#21 曲者たちの作戦
研究所から戻ったその日の夜、宿の一階にある大きなテーブルを、八人が囲んでいた。
普段なら誰かが酒を開け、食べ物を広げ、話がすぐに脱線する時間だった。けれど今夜、テーブルに並んでいるのは地図と研究資料ばかりだ。例外は、マチルダが手に持っている焼き菓子だけだった。
「まず、研究所で分かったことを共有します」
デイジーが口を開くと、ニーナがすぐに身を乗り出した。
「どうだった?」
「方法自体は、以前お話しした通りです。ただ、新しく分かったことがあります」
デイジーはソフィへ目を向けた。
ソフィは一枚の資料をテーブルの中央へ置いた。
「……ちょっと厄介なことが分かってん」
「何?」
「レオナを人間に戻すには、一度魔族としての命を止めて、蘇生魔法をかける。そこまでは前に話したやろ?」
全員が頷いた。
「問題は、その蘇生魔法やねん。普通の蘇生とは違って、術者の命を代償にせなあかんらしい」
「……命?」
ジェマが聞き返した。
「それって、どういう意味?」
タリアが静かに答えた。
「この方法でレオナを蘇生させた場合、私が命を落とすことになります」
ニーナが椅子から身を起こした。
「ちょっと待って。それじゃ、タリアが死ぬの?」
「はい」
「そんなの駄目に決まってるでしょ!」
ミラもすぐに口を開いた。
「ほかの方法はないの?」
「今、探してるところや」
ソフィが答えた。
「強い魔力で蘇生すればどうにかなる、って話じゃないんだ?」
ジェマの問いに、ソフィは頷いた。
「そういうことやな」
クロエは資料を手に取り、眉を寄せた。
「一人連れて帰るために、一人置いてくるなんて、そんなの助けたことにならないじゃん」
「分かってる」
ソフィはすぐに答えた。
「せやから、この方法をそのまま使うつもりはないで」
「ただ、代償を払わずに済む方法は、まだ分かっていません」
タリアの答えを聞いて、マチルダは手にしていた焼き菓子を皿へ戻した。
「……じゃあ、タリアもレオナも助かる方法を探さないと」
「そういうこと」
デイジーが頷いた。
「そこで、私の治癒魔法を一緒に使えないかと考えています」
デイジーは、以前シスターを蘇生したときのことを説明した。タリアが蘇生魔法を使う間、自分が治癒魔法をかけ続けたことで、身体を蘇生できる状態に保てていた可能性がある。
「今回も同じようにできれば、タリアさんの負担を減らせるかもしれません」
「それなら、命を使わなくて済むの?」
ミラが尋ねた。
「そこまでは、まだ分からないんです」
デイジーは首を振った。
「治癒魔法で身体を保つことと、蘇生に必要な命の代償は別の問題ですから」
「……そうだよね」
ミラは資料へ目を落とした。
ニーナが腕を組んだ。
「じゃあ、今のままじゃ作戦は実行できない?」
「少なくとも、蘇生の方法が決まるまではな」
ソフィが答える。
「レオナを戦闘不能にするところまでは考えられる。でも、そこから先を決めずに命を止めるわけにはいかへん」
「そりゃそうでしょ」
ジェマはタリアを見た。
「タリア。あんた、無理して一人で何とかしようとか考えてないよね?」
「はい。私も、別の方法を見つけたいと思っています」
「本当に?」
「本当です」
タリアが頷くと、ジェマはようやく椅子の背にもたれた。
「ならいいけど」
「レオナを助けるためにタリアが死ぬなんて、私は絶対に嫌だよ」
ミラが言った。
「私も」
ニーナが続ける。
「レオナだって、そんなこと望まないでしょ」
ソフィは顔を上げた。
「……大丈夫や。まだ時間はある。研究も続けるし、ほかの資料も探す。絶対に諦めへんから」
「ソフィ」
タリアが呼びかけた。
「私も手伝います」
「当たり前やろ」
ソフィは少し笑った。
「一緒に見つけるんやで」
「はい」
そこでマチルダが、小さく手を挙げた。
「質問」
「何?」
「その研究、まだ続くんだよね?」
「続くで」
「じゃあ、研究所にご飯持っていった方がいいね」
クロエが振り返った。
「今の話聞いて、最初にそれ?」
「だってソフィ、寝ないし食べないでしょ」
全員がソフィを見た。
「……なんでみんな見るん?」
デイジーが真顔で答えた。
「正論だからです」
「デイジーちゃんまで!」
少しだけ笑いが起きた。張りつめていた空気が緩んだところで、デイジーが新しい紙を広げた。
「では、ここからは実際の作戦を決めます」
「はい、隊長」
ニーナが言った。
「誰が隊長ですか」
「デイジーでしょ」
「嫌ですよ」
「今さら?」
ジェマが笑った。
「もう完全に仕切ってるじゃん」
「……話を進めますよ」
デイジーは紙の上に大きく線を引いた。
「まず、クロエさん。魔族側との接触を続けてください。ミラ王女の情報を流して、レオナをこちらが選んだ場所へ誘導します」
「任せて」
「危険ですから、一人で勝手なことはしないでくださいね」
「……努力する」
「約束してください」
「はいはい」
デイジーはクロエを一度見たが、それ以上は追及せず、ミラへ向き直った。
「ミラ王女には、囮になっていただきます。ただし、レオナ先輩が現れたら、できるだけ前には出ないでください」
「私も戦うよ」
「ほら!」
ソフィがすぐに声を上げた。
「ミラ、絶対前に出たらあかんって!」
「ソフィ、まだ何もしてないよ」
「もう分かるねん!」
「……お二人とも、後で相談してください」
デイジーは紙に書き込みを続けた。
「マチルダさんは前衛の支援です。周囲の魔族への対応と、必要なら竜化もお願いします」
マチルダは一度だけ考え、頷いた。
「うん。人に見られてもいいよ。レオナを助ける方が大事」
「ただし、無理はしないでください」
「分かった。捕まりそうになったら逃げる」
「最初から捕まる予定で考えないでください」
「そのときはデイジーが助けて」
「分かりましたよ!」
ニーナが笑いながらマチルダの肩を小突いた。
「次、ソフィさんとタリアさん。研究は最後まで続けてください。戦闘当日は、ソフィさんが術式の補助、タリアさんが蘇生の担当です。ただし、命を代償にする方法を実行するとは、まだ決めません」
「うん」
ソフィが頷いた。
「決戦までに別の方法を見つける。それが私の仕事や」
「もし見つからなければ、作戦を変更します」
デイジーは全員を見渡した。
「その場合は、レオナを生きたまま戦闘不能にして、撤退する方法を考えます。どんな状況でも、タリアさんの命を犠牲にすることを前提にはしません」
タリアも頷いた。
「はい」
デイジーは少し間を置いてから、ニーナとジェマを見た。
「そして、一番きつい役です」
二人の表情が変わった。
「ニーナさんとジェマさんには、レオナとの直接戦闘をお願いします」
「うん」
「了解」
「相手は鉄の魔女です。手加減して勝てる相手ではありません。二人には、本気で戦ってもらう必要があります」
デイジーは言葉を選んだ。
「魔族としての生命を止める方法が確立した場合は、最後の一撃を入れる役も、二人のどちらかにお願いすることになります」
ジェマがニーナを見る。
「どっちがやるかは、そのときまで分からないんだ」
「そうね」
「できる?」
ニーナはすぐには答えなかった。テーブルの上に置かれた自分の剣を見つめ、やがて顔を上げた。
「やるよ」
「……」
「それでレオナを連れ戻せるなら、やる」
ジェマも頷いた。
「私も同じ」
「じゃあ決まりね」
ニーナは少しだけ笑った。
「嫌な役だけど」
そこでマチルダが言った。
「でもジェマって、昔レオナに勝ったことあるんでしょ?」
ジェマの顔が引きつった。
「だからそれ、子どもの頃に山で遊んでただけだから!」
「レオナ、すごく悔しがってたよね」
クロエが楽しそうに続ける。
タリアが感心したようにジェマを見た。
「そんなに強かったんですね」
「今そこ掘らなくていいから!」
ニーナが笑った。
「まあ、昔レオナに勝った人と、軍でずっとレオナと戦ってた人。この二人なら、何とかするでしょ」
「急に雑だね」
ジェマが眉を上げる。
「でも、やるでしょ?」
「やるけどさ」
ミラがふとデイジーを見た。
「デイジーは?」
「え?」
「自分の役割、まだ書いてないよ」
デイジーは最後に、自分の名前を書き加えた。
「私は治癒担当です。レオナの生命が止まる方法を使う場合は、その直後から治癒魔法をかけ続けます」
タリアがデイジーを見る。
「私が蘇生を終えるまで?」
「はい。一秒も切らしません」
「お願いします」
「任せてください」
紙の上には、八人の名前と役割が並んだ。
一人ではできないことばかりだった。レオナを誘い出すことも、鉄の魔女を止めることも、失われたものを取り戻すことも。
マチルダが紙を覗き込み、ぽつりと言った。
「レオナ一人助けるのに、すごい人数いるね」
一瞬の沈黙のあと、ソフィが吹き出した。
「ほんまやな」
ジェマも笑う。
「昔から手のかかるやつだったし」
「いや」
ニーナがすぐに訂正した。
「手かけさせてたの、私たちの方でしょ」
クロエが笑った。
「確かに」
「いつもレオナが迎えに来てくれたよね」
笑い声が広がった。やがてその声が静かになった頃、ニーナは紙の中央に書かれたレオナの名前を見た。
「……今度は、私たちの番でしょ」
全員がニーナを見る。
「五年前、レオナは一人でみんなを守ろうとした」
ニーナは静かに言った。
「だから今度は、八人で一人を迎えに行く」
ミラが頷いた。
「うん」
ソフィも笑った。
「九人で帰るで」
マチルダがすぐに続いた。
デイジーはその言葉を聞きながら、八人の名前が書かれた紙を見下ろした。
「……では、準備を始めましょう」
*
国家軍本部。地下会議室。
窓のない石造りの部屋には、軍の上層部が集まっていた。長い机の中央に座る軍議会議長の前には、デイジーが提出した資料が何枚も広げられている。
議長はその一枚を持ち上げ、険しい顔をした。
「……何を考えているんだ!」
拳が机を叩いた。デイジーはその正面に一人で立っていた。
「大盗賊ハート家の生き残り。王国を裏切ったロック家の娘。現行法では存在そのものが問題になる竜人」
議長は資料を次々とめくった。
「その上、エルフの血を引く僧侶までいる。教会との関係を悪化させるつもりか?」
さらに一枚を取り上げる。
「そして、闘技大会に現れた正体不明の占い師。素性についての報告があまりにも不十分だ」
デイジーは黙って聞いていた。
「軍がこんな人間たちと繋がっていると国民に知られたら、どれだけの反発を招くと思っている!」
「……必要な人たちなんです」
デイジーが答えた。
「レオナ先輩を取り戻すために――」
「勘違いするな」
議長の低い声が、言葉を遮った。
「この私兵団は、レオナ・ジョーンズを助けるために認めたものではない」
デイジーは顔を上げた。
「殺すためだ」
部屋が静まり返る。
「お前に与えた任務は、鉄の魔女の討伐だ。生かして連れ戻せとは、一度も命じていない」
「……承知しています」
「本当に分かっているのか?」
議長は椅子へ深く腰掛けた。
「元国家軍兵士長、ニーナ・ベル。この者はいい。かつてレオナ・ジョーンズと並ぶ実力者だった。王の鳥の生き残り、ソフィ・ウィンダムも、魔族や呪術の研究に必要だという説明は理解できる」
そこで資料を置いた。
「だが、それ以外はどうだ。もっと問題の少ない人間はいなかったのか?」
デイジーは真っ直ぐ議長を見た。
「いません」
「即答か」
「この七人が必要です」
議長が目を細めた。
「お前は、こいつらが国を裏切らないと保証できるのか?」
「できません」
会議室の奥で、誰かが小さく息を呑んだ。
議長も一瞬、言葉を失った。
「……何だと?」
「人がこれから何をするか、私には保証できません」
デイジーは続けた。
「ですが、私は全員の能力を知っています。鉄の魔女と戦うなら、誰か一人でも別の人に替えれば成功率は下がります」
「……」
「私は、必要な人間だけを集めました」
議長はしばらくデイジーを見つめていた。
「デイジー・ウォーカー」
「はい」
「もう一度確認する」
議長は一言ずつ、はっきりと言った。
「お前の任務は、レオナ・ジョーンズの殺害だ。鉄の魔女を討ち、その死を確認する。それがお前に求められていることだ」
デイジーはほんの少し目を伏せた。
「……はい」
「その目的を達成するために、この七人が本当に必要だと言うんだな?」
「はい」
議長は資料を机へ置いた。
「……分かった」
デイジーの表情がわずかに動く。
「お前が自分の任務を理解しているというなら、誰を集めようと今回は目をつぶる。軍としても、現時点では正式に追及しない」
「ありがとうございます」
「ただし」
議長の声が一段低くなった。
「お前が集めた人間たちは、どれも国にとって扱いの難しい存在だ。その中から一人でも国家に害をなす者が出た場合、責任はすべてお前に取ってもらう」
デイジーは黙って議長を見た。
「そして、任務に失敗した場合も同じだ」
「……」
「失敗したときは、自分の命はないと思え」
部屋が静まり返った。
「我々は、お前たちを見ている」
デイジーは一度だけ息を吸い、ゆっくり頭を下げた。
「……分かりました」
*
会議室を出ると、背後で重い扉が閉まった。
デイジーはしばらくその場に立っていた。そして懐から、八人の役割を書いた紙を取り出した。最後に自分で書き加えた名前を、指先でなぞる。
「……よし」
紙を折り畳み、鞄へしまった。
宿に戻ったら、また準備の続きをしなければならない。ソフィには研究の進み具合を聞き、クロエには魔族側との接触について確認する。マチルダには、今夜こそソフィを寝かせるよう頼んでおこう。
考えることはいくらでもあった。
デイジーは廊下を歩き出した。
軍が望む未来に、レオナの居場所はない。
けれど、自分たちが目指す未来には、九人全員がいる。
その未来を守るためなら、軍からどんな命令を受けようと、最後までやり抜くつもりだった。
毎日お疲れ様です。大切な時間を使って読んでくださり、大変嬉しく思います!
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