↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
討伐対象は、かつて私を救ってくれた恩人でした 〜殺せと命じられたので最強仲間たちと連れ戻します〜  作者: 真鈴マリン
Part.1 帰還編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/27

#11 賢者は過去を見る

「……いやー、あかんわ」


 ソフィは目の前に積み上がった紙の山を見て、大きく息を吐いた。


「何がですか?」


 隣で書類をめくっていたデイジーが顔を上げる。


「全部や。探してる資料は見つからへんし、棚は壊れてるし、おまけに雨漏りまでしてる」


「でも、すごい研究所ですね。こんなに広いなんて」


「昔はもっと綺麗やったんよ。あっちの廊下なんか、研究者でいっぱいやったし」


 ここはエウテルペ大研究所。かつて王家直属の賢者組織「王の鳥」が研究拠点として使っていた施設だった。


 五年前の戦争では大きな攻撃を免れたものの、王の鳥が消滅した今、この場所を管理する者はいない。窓は割れ、外壁には蔦が這い、研究室の床には雨水が染み込んでいる。


「ソフィさん、こっちの棚も空っぽです」


「やっぱりなぁ」


 デイジーは引き出しを閉め、床に散らばった紙を拾った。端が黒く焦げ、文字はほとんど読めなくなっている。


「燃やされたんでしょうか?」


「必要なもんは持ち出して、残りは処分したんやろな。誰がやったかは分からへんけど」


 ジェマとの交渉を終えてダズリンへ戻ったデイジーは、ソフィが研究所へ向かうと聞き、調査に同行していた。


 二人が探しているのは、魔族化した人間を救う方法だった。


 五年前に死んだと思われていたレオナは、今や「鉄の魔女」と呼ばれ、魔族の軍勢を率いている。三か月後には再びダズリンへ現れると宣言していた。


 ソフィには、一つの心当たりがあった。かつて父から聞いた、人間を魔族へ作り変える呪術の存在だ。


「もしレオナがその呪術を受けてるんやったら、ここに何か残ってるかもしれへんと思ったんやけど……」


「地上の資料は、もう難しそうですね」


「せやな。でも、まだ一か所ある」


 ソフィが立ち上がると、デイジーも慌てて後を追った。


「どこですか?」


「秘密の場所」


「そんなところがあるなら、最初から行きましょうよ!」


「まだ使えるか分からへんかったんよ。それに、秘密の場所は最後のお楽しみやろ?」


「宝探しじゃないんですから!」


 二人は廊下を抜け、研究所の中庭へ向かった。


 *


 中庭の中央には、大きな噴水のような石造りのオブジェが残っていた。水はとうに枯れ、表面には苔が生え、ところどころにひびが入っている。


 ソフィはその前に立ち、古い暗号を唱えた。


 しかし、何も起こらない。


「……あれ?」


「間違えたんですか?」


「間違えてへんよ。たぶん」


「たぶん?」


「ちょっと静かにしてて」


 ソフィは石の表面に手を当て、もう一度、最後の一節を唱えた。


 低い駆動音が響き、オブジェがゆっくりと横へ動き始めた。その下から、地下へ続く階段が現れる。


「おおっ! 本当に秘密の入口じゃないですか!」


「ふふん。どうや」


「なんでソフィさんが得意げなんですか」


「開けたん私やもん」


 ここは王の鳥の地下書庫だった。危険な魔法技術や、失われてはいけない研究記録が、地上の施設とは分けて保管されている。


 ソフィは賢者として働いていた頃、この場所への立ち入りを許されていた。


 二人が階段を下りると、地上とはまるで違う光景が広がっていた。壁には淡い魔力の光が灯り、棚には古い書物が整然と並んでいる。保存用の結界が今も機能しているらしく、机にも床にもほとんど埃が積もっていなかった。


「……すごい。ここだけ綺麗ですね」


「うん。昔のままや」


 ソフィは懐かしそうに周囲を見回したが、すぐに棚へ向かった。


「ほな、探そか」


「はい!」


 *


 地下書庫には、魔岩子爆破魔法に関する資料が数多く残されていた。


 小さな魔力を核として増幅させ、連鎖的に巨大な爆発を起こす危険な魔法。使い方次第では、一つの街を丸ごと消滅させるほどの威力を持つ。


 開発記録、改良案、封印方法。どれも重要な資料だったが、今探しているものではない。


「ソフィさん、これはどうですか? 『魔物の身体構造と魔力の関係』」


「それ、こっちに置いといて。あとで見るわ」


「じゃあ、こっちは? 『魔族の生態に関する研究』」


「それもお願い」


 デイジーは次々と本を運び、ソフィは目次を確認して必要なものを選り分けた。


 しばらくして、ソフィが棚の一番下を調べていると、奥に小さな木箱が残っているのを見つけた。


「……ん?」


 中には古い本が数冊と、使い古された小さな杖が一本入っていた。


 ソフィは杖を取り出し、思わず笑った。


「あ、これ……」


「どうしたんですか?」


「私が子どもの頃に使ってた杖や」


「へえ! ソフィさんの?」


「そう。これで魔法の練習してたんよ」


 木の持ち手には、小さな傷がいくつも残っていた。何度も握って、何度も落とした跡がある。


「懐かしいなぁ。レオナに手伝ってもろたこともあったな」


「レオナ先輩に?」


「うん。私、昔は魔力の調整が下手やってん」


 ソフィは杖を指先で回した。


「簡単な魔法でも、つい力を入れすぎてまうんよ。それで、みんなと遊んでたときも……」


 *


 まだソフィが幼かった頃。


 研究所の小さな実験室で、レオナとクロエと一緒に魔法の練習をしていた。


 部屋の中には、光る泡がいくつも浮かんでいる。触れると小さな音を立てて弾ける、子ども向けの簡単な魔法だった。


「ソフィ! こっち!」


 レオナが杖を振ると、泡がふわふわと飛んできた。


「待て、私もやる!」


 ソフィは杖を構え、魔力を込めた。しかし、泡は生まれない。杖の先で光が弾けただけだった。


「……あれ?」


 もう一度試す。今度は小さな火花が散った。


「わっ!」


「ソフィ、力入れすぎ!」


 クロエが笑いながら声を上げる。


「分かってるもん!」


 ソフィは悔しくなって、もう一度杖を振った。けれど、やっぱりうまくいかない。


 その間にもレオナが飛ばした泡が近づき、ソフィの鼻先で弾けた。


 ぱんっ。


「もう! レオナ!」


「あ、ごめん!」


 レオナは慌てて駆け寄ってきた。


「大丈夫? 痛かった?」


「痛くないけど……」


 ソフィは杖を握りしめた。


「なんで私だけできひんの?」


 レオナは少し考えると、ソフィの手を取った。


「ねえ、もう一回やってみようよ」


「また失敗するもん」


「じゃあ、一緒にやろ」


 レオナはソフィの手に自分の手を重ね、杖を支えた。


「そんなに力入れなくていいんだよ。もっとゆっくり」


「……こう?」


「うん。そうそう」


 ソフィは言われたとおりに力を抜いた。すると杖の先から、小さな泡が一つ生まれた。


「……あっ!」


 泡はふわりと浮かび、二人の間を漂った。


「出た!」


「ほら、できたじゃん!」


 レオナが嬉しそうに笑う。


「ソフィ、もう一回!」


「うん!」


 ソフィは今度こそ自分一人で杖を振った。小さな泡が二つ生まれ、ゆっくりと天井へ昇っていく。


「やったぁ!」


「すごい! できたね!」


「ねえ、私にも飛ばして!」


 クロエが手を伸ばすと、ソフィは得意げに杖を構えた。


「いくで!」


 ぱんっ。


 泡はクロエの目の前で弾け、三人は声を上げて笑った。


 *


「……あのとき、めっちゃ嬉しかったなぁ」


 ソフィは小さな杖を見つめながら笑った。


「レオナ先輩、そんなこともしてたんですね」


「昔からそうやったよ。困ってる子を見つけたら、すぐ飛んでくるんやから」


「分かります。私も訓練生の頃、助けてもらったことがあります」


「そうなん?」


「はい。訓練で失敗して落ち込んでたら、レオナ先輩が来てくれて。私の話をずっと聞いてくれたんです」


 デイジーは少し笑った。


「自分のことは後回しなのに、人のことになると放っておけないんですよね」


「ほんまになぁ」


 ソフィは杖を木箱へ戻そうとして、手を止めた。


「あの日な、レオナにとっては何でもないことやったと思う。でも、私にはすごく嬉しかったんよ」


「はい」


「できへんかったことができたんも嬉しかったけど、レオナが自分のことみたいに喜んでくれたんが、一番嬉しかった」


 ソフィは杖を木箱へ戻した。


「あんな子が、人間を滅ぼすなんて言うはずないやん」


 デイジーは黙って頷いた。


「絶対、元に戻しましょう」


「うん。せやから、早よ見つけなな」


 ソフィは木箱の蓋を閉じ、再び資料の山へ向かった。


 *


 それから数時間、二人は地下書庫で資料を読み続けた。


 ソフィは魔族化の呪術について、デイジーは治癒魔法に関する記録を中心に調べていた。机の上には、読み終えた本がいくつも積み上がっている。


「……あれ?」


 一冊の古文書をめくっていたソフィの手が止まった。


「デイジーちゃん、ちょっと来て」


「何か見つかりました?」


「これ、読んでみて」


 デイジーが隣から覗き込む。そこには、人間を魔族へ変える呪術について記されていた。


 魔族化した人間は、呪いを受けているだけではない。身体そのものが魔族へと作り変えられているため、解呪魔法をかけても元の人間には戻らないという。


「……じゃあ、呪いを解いても駄目なんですか?」


「うん。もう魔族の身体になってしもてるからな」


 ソフィは続きを読み進めた。やがて、ある一節に目が留まる。


「……嘘やろ」


「どうしたんですか?」


 ソフィは答えず、もう一度その文章を読み直した。


「……魔族化を解除する方法、書いてある」


「本当ですか!?」


 デイジーが身を乗り出した。


「それなら、レオナ先輩を助けられるんですね!」


「……待って」


 ソフィの声に、デイジーは口を閉じた。


 古文書には、魔族化した人間を元に戻すための手順が記されていた。


 まず、魔族化した者の命を絶つ。死によって魔族の身体を動かしている力を失わせ、その直後に蘇生魔法をかけることで、人間として生き返らせるという方法だった。


「……つまり、どういうことですか?」


 ソフィはゆっくりと顔を上げた。


「レオナを、一回殺さなあかん」


「……え?」


「殺して、魔族の力を消す。そのあと蘇生魔法で生き返らせるんよ」


 デイジーは言葉を失った。


「そんな……」


「他の方法は、ここには書いてへん」


 ソフィは古文書を机に置いた。


「それに、これができるかどうかも分からへん。蘇生に失敗したら、レオナはそのまま死んでしまう」


 デイジーは古文書を見つめたまま、しばらく動かなかった。


「……蘇生魔法なら、私も知っています。でも、死んだ人を確実に生き返らせるなんて……」


「うん。普通の治癒魔法とは全然違う。使える人なんて、ほとんどおらへんはずや」


 ソフィは棚から蘇生魔法に関する書物を取り出し、ページをめくった。


 古い記録には、蘇生魔法を成功させた術者の名がわずかに残されていた。しかし、そのほとんどは何百年も前の人物だった。


「……あかんな」


「何か分かりました?」


「この記録に載ってる術者、みんな大昔の人や。今も使える人がおるかどうかすら分からへん」


「そんなに珍しい魔法なんですか?」


「珍しいどころやないよ。私も実際に使ってるところなんて見たことない」


 デイジーは椅子に腰を下ろした。


「……せっかく方法が見つかったのに」


 ソフィも古文書を見つめた。


 レオナを救うには、一度その命を奪わなければならない。しかも、蘇生魔法を使える者が見つからなければ、助けることはできない。


 三か月後には、鉄の魔女がダズリンへ現れる。


 その短い間に、何百年も前の記録にしか残っていないような術者を探し出さなければならないのだ。


「……ソフィさん」


「ん?」


「本当に、これしかないんでしょうか」


 ソフィはもう一度、古文書に目を落とした。


「少なくとも、今見つかってる方法はこれだけや」


 二人の間に沈黙が落ちた。


 しばらくして、ソフィは古文書を閉じ、鞄へ入れた。


「……一旦帰ろか」


「もういいんですか?」


「うん。ここで考えてても、蘇生魔法を使える人は出てきてくれへんし」


 デイジーは小さく頷き、机の上を片づけ始めた。


 *


 研究所を出た頃には、空が夕焼けに染まっていた。


 二人は街へ続く道を歩いていたが、来たときのような賑やかな会話はなかった。


「……私、各地の治癒術師について調べてみます」


 先に口を開いたのはデイジーだった。


「旅の途中で聞いた話も、もう一度当たってみます。もしかしたら、蘇生魔法を使える人の噂くらいは見つかるかもしれません」


「うん。お願いするわ。私も古い記録を調べてみる」


「……見つかりますかね」


 ソフィはすぐには答えなかった。


「分からへん」


 デイジーが顔を上げる。


「でも、探すしかないやろ」


 ソフィは鞄に入れた古文書へ目を落とした。


 幼い頃、うまく魔法が使えずに泣きそうになっていた自分の手を、レオナは握ってくれた。


 大丈夫だと言って、できるまで一緒に練習してくれた。


 あのときのレオナの笑顔を、今でも覚えている。


「……私な、レオナに言いたいこと、いっぱいあるねん」


「私もです」


「せやから、まだ諦めたくない」


 デイジーは頷いた。


「はい。私も諦めません」


 夕日が山の向こうへ沈み、道に二人の長い影が伸びていた。


 レオナを救う方法は見つかった。


 けれど、それは彼女の命を一度奪うという、あまりにも危険な方法だった。


 そして、その命を取り戻せる者がどこにいるのか、二人には見当もつかなかった。


 残された時間は、あと三か月。


 ソフィは鞄の紐を握り直し、デイジーとともに夕暮れの道を歩き続けた。

読んでいただきありがとうございました!

ご評価が励みになります。少しでも気になったら、お手数ですがポチッと反応いただけると大変嬉しいです!


本作はすでに最終回まで完成してます。引き続きお楽しみください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。