近づいた。けれど、魔力を込めても壁はびくともしない。それどころか、触れるたびに強く押し返される。
「……どうすれば」
そのとき、遠くから声が聞こえた。
――レオナ。
タリアが顔を上げる。
ソフィの声だった。
*
荒野では、ソフィがレオナの手を握っていた。
「レオナ、覚えてる? 学校のとき、私が授業抜け出して遊びに行こうとしたん、先生に言いつけたやろ」
ジェマが笑った。
「レオナらしいね」
「めっちゃ怒られたわ。『王の鳥が学校サボるな!』って」
「で、ソフィはサボったの?」
ニーナが尋ねる。
「サボった」
「反省してないじゃん」
「でもな、帰りにはレオナも遊びに来たんよ」
ソフィは思い出し笑いをした。
「散々怒っといて、結局一緒におるんやから」
*
タリアの前で、赤黒い壁が光った。
そこに、制服姿のソフィとレオナが現れる。
『一回くらいええやん』
『ダメ! あんたが緩すぎるの!』
場面が変わり、今度は公園で二人が並んで座っていた。レオナは不満そうな顔をしているが、ソフィが差し出したお菓子には手を伸ばしている。
その瞬間、壁に亀裂が走った。
「……!」
亀裂の奥から、白い光が漏れ出す。
ソフィの声に、レオナ自身の記憶が反応している。
タリアが亀裂へ手を伸ばすと、赤黒い壁の一部が崩れ落ちた。
奥の光が、少しだけ大きく見えた。
「聞こえているんですね……!」
タリアは振り返った。
「もっと、聞かせてください」
*
次にレオナのそばへ座ったのは、クロエだった。
「ねえ、レオナ。昔、私がレオナの剣を勝手に分解したの、覚えてる?」
「何してんの!?」
ニーナが思わず声を上げた。
「構造が知りたかったんだもん」
「で、ちゃんと戻せたの?」
「戻せなかった」
「最悪じゃん!」
クロエは笑った。
「めちゃくちゃ怒られたよ。でも、私が泣いたら、レオナも床に座って一緒に直してくれたんだ」
散らばった部品を前に、怒った顔で腕を組むレオナ。
『泣いてないで。ほら、やるよ』
『怒ってない?』
『怒ってる。でも直す』
「……そういう人だったじゃん」
クロエはレオナの顔を覗き込んだ。
「だから、戻ってきたらちゃんと話聞いてよ。怒られるなら、本物のレオナに怒られたいから」
その声に続いて、ジェマも口を開いた。
「私はさ、昔からあんたばかりだったよね」
動かない左腕を抱えながら、少し笑う。
「最初は嫌いだった。偉そうだし、しつこいし。殴り合いになったときなんて、私が勝ったのに、次の日また来るんだもん」
「レオナが負けたの?」
ソフィが驚く。
「そう。これ大事だから覚えといて」
ジェマは得意そうに笑ったが、すぐにレオナへ目を戻した。
「負けても、喧嘩しても、何回でも来たじゃん。だから今回も諦めんなよ、相棒」
少し離れた場所から、マチルダも顔を近づけた。
『自分も覚えてるよ。サーカスの初舞台のとき、レオナが友達いっぱい連れて見に来てくれたの』
「そんなこともあったわね」
ニーナが懐かしそうに笑った。
『緊張してたけど、みんなが応援してくれたから楽しかった。だから今度は、自分たちがレオナを迎えに来たよ』
マチルダは傷ついた翼を少し動かした。
『帰ったら、一番大きいお肉食べようね』
「それ、レオナが奢るん?」
ソフィが聞く。
『うん!』
「勝手に決めたら怒られるで」
『じゃあ、帰ってきたら相談する』
*
声が届くたび、タリアの周囲に新しい記憶が現れた。
床いっぱいに広がった剣の部品を、クロエと一緒に拾うレオナ。山の中でジェマに負け、泥だらけになっても翌日また挑みに来るレオナ。サーカスの客席から、マチルダへ大きく手を振るレオナ。
どの記憶にも、笑ったり、怒ったり、誰かの隣にいる彼女がいた。
赤黒い壁には次々と亀裂が入り、その隙間から白い光が広がっていく。
タリアは手を伸ばし、残った魔力を押しながら奥へ進んだ。
もう少しで光へ届く。
そう思ったとき、壁の向こうから新しい声が響いた。
――誰も助けられなかった。
――お前が弱かったから。
――全部、お前のせいだ。
タリアの足が止まった。
これまでとは違う。
植えつけられた殺意の奥に、レオナ自身の後悔が混じっている。
「……こんなところまで」
赤黒い魔力が強くなり、せっかく開いた亀裂を塞ごうとする。
そのとき、ニーナの声が聞こえた。
*
「……レオナ」
ニーナはレオナのそばに座り、肩に刺さった剣を見つめた。
「私が軍に入った日、覚えてる?」
少し笑う。
「最初にあんたを見つけたら、『やっと来た』って言われたんだよね。何様だよって思ったけどさ」
「言いそう」
ジェマが呟いた。
「でしょ?」
ニーナは頷いた。
「でも、実は安心したんだ。知らない人ばっかりだったから、知ってる顔がいて嬉しかった」
その笑みが消える。
「……五年前も、来たよね」
誰も口を挟まなかった。
「私、もう助からないと思ってた。なのに、あんたが来た」
敵に捕らわれ、動くこともできなかった自分。その前に、傷だらけのレオナが現れた。
『なんで来たの!?』
『うるさい!』
『馬鹿じゃないの!?』
『知ってる!』
あの日の声を、今でも覚えている。
「ずっと思ってたんだよ。あのとき来なかったら、レオナは死なずに済んだんじゃないかって」
ニーナは唇を噛んだ。
「でも、もう言わない」
レオナの手の横に、自分の手を置く。
「今度は、私が来たから」
*
タリアの目の前に、五年前の戦場が現れた。
血だらけのレオナが、敵を押しのけてニーナのもとへ走っている。
『帰るよ!』
『どこに!?』
『知らない! とりあえずここじゃない!』
タリアは思わず笑った。
こんなときまで、レオナらしい。
しかし、記憶の中のレオナがニーナの前に立った瞬間、周囲の景色が赤黒く染まった。
――助けられなかった。
――守れなかった。
――お前が死んだから、仲間は苦しんだ。
タリアは息を呑んだ。
魔族化の力は、レオナが大切にしていた記憶まで利用している。
「……違います」
タリアが記憶へ手を伸ばす。
「ニーナは生きています。あなたが助けたから、今もここにいるんです」
ニーナの声が再び届いた。
――今度は、私が来たから。
赤黒い魔力が大きく揺れ、戦場の景色が消えた。
その向こうに、一人の女性が膝を抱えて座っているのが見えた。
「レオナ……!」
タリアは走り出した。
けれど、すぐ目の前に巨大な壁が立ちはだかった。
その中心に、燃える王宮が浮かび上がる。
――王家を憎め。
――守る価値などない。
――すべて壊せ。
タリアは壁へ手を当てた。強い魔力に押し返され、膝をつく。
そのとき、ミラの声が聞こえた。
*
ミラはデイジーに支えられながら、レオナの手を握った。
「……レオナ」
まだ腹の傷が痛む。それでも、どうしても伝えたいことがあった。
「五年前、ありがとう」
涙が頬を伝った。
「私を逃がしてくれて。生きろって言ってくれて」
あの日、燃える王宮から一人で逃げた。
レオナを置いて、自分だけが生き残った。
「ずっと謝りたかった。私が逃げたせいで、レオナが死んだんだと思ってたから」
ソフィがミラの肩に手を置いた。
ミラは涙を拭い、首を振った。
「でも、もう謝らない」
レオナの手を強く握る。
「レオナが、生きろって言ったから。私、生きたよ」
声が震えた。
「ちゃんと五年間、生きた。だから今度は、レオナが生きて」
ミラは涙を流しながら笑った。
「今度は、私が置いていかないから」
*
燃える王宮の中を、レオナがミラの手を引いて走っていた。
『走って!』
『私だけ逃げられない!』
『王女って、死ぬことなの?』
レオナは振り返った。
『王女なら、最後まで生きなよ』
最後の扉が閉まり、レオナは一人で敵の前に残る。
『生きて』
その言葉とともに、王宮が赤黒い魔力に飲み込まれた。
――裏切られた。
――王家など守る価値はない。
――殺せ。
「違う!」
タリアは壁へ両手を押し当てた。
「レオナが守った命は、無駄になんかっていません!」
ミラの声が響く。
――ちゃんと五年間、生きた。
タリアの手元から白い光が広がった。
「ミラは生きています! 今もあなたを待っているんです!」
壁に大きな亀裂が走った。
赤黒い魔力が激しく渦巻き、タリアを押し返そうとする。けれど、もう手を離さなかった。
やがて壁が音を立てて砕け、奥に座るレオナの姿がはっきりと見えた。
「レオナ!」
タリアは手を伸ばした。
しかし、二人の間には、まだ薄い壁が残っていた。
そこには、何も映っていない。
ただ、声だけが聞こえる。
――お前は、もうレオナではない。
――五年間、人間を殺した。
――魔族として生きた。
――戻る場所などない。
レオナが膝を抱えたまま、身体を小さくした。
タリアは壁に触れた。
今までとは違い、魔力を込んでも何も起こらない。
この壁は、レオナ自身が作っている。
*
荒野では、デイジーが必死に治癒魔法を維持していた。
レオナの呼吸が乱れ、身体が何度も震える。タリア也目を閉じたまま苦しそうに眉を寄せていた。
「デイジー、大丈夫なん?」
ソフィが尋ねる。
「……何とか」
デイジーの顔色は真っ青だった。
「でも、長くは持ちません」
「タリアは?」
「まだ魔法を使っています。今は、私たちにできることを続けましょう」
デイジーはレオナを見た。
「……先輩」
治癒魔法を送りながら、静かに話し始める。
「私、覚えてますよ。訓練生だった頃、何回失敗しても最後まで付き合ってくれましたよね」
少し笑う。
「私、結構出来が悪かったのに」
「結構?」
ニーナが聞き返す。
「そこは今触れなくていいです」
デイジーはレオナの手に自分の手を重ねた。
「先輩がいたから、私はここまで来ました。だから今度は、私が連れて帰ります」
治癒の光が、わずかに強くなる。
「帰る場所なら、あります。私たちがいます」
*
タリアの前で、最後の壁に小さな亀裂が入った。
「……!」
しかし、それ以上は広がらない。
壁の向こうで、レオナがゆっくり顔を上げた。
タリアは彼女を見つめた。
「レオナ。私も覚えています」
幼い頃、パルタ山で何度も見かけたレオナとジェマ。
二人とも泥だらけになって帰ってきて、シスターに叱られていた。それなのに、次の日にはまた山へ出かけていった。
「何度怒られても、懲りずに遊びに行ってましたよね」
タリアは小さく笑った。
「本当に、諦めない人だと思っていました」
レオナの目がわずかに動いた。
「だから、今回も戻ってきてください。一度魔族になったからって、五年経ったからって、それで全部終わりにしないでください」
壁の亀裂が広がる。
「私は一人で迎えに来たんじゃありません。八人で来たんです」
遠くから、仲間たちの声が聞こえた。
ソフィ。クロエ。ニーナ。ジェマ。マチルダ。ミラ。デイジー。
みんながレオナを呼んでいる。
「みんな、レオナを待っています」
タリアは壁へ手を当てた。けれど、最後の部分だけはどうしても壊れない。
そのとき、気づいた。
これは、自分が壊すものではない。
「……レオナ」
タリアは壁の向こうにいる彼女を見つめた。
「帰りたいですか?」
長い沈黙があった。
レオナは膝を抱えたまま、俯いていた。
やがて、小さな声が聞こえた。
「私……」
タリアは返事を待った。
「帰っていいの?」
「はい」
「でも」
レオナは自分の手を見た。
「私、いっぱい……傷つけた」
「はい」
タリアは否定しなかった。
レオナが魔族として過ごした五年間は、消えるわけではない。
それでも、タリアは手を伸ばした。
「だから、帰ってから話してください」
「……」
「謝るなら、帰ってから。怒られるなら、帰ってから」
少し笑う。
「全部、帰ってからです」
レオナの目から、涙が落ちた。
「……ずるい」
「そうですか?」
「帰るしかないじゃん」
タリアも泣きながら笑った。
「はい」
レオナがゆっくり立ち上がる。
そして、タリアへ向かって歩き始めた。
――戻るな。
赤黒い壁が揺れる。
――お前は魔族だ。
「うるさい」
レオナは足を止めなかった。
――人間には戻れない。
「だから何」
また一歩、近づく。
――お前には帰る場所などない。
「ある」
レオナは壁の向こうにいるタリアを見た。
「八人も来てるんでしょ」
少しだけ、昔のように笑う。
「帰らない方が怒られるじゃん」
タリアの目から涙が溢れた。
「はい」
レオナが手を伸ばす。タリアも、その手を取ろうと指を伸ばした。
二人の指先が触れる。
その瞬間、最後の壁が砕け散った。
*
暗闇に光が溢れた。
散らばっていた記憶が一斉に輝き、レオナのもとへ集まっていく。笑った日も、怒った日も、泣いた日も。忘れていた一つひとつが、彼女の中へ戻っていった。
タリアはレオナの手を握った。
「帰りましょう」
レオナが頷く。
「うん」
そして、もう一度。
「帰る」
世界が白く染まった。
*
荒野。
タリアの身体が大きく揺れた。
「タリア!」
ソフィが慌てて支える。
同時に、レオナを包んでいた光が一気に強くなった。
「デイジー!」
「維持してます!」
デイジーは必死に治癒魔法を送り続けた。レオナの身体が震え、肩の傷から血が流れる。
そのとき、刺さったままの剣が光り始めた。
「……剣が?」
ニーナが目を見開く。
クロエはすぐに気づいた。
「私が作った回路……!」
剣に刻んだ魔力回路が、タリアとデイジーの魔力を通している。剣を伝った光は、レオナの身体の奥へ広がっていった。
「こんなところで役に立つなんて……」
クロエが呟いた。
レオナの周囲に残っていた濁った魔力が、少しずつ薄れていく。
やがて、光が静かに収まった。
タリアの身体から力が抜け、ソフィが抱きとめる。
「タリア! 大丈夫なん?」
タリアはゆっくり目を開けた。
「……レオナは?」
その声を聞いて、ニーナがレオナの顔を覗き込んだ。
「……レオナ?」
返事はなかった。
ニーナはもう一度名前を呼んだ。魔法の光は消えているのに、レオナは目を閉じたまま、ぴくりとも動かなかった。
「ねえ、レオナ。聞こえてる?」
頬に触れる。冷たい。けれど、かすかに呼吸はしている。
「……ねえ」
ニーナの視線が、レオナの肩へ落ちた。
そこには、まだ自分の剣が刺さっている。
「……ごめん」
声が震えた。
「ごめん、レオナ……」
レオナは何も答えない。
「……お願いだから、起きてよ」
涙が一粒、レオナの頬に落ちた。
「私、まだ何も話せてないじゃん」
五年間、ずっと会いたかった。生きていると知ってからは、会えたら何を言おうか、何度も考えた。
「こんなの、嫌だよ……」
ニーナはレオナの手を握った。
涙が次から次へと溢れてくる。
「昔みたいにさ、また普通に話そうよ。くだらないことで喧嘩して、みんなでご飯食べて……」
言葉が詰まった。
そんな当たり前のことを、もう一度したいだけなのに。
「……レオナ」
握った手は動かない。
ニーナは顔をくしゃくしゃにして、首を振った。
「ねえ、また話そうよ。せっかくまた会えたのに!」
もう声を抑えられなかった。
「お願い……帰ってきてよ!」
そのとき、握っていた手の指が、かすかに動いた。
「……え?」
ニーナが顔を上げる。
見間違いかと思った。けれど、もう一度、レオナの指が動いた。
「レオナ……?」
レオナの瞼が、ゆっくりと開いた。
赤い瞳。
しばらくぼんやりと辺りを見つめていたレオナは、やがて目の前のニーナに気づいた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を見て、弱々しく眉を寄せる。
「……ニーナ」
その声を聞いた瞬間、ニーナは息を呑んだ。
レオナは掠れた声で言った。
「……何、その顔」
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