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討伐対象は、かつて私を救ってくれた恩人でした 〜殺せと命じられたので最強仲間たちと連れ戻します〜  作者: 真鈴マリン
Part.1 帰還編

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18/27

#17 闘技場に現れし仮面の女

 パンッ! パパパンパンパン!


 色とりどりの花火が、闘技場の上空で弾けた。


『さぁーーー! 盛り上がっております、アラギルム闘技大会!』


 魔法で増幅された実況者の声が、巨大な闘技場いっぱいに響き渡る。


『四年に一度の、力と魔法の大勝負! 現在、予選第三試合となりました!』


 ここは港町ダズリンから少し南へ下った、アラギルムの街。


 歴史ある巨大な闘技場を中心に発展したこの町は、古くから「戦士の町」とも呼ばれていた。四年に一度開催される闘技大会には、国内外から腕自慢の戦士や魔法使いが集まり、町は彼らを目当てに訪れた観客で溢れ返っている。


『さぁ! 現在戦っているのは、アラギルム公爵のご子息兄弟!』


 闘技場の中央で、二人の大男が巨大な剣を構えた。


『この地域一、二を争う剣使いと謳われる大剣士! 兄アル! 弟ビル! 今大会でも優勝候補に挙げられている注目選手です!』


 兄弟が剣を掲げると、観客席から割れんばかりの歓声が上がった。


 *


「マチルダ、準備できてる?」


 選手控室で装備を確認しながら、ニーナが声をかけた。


「うん。ばっちり」


 振り返ると、マチルダは椅子に座り、焼き菓子を頬張っていた。


「……ほんとに?」


「うん。おいしい」


「お菓子の話じゃないわよ」


「わかってるって」


 マチルダは残りのお菓子を口へ放り込み、満足そうに笑った。いつも通りの様子に、ニーナはそれ以上何も言わなかった。


「ニーナさんとマチルダさんが参戦するなんて、楽しみですね!」


 そこへデイジーがやって来た。後ろにはクロエ、ソフィ、ジェマ、そしてタリアもいる。


 先日、パルタ山の教会で再会したタリアは、レオナを救うために仲間へ加わることを決めた。それ以来、一行と行動をともにしている。


「絶対優勝してよ!」


 クロエはニーナの装備を眺めていたが、ふと腰元で視線を止めた。


「……ねえ、ニーナ」


「なによ」


「いいの? その武器で」


 ソフィも横から覗き込んだ。


「……銅のつるぎやん」


「弱っ!」


「うるさいわねぇ!」


 ニーナが腰から銅のつるぎを抜いた。どこからどう見ても、駆け出しの冒険者が最初に持つような安物だった。


「私の剣の腕を舐めないでちょうだい!」


「いや、腕の話してへんねん」


「武器の話だよ」


「いいのよ! この大会で優勝したら、もっといい武器を買うんだから!」


 ニーナは胸を張った。


「なんたって賞金、一億ゴールドよ!」


「一億!?」


 デイジーが目を丸くした。


「そんなにもらえるんですか!?」


「そうよ。これだけあれば、最高の武器だって買えるわ!」


「ちょっと待って」


 マチルダが椅子から立ち上がった。


「半分は自分の!」


「……」


「五千万ずつ山分けって約束したじゃん」


 今回の大会は、二人一組での参戦となる。魔物使いなどに配慮し、一人と一匹の魔物という組み合わせも可能だ。


 そこでニーナとマチルダは、賞金を折半する約束でペアを組んでいた。


「わかってるわよ。忘れてないってば」


「ほんと?」


「ほんと!」


 ニーナはマチルダを引き寄せ、ほかの選手に聞こえないよう声を潜めた。


「それより、竜化はしないでよね」


「うん」


「あんたが竜人だってバレて捕まったら、優勝どころじゃないんだから」


「大丈夫。竜化しなくても勝てるもん」


「ほんとかしら……」


 そんな二人のやり取りをよそに、ジェマはまだニーナの銅のつるぎを見ていた。


「ねぇ、今からでももうちょっといい武器を買ってこない?」


「大丈夫だってば」


「なんでそんなに自信あるのよ」


「ジェマったら心配性ねぇ」


 ニーナは銅のつるぎを肩に担ぎ、得意げに笑った。


「負けないから!」


「その自信、どこから来るのよ……」


 *


『おおっと! アル選手の大剣をかわしたぁ!』


 闘技場から歓声が上がった。


 控室から試合を眺めていたソフィが、思わず身を乗り出す。


「……それにしても、あの子めちゃくちゃ強いな」


 アルとビルが挟み込んでいるのは、小柄な女性だった。フード付きのマントをまとい、顔には仮面をつけているため、その素顔はまったく見えない。


 そして、女性の傍らには一匹の小さな魔物がいた。


「……あれ、何?」


 クロエが指を差した。


「ペンギンみたい」


「かわいいですね」


 タリアが微笑んだ。


 ペンギン型の魔物は、二人の大男を前にしても、ぼんやりと立っているだけだった。戦いに参加する様子はなく、時折首を動かしては、闘技場の地面を眺めている。


「……何もしてないね」


「ほんまに何もしてへんな」


「ほぼ一人で戦ってるじゃん」


 それでも仮面の女性は、優勝候補の兄弟を相手に互角以上の戦いを見せていた。


 アルが大剣を振り下ろすと、女性は素早く横へ移動してかわし、続けて迫るビルの攻撃も、身体をひねって避けた。二人が同時に斬りかかっても慌てる様子はなく、相手の動きを見極めながら、少しずつ距離を取っていく。


『優勝候補のアル・ビル兄弟、まさかの大苦戦! 対するは、素性不明の仮面の女!』


 女性がマントの内側から一枚のカードを取り出した。


『占い師――アイリス!』


「占い師?」


 ソフィが首を傾げた。


 アイリスはカードを指に挟み、軽く振った。描かれていた絵柄が光り、足元に魔法陣が浮かび上がる。


「……タロットカード?」


 デイジーが目を細めた。


「カードで魔法を使うんですね」


 アイリスがカードを掲げると、ビルの足元から氷の柱が突き出した。ビルは慌てて後ろへ跳んだが、着地したところへ今度は風の魔法が襲いかかる。


「うおっ!?」


 大男の身体がよろめいた。


「へぇ……」


 クロエが身を乗り出した。


「あの占い師、ほとんど無傷だよ」


「ほんまやな」


「しかも、カードを替えるたびに違う魔法を使ってる」


 アイリスは状況に応じてカードを選び、炎や氷、風の魔法を使い分けていていた。どのカードからどんな魔法が放たれるのか、相手にはわからない。


「なるほど……」


 デイジーが呟いた。


「あれだけ種類があると、次の攻撃を読むのも難しいですね」


 その時、アイリスが新たなカードを取り出した。


 頭上に掲げると、闘技場の上空に黒い雲が集まり始める。


 ドォォォォォン!


 巨大な雷が落ち、ビルの身体が吹き飛んだ。


『ビル選手が倒れたぁぁぁ! アイリス選手、ここで一歩リードです!』


「すご……」


 クロエが目を丸くした。


 ところが次の瞬間、会場中から凄まじいブーイングが起こった。


「汚いぞ、小娘!」


「公爵様のご子息に何しやがる!」


「占い師風情が!」


「身分をわきまえろ!」


 次々と罵声が飛ぶ。この町の英雄である兄弟が、どこの誰ともわからない女性に負けそうになっている。それが地元の観客たちには気に入らないらしい。


「うわぁ……」


 タリアが顔を曇らせた。


「ひどいね」


「地元びいきにも程があるやろ」


 ソフィも呆れていた。


 だが、アイリスは観客席を見ようともしなかった。罵声など聞こえていないかのように、静かに次のカードを選び、アルへ向き直る。


 ニーナは腕を組み、その姿を見つめていた。


「……やるわね、あの子」


「ニーナ、戦うことになるかもよ」


「そうね」


 ニーナが笑った。


「勝ち上がってくれば、どこかで当たるでしょうね」


 隣でマチルダが嫌そうな顔をした。


「えー。自分、あの人と戦うの嫌だ」


「何弱気になってんのよ!」


「だって強いじゃん」


「五千万ゴールド欲しいんでしょ!」


「……勝つ」


 マチルダは真顔になった。


 その間にも試合は進んでいた。アルが大剣を振り上げ、アイリスへ迫る。しかし、アイリスが足元へ氷の魔法を放つと、アルは滑って体勢を崩した。すかさず風の魔法が直撃し、その巨体が地面へ倒れ込む。


『決まったぁぁぁ! 優勝候補、アル・ビル兄弟がまさかの予選敗退!』


 会場が大きくどよめいた。


『勝者は、仮面の占い師アイリス! 今大会最大のダークホース登場です!』


 歓声とブーイングが入り混じる中、アイリスは倒れた二人を静かに見下ろしていた。その隣では、ペンギン型の魔物が相変わらずぼんやりしている。


「……ねえ」


 クロエがアイリスを目で追いながら言った。


「ソフィさ、あの子知らない?」


「うーん……知らんなぁ」


「デイジーは?」


「私も初めて見ます」


 ソフィはもう一度、仮面の占い師を見た。


「でも、あれだけ魔法が使えるなら、調べてみる価値はありそうやな」


 デイジーも頷いた。


 彼女たちがアラギルムまで来たのは、ニーナとマチルダの応援だけが目的ではない。鉄の魔女――レオナとの戦いに備え、この大会で腕の立つ戦士や魔法使いを見つけられれば、協力を頼むつもりだった。


 デイジーは手元のメモに、アイリスの名前を書き込んだ。


 *


『さぁ! 続いては予選第四試合!』


 実況者の声が、再び闘技場に響き渡った。


『華麗なる踊り子コンビ――バニー&ルビー!』


「行くわよ、マチルダ!」


「おー!」


 ニーナが銅のつるぎを抜き、その隣でマチルダも軽く身体をほぐした。


『対するは、二人の屈強な戦士! 果たして踊り子コンビは、この強敵を突破できるのか!』


 鐘が鳴った。


 開始と同時に、ニーナが地面を蹴った。


 相手の戦士が剣を振り下ろす。ニーナはその一撃をかわし、すれ違いざまに銅のつるぎを振り抜いた。


 ガキンッ!


「なっ!?」


 戦士の剣が大きく弾かれた。相手が驚いている隙に、ニーナは素早く踏み込み、今度は横から斬りかかる。戦士は慌てて剣を構え直したが、ニーナの勢いを受け止めきれず、後ろへよろめいた。


「武器ばっかり立派でもね!」


 ニーナは身体をくるりと回転させる。


「使う人間が弱かったら意味ないのよ!」


 そのまま剣の腹で相手を薙ぎ払い、地面へ倒した。


 一方、もう一人の戦士はマチルダへ斬りかかっていた。マチルダはひらりと身をかわし、舞台で踊るような軽やかな足運びで相手の周囲を回り込む。


「こっちよー」


「なっ!?」


 男が振り返った時には、マチルダはすでに背後へ移動していた。勢いよく蹴りを入れると、男の身体が地面を転がった。


『決まったぁぁぁ! バニー&ルビー、圧倒的勝利です!』


 観客席から大歓声が上がった。


『まるで舞うように戦う二人! なんと美しい勝負でしょう!』


「いえーい!」


 ニーナとマチルダが観客へ手を振る。


「バニーかわいいぞー!」


「ルビー! こっち向いてくれー!」


「あんなに美人で強いなんて反則だろ!」


 ニーナは満足そうに笑いながら、マチルダを見た。


「あっけなかったわね」


「うん」


 マチルダはお腹を押사えた。


「戦ったらお腹すいた」


「……もう?」


「次の試合まで、何か食べてきていい?」


「試合前にも食べてたでしょ!」


「それは試合前だよ。今は試合後なの」


「何その理屈」


 *


 その後も、闘技場では次々と試合が行われた。


 各地から集まった戦士や魔法使いたちが激しく競い合い、勝者だけが次の試合へ進んでいく。ニーナとマチルダも、危なげなく勝ち進んでいた。


 ニーナの剣技と、マチルダの身体能力。二人の動きには、長年舞台で培ってきた踊りの技術が生かされている。攻撃をかわす足運びも、相手の懐へ飛び込む身のこなしも、観客には一つの演目のように見えた。


 試合を重ねるたびに二人の人気は高まり、夕方には闘技場のあちこちから「バニー!」「ルビー!」と名前が叫ばれるようになっていた。


 そして、長い予選を勝ち抜き、翌日の決勝戦へ進んだのは二組。


 踊り子バニー&ルビー。


 そして、謎の占い師アイリスだった。


 *


 その夜。


「すごいやん! ニーナちゃんもマチルダも、さすがやなぁ!」


 宿の一室に、ソフィの声が響いた。


 明日の決勝に備え、一行は宿で休んでいた。テーブルには食事が並び、マチルダは早くも二皿目に手を伸ばしている。


「ふん。私だったら、もっと早く仕留めるけどね」


 ソファに座ったジェマが、腕を組んで言った。


「あらぁ?」


 ニーナが振り返る。


「なに、ジェマ。私がスターになってヤキモチ焼いてるのかしらぁ?」


「はぁ!?」


「今日すごかったのよ? 『バニーかわいいー!』って」


「はいはい」


「『バニーこっち向いてー!』って」


「うるさい!」


「人気者って大変だわぁ」


「そんなんじゃないわよ!」


 ジェマがクッションを投げつける。ニーナはそれを受け止め、余裕の笑みを浮かべた。


「まあ見てなさい。明日も優勝してあげるから」


「賞金は半分こだよ」


 食べながらマチルダが訂正した。


「わかってるってば!」


「……それより、明日の相手ですよ」


 デイジーが口を開いた。


「あの仮面の占い師。結局、何者なんでしょうね?」


「それがなぁ」


 ソフィが困った顔をした。


「今日、参加者の情報を調べてみたんやけど、ほとんど何もわからへんかったんよ」


「名前だけ?」


「そう。どこから来たのかも、普段どこで活動してるのかも、さっぱりや」


「それだけ強い人なら、どこかで名前を聞いていてもおかしくないですよね」


 タリアも不思議そうに言った。


「しかも、タロットカードであれだけの魔法を使うなんて」


 デイジーが続ける。


「普通の占い師じゃないと思います」


 その時、宿の入口のベルが鳴った。


 カランカラン。


「ただいまー」


 クロエが入ってきた。


「クロエ、どこ行ってたん?」


 ソフィが尋ねる。


「ちょっと調べもの」


 クロエは深緑のフードを脱ぎながら答えた。


「あの占い師のことが気になってさ。試合のあと、こっそり後をつけてみたの」


 ジェマが顔を上げた。


「……後をつけた?」


「うん」


「へぇ。ストーカーじゃない」


「違うよ! 偵察!」


「私のときはストーカーって言ったくせに!」


「ジェマはナンパして振られたあとに追いかけたんでしょ! 全然違うじゃん!」


「ちょっと! 誰が振られたって!?」


「はいはい、そこまで!」


 デイジーが二人の間に割って入った。


「それで、何かわかったの?」


 クロエは椅子に腰掛けた。


「……それが、途中で見失っちゃったんだ」


「クロエが?」


 ソフィが驚いた。


「うん。私以外にも追いかけてる人がいたよ。公爵側の人間とか、記者らしき人とか。でも、全員あっという間にまかれた」


「全員?」


「そう。あの人、追われるのに慣れてるみたい。角を曲がったと思ったら、もう気配がなくなってた」


 部屋が静かになった。


 クロエは盗賊として、人を追うことにも、追跡を振り切ることにも慣れている。そのクロエが見失ったのなら、相手も相当な腕前なのだろう。


「……ますます気になるなぁ」


 ソフィが腕を組んだ。


「大会が終わったら、なんとか話してみたいわ」


「仲間になってくれるかな?」


 タリアが尋ねた。


「それはわからへんけど、あれだけの魔法が使えるなら、レオナを助ける力になってくれるかもしれん」


「だったら」


 ニーナが口を開いた。


「なおさら明日、勝たないとね」


 みんなの視線が集まる。


「あの子、追いかけても逃げるんでしょ? だったら試合で捕まえるしかないじゃない」


 ニーナは楽しそうに笑った。


「それに、あの仮面」


「仮面?」


「引っ剥がしてやりたいわ」


 ソフィが吹き出した。


「ニーナちゃん、そっちが本命ちゃう?」


「だって気になるじゃない! どんな顔してるのか」


「美人だったりしてね」


 ジェマが言った。


「だったらなおさら見たいわ!」


「何の大会やねん……」


 笑い声が部屋に広がった。


 *


 翌朝。


『さぁーーー! いよいよ決勝戦です!』


 巨大な闘技場は、朝から満員だった。


『四年に一度のアラギルム闘技大会! 数々の激戦を勝ち抜いた二組が、ついに頂点を争います!』


 東側の門が開いた。


『まずは、今大会で一躍大人気となった踊り子コンビ!』


「行くわよ、マチルダ」


「おー!」


 二人が闘技場へ姿を現す。


『華麗な戦いで観客を魅了し続けた、バニー&ルビー!』


 ワァァァァァ!


「バニー! 頑張れー!」


「ルビー! こっち向いてー!」


「今日も勝ってくれよー!」


 ニーナは片手を上げて声援に応えた。マチルダも隣で手を振っている。


「人気者だねぇ」


「あたりまえでしょ?」


 ニーナが得意げに髪をかき上げた。


 そして、反対側の門が開いた。


『対するは、優勝候補のアル・ビル兄弟を破った、今大会最大のダークホース!』


 フード付きのマントをまとった女性が、ゆっくりと歩いてくる。その後ろを、ペンギン型の魔物がちょこちょことついてきた。


『仮面の占い師――アイリス!』


 ブゥゥゥゥゥ!


 紹介と同時に、大ブーイングが巻き起こった。


「引っ込めー!」


「仮面を外せ!」


「バニーにやられちまえ!」


 アイリスは何も言わず、闘技場の中央へ進んだ。ペンギン型の魔物も、その隣で足を止める。


 観客席では、デイジーたちが二人を見守っていた。


「すごい人気ですね、ニーナさんたち」


「昨日まで誰も知らんかったのになぁ」


 ソフィが笑った。


「それに比べて、アイリスはすっかり悪役じゃん」


 クロエが反対側の観客席を見た。


「ひどい言われようだね」


 タリアは、罵声を浴びても動じないアイリスを見つめていた。


「……気にしてないのかな」


「どうだろうね」


 ジェマが腕を組んだ。


「でも、ニーナたちが勝ったら、あの子たち絶対調子に乗るわよ」


「間違いないな」


 ソフィが頷いた。


 *


『それでは、決勝戦を始めます!』


 実況者の声が一段と大きくなった。


『優勝賞金は一億ゴールド! そして、アラギルム最強の戦士という名誉が与えられます!』


 ニーナが銅のつるぎを構え、隣でマチルダも腰を落とした。向かい合うアイリスは、マントの内側から一枚のカードを取り出している。


『両者、準備はよろしいでしょうか!』


 闘技場が静まり返った。


 カァァァァン!


『試合開始!』


 開始の鐘が鳴ると同時に、アイリスはカードを頭上に掲げた。足元に魔法陣が広がり、透明な膜が彼女とペンギン型の魔物を包み込む。


「結界!」


 観客席でデイジーが声を上げた。


「いきなり守りを固めましたね!」


「だったら、壊すだけよ!」


 ニーナは勢いよく地面を蹴り、アイリスへ斬りかかった。高く跳び上がり、身体をひねって銅のつるぎを振り下ろしたが、刃が結界に触れた瞬間、激しい衝撃が腕へ伝わってきた。


「っ!」


 弾き返されたニーナは空中で体勢を立て直し、数歩後ろへ着地した。結界には傷一つついていない。


「……硬いわね」


「じゃあ、自分が!」


 マチルダが両手を突き出し、小さな炎弾を放った。ところが、炎は結界に触れた途端にかき消されてしまった。


『バニー&ルビー、攻撃が通らない! アイリス選手の結界は相当な強度です!』


「汚いぞー!」


「正々堂々戦え!」


「守ってばっかりじゃねぇか!」


 再びアイリスへの罵声が飛ぶ。


「いや、結界は普通の魔法やろ……」


 ソフィが呆れた。


「もう何しても文句言われるじゃん、あの人」


 クロエも苦笑した。


 一方、ニーナは結界の前で銅のつるぎを握り直していた。正面から攻撃しても通らないのなら、弱い場所を探すしかない。そう考えたニーナは、今度は左右へ回り込み、角度を変えながら何度も剣を打ち込んでいった。


「どっかにあるでしょ……!」


 しかし、どれだけ攻撃を重ねても、アイリスを包む光の膜には傷一つつかなかった。


 アイリスはそんなニーナを見ながら、マントの内側から別のカードを選んだ。そして、少し離れた場所にいるマチルダへ目を向ける。


「……?」


 マチルダが不思議そうに首を傾げた瞬間、アイリスの手元から炎の玉が飛び出した。


「マチルダ!」


 ニーナが叫ぶ。


 マチルダは素早く身体をひねって避けたが、炎が右腕をかすめた。


「……あっ」


 袖の下に、真紅の鱗が浮かび上がる。


 マチルダは慌てて腕をマントの中へ隠した。それを見たニーナの顔色が変わる。


 炎を受けたことで、マチルダの身体が竜化しかけているのだ。


「マチルダ、大丈夫!?」


「う、うん!」


 マチルダが答えた時には、アイリスはすでに次のカードを構えていていた。


 再び炎の玉が飛んでくる。マチルダは横へ跳んでかわしたが、着地したところへ続けてもう一発が放たれた。


「ちょっと! なんで自分ばっかり!」


 マチルダは走りながら炎を避けた。どの攻撃も直撃はしないものの、次々と飛んでくる火球をかわすだけで精一杯だった。


「いい加減にしなさいよ!」


 ニーナはアイリスへ向かって駆け出し、結界へ銅のつるぎを叩きつけた。だが、アイリスはニーナの攻撃を結界で防ぎながら、マチルダへ炎の魔法を放ち続ける。


「こっち見なさいっての!」


 何度目かの攻撃を弾かれた時、マチルダの足元で炎が弾けた。


 ドォン!


「わっ!」


 爆風に押され、マチルダの身体が地面を転がる。


「マチルダ!」


 ニーナが振り返った。


 マチルダはすぐに起き上がろうとしたが、途中で動きを止めた。マントの下から、真紅の鱗に覆われた腕がのぞいている。


 彼女は慌ててマントを頭から被り、その場に伏せた。


『おおっと! ルビーに炎魔法が命中! 倒れたまま動きません!』


 ニーナは息を呑んだ。


 あの程度の炎で、マチルダが倒れるはずがない。立ち上がれないのではなく、立ち上がったら変化した身体を見られてしまうのだ。


「マチルダ! もう立たなくていいから!」


 マントの中から返事はなかった。


 ニーナはアイリスへ向き直り、睨みつけた。


「あんた……! もうあの子には手を出さないで」


 アイリスは静かにニーナを見ていた。


「もう立ち上がらないわ。これで満足でしょ?」


 しばらくの沈黙のあと、仮面の奥から小さな笑い声が漏れた。


「……ふふっ」


「なによ」


「大丈夫だよ」


「……?」


 ニーナは眉をひそめたが、その意味を考える間もなく、アイリスが新たなカードを取り出した。


 そこからは激しい攻防が続いた。


 アイリスが氷の魔法を放つと、ニーナは地面を滑る氷を跳び越え、素早く間合いを詰めた。しかし、銅のつるぎを振り下ろしても、結界に阻まれてしまう。


 次に放たれたのは風の魔法だった。足元から吹き上がる突風に身体が浮きかけたが、ニーナは銅のつるぎを地面へ突き立て、どうにか踏みとどまった。


「しつこいね」


 アイリスが言った。


「そっちこそ」


 ニーナは息を切らしながら笑った。


「そろそろその仮面、剥がさせなさいよ!」


「……それは嫌」


「じゃあ、無理やり取る!」


 再び踏み込む。


 アイリスはすぐに別のカードを取り出したが、ニーナは魔法が放たれる前に横へ跳び、次の攻撃をかわした。


 どれほど強力な魔法でも、カードを選び、発動するまでにはわずかな時間がある。ニーナはその隙を狙い、何度もアイリスへ斬りかかった。


 二人の攻防が続くうちに、観客たちはいつの間にかブーイングを忘れていた。誰もが目の前の戦いに見入っている。


 その時だった。


 ニーナの背後で、マントが動いた。


「……マチルダ?」


 観客席のデイジーが気づく。


 地面に伏せていたマチルダが、ゆらりと立ち上がったのだ。


「ちょっと!」


 ニーナが振り返る。


「立つなって言ったでしょ!」


 マチルダの腕には、まだ真紅の鱗が浮かんでいる。マントの下では、身体の変化も収まっていないようだった。


 それでもマチルダは、ニーナのほうを見ていた。


 一人で戦い続けるニーナは、もう肩で息をしている。アイリスの結界は破れず、魔法を避けるのも限界に近づいていた。


「……ニーナ」


 マチルダは大きく息を吸った。


「自分も戦う!」


「っ、ちょっと待っ――!」


 マチルダの口元に炎が灯った。


「マチルダ!?」


 次の瞬間、巨大な炎の息がアイリスへ向かって放たれた。


「バカ! 何やってんのよ!」


 ニーナが叫ぶ。


 マチルダの身体がさらに変化していく。このままでは、観客の前で完全に竜化してしまう。


 しかし、アイリスは動じなかった。


「……もう」


 仮面の下で小さく呟く。


「相変わらずだね」


「……え?」


 ニーナの動きが止まった。


 今、なんて言った?


 アイリスが一枚のカードを掲げる。


「――光」


 キィィィィィン!


 凄まじい光が放たれた。


 マチルダの炎と、アイリスの光が正面からぶつかり、闘技場全体が激しい衝撃に包まれた。


 ドォォォォォン!


「うわぁ!」


 観客席の誰もが目を覆った。闘技場は真っ白な光に包まれ、何も見えなくなる。


「目が!」


「何が起きた!?」


「見えない!」


 その瞬間、ニーナだけが見た。


 マチルダの炎を受けて、アイリスの結界が一瞬だけ消えたのだ。


「……今!」


 ニーナは光の中へ飛び込み、結界が消えた隙を逃さずアイリスに飛びかかった。不意を突かれたアイリスは短く悲鳴を上げ、二人はもつれるように地面へ倒れ込んだ。


「やっと捕まえたわよ!」


 ニーナはアイリスの肩を押さえつけ、空いた手を仮面へ伸ばした。


「これで顔、見せてもらうわ!」


 アイリスが身をよじるより早く、ニーナは仮面を掴み、一気に引き剥がした。


 カラン、と乾いた音を立てて仮面が地面へ落ちる。


「――――」


 ニーナの動きが止まった。


 目の上に現れた顔を、じっと見つめる。


「……え」


 握っていた銅のつるぎが、手から滑り落ちた。


 その顔を、見間違えるはずがなかった。


「……うそ」


 ニーナの唇が震えた。


「なんで……」


 *


 やがて、闘技場を包んでいた光が消えていった。


『さぁ! 一体何が起きたのでしょうか! こちらからも、まったく見えませんでした!』


 実況者も混乱している。


 煙が晴れ、地面に伏せたマチルダの姿が見えた。マントを深く被り、動く気配はない。


『ルビー、立ち上がりません!』


 そして、その少し先にはニーナがいた。


『バニーは……!?』


 ニーナは地面へ座り込んでいた。目の前には、再び仮面をつけたアイリスが立っている。


『どうした、バニー! 立ち上がれるか!?』


 ニーナの目から、一粒の涙が落ちた。


「……ちょっと」


 もう一粒。


「嘘でしょ……」


 ニーナは両手で顔を覆った。


 そして――


「うぇーーーーーーん!」


 泣き出した。


『……えっ!?』


 実況者が声を裏返す。


『バニー! 泣いています!』


「うぇーーーーん!」


 ニーナはそのまま地面へ突っ伏した。


「何してんの、あの人!?」


 観客席でジェマが叫ぶ。


「ニーナ!?」


 ソフィも立ち上がった。


『これは……戦闘続行不可能でしょうか!?』


 審判がニーナへ駆け寄る。


「バニー選手! 試合を続けられますか!」


 返事はない。


「うぇぇぇん……!」


 ニーナは泣き続けている。


 マチルダも立ち上がらない。


 審判が二人の状態を確認し、腕を上げた。


 カァァァァン!


『決まったぁぁぁ!』


 歓声とブーイング、そしてあまりにも不可解な決着への笑い声が入り混じった。


『アラギルム闘技大会、優勝者は――仮面の占い師、アイリス!』


 アイリスは静かに立っていた。


 そして、マントに包まれたマチルダへ近づくと、周囲に聞こえない声で話しかけた。


「ねえ、マチルダ」


 マントがぴくりと動く。


「私の炎、ちゃんと手加減したんだよ」


「……」


「竜化しないくらいにしたつもりだったのに」


 マチルダは何も言わない。


「どうして自分から炎を吐いちゃうの?」


「……ニーナが大変そうだったから」


 マントの中から、小さな声がした。


 アイリスは少し笑った。そして、そっと声を落とす。


「でも大丈夫。最後の光で、みんなの目をくらませたから。たぶん誰にも見られてないよ」


 アイリスはその隣にしゃがみ込んだ。


「もう、マチルダらしいなぁ」


「……ごめん」


 その少し先では、ニーナがまだ泣いていた。


『バニー選手! そろそろ退場をお願いします!』


「うぇぇぇん!」


『……誰か、迎えに来てくださーい!』


 観客席から、また笑い声が上がった。


 *


 その夜。


「ちょっと、あれはなんなのよ!!」


 宿の一室で、ジェマが机を叩いた。


「何が『奇跡の踊り子姉妹』よ! 決勝戦で泣き出すなんて!」


 ソフィが口元を押さえた。


「最後、『うぇーん!』って倒れたで」


「違う違う」


 クロエが訂正する。


「『うぇーーーーーん!』くらいだった」


「そこ再現せんでええねん!」


 デイジーは額を押さえていた。


「何があったんでしょうね……。あんなに順調だったのに」


「帰ってきたら説教よ!」


 ジェマが腕を組む。


「優勝できなかったことより、理由がわからないのが腹立つわ!」


「でも、ニーナは途中まで普通に戦ってたよね」


 タリアが言った。


「そうなんよ」


 ソフィも頷く。


「最後、急に泣き出したもんなぁ」


「アイリスに何か魔法でもかけられたのかな?」


 クロエが尋ねる。


「精神に作用する魔法とか?」


「あり得ますね……」


 デイジーが考え込んだ。


 その時、窓の外を見ていたタリアが顔を上げた。


「あ、奇跡の姉妹が帰ってきたみたい」


 ガチャ。


 宿の扉が開いた。


「ただいま」


 マチルダだった。


「おかえり!」


 ソフィが振り返る。


「あれ? マチルダ、一人?」


「ううん」


 マチルダはいつも通りの顔で答えた。


「三人で帰ってきた」


「三人?」


 クロエが首を傾げる。


「ニーナと、あと誰?」


 少し間があって、外から声がした。


「……入るわよ」


 ニーナが入ってきた。


 その後ろには、フードを被り、仮面をつけた女性が立っている。


 部屋が静まり返った。


「あれ?」


 デイジーが立ち上がる。


「アイリスさん!? なんでここに!?」


 ジェマも目を丸くした。


「ちょっとニーナ、どういうこと?」


 ニーナの目は、まだ少し赤かった。


「この人……」


 後ろの女性を見る。


「どうしても、みんなに会わせたくて」


 ソフィたちが顔を見合わせる。


 すると、クロエが立ち上がった。


 仮面の女性をじっと見つめる。


 一歩、近づいた。


「クロエ?」


 ソフィが声をかける。


 クロエは答えなかった。


 そのまま女性の前へ立ち、仮面に手を伸ばす。


 ガシッ。


「えっ?」


 デイジーが驚く。


 クロエは、勢いよく仮面を剥ぎ取った。


「ミラ!!!」


 仮面が外れる。


 長い黒髪。白い肌。整った顔立ち。そして、少し困ったような、懐かしい笑顔。


「……えへへ」


 ミラは、はにかんだ。


「久しぶり」


 誰もすぐには言葉を発せなかった。


 ミラはクロエを見た。


「クロエ、私だってわかってたの?」


「……」


「仮面、意味なかったかな」


 クロエの目から涙が溢れた。


「……ミラ」


 ソフィが、ゆっくりと立ち上がった。


「……ミラ?」


 一歩、近づく。


「ほんまに……?」


 ミラがソフィを見る。


「ソフィ……」


 その声を聞いた瞬間、ソフィが駆け出した。


「ミラ!」


 勢いよく抱きつく。


「うそや……ほんまにミラや……!」


 クロエも二人のもとへ駆け寄った。


「ミラ!!!」


 ミラは少しよろめきながら、二人を抱きとめた。


「ちょっと、二人とも……」


 そう言いながら、ミラも笑っていた。


 ソフィはミラの肩へ顔を埋めた。


「……会いたかった」


 ミラの背中を抱く腕に、ぎゅっと力がこもる。


「もう、会えへんと思ってた……」


「……うん」


 ミラはソフィの背中へ腕を回した。


 私も、会いたかったよ」


 その言葉に、ソフィはとうとう声を上げて泣き出した。クロエもミラに抱きついたまま、涙を拭おうともしない。


 ジェマは口元を押さえ、デイジーも目を潤ませていた。タリアは三人の姿を見つめ、静かに微笑んでいる。


 しばらくして、ソフィが少しだけ身体を離した。


 涙で濡れた顔を上げ、目の前の女性を見つめる。


 五年前、守れなかったと思っていた。


 もう二度と会えないと思っていた、大切な人。


 ソフィは震える声で、その名を呼んだ。


「……ミラ王女」


 ミラは何も言わず、ソフィの手を握った。


 その手は温かかった。


 部屋の中で、誰もすぐには次の言葉を口にできなかった。

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