#15 聖女が守りし未来
パルタ山が見えてきた頃、三人は異変に気づいた。
山の向こうから、黒い煙が立ち上っている。
「……え?」
クロエが足を立った。さらに近づくと、煙は一か所からではなく、山のあちこちから上がっていることがわかった。木々の間には赤い炎が見え、遠くから爆発音と魔物の咆哮が響いてくる。
「……遅かったか」
ソフィが呆然と呟いた。
かつて自分たちが笑いながら走り回った山。レオナに連れられて魔物を追いかけ、怪我をして、シスターに叱られた。そんな思い出のある場所が、今は戦場になっていていた。
「あの教会……大丈夫かな……」
クロエが山の奥を見つめる。森に囲まれた小さな教会は、ここからでは見えない。
デイジーは煙の上がる方角を確かめると、腰の短剣に手をかけた。
「ソフィ、クロエ。戦う準備はいい?」
いつもの明るい声ではなかった。
「まだ生きている人たちがいるはず。助けに行こう」
「……うん!」
「もちろんや」
三人は山へ駆け込んだ。
*
山道には折れた木々が散乱し、ところどころに焼け焦げた跡が残っていた。森の奥からは悲鳴が聞こえる。
「こっち!」
デイジーが声のする方へ走り出した。
茂みを抜けた先で、数人の村人が魔物に追われていた。先頭を走る男は片足を引きずり、その後ろでは女性が倒れた子どもを抱き起こそうとしている。
「来るよ!」
クロエが叫んだ。巨大な獣型の魔物が女性へ飛びかかろうとした瞬間、ソフィが杖を振るう。
「させへんで」
淡い光が魔物の身体を包んだ。途端に動きが鈍くなり、振り上げた前脚が途中で止まる。
「クロエ!」
「はいはい!」
クロエは魔物の脇を駆け抜け、短剣で急所を切り裂いた。巨体が地面に倒れる。
「今のうちに逃げて!」
村人たちへ声をかけた直後、別の魔物が木陰から飛び出してきた。
「危ない!」
クロエが振り返るより早く、デイジーが短剣を投げた。刃は魔物の肩に突き刺さり、村人へ向かって身体が横へそれる。
「クロエ、そっちお願い!」
「了解!」
クロエが魔物を引きつける間に、デイジーは倒れている子どものそばへ膝をついた。
「大丈夫。すぐ治すからね」
子どもの足には深い傷があった。デイジーが手をかざすと白い光が広がり、傷口がゆっくりと塞がっていく。
その背後から、さらに二体の魔物が迫った。
「デイジー、伏せて!」
ソフィの杖から放たれた光が、一体の足元を捉えた。魔物が転倒し、後続の一体も巻き込んで地面に倒れる。
「助かった!」
デイジーは治療を終えると、子どもを母親へ引き渡した。
「この道を下りて! 途中に魔物がいたら、森には入らず岩陰に隠れてください!」
村人たちが礼を言いながら走り去る。
三人は倒れた魔物が再び起き上がらないことを確かめ、山道を進んだ。
「なぁ、クロエ」
ソフィが隣を走るクロエに声をかけた。
「こうして一緒に魔物と戦うん、懐かしいな」
「そうだね。昔はいつもレオナに助けられてたけど」
「ほんまや。あの子、誰より先に突っ込んでいくから、私らも必死で追いかけてなぁ」
「で、最後は全員怪我してシスターに怒られるんだよね」
クロエが小さく笑った。
「でも、今なら私たちだけでも戦えるじゃん」
「せやな。強くなったもんな」
ソフィも笑いかけたが、すぐに前を向いた。
煙の向こうから、また爆発音が聞こえてきた。
「……急ごう」
二人は足を速めた。
*
木々を抜け、山の中腹にある広場へ出た瞬間、三人は立ち止まった。
頭上に、巨大な黒い戦艦が浮かんでいた。
山の木々を覆い隠すほどの船体。黒い装甲の隙間から不気味な光が漏れ、周囲には重い魔力が漂っている。
デイジーはその姿を見た途端、息を詰めた。
「あれ……」
見覚えがあった。
ダズリンの祭りの日、鉄の魔女が現れた、あの戦艦だ。
「レオナ先輩が乗っていた船……」
ソフィとクロエも戦艦を見上げた。
「まさか、レオナもここに……?」
ソフィが呟いた、その時だった。
「あっ! 見て!」
クロエが戦艦の向こう側を指差した。
森の奥に、小さな建物が見える。周囲の木々は燃えていたが、古い木造の建物はまだ形を残していた。
「あれ、教会だよ!」
「ほんまや……!」
ソフィは思わず駆け出しかけた。
教会の前には何体もの魔物が集まっている。扉を叩く音が聞こえ、中からは誰かの叫び声が響いていた。
「シスターが危ない!」
「行こう!」
三人は教会へ向かって走り出した。
*
「どいて!」
ソフィの魔法が教会の前にいた魔物たちを吹き飛ばした。クロエが倒れた魔物の間を駆け抜け、扉の前に立つ。デイジーもすぐ後ろに続く。
「シスター!」
クロエが扉を勢いよく開けた。
三人は中へ飛び込み、その場で足を止めた。
教会の中央に、両手を後ろで縛られた女性がいた。
白かった修道服は汚れ、袖も破れている。顔には殴られたような痣があり、口元には血が滲んでいる。
そして、その首には魔物の持つ刃物が突きつけられていた。
「……シスター?」
ソフィの声に、女性が顔を上げた。
「あなたたち……?」
何年も会っていなかった。それでも、三人にはすぐにわかった。
幼い頃、怪我をするたびに駆け込んだこの教会で、いつも自分たちを迎えてくれたシスターだった。
「シスター!」
クロエが駆け寄ろうとした。
「動くな!」
魔物が刃をシスターの首へ押し当てる。
「一歩でも近づいたら、こいつを殺すぞ」
「……っ!」
クロエは足を止めた。
ソフィが杖を構えると、別の魔物がシスターの髪を掴んで顔を上げさせた。
「魔法も使うなよ。何かしたらすぐに首を切る」
「……卑怯やで、あんたら」
ソフィは杖を下ろさず、魔物を睨んだ。
デイジーは周囲を見渡した。魔物は五体。シスターの左右に二体、背後に一体、残りは扉の近くにいる。
シスターを傷つけずに倒せる位置を探したが、首に刃を当てている魔物だけは、少しでも動けば間に合わない。
「何が目的なの?」
デイジーが尋ねた。
「この人はただのシスターでしょう?」
「ただのシスター?」
魔物が笑った。
「こいつが隠し事をするからいけないんだよ」
「何を隠してるっていうの?」
「お前らには関係ねぇ」
魔物はシスターの髪をさらに強く引っ張った。
「さっさと喋れば済んだ話なんだよ!」
「やめて!」
クロエが叫んだ。
「その人に手を出さないで!」
「だったらおとなしくしてろ!」
魔物がシスターの腹を殴った。
「うっ……!」
シスターの身体が折れ曲がる。縛られた両手では身体を支えられず、床へ膝をついた。
「シスター!」
ソフィが一歩踏み出すと、すぐに刃が首へ押しつけられた。
「来るなって言ってんだろ!」
ソフィは歯を食いしばり、足を止めた。
「……お願いやから、もうやめて」
その声を聞いて、シスターが顔を上げた。
「ソフィ……」
「シスター……」
「クロエも……大きくなったわね」
苦しそうに息をしながら、シスターは微笑んだ。
「もう大丈夫だよ。私たちが助ける」
クロエが答えると、シスターはゆっくり首を振った。
「あなたたちこそ……逃げなさい」
「何言ってるの!」
クロエが叫んだ。
「せっかく会えたのに、置いていけるわけないじゃん!」
「そうやで。今度は私らが助ける番やろ?」
ソフィが言うと、シスターの目元が少し緩んだ。
「……本当に、変わらないわね」
その時、教会の扉が大きく開いた。
「おい」
低い声が響いた。
「何をしている」
入ってきたのは、熊のような巨体を持つ魔物だった。分厚い腕に大きな爪。全身から禍々しい魔力を放っている。
魔物たちはいちせいに姿勢を正した。
「そいつを殺すなと指示があるだろう」
「は、はい! ですが、こいつがなかなか口を割らなくて……」
「だからといって、殺してどうする」
熊の魔物が近づいてくる。
デイジーはその姿を見て、目を細めた。
覚えている。
ダズリンの祭りの日、鉄の魔女の隣に立っていた魔物だ。
熊の魔物はシスターの前にしゃがみ込んだ。
「なぁ。そろそろ教えてくれてもいいだろう」
「……」
「後継者はどこにいる?」
デイジーとクロエが顔を見合わせた。
「後継者……?」
クロエが小声で呟く。
スルバン大聖堂で聞いた、大司教の後継者問題。あれと何か関係があるのだろうか。
「黙っていても仕方ないぞ」
熊の魔物は続けた。
「お前が何を隠しているか、こっちはもう知っているんだ」
「……知らないわ」
シスターが答えた。
「ここには、いない」
「へぇ?」
「知っていたとしても……」
シスターは顔を上げ、魔物をまっすぐ見据えた。
「あなたたちには、絶対に教えない」
熊の魔物の顔から笑みが消えた。
「……そうか」
ゆっくりと立ち上がる。
「ならば、あの方に直接聞いてもらおう」
「……?」
「連れてこい」
魔物たちがシスターを乱暴に立たせた。
「待って! どこへ連れていくの!」
クロエが叫んだが、首元の刃は離れない。三人は魔物たちの後を追って教会を出た。
広場には、黒い戦艦が浮かんでいた。
そして、その真下に一人の人物が立っていた。
全身を覆う黒鉄の鎧。顔を隠す鉄の仮面。手には、身体ほどもある巨大な槍を持っている。
周囲の魔物たちは誰も近づこうとしない。
ソフィは、その姿を見た瞬間に足を止めた。
「……レオナ」
かつて何度も一緒にこの山を駆け回った、幼なじみ。
五年前に死んだはずの、大切な仲間。
「お連れしました」
熊の魔物が頭を下げる。
鉄の魔女はシスターへ顔を向けた。
「タリアはどこにいる?」
低い声が響いた。
ソフィとクロエが驚いて顔を上げる。
タリア。
その名前を知っている。
幼い頃、この教会にいた、帽子をかぶった静かな女の子だ。
「……知らないわ」
シスターが答えた。
「ここにはいない」
鉄の魔女はしばらく黙っていた。
「そう」
槍を持つ手が、わずかに動く。
「なら、あなたに用はないわ」
次の瞬間、槍がシスターの胸を貫いた。
「……え?」
クロエは何が起きたのかわからなかった。
シスターの身体が大きく揺れ、胸元から血が流れ出す。
鉄の魔女が槍を引き抜くと、シスターはその場に崩れ落ちた。
「シスター!!」
デイジーが真っ先に駆け寄り、倒れる身体を抱き止めた。
「待って! まだ助かる!」
胸の傷へ両手を当てる。白い光が広がり、傷口を包んだ。
しかし、血は止まらなかった。
「……っ!」
デイジーはさらに魔力を注ぎ込んだ。裂けた部分を塞ごうとしても、傷が深すぎる。息をするたびに血が溢れてくる。
「お願い……!」
そのすぐ後ろで、鉄の魔女が口を開いた。
「どうやら、本当にここにはいないようね」
槍についた血を振り払う。
「引き上げるわよ」
魔物たちが動き始めた。
「……待ちなさいよ」
ソフィが呟いた。
鉄の魔女は振り返らない。
「待ちなさいよ!!」
ソフィが立ち上がった。足元にはシスターの血が広がっている。
「……なにしてんねん」
ソフィの声が震えた。
鉄の魔女が足を止める。
「なにしてんねん、あんた!!」
ようやく、鉄の仮面がソフィへ向けられた。
「あんた……レオナやろ!」
ソフィは杖を握り締めた。
「レオナなんやろ!! 顔出しぃや!!」
杖の先に魔力が集まる。
「ソフィ!」
デイジーが叫んだが、もう止められなかった。
強烈な光弾が鉄の仮面へ飛んだ。
鉄の魔女は槍を振り上げ、光弾を弾き飛ばす。弾かれた魔法は背後の地面に当たり、土と石を吹き上げた。
「何してんねん!!」
ソフィが次の魔法を放つ。
「自分を忘れたんか!!」
炎が鉄の魔女へ襲いかかる。槍が振られ、炎は左右へ散った。
「シスターやで!?」
続けて雷が落ちる。
「昔、あんなにお世話になったやろ!!」
鉄の魔女は槍で受け止めた。足元の土が砕け、鎧の表面に青白い光が走る。
「怪我するたびに治してもらって! ご飯まで食べさせてもらって!」
ソフィは止まらなかった。
「レオナが一番怒られてたやんか!!」
次々と放たれる魔法が、鉄の魔女へ降り注ぐ。
周囲の魔物たちが慌てて距離を取った。
鉄の魔女は槍を振り回して魔法を弾き続けていたが、ソフィの攻撃は途切れない。足元で爆発が起こり、一歩、また一歩と後退していく。
「なんでやねん……!」
ソフィの頬を涙が伝った。
「なんで、こんなことできるんよ!!」
鉄の魔女は何も答えない。
「なんとか言ってや!!」
ソフィが叫ぶ。
「レオナ!!」
その声は、広場に響き渡った。
だが、返事はなかった。
「奴を捕らえろ!」
熊の魔物が叫んだ。
周囲にいた魔物たちが一斉に動き出し、ソフィの背後から飛びかかった。しかし、ソフィの周囲に溢れ出した魔力が、近づく魔物たちを押し返した。
「もう……」
ソフィの足元から、膨大な魔力が溢れ出した。
地面に光の筋が走り、教会の周囲へ広がっていく。
「もう、やめてよ……!」
ソフィは杖を高く掲げた。
「やめてって言ってるやろ!!」
凄まじい音とともに、巨大な光の壁が地面から立ち上がった。
教会を中心に広がった光は、山の斜面を駆け上がり、広場を包み込む巨大な結界となる。
「なっ……!?」
魔物たちが慌てて逃げようとした。
しかし、光の壁は止まらない。
結界の外側へ向かって広がる力が、魔物たちを次々と押し飛ばしていく。熊の魔物も地面に爪を立てて踏みとどまろうとしたが、その巨体ごと吹き飛ばされた。
鉄の魔女も槍を地面へ突き立てた。だが、押し寄せる光に抗いきれず、結界の外へ押し出されていく。
やがて光の壁が止まり、教会と三人を守るように輝いた。
「……はぁっ……はぁっ……!」
ソフィは杖に体重を預けた。
全身から力が抜け、膝が折れそうになる。額から汗が流れ、息を吸うだけでも胸が苦しかった。
「ソフィ!」
クロエが駆け寄り、倒れかけた身体を支えた。
「大丈夫!?」
「……うん……」
ソフィは答えたが、顔を上げるのがやっとだった。
結界の向こうでは、熊の魔物が怒鳴っていた。
「撤退だ! 全員、戦艦へ戻れ!」
広場に浮かんでいた戦艦が、魔物たちを次々と吸い上げていく。
最後に、鉄の魔女が結界の前で立ち止まった。
仮面の奥から、ソフィを見ている。
ソフィも顔を上げた。
「……レオナ」
声はもう、ほとんど出なかった。
鉄の魔女は何も言えず、背を向けた。
その姿が戦艦へ消えると、巨大な船体は黒い光に包まれ、空の彼方へ消えていった。
ソフィはそれを見届けると、クロエの腕の中で膝をついた。
「……シスター」
すぐに立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
「クロエ……お願い、シスターのところ……」
「うん」
クロエはソフィを支えながら、デイジーのもとへ急いだ。
*
「シスター!」
デイジーは地面に膝をつき、シスターの胸へ手を当て続けていた。
白い光が何度も傷口を包んでいる。しかし、傷は塞がらず、シスターの呼吸は少しずつ弱くなっていた。
「デイジー……」
ソフィが呼びかける。
「……まだ、治療してる」
デイジーは顔を上げなかった。
「もう少しで……もう少しで、きっと……」
言いながら、さらに魔力を注ぐ。
傷口から流れる血は少なくなっていた。それでも、傷ついた身体は回復しない。デイジーの手が震え始めた。
「お願い……治って……!」
クロエがシスターのそばに座った。
「シスター……」
シスターはゆっくり目を開けた。
「……みんな」
「喋らないでください!」
デイジーが言った。
「今、治してますから!」
「……ありがとう」
シスターはかすかに微笑んだ。
「でも……もう、いいのよ」
「よくないです!」
デイジーの声が裏返った。
「まだ助けられます! だから……!」
「デイジー」
シスターがそっと呼んだ。
「……あなたは、優しい子なのね」
デイジーは唇を噛み、治癒魔法を続けた。
シスターはソフィとクロエへ目を向けた。
「……二人とも」
「シスター……」
「覚えている……?」
息を整えながら、シスターは尋ねた。
「タリアのこと……」
ソフィとクロエが顔を見合わせた。
「……覚えてるで」
ソフィが答えた。
「ここにおった、あの子やろ? いつも帽子かぶってた……」
「うん。静かで、弓の練習してた子だよね」
クロエも頷いた。
シスターは安心したように目を細めた。
「そう……あの子よ」
「シスター、タリアがどうかしたん?」
ソフィが尋ねる。
「……タリアはね」
シスターは一度、苦しそうに息を吸った。
「大司教様の……第一子なの」
「……え?」
クロエが固まった。
「第一子って……娘なの?」
シスターが頷く。
「本当なら……次の大司教になる子よ」
デイジーも顔を上げた。
スルバン大聖堂で聞いた話が、頭をよぎる。
代々、母から娘へ受け継がれてきた大司教の地位。現在の大司教には息子が二人しかいないと聞いていた。
「でも……大司教様に娘がいるなんて……」
「隠していたの……」
シスターは答えた。
「タリアの父親は……エルフなのよ」
「エルフ……?」
ソフィの頭に、聖都の酒場で聞いた話が蘇った。
大司教の妹分だった、伝説的な治癒能力を持つ女性。二十年ほど前、突然姿を消したという。
そして、その女性が最後に残した言葉。
――私は約束した。
――未来を守りにいく。
「……シスター」
ソフィは顔を上げた。
「もしかして……聖都におったん?」
シスターは小さく頷いた。
「大司教様とは……姉妹のように育ったの」
「……やっぱり」
ソフィの声が震えた。
「あの人、シスターやったんや……」
「昔は……人間とエルフの間に生まれた子は……許されなかった」
シスターは途切れ途切れに話した。
「見つかれば……命を奪われる……だから、大司教様は……私に、あの子を託したの」
クロエがシスターの手を握った。
「それで……ここで育ててたんだね」
「ええ……」
シスターの指が、かすかに握り返す。
「いつか……あの子が隠れずに生きられる日まで……守るって……約束したの」
ソフィの頬を涙が伝った。
「……シスター、もうええから」
シスターは首を振ろうとしたが、わずかに動いただけだった。
「タリアは……強い力を持っているの」
「……うん」
「きっと……たくさんの人を……救える子だから……」
「わかった。わかったから……」
ソフィはシスターの手を包み込んだ。
「もう喋らんといて。な?」
シスターはソフィを見つめた。
「……お願いが、あるの」
「なんでも聞く。だから……」
「タリアに……伝えて……」
声が小さくなる。
「約束を……守れそうになくて……ごめんなさいって……」
「嫌や……」
ソフィは首を振った。
「そんなこと、自分で言ってや……」
シスターは弱々しく笑った。
「……ソフィ」
「嫌やって……」
「昔も……よく、そうやって泣いていたわね」
ソフィは何も答えられなかった。
幼い頃、怪我をして泣きながら教会へ駆け込むと、シスターはいつも傷を治してくれた。痛みが消えるまでそばにいて、最後には笑顔で送り出してくれた。
今度は自分が助けたかった。
けれど、どれだけ強い魔法を使えても、目の前のシスターを救うことができない。
「シスター……」
クロエも涙をこぼしながら手を握った。
「また会えると思ってたのに……」
シスターはクロエを見て、ゆっくり微笑んだ。
「……会えて、嬉しかったわ」
その声は、ほとんど聞こえないほど小さかった。
「どうか……」
シスターは最後の力で、三人を見つめた。
「タリアを……守って……」
「……うん」
クロエが頷いた。
「絶対に守るから……!」
ソフィも涙を拭わずに頷いた。
「約束する……私らが守るから……」
シスターの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
そして、握られていた指から、ゆっくりと力が抜けた。
「……シスター?」
クロエが呼びかけた。
返事はなかった。
「ねぇ……シスター……?」
デイジーがもう一度、胸へ手を当てる。
白い光が広がった。
しかし、シスターの身体は動かなかった。
「……っ」
デイジーは何度も魔法をかけようとした。けれど、手をかざしたまま、動けなくなった。
「……デイジー?」
クロエが尋ねた。
デイジーは首を横に振った。
「……ごめん」
声が震えた。
「ごめんなさい……」
クロエはシスターの手を握ったまま、俯いた。
「……シスター」
ソフィはその場に崩れ落ちた。
「……嫌や」
シスターの肩に手を伸ばす。
「シスター……起きてや……」
もう一度、名前を呼んだ。
「お願いやから……」
返事はなかった。
「シスター……!」
ソフィはシスターの身体にすがりついた。
「シスター!!」
クロエも声を上げて泣き出した。
デイジーは二人のそばに座り、動かなくなったシスターの手を握った。
三人の泣き声が、焼け焦げたパルタ山に響いていた。
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