#19 壊したもの、直すもの
それは、闘技大会より少し前のことだった。
北の島。
人間たちがほとんど近づかないその島の奥深くに、巨大な黒い城がそびえていた。
魔王城。
かつての大戦では魔族側の拠点の一つとなり、現在も多くの魔族が暮らしているとされる場所だ。
その城門の前に、小柄な人間が一人立っていた。
深緑のフードを目深にかぶったクロエだった。
門の上から、低い声が落ちてくる。
「何者だ」
クロエはゆっくり顔を上げた。
「……クロエ・ロック」
しばらく沈黙があった。
「用件を言え」
「取引をしに来た」
門の向こうで何かを確かめる声が聞こえた。
やがて、巨大な城門が重い音を立てて開き始めた。
*
城の内部を進み、いくつもの扉を越えた先。
広い謁見の間で、クロエは片膝をついた。
正面の高い位置には、一人の男が座っている。
「お久しぶりです、魔大臣殿」
クロエが頭を下げると、男はしばらく彼女を見下ろしていた。
「久しぶりに見る顔だな。ロック」
「お元気そうで何よりです」
「……して、何用だ」
「三か月後のことです」
魔大臣の目が細くなる。
「人間界への宣戦布告については、聞きました。もし私でお力になれることがあるならと思いまして」
「ほう。お前は、どちら側だ」
クロエは表情を変えなかった。
「私は、世界の未来が今より良くなることを望む側です」
「曖昧な答えだな」
「そうでしょうか」
「お前の言葉を、どこまで信じればいい」
「それなら、五年前の戦争で証明しているはずですが」
魔大臣はしばらくクロエを見たあと、低く笑った。
「……そうだな。お前たち王の猿、ロック家が持ち込んだ技術と情報。それに、王の鳥どもから奪った魔岩子爆破魔法の知識。あれらは我々に大きな力をもたらした」
クロエは黙って聞いていた。
「特に、お前が関わった王宮の構造に関する情報は役に立ったぞ」
その言葉に、クロエの目がわずかに揺れた。
「あれがあったからこそ、我々は王宮内部へ素早く兵を送り込むことができた。王家を潰すのに、大いに役立った」
胸の奥が冷たくなる。ミラの顔が、一瞬頭に浮かんだ。それでもクロエは表情を崩さなかった。
「それは何よりです」
「だがな、まだ足りん」
「……と言いますと?」
「人間どもは、思った以上にしぶとい」
魔大臣が椅子へ深く腰掛けた。
クロエはそこで、本題へ近づいた。
「実は私も、最近になって国家軍と繋がりを持ちました」
「ほう?」
「向こうでは、まだ私を完全には信用していません。ただ、情報を流せる立場には入りつつあります」
「面白い」
「国家軍は現在、鉄の魔女への対策を進めています。目的は、彼女の討伐です」
魔大臣の表情がわずかに変わった。
「それで?」
「手段を選ばず、鉄の魔女を殺す方法を探しています。私が軍の動きをこちらへ伝えることもできますが、そのためには鉄の魔女について、もう少し情報が必要です」
「何が知りたい」
「彼女は何者ですか? どうしてあれほどの力を持ち、魔族側にいるのでしょう」
「……」
「それが分からなければ、国家軍にどんな情報を与えればいいのかも判断できません」
魔大臣の口元に笑みが浮かんだ。
「なるほど。お前は鉄の魔女を守ると言うのか」
「ええ。少なくとも、国家軍に簡単に殺させるつもりはありません」
それだけは嘘ではなかった。
レオナを守る。
その一点だけなら、クロエは何の迷いもなく言えた。
魔大臣はしばらくクロエを見つめていたが、やがて口を開いた。
「鉄の魔女について、お前に教えることはない」
「……そうですか」
「だが、国家軍の情報を流せるというなら、別の仕事を与えてやろう」
クロエは顔を上げた。
「ダズリンへの宣戦布告。あれは目的そのものではない」
「……ダミー、ということですか?」
「半分はな」
「本当の狙いは?」
「何だと思う」
クロエは少し考えた。
「国家軍の殲滅。それから、人間側の主要組織の弱体化。王家が崩れた今、残っている権力基盤を順番に潰す……そのあたりでしょうか」
「半分は合っている」
「半分?」
「だが、最も重要な目的が抜けている」
魔大臣はゆっくり言った。
「王女ミラが行方不明だ」
クロエの思考が、一瞬止まった。
「……王女が?」
「亡くなったと聞いていましたが」
「それは我々が広めた話だ」
胸の内側で、何かが大きく跳ねた。
「王族が全滅したと思わせた方が、人間どもの士気を折るには都合がよかった」
「では……」
「王女ミラの遺体は見つかっていない」
魔大臣は不愉快そうに指先で椅子を叩いた。
「王宮襲撃の際、途中までは確かに所在を把握していた。だが、その後消えた。おそらく逃げ延びたのだろう」
ミラが、生きているかもしれない。
クロエは思わず拳を握りそうになったが、膝の上で指を伸ばし、どうにか平静を保った。
「なるほど」
「今も生きているなら、どこかで身を隠している可能性が高い。王族という身分のまま堂々と生きられる状況でもないだろうからな」
「……」
「次の戦いで最も重要なのは、王女ミラを見つけ出し、確実に消すことだ」
「……王女の殺害」
「そうだ。あの小娘が生きていると分かれば、人間どもの残党にとって格好の旗印になる」
「王家復興の、大義になる」
「その通りだ」
魔大臣が笑った。
「国を失った人間どもが、もう一度まとまる理由になる。だから芽のうちに潰す」
クロエは俯いたまま、ゆっくり息を吸った。
「……王女が、生きている」
「して、ロック」
「はい」
「お前に頼みがある」
嫌な予感がした。
「ミラの情報を探せ」
クロエは少し間を置いた。
「現時点では何も分かりません。国家軍も、王女は死亡したと認識しているはずです」
「だから調べろと言っている。お前なら軍だけでなく、裏の情報網も使えるだろう」
魔大臣の声が低くなる。
「いいか。王女が生きている可能性については、絶対に口外するな。これは魔族側でも、ごく一部しか知らん情報だ」
「……承知しました」
「それに、奴は妙な術を扱うと聞いている」
「妙な術?」
「タロットを用いた占術や呪術だ」
クロエの中で、昔のミラの姿が蘇った。
カードを並べ、真剣な顔で未来を読む少女。
「単に姿を隠しているだけとは限らん。何らかの方法で追跡をかわしている可能性もある」
「なるほど」
「今回の宣戦布告には、ミラを表へ引きずり出す意図もある」
クロエが顔を上げる。
「ダズリンへ?」
「国が再び危機に陥れば、王女として何らかの動きを見せるかもしれん」
魔大臣は鼻で笑った。
「もっとも、一度国を捨てて逃げた女だ。今回もどこかで隠れて見ているだけかもしれんがな」
クロエの目が一瞬冷たくなった。けれど、反論はしなかった。
「今、国家軍はダズリン周辺へ兵力を集めようとしています」
「だろうな」
「そうなれば、他の地域は手薄になる。王女がダズリン以外に隠れているなら、その間に別の地域を探ることもできますね」
「そのあたりは、お前の得意なやり方で調べろ」
魔大臣はそれ以上、詳しい作戦を明かそうとはしなかった。
クロエは少し考えてから尋ねた。
「もし王女の居場所が分かった場合、鉄の魔女はどう動きます?」
「何?」
「三か月後、ダズリンには現れないのでしょうか」
「可能性は高い」
「……なぜ?」
魔大臣は、何でもないことのように答えた。
「王女を殺しに向かわせる」
クロエの胸の奥が冷える。
「鉄の魔女を?」
「ああ。王女を確実に仕留めるには、あれほど適した駒もない」
クロエは数秒黙った。
そして、慎重に口を開いた。
「鉄の魔女に、一度会わせてもらえませんか」
魔大臣の目が細くなる。
「何?」
「本人の状態を把握しておいた方が、国家軍へ流す情報も選びやすくなります」
「必要ない」
「しかし」
「会わせることはできん」
即答だった。
クロエは少しだけ首を傾けた。
「理由を伺っても?」
魔大臣はしばらく答えなかった。
やがて、低い声で言う。
「あれは危険すぎる」
「……危険?」
「我々でも、容易には近づけん」
クロエの目がわずかに動いた。
「では、どうやって命令を?」
「お前が知る必要はない」
「でも、国家軍は――」
「ロック」
強い声で遮られた。
クロエは口を閉じる。
魔大臣は椅子から少し身を乗り出した。
「勘違いするな。お前が五年前に我々へ協力したからといって、仲間になったわけではない」
「……」
「お前は使えるから、ここへ入れている。それだけだ」
「承知しています」
「ならば、自分の立場を忘れるな」
魔大臣の声が、謁見の間へ低く響いた。
「ミラを探せ。居場所が分かったら、すぐに知らせろ」
クロエはゆっくり頭を下げた。
「はい」
「お前が妙な動きをすれば、どうなるか。分かっているな?」
「御意」
*
「――そこで、魔王城を出た」
クロエが話し終えると、部屋は静まり返った。
ミラは紅茶のカップを置き、クロエを見つめていた。ニーナは腕を組んだまま動かず、ソフィもいつもの笑顔を浮かべていない。
「……ごめん」
クロエが最初に口にしたのは、それだけだった。
「五年前、私、ロック家の仕事で王宮の構造に関する情報を扱ってた」
ミラは黙って聞いている。
「全部を知ってたわけじゃない。あの情報が、王家を襲うために使われるなんて、当時は……」
そこで言葉が詰まった。
知らなかった。それは事実だった。
けれど、だから何だと自分で思う。
「……いや」
クロエは首を振った。
「知らなかったって言い訳しても、結果は同じだよね」
魔大臣は、クロエの扱った情報が王宮襲撃に役立ったとはっきり言った。
「敵に内部の情報を流したの……多分、私なの」
ソフィが何か言おうとしたが、クロエはその前に続けた。
「私が全部やったとは思ってない。ロック家がほかにも情報を渡してたかもしれないし、魔族側に別の情報源があったかもしれない。でも、自分が関係なかったとは言えない」
ミラの視線が、一番苦しかった。
昔、一緒に学校へ通った。カード占いをするミラをみんなで囲んだ。王女を守るんだと、ふざけながら約束したこともあった。
そんな自分が、王宮を破る側の一端を担っていた。
「さっき、ミラの話を聞いてて……」
クロエの声が震えた。
「レオナ、何回も戦わなくていい戦いをしてたんだなって思った。もし王宮の情報があんなに漏れてなかったら、もっと余裕があったかもしれない」
クロエは顔を上げた。
「ミラ、本当にごめん」
ミラはすぐには答えなかった。
やがて、静かに口を開いた。
「私は、王宮がやられたのはロック家の裏切りだけが原因だとは思ってない。それ以前に、あの王家には……たくさん腐敗があった」
「ミラ……」
ソフィが心配そうに見る。
「王家にとって利己的な政治ばかりしていた。自分たちの利益ばかりを優先して。私は……父たちのそのやり方では、いつ足元をすくわれるか分からないと思ってた」
クロエが涙ぐみながらミラを見る。
「ロック家の裏切りは、なるべくしてなったと思ってる」
ミラは強い目で、静かに言った。
「戦争が終わった後もそうでしょう? 裏切り者のロック家を逆賊として捕らえて。マチルダみたいな竜人たちなど、何の罪もない他種族の取り締まりを強化して。外に原因を作って、事の本質と向き合わない」
マチルダは黙って俯いていた。
「そういうところだから、こうなった」
誰も何も言えなかった。
ミラはクロエを見つめた。
「だから、クロエだけが悪いだなんて、私は思わない」
クロエは首を振った。
「分かってる。全部を自分のせいにするのも違うって」
一度、息を吸う。
「でも私は、自分がしたことをなかったことにはしたくない」
ミラは頷いた。
「うん」
その返事に、クロエは少しだけ目を見開いた。
責められることも、慰められることも覚悟していた。けれどミラは、クロエが話した事実をそのまま受け止めていた。
「……だから」
クロエは今度はデイジーを見た。
「私にできること、あると思う」
デイジーが顔を上げる。
「魔大臣は、私のことをまだ使えると思ってる。完全には信用されてないけど、城の中に入れるくらいには向こうも私を知ってる」
「クロエ、まさか……」
ソフィが険しい顔をする。
「うん」
クロエは頷いた。
「利用する。今度は私が、あいつらを」
デイジーが腕を組んだ。
「二重スパイみたいなことをするってこと?」
「そうなるね」
「危険だよ。魔大臣はクロエのこと、最初から警戒してる。こっちの情報を求められたとき、何を渡すか一つ間違えたら、みんなまで危険になる」
「知ってる」
クロエは即答した。
「でも、私にしかできない」
部屋の全員を見る。
「デイジーは国家軍の情報が取れる。ソフィは王の鳥の知識がある。タリアは教会のことを知ってる」
そして、自分の胸元へ指を向けた。
「私は、魔族側へ入れる」
少し苦笑する。
「最低な過去だけど、使えるなら使った方がいい」
「そんな言い方せんでええやん」
ソフィの表情が曇った。
クロエは小さく笑った。
「壊すために使われたものなら、今度は直すために使えばいい」
そして、少しだけいつもの得意げな顔に戻った。
「私、壊すより直す方が得意だから」
デイジーはしばらく考えてから頷いた。
「分かった。でも、勝手に動くのはなし。向こうに渡す情報も、みんなで確認しよう」
「うん」
「それから、危ないと思ったら引くこと。絶対に一人で何とかしようとしないで」
「……分かったって」
クロエは少し照れくさそうに答えた。
ミラが静かに口を開いた。
「クロエ」
「……うん」
「ありがとう」
クロエが目を見開く。
「でも、もう一人で背負わないで」
「……」
「五年前のことも、これからすることも」
ミラは少しだけ笑った。
「それでもクロエが、自分のしたことと向き合いたいって思ってるなら、今、一緒にやろう」
「ミラ……」
「一人で償うんじゃなくて、一緒に直そう」
クロエはしばらく何も言えなかった。
やがて、小さく笑う。
「……うん」
一度だけ鼻をすすった。
「じゃあ、使えるもの全部使う」
深緑のフードの端を指でつまむ。
「ロック家の名前も、オリーブの名前も、裏の繋がりも」
そして、少しだけ顔を上げた。
「今度は、みんなを助けるために使う」
*
それから一行は、地図を囲みながら、必要になる準備について話し合っていた。
国家軍から受けられる支援、魔族側の情報を集める方法、レオナの魔族化を解除するための研究。
重い話が続いていた、その途中。
「あ」
ミラが、ふと思い出したように顔を上げた。
「そうだ」
全員が見る。
「私がもらった一億ゴールド」
「……!」
その言葉に、ニーナとマチルダがほぼ同時に顔を上げた。
「一億……!」
「賞金……!」
ミラはそんな二人を見て、あっさりと言った。
「みんなで使って」
「ええええええええ!?」
真っ先に叫んだのは、もちろんニーナだった。
「私の魔剣!」
タリアが横から静かに訂正する。
「ニーナの一億ゴールドではありませんよ」
「私が買うはずだった魔剣がぁぁぁ!」
「だから、ニーナさんのお金じゃないんですよ」
今度はデイジーが訂正した。
その隣では、マチルダも目に見えて落ち込んでいる。
「自分も……」
「何?」
クロエが見る。
「一億あったら、モグと一緒にお腹いっぱい食べられるくらい、お肉買おうと思ってた」
「一億分!?」
クロエが思わず振り返る。
「うん」
「モグ、そんな食べないでしょ!」
「食べる」
「いや、食べないって!」
「自分も食べるから」
「そういう問題じゃないって!」
ジェマが呆れた顔をする。
ミラは二人のやり取りを見ながら、楽しそうに笑っていた。
「でも、せっかくならこのために使いたいの」
その言葉に、デイジーが少し困ったような顔をした。
「気持ちはすごくありがたいですけど、さすがに全部いただくわけにはいきません。必要な装備や物資については、国家軍から援助を受けられるものもありますし」
「待って」
ジェマがデイジーの言葉を遮った。
「クロエがこれからも魔族側と接触するなら、お金は持ってた方がいい」
クロエが少しだけ目を見開く。
「情報を買うのにも使えるし、人を動かすのにも使える。口を閉じてもらうために必要なことだってあるでしょ。それに、向こうから信用を得るために金が必要になる場面もあるかもしれない」
ジェマは地図の上を指で叩いた。
「命張って二重スパイやるっていうなら、使えるものは持たせた方がいい」
デイジーも考え込んだ。
「確かに……国家軍に『魔族との裏取引に使うので大金ください』なんて申請できませんからね」
「でしょ?」
「下手に申請したら、クロエさんが魔族側と接触していること自体が軍内部に知られる可能性もあります。誰まで信用できるか分からないですし」
「それ」
ソフィが、少し遠慮がちに手を挙げた。
「私も、ちょっとだけ使わせてもらえたら助かるかもしれへん」
ミラが振り向く。
「何に使うの?」
「レオナの魔族化を戻す方法、もう一回ちゃんと調べたいねん」
ソフィの表情が真剣になる。
「前に研究所へ行った時も、使えへん設備がかなりあったの。建物自体も傷んでるし、資料は残ってても動かせへん装置も多かった」
「研究所を直すの?」
「全部元通りにする必要はないけど、最低限研究できる状態まで戻せたら、まだ調べられることはあると思う」
タリアが静かにソフィを見る。
「私も、そこで一緒に調べられますか?」
「もちろん」
ソフィはすぐに頷いた。
「むしろ来てほしい。タリアの聖術と、王の鳥に残ってる術式を照らし合わせられたら、今より安全な方法を探せるかもしれへん」
「分かりました」
「ただな」
ソフィは少し言いにくそうにデイジーを見る。
「これも、できれば国家軍にはあんまり知られたくない」
「研究所のこと?」
「うん。あそこに残ってる王の鳥の研究資料には、今の国にそのまま渡すには危ないものもあるかもしれへん。魔岩子爆破魔法みたいな技術の記録も残ってる可能性あるし」
デイジーの表情も真剣になった。
「……そうですね。軍の予算を受ければ、当然、軍側も調査権限を求めるでしょうし」
「せやろ?」
ソフィはミラを見た。
「だから、もしそこにも使わせてもらえるなら、めっちゃ助かる」
ミラは迷わず頷いた。
「うん、使って。そのためのお金にしたい」
「ええの?」
「もちろん」
ミラはテーブルの上に広げられた地図へ視線を落とした。
「それで、もし残ったら……」
ミラの指が地図の上を動いた。
魔族の襲撃を受けた街。五年前に焼かれた土地。これから再び戦場になるかもしれない場所。
「戦争が終わったあとの復興に使いたい」
誰もすぐには答えなかった。
五年前、国を失った王女。
その彼女が、自分の手に入れた大金をどう使いたいかと聞かれて、最初に考えたのは自分の生活でも、王宮でもなかった。
これから壊されるかもしれない街。そこで暮らしている人たち。そして、戦争が終わったあとの生活だった。
デイジーは静かに頷いた。
「分かりました。国家軍から正式に受けられる援助については、できるだけそちらで賄います。この一億ゴールドは、軍を通せない作戦費用と研究費を中心に使いましょう」
「うん」
「必要な装備や移動費にも使って、できるだけ戦後の復興資金として残す。そういう形でどうでしょう?」
「それがいい」
ミラが頷くと、皆もそれぞれ納得したように頷いた。
その時だった。
「あの……」
ものすごく言いにくそうな声がした。
全員がそちらを見る。
ニーナだった。
「……何?」
ジェマが聞く。
「いや、その……」
ニーナは何度か口を開きかけたあと、恐る恐る手を挙げた。
「私の魔剣は……?」
沈黙。
デイジーが手帳を見て、少しだけ考えた。
「うーん、全部計算して……」
「……!」
ニーナの顔がぱっと明るくなる。
「残った金額でなら!」
「残った金額!?」
「よかったですね、ニーナ」
タリアが穏やかに言う。
「よくないわよ!」
ニーナがテーブルを叩く。
「一億ゴールドあるのよ!? 一億あって私の剣が最後なの!?」
ジェマが真顔で答える。
「そりゃそうでしょ」
「なんでよ!」
「国の復興とニーナの剣だったら、国の復興でしょ」
「比較対象がおかしいのよ!」
ソフィがくすくす笑う。
「大丈夫やって。ちょっとくらい残るんちゃう?」
「その『ちょっと』じゃ魔剣買えないのよ! 高いんだから!」
ニーナはしばらく腰の銅のつるぎを見つめていた。
そして、ゆっくり顔を上げる。
「ねえ」
真剣な顔だった。
「本当に私、このままこれで戦争行くの?」
全員が黙った。
ジェマが口元を押さえ、クロエは顔を背けた。どうやら笑いをこらえているらしい。
「いやいやいや」
ニーナが乾いた笑いを浮かべる。
「そこは否定してよ」
誰も答えない。
「ねえ」
沈黙。
「……誰か」
マチルダが最後の焼き菓子をボリッと食べた。
そして、ニーナを見る。
「頑張って」
「マチルダぁぁぁぁぁ!!」
久しぶりに、部屋に笑い声が響いた。
重い話ばかりだった作戦会議の中で、ほんの少しだけ、いつもの彼女たちらしい空気が戻っていた。
毎日お疲れ様です。大切な時間を使って読んでくださり、大変嬉しく思います!
楽しんでいただけたでしょうか?読みにくいところはございませんか?率直な『☆』評価(★1〜5個)おまちしております。ポチッといただけるだけで励みになります!
本作はすでに最終回まで完成してます。朝6時、昼12時、夜22時の1日3回投稿してますのでよかったらブックマーク登録もお願いします!




