#22 鉄の仮面の奥に
そこは魔王城。
黒い石で造られた壁には、火の灯っていない燭台。廊下の隅には、何の生き物のものかも分からない骨が転がっている。
クロエは深緑のフードを少し引き下げた。
「……相変わらず、趣味悪い城」
「何か言ったか?」
隣を歩いていた魔族が振り返った。
クロエはすぐに笑顔を作る。
「別に。褒めてた」
魔族は明らかに疑っていたが、それ以上は何も言わなかった。
案内された部屋へ入ると、背後で重い扉が閉じた。正面では、魔大臣が細い目でこちらを見ていた。
「それで」
机の上で指を組む。
「わざわざここまで来たということは、何か分かったのだろうな」
クロエは椅子へ腰を下ろした。
「ミラの居場所について、少しね」
魔大臣の目つきが変わった。
「……ほう」
「正確には、今どこに泊まってるかまで全部掴んだわけじゃないけど」
クロエは淡々と続けた。
「今は数人の旅人と一緒に動いてるみたい。かなり警戒してて、拠点もころころ変えるから足取りが掴みにくい」
魔大臣が机を指先で叩いた。
「使えん情報だな」
「最後まで聞いてよ」
クロエは頬杖をついた。
「自分、ミラ本人と繋がったから」
魔大臣の指が止まった。
「本人と?」
「うん」
「どうやってだ」
「幼馴染だから」
さらりと答えた。
「昔から知ってる」
魔大臣は黙って続きを促した。
「ミラの話だと、三か月後にはダズリンへ向かうつもりらしい」
「……」
「魔族がまた戦争を仕掛けるなら、今度は逃げたくないって。自分も戦うって言ってた」
魔大臣が薄く笑った。
「王族らしい、愚かな発想だ」
「そう? 自分はミラらしいと思ったけど」
魔大臣はじっとクロエを見る。
「随分と親しげだな」
「だから幼馴染だって言ったでしょ」
クロエはそこで少しだけ笑みを消した。
「まあ、自分はミラから嫌われてるけど」
「……」
「五年前のことがあるからね」
魔大臣の口元がわずかに上がった。
「当然だろう」
「そうだね」
クロエはあっさり認めた。
「だから、ミラが自分に本当のことを全部話してるかは分からない。ダズリンへ行くって話も、本当かどうか、まだ断言できない」
「……」
「でも、ミラが向こうへ動き始めたら分かる。自分が追えるから」
魔大臣はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……信用しろと?」
「うん」
「裏切り者の王の猿を?」
クロエは少し笑った。
「裏切り者だから、使えるんじゃない?」
魔大臣の口元にも薄い笑みが浮かんだ。
「口だけでは信用できんな」
「だと思った」
クロエは腰の袋から、小さく折り畳んだ紙を取り出した。
「これ、ミラが最近使ってた宿の名前。もう出ていったけど、確認すれば分かると思うよ」
魔大臣が紙を受け取る。
「……確かな情報か?」
「それは本当。調べてみれば?」
宿の名前は嘘ではなかった。ミラたちが少し前まで利用していた場所だ。すでに引き払っているため、今から魔族が調べても困ることはない。
魔大臣は紙を机へ置いた。
「確認させよう」
「どうぞ」
「ただし、情報が外れた場合は――」
「そのときは好きにして」
クロエは立ち上がった。
「自分、役に立つよ」
少し笑う。
「だから信用して」
*
魔大臣の部屋を出たあと、クロエは何食わぬ顔で廊下を歩き続けた。一つ角を曲がり、二つ目の階段を下りたところで、ようやく小さく息を吐く。
「……よし」
魔大臣へ話した内容の大半は作り話だった。
ミラは、最初からダズリンへ向かう予定ではない。表向きはダズリンへの侵攻に備えているように見せ、魔族軍の戦力をそこへ集中させる。
その間にミラは、人里から離れた別の場所へ移動する。周囲への被害が少なく、八人が戦いやすい場所へ。そして直前になったら、クロエがその情報を魔大臣へ流す。
狙いは一つだけ。
鉄の魔女を魔族軍本隊から引き離し、ミラのもとへ単独で向かわせること。
クロエは歩きながら、わずかに口元を上げた。
「悪いね」
誰にも聞こえない声で呟く。
「自分、こういうの得意なんだよ」
本来なら、そのまま城を出るはずだった。
けれど、クロエは足を止めた。
せっかく魔王城の奥深くまで入ることができた。そして、この城のどこかにレオナがいる可能性が高い。
「……ちょっとだけ」
クロエは周囲を見回し、進路を変えた。
*
クロエは魔王城の階段を上りながら、周囲を観察していった。
見張りの数。巡回の間隔。扉の材質。魔力の濃さ。
城の上層へ進むにつれて、廊下を歩く魔族の数は減っていった。代わりに、曲がり角ごとに武装した見張りが立っている。
クロエは一度、階段の途中で足を止めた。
奥の廊下を巡回する兵士が、一定の間隔で行き来している。戻ってくるまでの時間を数え、次に通り過ぎた瞬間、素早く階段を上った。
その先には、さらに厳重な警備が敷かれた区画があった。
「……ここかな」
廊下の奥に、大きな扉がある。前には二体の魔物が立っていた。どちらも、ただの見張りではなさそうだった。
クロエは柱の陰に身を隠し、扉の周囲を確かめた。
鍵だけではない。扉の縁に、細い魔法文字が刻まれている。無理に開けば、警報が鳴る仕組みらしい。
「面倒くさ……」
クロエは小さく呟き、鞄から薄い金属片を取り出した。
まずは見張りをどうにかしなければならない。
小瓶の栓を抜き、床へ一滴落とす。
ぽたり。
甘い匂いが廊下へ広がった。
見張りの一体が鼻を動かす。クロエは柱の陰で、指を折って数えた。
一、二、三。
ドサッ。
一体が倒れ、続いてもう一体も床へ崩れ落ちた。
「おやすみ」
クロエは二体の横を通り抜け、扉の前にしゃがみ込んだ。
魔法文字の一部へ金属片を当てると、淡い光が走った。クロエはその光が消えるのを待ち、もう一度位置を変える。
やがて、扉の縁を巡っていた魔力が弱まった。
今度は細い金具を鍵穴へ差し込む。
カチッ。
鍵が外れた。
「……ふう。簡単」
クロエは耳を澄ませた。巡回の足音は、まだ遠い。
ゆっくり扉を開け、中へ滑り込んだ。
*
薄暗く広い部屋だった。
窓際に、一人の人影が立っている。
黒い服。長い髪。そして、鉄の仮面。
「……レオナ」
人影がゆっくり振り返った。仮面の奥で、赤い瞳が光る。
「誰だ」
その声だけで、身体が強張った。
懐かしい声だった。けれど、そこに昔の温かさはなかった。
クロエは静かに答えた。
「クロエだよ」
「……」
「クロエ・ロック」
レオナは数秒、クロエを見ていた。そして、小さく笑う。
「ああ」
赤い目が細くなる。
「王の猿」
「……」
「裏切り者か」
クロエの指先がわずかに動いた。
「覚えてるんだ」
レオナは窓辺からゆっくり離れた。
「国に仕えて、国を売った」
一歩。
「王家に仕えて、魔族へ情報を流した」
さらに一歩。
「随分と器用な生き方をしたものね」
クロエは黙ってレオナを見る。
「お前みたいな、ネズミみたいな生き方」
吐き捨てるように言う。
「私は嫌いよ」
クロエは少しだけ笑った。
「そう」
「……」
「前は、そんな言い方しなかったけどね」
レオナの目が細くなる。
「前?」
「別に」
クロエは部屋の中をゆっくり歩いた。
「聞きたいことがあるんだけど」
「何」
「ミラのことは、覚えてる?」
ほんの一瞬、レオナの目が動いたのをクロエは見逃さなかった。
しかしレオナは、すぐに顔を逸らした。
「どうでもいいわ」
「王女でしょ?」
「あんな腐った王家、潰れた方がいい」
クロエは黙った。
五年前、燃える王宮からミラを逃がしたのは、目の前のこの人だ。命を懸けて。
それなのに、今はそんなことを平然と言う。
「……そっか」
クロエは小さく答えた。
少し間を置く。
「じゃあ、ソフィは?」
レオナの顔がわずかに動いた。
「……あいつ?」
「うん。この前パルタで会ったでしょ」
レオナは小さく鼻で笑った。
「ほんと、生意気だったわね」
「……」
「あんなに魔法ぶつけてきて。昔からああなの?」
クロエは思わず少し笑った。
「うん。かなり」
「何がおかしいの」
「いや、別に」
クロエは笑みを消した。それから、わざと軽い口調で続ける。
「でもさ」
「何」
「ソフィに、やられっぱなしだったよね」
空気が止まった。レオナの赤い目が細くなる。
「何?」
「だってソフィ、かなり本気で攻撃してたじゃん」
クロエは肩をすくめた。
「レオナなら、本気でやり返せたでしょ」
「……」
「なんでソフィを殺さなかったの?」
沈黙。
レオナは答えなかった。
「ねえ」
「黙れ」
声が低くなる。
「分からない?」
「黙れと言った」
次の瞬間、部屋の空気が一気に冷えた。クロエの足元から、薄い霜が広がっていく。
それでもクロエは動かなかった。
「殺そうと思えば、殺せたでしょ」
「……」
「ソフィだけじゃない。パルタで、もっとやれたはず」
レオナの拳が強く握られた。
「うるさい」
「なんで?」
レオナは口を開きかけた。
けれど、何も言わなかった。
クロエはその顔をじっと見ていた。怒っている。それは間違いない。けれど、怒りの理由を聞かれるたびに、レオナは言葉を詰まらせる。
「……気分よ」
ようやく、レオナが答えた。
「気分?」
「ただ、殺す気分じゃなかった。それだけ」
クロエはしばらく黙っていた。
「へえ。そっか」
一歩、扉の方へ下がる。
「気分か」
「何が言いたい」
「何も」
クロエは扉の前まで戻り、振り返った。
「でも」
「……?」
「よかった」
レオナが眉を寄せる。クロエは少しだけ笑った。
「まだ、全部なくなったわけじゃなさそうだから」
ゴッ――!
次の瞬間、クロエのすぐ横の壁が砕けた。
反射的に身を引いたクロエの頬を、砕けた石の欠片がかすめる。
レオナが放った魔力だった。
「……っ!」
クロエは壁を見た。あと少し反応が遅れていたら、頭ごと吹き飛んでいた。
「……こわぁ」
「次は当てる」
レオナの声は冷たかった。クロエは扉へ手をかけた。
「はいはい。じゃあね、鉄の魔女」
扉を開けかけて、もう一度だけ振り返る。
仮面の奥にある赤い目の中の、怒り。殺気。憎しみ。
今のレオナを支配しているものは、確かにそこにある。
けれど、そのもっと奥に、本人にもまだ理解できていない何かが残っている。
クロエには、そう思えた。
「……レオナ」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。
「やっぱり、そこにいるんだね」
そして、静かに扉を閉じた。
*
宿へ戻った頃には、外はすっかり暗くなっていた。
クロエが扉を開ける。
「ただいまー」
「遅い!!」
入った瞬間、ニーナの声が飛んできた。
クロエは片足を踏み入れたまま止まる。
「何」
「何じゃないでしょ。どこまで行ってたのよ」
「魔王城」
「それは知ってる!」
「じゃあ聞かないでよ」
「帰ってくるのが遅いって言ってるの!」
「ただいまって言っただけなのに、なんで怒られてんの、私」
ぶつぶつ言いながら部屋へ入ると、七人全員が揃っていた。
テーブルは、もう食事をする場所というより完全に作戦本部になっている。ソフィの前には研究資料が積まれ、タリアも古い術式書を開いていた。ジェマは鞭の手入れをし、ミラはタロットカードを一枚ずつ確認している。マチルダは肉を頬張りながら、デイジーの広げた地図を覗き込んでいた。
「クロエさん」
デイジーが顔を上げた。
「魔王城の方はどうでした?」
「ああ、うまくいったよ」
クロエは鞄を下ろした。
「当日はミラはダズリンに行くって伝えたから。まず魔族側はダズリンへ戦力を集めるはずです。予定通りなら、レオナだけを別の場所へ誘導できる」
ソフィが眉を寄せた。
「ほんまに来るやろか」
「来ると思う」
クロエが答える。
「魔大臣はミラをかなり重要視してる。居場所が分かったら鉄の魔女を送るって、前から言ってたから」
ミラも静かに頷いた。
「じゃあ、予定通りだね」
そこでクロエが、何かを思い出したように声を出した。
「あ」
ソフィが見る。
「何?」
「あと、レオナに会ってきた」
一瞬、誰も反応できなかった。
「……は? 何してんの!?」
マチルダまで、肉を口に入れたまま目を丸くした。
「会ったの?」
「うん」
「うん、やない!」
ソフィが勢いよく立ち上がった。
「魔王城の中で!? 一人で!?」
「うん」
「アホなん!?」
ソフィはクロエの頭をぺしっと叩いた。
「痛っ!」
「何考えてんの! 危ないやろ!」
「せっかく魔王城の奥まで入れたから、それっぽい部屋を探してみたら見つけたんだもん」
「見つけても入るな!」
「ソフィ、声大きい」
「誰のせいや!」
ニーナが呆れた顔でクロエを見る。
「……よく帰ってこられたね」
「ほんとに」
ジェマも鞭を置いた。
「部屋に見張りいなかったの?」
「寝てもらった」
「どうやって?」
「薬」
ジェマが少し笑う。
「さすが王の猿」
「褒めてる?」
「半分」
クロエがため息をついた。
「それで」
デイジーが少し強めに話を戻した。
「レオナとは、何を話したんですか?」
「ミラのこと聞いた」
ミラの指が、タロットカードの上で止まる。
「……何て?」
「どうでもいいわって」
「……」
「あんな腐った王家、潰れた方がいいって」
ミラは手元のカードを指先でゆっくり撫でた。
「……そう」
それ以上は何も言わなかった。
ソフィが心配そうにミラを見る。しかし、クロエは続けた。
「本当のレオナなら、そんなこと言わない」
その言葉を否定する者はいなかった。
「でも、変なこともあった」
「何?」
「ソフィの話をしたんだ」
「私?」
「うん。この前パルタで会ったでしょ」
ソフィが少し顔をしかめる。
「ああ……レオナ、ほんま腹立ったからなぁ」
「だから聞いたんだよね。なんでソフィを殺さなかったのって」
ソフィの動きが止まった。
「……何て言うたん?」
「最初は答えられなかった」
「……」
「それで『殺す気分じゃなかった』って」
クロエは少し考えてから首を振った。
「でも、多分違う」
ソフィが黙って見つめる。
「レオナ自身が分かってないんだと思う。なんでソフィを殺さなかったのか」
「私のこと……分かってたんかな」
ソフィが少し迷いながら聞いた。
「分かってたっていうのとは違う気がする」
クロエはすぐに答えた。
「名前とか、昔の記憶とか、ちゃんと繋がってる感じじゃない。でも」
自分の胸を軽く指で叩く。
「ここだけ覚えてるみたいな感じ」
「……」
「頭では知らないって思ってるのに、身体のどこかが嫌がってる。そんな感じだった」
ミラがゆっくり顔を上げた。
「じゃあ、レオナ……まだ……」
「うん」
クロエが頷いた。
「全部なくなったわけじゃない」
少し間を置く。
「自分はそう思った」
しばらく誰も喋らなかった。
ソフィは自分の両手を見ていた。
「……アホ」
ソフィがぽつりと呟いた。
「ほんま、アホやなぁ」
その声は、ほんの少し震えていた。ミラが何も言わず、ソフィの腕へそっと手を置く。
そのとき、タリアが机の端に置かれた一冊の古い本へ視線を落とした。
魂。人格。記憶。
魔族化によって変質したそれらを、元の形へ組み直す術式。
タリアは表紙へ手を伸ばしかけ、ふとクロエを見た。
「クロエ」
「ん?」
「レオナは、ソフィの名前を聞いたとき、何か反応しましたか?」
クロエは少し考えた。
「名前そのものっていうより、パルタで会ったことを思い出した感じかな。でも、殺さなかった理由を聞いたら、急に怒り出した」
「……そうですか」
タリアは本へ視線を戻した。
「タリア?」
デイジーが気づいた。
「どうしました?」
「……いえ」
タリアは本を閉じず、もう一度ページを開いた。
「少し、確かめたいことができました」
それ以上は何も言わず、術式の記述を読み始めた。
*
しばらくして、クロエがニーナの銅のつるぎを持ち上げた。
「で」
「何?」
「これさ、どうするの?」
ニーナが顔を上げる。
「突然話が飛ぶわね!?」
「だって大事でしょ」
クロエは刀身を光へかざした。
「このままレオナと打ち合ったら、多分折れる」
ニーナの顔が真剣になる。
「それは困る」
「でしょうね」
「なんとかして」
「簡単に言うなぁ」
クロエは工具箱を机へ置いた。
「魔剣にはできないよ」
「なんで?」
「素材に夢がない」
「素材に言って」
ニーナは剣を指差した。
「じゃあ、何ができるの?」
クロエは刀身を指で軽く叩いた。
「魔力を通しやすくする」
「どうやって?」
「刀身の内側に魔導回路を入れる。剣そのものが魔剣になるわけじゃないけど、外から流した魔力を今よりずっと乗せやすくできる」
ニーナが身を乗り出した。
「それ、強くなる?」
「ちょっとは」
「ちょっと?」
「元がこれだから」
「んもぉ〜!」
クロエは笑いながら剣を置いた。
「でも、ニーナにはその方がいいかも」
「どういうこと?」
「重い魔剣に変えるより、今の軽い剣の感覚を残したまま魔力を乗せられるようにした方がいい」
クロエはニーナの右肩をちらりと見た。
「今の身体にも、その方が合うと思う」
ニーナは少し黙ったあと、自分の剣へ視線を落とした。
「……なるほど」
「まあ、任せて」
クロエは工具箱を開いた。
「ただし、改造したからって無茶な使い方はしないでよ」
「私を誰だと思ってるの?」
「安い剣を持ってる元兵士長」
「言い方!」
ジェマが横から覗き込んだ。
「ちなみに、いくらだったの?」
「……八百ゴールド」
「私の鞭の留め具より安いんだけど」
「黙って!!」
笑い声が広がる中、クロエは剣の柄を外し、刀身の状態を確かめ始めた。
ニーナは剥き出しになった刀身を黙って見つめていた。
「……ねえ」
ニーナがクロエを呼んだ。
「ん?」
「ちゃんと頼むよ」
さっきまで笑っていたクロエも、その意味を理解した。
「うん。ちゃんと作る」
そして少しだけ声を落とした。
「レオナを、連れて帰れるように」
*
それから八人の日々は、少しずつ決戦へ向かっていった。
クロエは何度も魔族側と接触した。嘘だけでは、いずれ疑われる。本当に知られても問題のない情報を少しずつ混ぜながら、魔大臣との関係を作っていった。
その一方で、ニーナの剣にも手を加えた。八百ゴールドの銅の剣は見た目こそほとんど変わらなかったが、内部にはクロエが作った魔導回路が組み込まれ、以前より魔力を通しやすい武器へ変わっていった。
ニーナはその剣を手に、ジェマと何度も訓練を重ねた。
「右肩、大丈夫?」
ジェマが鞭を構えながら聞く。
「平気。昔みたいな振り方はしてないから」
ニーナは剣を軽く握り直した。
少し離れた場所では、マチルダが竜化の訓練をしていた。
炎が身体を包み、真紅の鱗が広がる。巨大な竜となったマチルダは、地面へ爪を立てて動きを止めた。
「マチルダ!」
ニーナが声をかける。竜の頭がこちらを向いた。
以前なら、竜化した直後は周囲の声を聞き分けるのも難しかった。それでも、何度も繰り返すうちに、少しずつ仲間の声へ反応できるようになっていた。
「よし。今日はここまで!」
ニーナが手を振ると、マチルダはゆっくり身体を縮め、人間の姿へ戻った。
「どうだった?」
「よかったよ。ちゃんと聞こえてた?」
「うん。ニーナの声、分かった」
マチルダは嬉しそうに笑った。
その頃、ソフィは何度もエウテルペ研究所へ戻っていた。
タリアやデイジー、時にはクロエも加わり、残された資料を一つずつ調べていく。
レオナを助ける方法。そして同時に、タリアを犠牲にしなくて済む方法。
ソフィは最後まで、どちらか一人を選ぶという結論を受け入れなかった。
デイジーも国家軍との連絡を続けた。軍が知っているのは、鉄の魔女を討伐するための準備を進めているということだけ。その戦いの先で、レオナを救おうとしていることまでは知らせていない。
ミラは何度もタロットを並べた。
未来を完全に知ることなどできない。それでも、戦いの流れや危険な兆候を少しでも早く掴めるように、何度もカードを切った。
今度は逃げるためではない。
レオナを迎えに行くために。
そしてタリアは、蘇生術の確認を続けながら、時折一人であの古い本を開いていた。
肉体を人間へ戻すものではない。
魔族化によって変質した魂に直接干渉し、元の形へ組み直す術式。
何度読んでも、まだ完全には理解できない。それでも魔王城でクロエが見たというレオナの反応を聞いてから、タリアにはどうしてもその記述が気になっていた。
本人にも分からない何かが残っている。
もし、それが本当に魂の奥に残っているのだとしたら。
タリアはもう一度、同じページを読み返した。
けれど、まだ答えは出ない。
その本を閉じ、また次の日に開く。
八人は、それぞれに自分のできることを続けた。
誰か一人だけが背負うのではなく、それぞれが自分の役割を持ち、少しずつ一つの作戦を形にしていった。
そして時間は、静かに、けれど確実に進んでいく。
やがて、魔族軍がダズリンへ進軍を開始する日まで、あと一日となった。
毎日お疲れ様です。大切な時間を使って読んでくださり、大変嬉しく思います!
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