#17 闘技場に現れし仮面の女
パンッ! パパパンパンパン!
色とりどりの花火が、闘技場の上空で弾けた。
『さぁーーー! 盛り上がっております、アラギルム闘技大会!』
魔法で増幅された実況者の声が、巨大な闘技場いっぱいに響き渡る。
『四年に一度の、力と魔法の大勝負! 現在、予選第三試合となりました!』
ここは港町ダズリンから少し南へ下った、アラギルムの街。
歴史ある巨大な闘技場を中心に発展したこの町は、古くから「戦士の町」とも呼ばれていた。四年に一度開催される闘技大会には、国内外から腕自慢の戦士や魔法使いが集まり、町は彼らを目当てに訪れた観客で溢れ返っている。
『さぁ! 現在戦っているのは、アラギルム公爵のご子息兄弟!』
闘技場の中央で、二人の大男が巨大な剣を構えた。
『この地域一、二を争う剣使いと謳われる大剣士! 兄アル! 弟ビル! 今大会でも優勝候補に挙げられている注目選手です!』
兄弟が剣を掲げると、観客席から割れんばかりの歓声が上がった。
*
「マチルダ、準備できてる?」
選手控室で装備を確認しながら、ニーナが声をかけた。
「うん。ばっちり」
振り返ると、マチルダは椅子に座り、焼き菓子を頬張っていた。
「……ほんとに?」
「うん。おいしい」
「お菓子の話じゃないわよ」
「わかってるって」
マチルダは残りのお菓子を口へ放り込み、満足そうに笑った。いつも通りの様子に、ニーナはそれ以上何も言わなかった。
「ニーナさんとマチルダさんが参戦するなんて、楽しみですね!」
そこへデイジーがやって来た。後ろにはクロエ、ソフィ、ジェマ、そしてタリアもいる。
先日、パルタ山の教会で再会したタリアは、レオナを救うために仲間へ加わることを決めた。それ以来、一行と行動をともにしている。
「絶対優勝してよ!」
クロエはニーナの装備を眺めていたが、ふと腰元で視線を止めた。
「……ねえ、ニーナ」
「なによ」
「いいの? その武器で」
ソフィも横から覗き込んだ。
「……銅のつるぎやん」
「弱っ!」
「うるさいわねぇ!」
ニーナが腰から銅のつるぎを抜いた。どこからどう見ても、駆け出しの冒険者が最初に持つような安物だった。
「私の剣の腕を舐めないでちょうだい!」
「いや、腕の話してへんねん」
「武器の話だよ」
「いいのよ! この大会で優勝したら、もっといい武器を買うんだから!」
ニーナは胸を張った。
「なんたって賞金、一億ゴールドよ!」
「一億!?」
デイジーが目を丸くした。
「そんなにもらえるんですか!?」
「そうよ。これだけあれば、最高の武器だって買えるわ!」
「ちょっと待って」
マチルダが椅子から立ち上がった。
「半分は自分の!」
「……」
「五千万ずつ山分けって約束したじゃん」
今回の大会は、二人一組での参戦となる。魔物使いなどに配慮し、一人と一匹の魔物という組み合わせも可能だ。
そこでニーナとマチルダは、賞金を折半する約束でペアを組んでいた。
「わかってるわよ。忘れてないってば」
「ほんと?」
「ほんと!」
ニーナはマチルダを引き寄せ、ほかの選手に聞こえないよう声を潜めた。
「それより、竜化はしないでよね」
「うん」
「あんたが竜人だってバレて捕まったら、優勝どころじゃないんだから」
「大丈夫。竜化しなくても勝てるもん」
「ほんとかしら……」
そんな二人のやり取りをよそに、ジェマはまだニーナの銅のつるぎを見ていた。
「ねぇ、今からでももうちょっといい武器を買ってこない?」
「大丈夫だってば」
「なんでそんなに自信あるのよ」
「ジェマったら心配性ねぇ」
ニーナは銅のつるぎを肩に担ぎ、得意げに笑った。
「負けないから!」
「その自信、どこから来るのよ……」
*
『おおっと! アル選手の大剣をかわしたぁ!』
闘技場から歓声が上がった。
控室から試合を眺めていたソフィが、思わず身を乗り出す。
「……それにしても、あの子めちゃくちゃ強いな」
アルとビルが挟み込んでいるのは、小柄な女性だった。フード付きのマントをまとい、顔には仮面をつけているため、その素顔はまったく見えない。
そして、女性の傍らには一匹の小さな魔物がいた。
「……あれ、何?」
クロエが指を差した。
「ペンギンみたい」
「かわいいですね」
タリアが微笑んだ。
ペンギン型の魔物は、二人の大男を前にしても、ぼんやりと立っているだけだった。戦いに参加する様子はなく、時折首を動かしては、闘技場の地面を眺めている。
「……何もしてないね」
「ほんまに何もしてへんな」
「ほぼ一人で戦ってるじゃん」
それでも仮面の女性は、優勝候補の兄弟を相手に互角以上の戦いを見せていた。
アルが大剣を振り下ろすと、女性は素早く横へ移動してかわし、続けて迫るビルの攻撃も、身体をひねって避けた。二人が同時に斬りかかっても慌てる様子はなく、相手の動きを見極めながら、少しずつ距離を取っていく。
『優勝候補のアル・ビル兄弟、まさかの大苦戦! 対するは、素性不明の仮面の女!』
女性がマントの内側から一枚のカードを取り出した。
『占い師――アイリス!』
「占い師?」
ソフィが首を傾げた。
アイリスはカードを指に挟み、軽く振った。描かれていた絵柄が光り、足元に魔法陣が浮かび上がる。
「……タロットカード?」
デイジーが目を細めた。
「カードで魔法を使うんですね」
アイリスがカードを掲げると、ビルの足元から氷の柱が突き出した。ビルは慌てて後ろへ跳んだが、着地したところへ今度は風の魔法が襲いかかる。
「うおっ!?」
大男の身体がよろめいた。
「へぇ……」
クロエが身を乗り出した。
「あの占い師、ほとんど無傷だよ」
「ほんまやな」
「しかも、カードを替えるたびに違う魔法を使ってる」
アイリスは状況に応じてカードを選び、炎や氷、風の魔法を使い分けていていた。どのカードからどんな魔法が放たれるのか、相手にはわからない。
「なるほど……」
デイジーが呟いた。
「あれだけ種類があると、次の攻撃を読むのも難しいですね」
その時、アイリスが新たなカードを取り出した。
頭上に掲げると、闘技場の上空に黒い雲が集まり始める。
ドォォォォォン!
巨大な雷が落ち、ビルの身体が吹き飛んだ。
『ビル選手が倒れたぁぁぁ! アイリス選手、ここで一歩リードです!』
「すご……」
クロエが目を丸くした。
ところが次の瞬間、会場中から凄まじいブーイングが起こった。
「汚いぞ、小娘!」
「公爵様のご子息に何しやがる!」
「占い師風情が!」
「身分をわきまえろ!」
次々と罵声が飛ぶ。この町の英雄である兄弟が、どこの誰ともわからない女性に負けそうになっている。それが地元の観客たちには気に入らないらしい。
「うわぁ……」
タリアが顔を曇らせた。
「ひどいね」
「地元びいきにも程があるやろ」
ソフィも呆れていた。
だが、アイリスは観客席を見ようともしなかった。罵声など聞こえていないかのように、静かに次のカードを選び、アルへ向き直る。
ニーナは腕を組み、その姿を見つめていた。
「……やるわね、あの子」
「ニーナ、戦うことになるかもよ」
「そうね」
ニーナが笑った。
「勝ち上がってくれば、どこかで当たるでしょうね」
隣でマチルダが嫌そうな顔をした。
「えー。自分、あの人と戦うの嫌だ」
「何弱気になってんのよ!」
「だって強いじゃん」
「五千万ゴールド欲しいんでしょ!」
「……勝つ」
マチルダは真顔になった。
その間にも試合は進んでいた。アルが大剣を振り上げ、アイリスへ迫る。しかし、アイリスが足元へ氷の魔法を放つと、アルは滑って体勢を崩した。すかさず風の魔法が直撃し、その巨体が地面へ倒れ込む。
『決まったぁぁぁ! 優勝候補、アル・ビル兄弟がまさかの予選敗退!』
会場が大きくどよめいた。
『勝者は、仮面の占い師アイリス! 今大会最大のダークホース登場です!』
歓声とブーイングが入り混じる中、アイリスは倒れた二人を静かに見下ろしていた。その隣では、ペンギン型の魔物が相変わらずぼんやりしている。
「……ねえ」
クロエがアイリスを目で追いながら言った。
「ソフィさ、あの子知らない?」
「うーん……知らんなぁ」
「デイジーは?」
「私も初めて見ます」
ソフィはもう一度、仮面の占い師を見た。
「でも、あれだけ魔法が使えるなら、調べてみる価値はありそうやな」
デイジーも頷いた。
彼女たちがアラギルムまで来たのは、ニーナとマチルダの応援だけが目的ではない。鉄の魔女――レオナとの戦いに備え、この大会で腕の立つ戦士や魔法使いを見つけられれば、協力を頼むつもりだった。
デイジーは手元のメモに、アイリスの名前を書き込んだ。
*
『さぁ! 続いては予選第四試合!』
実況者の声が、再び闘技場に響き渡った。
『華麗なる踊り子コンビ――バニー&ルビー!』
「行くわよ、マチルダ!」
「おー!」
ニーナが銅のつるぎを抜き、その隣でマチルダも軽く身体をほぐした。
『対するは、二人の屈強な戦士! 果たして踊り子コンビは、この強敵を突破できるのか!』
鐘が鳴った。
開始と同時に、ニーナが地面を蹴った。
相手の戦士が剣を振り下ろす。ニーナはその一撃をかわし、すれ違いざまに銅のつるぎを振り抜いた。
ガキンッ!
「なっ!?」
戦士の剣が大きく弾かれた。相手が驚いている隙に、ニーナは素早く踏み込み、今度は横から斬りかかる。戦士は慌てて剣を構え直したが、ニーナの勢いを受け止めきれず、後ろへよろめいた。
「武器ばっかり立派でもね!」
ニーナは身体をくるりと回転させる。
「使う人間が弱かったら意味ないのよ!」
そのまま剣の腹で相手を薙ぎ払い、地面へ倒した。
一方、もう一人の戦士はマチルダへ斬りかかっていた。マチルダはひらりと身をかわし、舞台で踊るような軽やかな足運びで相手の周囲を回り込む。
「こっちよー」
「なっ!?」
男が振り返った時には、マチルダはすでに背後へ移動していた。勢いよく蹴りを入れると、男の身体が地面を転がった。
『決まったぁぁぁ! バニー&ルビー、圧倒的勝利です!』
観客席から大歓声が上がった。
『まるで舞うように戦う二人! なんと美しい勝負でしょう!』
「いえーい!」
ニーナとマチルダが観客へ手を振る。
「バニーかわいいぞー!」
「ルビー! こっち向いてくれー!」
「あんなに美人で強いなんて反則だろ!」
ニーナは満足そうに笑いながら、マチルダを見た。
「あっけなかったわね」
「うん」
マチルダはお腹を押사えた。
「戦ったらお腹すいた」
「……もう?」
「次の試合まで、何か食べてきていい?」
「試合前にも食べてたでしょ!」
「それは試合前だよ。今は試合後なの」
「何その理屈」
*
その後も、闘技場では次々と試合が行われた。
各地から集まった戦士や魔法使いたちが激しく競い合い、勝者だけが次の試合へ進んでいく。ニーナとマチルダも、危なげなく勝ち進んでいた。
ニーナの剣技と、マチルダの身体能力。二人の動きには、長年舞台で培ってきた踊りの技術が生かされている。攻撃をかわす足運びも、相手の懐へ飛び込む身のこなしも、観客には一つの演目のように見えた。
試合を重ねるたびに二人の人気は高まり、夕方には闘技場のあちこちから「バニー!」「ルビー!」と名前が叫ばれるようになっていた。
そして、長い予選を勝ち抜き、翌日の決勝戦へ進んだのは二組。
踊り子バニー&ルビー。
そして、謎の占い師アイリスだった。
*
その夜。
「すごいやん! ニーナちゃんもマチルダも、さすがやなぁ!」
宿の一室に、ソフィの声が響いた。
明日の決勝に備え、一行は宿で休んでいた。テーブルには食事が並び、マチルダは早くも二皿目に手を伸ばしている。
「ふん。私だったら、もっと早く仕留めるけどね」
ソファに座ったジェマが、腕を組んで言った。
「あらぁ?」
ニーナが振り返る。
「なに、ジェマ。私がスターになってヤキモチ焼いてるのかしらぁ?」
「はぁ!?」
「今日すごかったのよ? 『バニーかわいいー!』って」
「はいはい」
「『バニーこっち向いてー!』って」
「うるさい!」
「人気者って大変だわぁ」
「そんなんじゃないわよ!」
ジェマがクッションを投げつける。ニーナはそれを受け止め、余裕の笑みを浮かべた。
「まあ見てなさい。明日も優勝してあげるから」
「賞金は半分こだよ」
食べながらマチルダが訂正した。
「わかってるってば!」
「……それより、明日の相手ですよ」
デイジーが口を開いた。
「あの仮面の占い師。結局、何者なんでしょうね?」
「それがなぁ」
ソフィが困った顔をした。
「今日、参加者の情報を調べてみたんやけど、ほとんど何もわからへんかったんよ」
「名前だけ?」
「そう。どこから来たのかも、普段どこで活動してるのかも、さっぱりや」
「それだけ強い人なら、どこかで名前を聞いていてもおかしくないですよね」
タリアも不思議そうに言った。
「しかも、タロットカードであれだけの魔法を使うなんて」
デイジーが続ける。
「普通の占い師じゃないと思います」
その時、宿の入口のベルが鳴った。
カランカラン。
「ただいまー」
クロエが入ってきた。
「クロエ、どこ行ってたん?」
ソフィが尋ねる。
「ちょっと調べもの」
クロエは深緑のフードを脱ぎながら答えた。
「あの占い師のことが気になってさ。試合のあと、こっそり後をつけてみたの」
ジェマが顔を上げた。
「……後をつけた?」
「うん」
「へぇ。ストーカーじゃない」
「違うよ! 偵察!」
「私のときはストーカーって言ったくせに!」
「ジェマはナンパして振られたあとに追いかけたんでしょ! 全然違うじゃん!」
「ちょっと! 誰が振られたって!?」
「はいはい、そこまで!」
デイジーが二人の間に割って入った。
「それで、何かわかったの?」
クロエは椅子に腰掛けた。
「……それが、途中で見失っちゃったんだ」
「クロエが?」
ソフィが驚いた。
「うん。私以外にも追いかけてる人がいたよ。公爵側の人間とか、記者らしき人とか。でも、全員あっという間にまかれた」
「全員?」
「そう。あの人、追われるのに慣れてるみたい。角を曲がったと思ったら、もう気配がなくなってた」
部屋が静かになった。
クロエは盗賊として、人を追うことにも、追跡を振り切ることにも慣れている。そのクロエが見失ったのなら、相手も相当な腕前なのだろう。
「……ますます気になるなぁ」
ソフィが腕を組んだ。
「大会が終わったら、なんとか話してみたいわ」
「仲間になってくれるかな?」
タリアが尋ねた。
「それはわからへんけど、あれだけの魔法が使えるなら、レオナを助ける力になってくれるかもしれん」
「だったら」
ニーナが口を開いた。
「なおさら明日、勝たないとね」
みんなの視線が集まる。
「あの子、追いかけても逃げるんでしょ? だったら試合で捕まえるしかないじゃない」
ニーナは楽しそうに笑った。
「それに、あの仮面」
「仮面?」
「引っ剥がしてやりたいわ」
ソフィが吹き出した。
「ニーナちゃん、そっちが本命ちゃう?」
「だって気になるじゃない! どんな顔してるのか」
「美人だったりしてね」
ジェマが言った。
「だったらなおさら見たいわ!」
「何の大会やねん……」
笑い声が部屋に広がった。
*
翌朝。
『さぁーーー! いよいよ決勝戦です!』
巨大な闘技場は、朝から満員だった。
『四年に一度のアラギルム闘技大会! 数々の激戦を勝ち抜いた二組が、ついに頂点を争います!』
東側の門が開いた。
『まずは、今大会で一躍大人気となった踊り子コンビ!』
「行くわよ、マチルダ」
「おー!」
二人が闘技場へ姿を現す。
『華麗な戦いで観客を魅了し続けた、バニー&ルビー!』
ワァァァァァ!
「バニー! 頑張れー!」
「ルビー! こっち向いてー!」
「今日も勝ってくれよー!」
ニーナは片手を上げて声援に応えた。マチルダも隣で手を振っている。
「人気者だねぇ」
「あたりまえでしょ?」
ニーナが得意げに髪をかき上げた。
そして、反対側の門が開いた。
『対するは、優勝候補のアル・ビル兄弟を破った、今大会最大のダークホース!』
フード付きのマントをまとった女性が、ゆっくりと歩いてくる。その後ろを、ペンギン型の魔物がちょこちょことついてきた。
『仮面の占い師――アイリス!』
ブゥゥゥゥゥ!
紹介と同時に、大ブーイングが巻き起こった。
「引っ込めー!」
「仮面を外せ!」
「バニーにやられちまえ!」
アイリスは何も言わず、闘技場の中央へ進んだ。ペンギン型の魔物も、その隣で足を止める。
観客席では、デイジーたちが二人を見守っていた。
「すごい人気ですね、ニーナさんたち」
「昨日まで誰も知らんかったのになぁ」
ソフィが笑った。
「それに比べて、アイリスはすっかり悪役じゃん」
クロエが反対側の観客席を見た。
「ひどい言われようだね」
タリアは、罵声を浴びても動じないアイリスを見つめていた。
「……気にしてないのかな」
「どうだろうね」
ジェマが腕を組んだ。
「でも、ニーナたちが勝ったら、あの子たち絶対調子に乗るわよ」
「間違いないな」
ソフィが頷いた。
*
『それでは、決勝戦を始めます!』
実況者の声が一段と大きくなった。
『優勝賞金は一億ゴールド! そして、アラギルム最強の戦士という名誉が与えられます!』
ニーナが銅のつるぎを構え、隣でマチルダも腰を落とした。向かい合うアイリスは、マントの内側から一枚のカードを取り出している。
『両者、準備はよろしいでしょうか!』
闘技場が静まり返った。
カァァァァン!
『試合開始!』
開始の鐘が鳴ると同時に、アイリスはカードを頭上に掲げた。足元に魔法陣が広がり、透明な膜が彼女とペンギン型の魔物を包み込む。
「結界!」
観客席でデイジーが声を上げた。
「いきなり守りを固めましたね!」
「だったら、壊すだけよ!」
ニーナは勢いよく地面を蹴り、アイリスへ斬りかかった。高く跳び上がり、身体をひねって銅のつるぎを振り下ろしたが、刃が結界に触れた瞬間、激しい衝撃が腕へ伝わってきた。
「っ!」
弾き返されたニーナは空中で体勢を立て直し、数歩後ろへ着地した。結界には傷一つついていない。
「……硬いわね」
「じゃあ、自分が!」
マチルダが両手を突き出し、小さな炎弾を放った。ところが、炎は結界に触れた途端にかき消されてしまった。
『バニー&ルビー、攻撃が通らない! アイリス選手の結界は相当な強度です!』
「汚いぞー!」
「正々堂々戦え!」
「守ってばっかりじゃねぇか!」
再びアイリスへの罵声が飛ぶ。
「いや、結界は普通の魔法やろ……」
ソフィが呆れた。
「もう何しても文句言われるじゃん、あの人」
クロエも苦笑した。
一方、ニーナは結界の前で銅のつるぎを握り直していた。正面から攻撃しても通らないのなら、弱い場所を探すしかない。そう考えたニーナは、今度は左右へ回り込み、角度を変えながら何度も剣を打ち込んでいった。
「どっかにあるでしょ……!」
しかし、どれだけ攻撃を重ねても、アイリスを包む光の膜には傷一つつかなかった。
アイリスはそんなニーナを見ながら、マントの内側から別のカードを選んだ。そして、少し離れた場所にいるマチルダへ目を向ける。
「……?」
マチルダが不思議そうに首を傾げた瞬間、アイリスの手元から炎の玉が飛び出した。
「マチルダ!」
ニーナが叫ぶ。
マチルダは素早く身体をひねって避けたが、炎が右腕をかすめた。
「……あっ」
袖の下に、真紅の鱗が浮かび上がる。
マチルダは慌てて腕をマントの中へ隠した。それを見たニーナの顔色が変わる。
炎を受けたことで、マチルダの身体が竜化しかけているのだ。
「マチルダ、大丈夫!?」
「う、うん!」
マチルダが答えた時には、アイリスはすでに次のカードを構えていていた。
再び炎の玉が飛んでくる。マチルダは横へ跳んでかわしたが、着地したところへ続けてもう一発が放たれた。
「ちょっと! なんで自分ばっかり!」
マチルダは走りながら炎を避けた。どの攻撃も直撃はしないものの、次々と飛んでくる火球をかわすだけで精一杯だった。
「いい加減にしなさいよ!」
ニーナはアイリスへ向かって駆け出し、結界へ銅のつるぎを叩きつけた。だが、アイリスはニーナの攻撃を結界で防ぎながら、マチルダへ炎の魔法を放ち続ける。
「こっち見なさいっての!」
何度目かの攻撃を弾かれた時、マチルダの足元で炎が弾けた。
ドォン!
「わっ!」
爆風に押され、マチルダの身体が地面を転がる。
「マチルダ!」
ニーナが振り返った。
マチルダはすぐに起き上がろうとしたが、途中で動きを止めた。マントの下から、真紅の鱗に覆われた腕がのぞいている。
彼女は慌ててマントを頭から被り、その場に伏せた。
『おおっと! ルビーに炎魔法が命中! 倒れたまま動きません!』
ニーナは息を呑んだ。
あの程度の炎で、マチルダが倒れるはずがない。立ち上がれないのではなく、立ち上がったら変化した身体を見られてしまうのだ。
「マチルダ! もう立たなくていいから!」
マントの中から返事はなかった。
ニーナはアイリスへ向き直り、睨みつけた。
「あんた……! もうあの子には手を出さないで」
アイリスは静かにニーナを見ていた。
「もう立ち上がらないわ。これで満足でしょ?」
しばらくの沈黙のあと、仮面の奥から小さな笑い声が漏れた。
「……ふふっ」
「なによ」
「大丈夫だよ」
「……?」
ニーナは眉をひそめたが、その意味を考える間もなく、アイリスが新たなカードを取り出した。
そこからは激しい攻防が続いた。
アイリスが氷の魔法を放つと、ニーナは地面を滑る氷を跳び越え、素早く間合いを詰めた。しかし、銅のつるぎを振り下ろしても、結界に阻まれてしまう。
次に放たれたのは風の魔法だった。足元から吹き上がる突風に身体が浮きかけたが、ニーナは銅のつるぎを地面へ突き立て、どうにか踏みとどまった。
「しつこいね」
アイリスが言った。
「そっちこそ」
ニーナは息を切らしながら笑った。
「そろそろその仮面、剥がさせなさいよ!」
「……それは嫌」
「じゃあ、無理やり取る!」
再び踏み込む。
アイリスはすぐに別のカードを取り出したが、ニーナは魔法が放たれる前に横へ跳び、次の攻撃をかわした。
どれほど強力な魔法でも、カードを選び、発動するまでにはわずかな時間がある。ニーナはその隙を狙い、何度もアイリスへ斬りかかった。
二人の攻防が続くうちに、観客たちはいつの間にかブーイングを忘れていた。誰もが目の前の戦いに見入っている。
その時だった。
ニーナの背後で、マントが動いた。
「……マチルダ?」
観客席のデイジーが気づく。
地面に伏せていたマチルダが、ゆらりと立ち上がったのだ。
「ちょっと!」
ニーナが振り返る。
「立つなって言ったでしょ!」
マチルダの腕には、まだ真紅の鱗が浮かんでいる。マントの下では、身体の変化も収まっていないようだった。
それでもマチルダは、ニーナのほうを見ていた。
一人で戦い続けるニーナは、もう肩で息をしている。アイリスの結界は破れず、魔法を避けるのも限界に近づいていた。
「……ニーナ」
マチルダは大きく息を吸った。
「自分も戦う!」
「っ、ちょっと待っ――!」
マチルダの口元に炎が灯った。
「マチルダ!?」
次の瞬間、巨大な炎の息がアイリスへ向かって放たれた。
「バカ! 何やってんのよ!」
ニーナが叫ぶ。
マチルダの身体がさらに変化していく。このままでは、観客の前で完全に竜化してしまう。
しかし、アイリスは動じなかった。
「……もう」
仮面の下で小さく呟く。
「相変わらずだね」
「……え?」
ニーナの動きが止まった。
今、なんて言った?
アイリスが一枚のカードを掲げる。
「――光」
キィィィィィン!
凄まじい光が放たれた。
マチルダの炎と、アイリスの光が正面からぶつかり、闘技場全体が激しい衝撃に包まれた。
ドォォォォォン!
「うわぁ!」
観客席の誰もが目を覆った。闘技場は真っ白な光に包まれ、何も見えなくなる。
「目が!」
「何が起きた!?」
「見えない!」
その瞬間、ニーナだけが見た。
マチルダの炎を受けて、アイリスの結界が一瞬だけ消えたのだ。
「……今!」
ニーナは光の中へ飛び込み、結界が消えた隙を逃さずアイリスに飛びかかった。不意を突かれたアイリスは短く悲鳴を上げ、二人はもつれるように地面へ倒れ込んだ。
「やっと捕まえたわよ!」
ニーナはアイリスの肩を押さえつけ、空いた手を仮面へ伸ばした。
「これで顔、見せてもらうわ!」
アイリスが身をよじるより早く、ニーナは仮面を掴み、一気に引き剥がした。
カラン、と乾いた音を立てて仮面が地面へ落ちる。
「――――」
ニーナの動きが止まった。
目の上に現れた顔を、じっと見つめる。
「……え」
握っていた銅のつるぎが、手から滑り落ちた。
その顔を、見間違えるはずがなかった。
「……うそ」
ニーナの唇が震えた。
「なんで……」
*
やがて、闘技場を包んでいた光が消えていった。
『さぁ! 一体何が起きたのでしょうか! こちらからも、まったく見えませんでした!』
実況者も混乱している。
煙が晴れ、地面に伏せたマチルダの姿が見えた。マントを深く被り、動く気配はない。
『ルビー、立ち上がりません!』
そして、その少し先にはニーナがいた。
『バニーは……!?』
ニーナは地面へ座り込んでいた。目の前には、再び仮面をつけたアイリスが立っている。
『どうした、バニー! 立ち上がれるか!?』
ニーナの目から、一粒の涙が落ちた。
「……ちょっと」
もう一粒。
「嘘でしょ……」
ニーナは両手で顔を覆った。
そして――
「うぇーーーーーーん!」
泣き出した。
『……えっ!?』
実況者が声を裏返す。
『バニー! 泣いています!』
「うぇーーーーん!」
ニーナはそのまま地面へ突っ伏した。
「何してんの、あの人!?」
観客席でジェマが叫ぶ。
「ニーナ!?」
ソフィも立ち上がった。
『これは……戦闘続行不可能でしょうか!?』
審判がニーナへ駆け寄る。
「バニー選手! 試合を続けられますか!」
返事はない。
「うぇぇぇん……!」
ニーナは泣き続けている。
マチルダも立ち上がらない。
審判が二人の状態を確認し、腕を上げた。
カァァァァン!
『決まったぁぁぁ!』
歓声とブーイング、そしてあまりにも不可解な決着への笑い声が入り混じった。
『アラギルム闘技大会、優勝者は――仮面の占い師、アイリス!』
アイリスは静かに立っていた。
そして、マントに包まれたマチルダへ近づくと、周囲に聞こえない声で話しかけた。
「ねえ、マチルダ」
マントがぴくりと動く。
「私の炎、ちゃんと手加減したんだよ」
「……」
「竜化しないくらいにしたつもりだったのに」
マチルダは何も言わない。
「どうして自分から炎を吐いちゃうの?」
「……ニーナが大変そうだったから」
マントの中から、小さな声がした。
アイリスは少し笑った。そして、そっと声を落とす。
「でも大丈夫。最後の光で、みんなの目をくらませたから。たぶん誰にも見られてないよ」
アイリスはその隣にしゃがみ込んだ。
「もう、マチルダらしいなぁ」
「……ごめん」
その少し先では、ニーナがまだ泣いていた。
『バニー選手! そろそろ退場をお願いします!』
「うぇぇぇん!」
『……誰か、迎えに来てくださーい!』
観客席から、また笑い声が上がった。
*
その夜。
「ちょっと、あれはなんなのよ!!」
宿の一室で、ジェマが机を叩いた。
「何が『奇跡の踊り子姉妹』よ! 決勝戦で泣き出すなんて!」
ソフィが口元を押さえた。
「最後、『うぇーん!』って倒れたで」
「違う違う」
クロエが訂正する。
「『うぇーーーーーん!』くらいだった」
「そこ再現せんでええねん!」
デイジーは額を押さえていた。
「何があったんでしょうね……。あんなに順調だったのに」
「帰ってきたら説教よ!」
ジェマが腕を組む。
「優勝できなかったことより、理由がわからないのが腹立つわ!」
「でも、ニーナは途中まで普通に戦ってたよね」
タリアが言った。
「そうなんよ」
ソフィも頷く。
「最後、急に泣き出したもんなぁ」
「アイリスに何か魔法でもかけられたのかな?」
クロエが尋ねる。
「精神に作用する魔法とか?」
「あり得ますね……」
デイジーが考え込んだ。
その時、窓の外を見ていたタリアが顔を上げた。
「あ、奇跡の姉妹が帰ってきたみたい」
ガチャ。
宿の扉が開いた。
「ただいま」
マチルダだった。
「おかえり!」
ソフィが振り返る。
「あれ? マチルダ、一人?」
「ううん」
マチルダはいつも通りの顔で答えた。
「三人で帰ってきた」
「三人?」
クロエが首を傾げる。
「ニーナと、あと誰?」
少し間があって、外から声がした。
「……入るわよ」
ニーナが入ってきた。
その後ろには、フードを被り、仮面をつけた女性が立っている。
部屋が静まり返った。
「あれ?」
デイジーが立ち上がる。
「アイリスさん!? なんでここに!?」
ジェマも目を丸くした。
「ちょっとニーナ、どういうこと?」
ニーナの目は、まだ少し赤かった。
「この人……」
後ろの女性を見る。
「どうしても、みんなに会わせたくて」
ソフィたちが顔を見合わせる。
すると、クロエが立ち上がった。
仮面の女性をじっと見つめる。
一歩、近づいた。
「クロエ?」
ソフィが声をかける。
クロエは答えなかった。
そのまま女性の前へ立ち、仮面に手を伸ばす。
ガシッ。
「えっ?」
デイジーが驚く。
クロエは、勢いよく仮面を剥ぎ取った。
「ミラ!!!」
仮面が外れる。
長い黒髪。白い肌。整った顔立ち。そして、少し困ったような、懐かしい笑顔。
「……えへへ」
ミラは、はにかんだ。
「久しぶり」
誰もすぐには言葉を発せなかった。
ミラはクロエを見た。
「クロエ、私だってわかってたの?」
「……」
「仮面、意味なかったかな」
クロエの目から涙が溢れた。
「……ミラ」
ソフィが、ゆっくりと立ち上がった。
「……ミラ?」
一歩、近づく。
「ほんまに……?」
ミラがソフィを見る。
「ソフィ……」
その声を聞いた瞬間、ソフィが駆け出した。
「ミラ!」
勢いよく抱きつく。
「うそや……ほんまにミラや……!」
クロエも二人のもとへ駆け寄った。
「ミラ!!!」
ミラは少しよろめきながら、二人を抱きとめた。
「ちょっと、二人とも……」
そう言いながら、ミラも笑っていた。
ソフィはミラの肩へ顔を埋めた。
「……会いたかった」
ミラの背中を抱く腕に、ぎゅっと力がこもる。
「もう、会えへんと思ってた……」
「……うん」
ミラはソフィの背中へ腕を回した。
私も、会いたかったよ」
その言葉に、ソフィはとうとう声を上げて泣き出した。クロエもミラに抱きついたまま、涙を拭おうともしない。
ジェマは口元を押さえ、デイジーも目を潤ませていた。タリアは三人の姿を見つめ、静かに微笑んでいる。
しばらくして、ソフィが少しだけ身体を離した。
涙で濡れた顔を上げ、目の前の女性を見つめる。
五年前、守れなかったと思っていた。
もう二度と会えないと思っていた、大切な人。
ソフィは震える声で、その名を呼んだ。
「……ミラ王女」
ミラは何も言わず、ソフィの手を握った。
その手は温かかった。
部屋の中で、誰もすぐには次の言葉を口にできなかった。
毎日お疲れ様です。大切な時間を使って読んでくださり、大変嬉しく思います!
楽しんでいただけたでしょうか?読みにくいところはありませんか?率直なご評価おまちしております。ポチッといただけるだけで励みになります!
本作はすでに最終回まで完成してます。昼12時、夜22時の1日2回投稿してますのでよかったらブックマーク登録もお願いします!




