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討伐対象は、かつて私を救ってくれた恩人でした 〜殺せと命じられたので最強仲間たちと連れ戻します〜  作者: 真鈴マリン
Part.1 帰還編

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16/27

#15 聖女が守りし未来

パルタ山が見えてきた頃、三人は異変に気づいた。


山の向こうから、黒い煙が立ち上っている。


「……え?」


 クロエが足を立った。さらに近づくと、煙は一か所からではなく、山のあちこちから上がっていることがわかった。木々の間には赤い炎が見え、遠くから爆発音と魔物の咆哮が響いてくる。


「……遅かったか」


 ソフィが呆然と呟いた。


 かつて自分たちが笑いながら走り回った山。レオナに連れられて魔物を追いかけ、怪我をして、シスターに叱られた。そんな思い出のある場所が、今は戦場になっていていた。


「あの教会……大丈夫かな……」


 クロエが山の奥を見つめる。森に囲まれた小さな教会は、ここからでは見えない。


 デイジーは煙の上がる方角を確かめると、腰の短剣に手をかけた。


「ソフィ、クロエ。戦う準備はいい?」


 いつもの明るい声ではなかった。


「まだ生きている人たちがいるはず。助けに行こう」


「……うん!」


「もちろんや」


 三人は山へ駆け込んだ。


*


 山道には折れた木々が散乱し、ところどころに焼け焦げた跡が残っていた。森の奥からは悲鳴が聞こえる。


「こっち!」


 デイジーが声のする方へ走り出した。


 茂みを抜けた先で、数人の村人が魔物に追われていた。先頭を走る男は片足を引きずり、その後ろでは女性が倒れた子どもを抱き起こそうとしている。


「来るよ!」


 クロエが叫んだ。巨大な獣型の魔物が女性へ飛びかかろうとした瞬間、ソフィが杖を振るう。


「させへんで」


 淡い光が魔物の身体を包んだ。途端に動きが鈍くなり、振り上げた前脚が途中で止まる。


「クロエ!」


「はいはい!」


 クロエは魔物の脇を駆け抜け、短剣で急所を切り裂いた。巨体が地面に倒れる。


「今のうちに逃げて!」


 村人たちへ声をかけた直後、別の魔物が木陰から飛び出してきた。


「危ない!」


 クロエが振り返るより早く、デイジーが短剣を投げた。刃は魔物の肩に突き刺さり、村人へ向かって身体が横へそれる。


「クロエ、そっちお願い!」


「了解!」


 クロエが魔物を引きつける間に、デイジーは倒れている子どものそばへ膝をついた。


「大丈夫。すぐ治すからね」


 子どもの足には深い傷があった。デイジーが手をかざすと白い光が広がり、傷口がゆっくりと塞がっていく。


 その背後から、さらに二体の魔物が迫った。


「デイジー、伏せて!」


 ソフィの杖から放たれた光が、一体の足元を捉えた。魔物が転倒し、後続の一体も巻き込んで地面に倒れる。


「助かった!」


 デイジーは治療を終えると、子どもを母親へ引き渡した。


「この道を下りて! 途中に魔物がいたら、森には入らず岩陰に隠れてください!」


 村人たちが礼を言いながら走り去る。


 三人は倒れた魔物が再び起き上がらないことを確かめ、山道を進んだ。


「なぁ、クロエ」


 ソフィが隣を走るクロエに声をかけた。


「こうして一緒に魔物と戦うん、懐かしいな」


「そうだね。昔はいつもレオナに助けられてたけど」


「ほんまや。あの子、誰より先に突っ込んでいくから、私らも必死で追いかけてなぁ」


「で、最後は全員怪我してシスターに怒られるんだよね」


 クロエが小さく笑った。


「でも、今なら私たちだけでも戦えるじゃん」


「せやな。強くなったもんな」


 ソフィも笑いかけたが、すぐに前を向いた。


 煙の向こうから、また爆発音が聞こえてきた。


「……急ごう」


 二人は足を速めた。


*


 木々を抜け、山の中腹にある広場へ出た瞬間、三人は立ち止まった。


 頭上に、巨大な黒い戦艦が浮かんでいた。


 山の木々を覆い隠すほどの船体。黒い装甲の隙間から不気味な光が漏れ、周囲には重い魔力が漂っている。


 デイジーはその姿を見た途端、息を詰めた。


「あれ……」


 見覚えがあった。


 ダズリンの祭りの日、鉄の魔女が現れた、あの戦艦だ。


「レオナ先輩が乗っていた船……」


 ソフィとクロエも戦艦を見上げた。


「まさか、レオナもここに……?」


 ソフィが呟いた、その時だった。


「あっ! 見て!」


 クロエが戦艦の向こう側を指差した。


 森の奥に、小さな建物が見える。周囲の木々は燃えていたが、古い木造の建物はまだ形を残していた。


「あれ、教会だよ!」


「ほんまや……!」


 ソフィは思わず駆け出しかけた。


 教会の前には何体もの魔物が集まっている。扉を叩く音が聞こえ、中からは誰かの叫び声が響いていた。


「シスターが危ない!」


「行こう!」


 三人は教会へ向かって走り出した。


*


「どいて!」


 ソフィの魔法が教会の前にいた魔物たちを吹き飛ばした。クロエが倒れた魔物の間を駆け抜け、扉の前に立つ。デイジーもすぐ後ろに続く。


「シスター!」


 クロエが扉を勢いよく開けた。


 三人は中へ飛び込み、その場で足を止めた。


 教会の中央に、両手を後ろで縛られた女性がいた。


 白かった修道服は汚れ、袖も破れている。顔には殴られたような痣があり、口元には血が滲んでいる。


 そして、その首には魔物の持つ刃物が突きつけられていた。


「……シスター?」


 ソフィの声に、女性が顔を上げた。


「あなたたち……?」


 何年も会っていなかった。それでも、三人にはすぐにわかった。


 幼い頃、怪我をするたびに駆け込んだこの教会で、いつも自分たちを迎えてくれたシスターだった。


「シスター!」


 クロエが駆け寄ろうとした。


「動くな!」


 魔物が刃をシスターの首へ押し当てる。


「一歩でも近づいたら、こいつを殺すぞ」


「……っ!」


 クロエは足を止めた。


 ソフィが杖を構えると、別の魔物がシスターの髪を掴んで顔を上げさせた。


「魔法も使うなよ。何かしたらすぐに首を切る」


「……卑怯やで、あんたら」


 ソフィは杖を下ろさず、魔物を睨んだ。


 デイジーは周囲を見渡した。魔物は五体。シスターの左右に二体、背後に一体、残りは扉の近くにいる。


 シスターを傷つけずに倒せる位置を探したが、首に刃を当てている魔物だけは、少しでも動けば間に合わない。


「何が目的なの?」


 デイジーが尋ねた。


「この人はただのシスターでしょう?」


「ただのシスター?」


 魔物が笑った。


「こいつが隠し事をするからいけないんだよ」


「何を隠してるっていうの?」


「お前らには関係ねぇ」


 魔物はシスターの髪をさらに強く引っ張った。


「さっさと喋れば済んだ話なんだよ!」


「やめて!」


 クロエが叫んだ。


「その人に手を出さないで!」


「だったらおとなしくしてろ!」


 魔物がシスターの腹を殴った。


「うっ……!」


 シスターの身体が折れ曲がる。縛られた両手では身体を支えられず、床へ膝をついた。


「シスター!」


 ソフィが一歩踏み出すと、すぐに刃が首へ押しつけられた。


「来るなって言ってんだろ!」


 ソフィは歯を食いしばり、足を止めた。


「……お願いやから、もうやめて」


 その声を聞いて、シスターが顔を上げた。


「ソフィ……」


「シスター……」


「クロエも……大きくなったわね」


 苦しそうに息をしながら、シスターは微笑んだ。


「もう大丈夫だよ。私たちが助ける」


 クロエが答えると、シスターはゆっくり首を振った。


「あなたたちこそ……逃げなさい」


「何言ってるの!」


 クロエが叫んだ。


「せっかく会えたのに、置いていけるわけないじゃん!」


「そうやで。今度は私らが助ける番やろ?」


 ソフィが言うと、シスターの目元が少し緩んだ。


「……本当に、変わらないわね」


 その時、教会の扉が大きく開いた。


「おい」


 低い声が響いた。


「何をしている」


 入ってきたのは、熊のような巨体を持つ魔物だった。分厚い腕に大きな爪。全身から禍々しい魔力を放っている。


 魔物たちはいちせいに姿勢を正した。


「そいつを殺すなと指示があるだろう」


「は、はい! ですが、こいつがなかなか口を割らなくて……」


「だからといって、殺してどうする」


 熊の魔物が近づいてくる。


 デイジーはその姿を見て、目を細めた。


 覚えている。


 ダズリンの祭りの日、鉄の魔女の隣に立っていた魔物だ。


 熊の魔物はシスターの前にしゃがみ込んだ。


「なぁ。そろそろ教えてくれてもいいだろう」


「……」


「後継者はどこにいる?」


 デイジーとクロエが顔を見合わせた。


「後継者……?」


 クロエが小声で呟く。


 スルバン大聖堂で聞いた、大司教の後継者問題。あれと何か関係があるのだろうか。


「黙っていても仕方ないぞ」


 熊の魔物は続けた。


「お前が何を隠しているか、こっちはもう知っているんだ」


「……知らないわ」


 シスターが答えた。


「ここには、いない」


「へぇ?」


「知っていたとしても……」


 シスターは顔を上げ、魔物をまっすぐ見据えた。


「あなたたちには、絶対に教えない」


 熊の魔物の顔から笑みが消えた。


「……そうか」


 ゆっくりと立ち上がる。


「ならば、あの方に直接聞いてもらおう」


「……?」


「連れてこい」


 魔物たちがシスターを乱暴に立たせた。


「待って! どこへ連れていくの!」


 クロエが叫んだが、首元の刃は離れない。三人は魔物たちの後を追って教会を出た。


 広場には、黒い戦艦が浮かんでいた。


 そして、その真下に一人の人物が立っていた。


 全身を覆う黒鉄の鎧。顔を隠す鉄の仮面。手には、身体ほどもある巨大な槍を持っている。


 周囲の魔物たちは誰も近づこうとしない。


 ソフィは、その姿を見た瞬間に足を止めた。


「……レオナ」


 かつて何度も一緒にこの山を駆け回った、幼なじみ。


 五年前に死んだはずの、大切な仲間。


「お連れしました」


 熊の魔物が頭を下げる。


 鉄の魔女はシスターへ顔を向けた。


「タリアはどこにいる?」


 低い声が響いた。


 ソフィとクロエが驚いて顔を上げる。


 タリア。


 その名前を知っている。


 幼い頃、この教会にいた、帽子をかぶった静かな女の子だ。


「……知らないわ」


 シスターが答えた。


「ここにはいない」


 鉄の魔女はしばらく黙っていた。


「そう」


 槍を持つ手が、わずかに動く。


「なら、あなたに用はないわ」


 次の瞬間、槍がシスターの胸を貫いた。


「……え?」


 クロエは何が起きたのかわからなかった。


 シスターの身体が大きく揺れ、胸元から血が流れ出す。


 鉄の魔女が槍を引き抜くと、シスターはその場に崩れ落ちた。


「シスター!!」


 デイジーが真っ先に駆け寄り、倒れる身体を抱き止めた。


「待って! まだ助かる!」


 胸の傷へ両手を当てる。白い光が広がり、傷口を包んだ。


 しかし、血は止まらなかった。


「……っ!」


 デイジーはさらに魔力を注ぎ込んだ。裂けた部分を塞ごうとしても、傷が深すぎる。息をするたびに血が溢れてくる。


「お願い……!」


 そのすぐ後ろで、鉄の魔女が口を開いた。


「どうやら、本当にここにはいないようね」


 槍についた血を振り払う。


「引き上げるわよ」


 魔物たちが動き始めた。


「……待ちなさいよ」


 ソフィが呟いた。


 鉄の魔女は振り返らない。


「待ちなさいよ!!」


 ソフィが立ち上がった。足元にはシスターの血が広がっている。


「……なにしてんねん」


 ソフィの声が震えた。


 鉄の魔女が足を止める。


「なにしてんねん、あんた!!」


 ようやく、鉄の仮面がソフィへ向けられた。


「あんた……レオナやろ!」


 ソフィは杖を握り締めた。


「レオナなんやろ!! 顔出しぃや!!」


 杖の先に魔力が集まる。


「ソフィ!」


 デイジーが叫んだが、もう止められなかった。


 強烈な光弾が鉄の仮面へ飛んだ。


 鉄の魔女は槍を振り上げ、光弾を弾き飛ばす。弾かれた魔法は背後の地面に当たり、土と石を吹き上げた。


「何してんねん!!」


 ソフィが次の魔法を放つ。


「自分を忘れたんか!!」


 炎が鉄の魔女へ襲いかかる。槍が振られ、炎は左右へ散った。


「シスターやで!?」


 続けて雷が落ちる。


「昔、あんなにお世話になったやろ!!」


 鉄の魔女は槍で受け止めた。足元の土が砕け、鎧の表面に青白い光が走る。


「怪我するたびに治してもらって! ご飯まで食べさせてもらって!」


 ソフィは止まらなかった。


「レオナが一番怒られてたやんか!!」


 次々と放たれる魔法が、鉄の魔女へ降り注ぐ。


 周囲の魔物たちが慌てて距離を取った。


 鉄の魔女は槍を振り回して魔法を弾き続けていたが、ソフィの攻撃は途切れない。足元で爆発が起こり、一歩、また一歩と後退していく。


「なんでやねん……!」


 ソフィの頬を涙が伝った。


「なんで、こんなことできるんよ!!」


 鉄の魔女は何も答えない。


「なんとか言ってや!!」


 ソフィが叫ぶ。


「レオナ!!」


 その声は、広場に響き渡った。


 だが、返事はなかった。


「奴を捕らえろ!」


 熊の魔物が叫んだ。

 周囲にいた魔物たちが一斉に動き出し、ソフィの背後から飛びかかった。しかし、ソフィの周囲に溢れ出した魔力が、近づく魔物たちを押し返した。


「もう……」


 ソフィの足元から、膨大な魔力が溢れ出した。


 地面に光の筋が走り、教会の周囲へ広がっていく。


「もう、やめてよ……!」


 ソフィは杖を高く掲げた。


「やめてって言ってるやろ!!」


 凄まじい音とともに、巨大な光の壁が地面から立ち上がった。


 教会を中心に広がった光は、山の斜面を駆け上がり、広場を包み込む巨大な結界となる。


「なっ……!?」


 魔物たちが慌てて逃げようとした。


 しかし、光の壁は止まらない。


 結界の外側へ向かって広がる力が、魔物たちを次々と押し飛ばしていく。熊の魔物も地面に爪を立てて踏みとどまろうとしたが、その巨体ごと吹き飛ばされた。


 鉄の魔女も槍を地面へ突き立てた。だが、押し寄せる光に抗いきれず、結界の外へ押し出されていく。


 やがて光の壁が止まり、教会と三人を守るように輝いた。


「……はぁっ……はぁっ……!」


 ソフィは杖に体重を預けた。


 全身から力が抜け、膝が折れそうになる。額から汗が流れ、息を吸うだけでも胸が苦しかった。


「ソフィ!」


 クロエが駆け寄り、倒れかけた身体を支えた。


「大丈夫!?」


「……うん……」


 ソフィは答えたが、顔を上げるのがやっとだった。


 結界の向こうでは、熊の魔物が怒鳴っていた。


「撤退だ! 全員、戦艦へ戻れ!」


 広場に浮かんでいた戦艦が、魔物たちを次々と吸い上げていく。


 最後に、鉄の魔女が結界の前で立ち止まった。


 仮面の奥から、ソフィを見ている。


 ソフィも顔を上げた。


「……レオナ」


 声はもう、ほとんど出なかった。


 鉄の魔女は何も言えず、背を向けた。


 その姿が戦艦へ消えると、巨大な船体は黒い光に包まれ、空の彼方へ消えていった。


 ソフィはそれを見届けると、クロエの腕の中で膝をついた。


「……シスター」


 すぐに立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。


「クロエ……お願い、シスターのところ……」


「うん」


 クロエはソフィを支えながら、デイジーのもとへ急いだ。


*


「シスター!」


 デイジーは地面に膝をつき、シスターの胸へ手を当て続けていた。


 白い光が何度も傷口を包んでいる。しかし、傷は塞がらず、シスターの呼吸は少しずつ弱くなっていた。


「デイジー……」


 ソフィが呼びかける。


「……まだ、治療してる」


 デイジーは顔を上げなかった。


「もう少しで……もう少しで、きっと……」


 言いながら、さらに魔力を注ぐ。


 傷口から流れる血は少なくなっていた。それでも、傷ついた身体は回復しない。デイジーの手が震え始めた。


「お願い……治って……!」


 クロエがシスターのそばに座った。


「シスター……」


 シスターはゆっくり目を開けた。


「……みんな」


「喋らないでください!」


 デイジーが言った。


「今、治してますから!」


「……ありがとう」


 シスターはかすかに微笑んだ。


「でも……もう、いいのよ」


「よくないです!」


 デイジーの声が裏返った。


「まだ助けられます! だから……!」


「デイジー」


 シスターがそっと呼んだ。


「……あなたは、優しい子なのね」


 デイジーは唇を噛み、治癒魔法を続けた。


 シスターはソフィとクロエへ目を向けた。


「……二人とも」


「シスター……」


「覚えている……?」


 息を整えながら、シスターは尋ねた。


「タリアのこと……」


 ソフィとクロエが顔を見合わせた。


「……覚えてるで」


 ソフィが答えた。


「ここにおった、あの子やろ? いつも帽子かぶってた……」


「うん。静かで、弓の練習してた子だよね」


 クロエも頷いた。


 シスターは安心したように目を細めた。


「そう……あの子よ」


「シスター、タリアがどうかしたん?」


 ソフィが尋ねる。


「……タリアはね」


 シスターは一度、苦しそうに息を吸った。


「大司教様の……第一子なの」


「……え?」


 クロエが固まった。


「第一子って……娘なの?」


 シスターが頷く。


「本当なら……次の大司教になる子よ」


 デイジーも顔を上げた。


 スルバン大聖堂で聞いた話が、頭をよぎる。


 代々、母から娘へ受け継がれてきた大司教の地位。現在の大司教には息子が二人しかいないと聞いていた。


「でも……大司教様に娘がいるなんて……」


「隠していたの……」


 シスターは答えた。


「タリアの父親は……エルフなのよ」


「エルフ……?」


 ソフィの頭に、聖都の酒場で聞いた話が蘇った。


 大司教の妹分だった、伝説的な治癒能力を持つ女性。二十年ほど前、突然姿を消したという。


 そして、その女性が最後に残した言葉。


 ――私は約束した。


 ――未来を守りにいく。


「……シスター」


 ソフィは顔を上げた。


「もしかして……聖都におったん?」


 シスターは小さく頷いた。


「大司教様とは……姉妹のように育ったの」


「……やっぱり」


 ソフィの声が震えた。


「あの人、シスターやったんや……」


「昔は……人間とエルフの間に生まれた子は……許されなかった」


 シスターは途切れ途切れに話した。


「見つかれば……命を奪われる……だから、大司教様は……私に、あの子を託したの」


 クロエがシスターの手を握った。


「それで……ここで育ててたんだね」


「ええ……」


 シスターの指が、かすかに握り返す。


「いつか……あの子が隠れずに生きられる日まで……守るって……約束したの」


 ソフィの頬を涙が伝った。


「……シスター、もうええから」


 シスターは首を振ろうとしたが、わずかに動いただけだった。


「タリアは……強い力を持っているの」


「……うん」


「きっと……たくさんの人を……救える子だから……」


「わかった。わかったから……」


 ソフィはシスターの手を包み込んだ。


「もう喋らんといて。な?」


 シスターはソフィを見つめた。


「……お願いが、あるの」


「なんでも聞く。だから……」


「タリアに……伝えて……」


 声が小さくなる。


「約束を……守れそうになくて……ごめんなさいって……」


「嫌や……」


 ソフィは首を振った。


「そんなこと、自分で言ってや……」


 シスターは弱々しく笑った。


「……ソフィ」


「嫌やって……」


「昔も……よく、そうやって泣いていたわね」


 ソフィは何も答えられなかった。


 幼い頃、怪我をして泣きながら教会へ駆け込むと、シスターはいつも傷を治してくれた。痛みが消えるまでそばにいて、最後には笑顔で送り出してくれた。


 今度は自分が助けたかった。


 けれど、どれだけ強い魔法を使えても、目の前のシスターを救うことができない。


「シスター……」


 クロエも涙をこぼしながら手を握った。


「また会えると思ってたのに……」


 シスターはクロエを見て、ゆっくり微笑んだ。


「……会えて、嬉しかったわ」


 その声は、ほとんど聞こえないほど小さかった。


「どうか……」


 シスターは最後の力で、三人を見つめた。


「タリアを……守って……」


「……うん」


 クロエが頷いた。


「絶対に守るから……!」


 ソフィも涙を拭わずに頷いた。


「約束する……私らが守るから……」


 シスターの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。


 そして、握られていた指から、ゆっくりと力が抜けた。


「……シスター?」


 クロエが呼びかけた。


 返事はなかった。


「ねぇ……シスター……?」


 デイジーがもう一度、胸へ手を当てる。


 白い光が広がった。


 しかし、シスターの身体は動かなかった。


「……っ」


 デイジーは何度も魔法をかけようとした。けれど、手をかざしたまま、動けなくなった。


「……デイジー?」


 クロエが尋ねた。


 デイジーは首を横に振った。


「……ごめん」


 声が震えた。


「ごめんなさい……」


 クロエはシスターの手を握ったまま、俯いた。


「……シスター」


 ソフィはその場に崩れ落ちた。


「……嫌や」


 シスターの肩に手を伸ばす。


「シスター……起きてや……」


 もう一度、名前を呼んだ。


「お願いやから……」


 返事はなかった。


「シスター……!」


 ソフィはシスターの身体にすがりついた。


「シスター!!」


 クロエも声を上げて泣き出した。


 デイジーは二人のそばに座り、動かなくなったシスターの手を握った。


 三人の泣き声が、焼け焦げたパルタ山に響いていた。


読んでいただきありがとうございました!

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本作はすでに最終回まで完成してます。昼12時、夜22時の1日2回投稿してますのでよかったらブックマーク登録もお願いします!

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