#9 ドラゴンの炎と涙
「ニーナさん」
西の岩山へ続く細い道を歩きながら、デイジーが隣を見た。
「大事な話があるって呼び出されたから来たんですけど」
「うん」
「どうしてドラゴン討伐に向かってるんですか?」
「ドラゴンを討伐するからよ」
「それは分かってます!」
ニーナは不思議そうに振り返った。
「じゃあ何?」
「大事な話って、これですか?」
「大事でしょ」
「どこが!」
数日前、新聞に掲載されたドラゴン討伐の募集。西の岩山に巨大なドラゴンが棲みつき、周辺の畑では作物の盗難が相次いでいるという。高額な報酬につられて何人もの冒険者が挑んだものの、いまだ討伐には至っていなかった。
ニーナはその募集に応募し、デイジーを連れて岩山へ向かった。
いつもの踊り子衣装ではなく、動きやすい服装に腰には短剣。そして背中には、一本の剣を背負っている。
デイジーは先ほどから、その剣が気になって仕方なかった。
「……あの、ニーナさん」
「今度は何?」
「その武器で行くんですか?」
「そうよ。新調したの」
ニーナは得意げに答えた。だが、デイジーにはどう見ても安物にしか見えない。
「ただの銅のつるぎじゃないですか!」
「うるさいわね」
「武器屋で一番安いやつですよね!?」
「安くて何が悪いの」
「冒険を始めたばかりの人が買う剣ですよ!」
「初心者用だからって、弱いとは限らないでしょ」
「武器は弱いですよ!」
「使う人が強ければいいの」
「相手はドラゴンですよ!? スライムじゃないんですよ!?」
「分かってるって」
デイジーは頭を抱えた。
「私、ニーナさんに一千万ゴールド渡しましたよね?」
「うん」
「レオナ先輩と戦うかもしれないんだから、ちゃんとした装備を揃えてほしくて」
「うん」
「なのに、どうして銅のつるぎなんですか!」
ニーナが気まずそうに目を逸らした。
「それがね。この前、ちゃんと武器屋には行ったのよ」
「だったら何で……」
「魔剣を探したの。結構いいのがあったんだけど」
「よかったじゃないですか」
「二千万ゴールドだった」
「高っ!」
魔剣は、刀身に炎や氷などの魔力を宿して戦う特殊な武器だ。かつて軍で魔剣を扱っていたニーナには、相性のいい一本が必要なのだろう。
「それなら相談してくださいよ。軍に言えば、追加で経費を出せるかもしれないじゃないですか」
「ほんと?」
「一千万全部は難しいでしょうけど、鉄の魔女への対策だと言えば、多少は……」
「へぇ」
「どうして黙ってたんですか?」
「いや、その……」
ニーナの歯切れが悪くなる。
「今ね、お金がもうないの」
デイジーの足が止まった。
「……は?」
「全部」
「全部?」
「うん」
「一千万?」
「うん」
「全部!?」
「だから全部だって!」
デイジーはしばらくニーナを見つめていた。
「……何に使ったんですか?」
「増やそうと思ったのよ」
「はい?」
「一千万じゃ魔剣が買えないでしょ? だったら増やせばいいじゃない」
「……ニーナさん」
「何?」
「まさか、カジノ?」
「その日は運が悪かったのよ!」
「うわああああ!」
デイジーの悲鳴が岩山に響いた。
「やっぱり! 何してるんですか!」
「途中までは調子よかったの!」
「そういう問題じゃない!」
「ちゃんと占い師にも聞いたんだから!」
「何でカジノに行く前に占い師に相談するんですか!」
「有名な人だったのよ! ラッキーカラーは赤だって!」
デイジーは額を押さえ、静かに尋ねた。
「それで、ルーレットの赤に全部賭けたんですか?」
「全部じゃないわよ」
「……はい」
「途中で負けて、取り返そうとして……最終的に全部」
「同じじゃないですか!」
「ラッキーカラーって言ったのにぃぃぃ! あのエセ占い師!」
「占い師さんは悪くありません! 責任転嫁しないでください!」
ニーナは不満そうに唇を尖らせた。
「だから今回の討伐も、報酬目当てなんですね」
「それだけじゃないわよ。腕慣らしも兼ねてるの」
ニーナは背中の銅のつるぎに手をかけた。
「五年もまともに戦ってないからね」
その言葉にデイジーは少しだけ表情を和らげたが、目の前にそびえる岩山を見上げて、すぐに眉を寄せる。
「……ドラゴンが腕慣らしの相手ですか?」
「ちょうどいいでしょ」
「危険だから報酬が高いんですよ!?」
「知ってる」
「それで私を呼んだんですか?」
「回復魔法も使えるでしょ? それに、あんた強そうだし」
「だからって!」
「あれ、強くないの? 残念」
「強いですよ!」
「あっそう。じゃあ見せてよ」
「そういうことをさらっと言えば許されると思ってます?」
「ちょっとだけ」
ニーナが笑うと、デイジーは大きくため息をついた。
けれど、ニーナが彼女を連れてきた理由は、それだけではなかった。
鉄の魔女の正体がレオナだという話を、ニーナはまだ完全には信じていない。軍が自分を呼び戻すために仕組んだ話かもしれないし、デイジーにも別の目的があるかもしれない。
だから確かめたかった。この女がどれほど戦えるのか。そして、危険な場面で何をするのか。
「ニーナさん?」
「ん?」
「何見てるんですか?」
「別に。頼りにしてるわよ」
「急に何なんですか」
ニーナは答えず、山道を先へ進んだ。
街から離れるほど道は険しくなった。大きな岩が足場を塞ぎ、急な斜面には魔物の気配が漂っている。
途中、岩陰に倒れている冒険者を見つけた。腕から血を流し、苦しそうに息をしている。
「大丈夫ですか!」
デイジーはすぐに駆け寄り、傷口に手をかざした。淡い光が広がり、裂けた皮膚が少しずつ塞がっていく。
「おい、あんた」
近くで休んでいた別の冒険者が声をかけた。
「今からそんなに魔力を使ってたら、頂上まで持たないぞ」
「でも、この人を置いていけないでしょ」
デイジーは治療の手を止めなかった。
ニーナは少し離れたところから、その様子を見ていた。
やがて治療が終わり、二人が再び歩き出したところで、岩の向こうから巨大な狼型の魔物が三体現れた。
「じゃ、行ってくる」
ニーナは銅のつるぎを抜いた。
「ニーナさん、気をつけて!」
狼が牙を剥いて飛びかかる。ニーナはわずかに身を沈めてかわし、その前脚を剣で払った。体勢を崩した狼の横を抜け、背後から迫る二体目を蹴り飛ばす。
「……え?」
デイジーは思わず声を漏らした。
速い。しかも、無駄がない。
ニーナは相手の動きを見切り、必要なところにだけ剣を振るっていた。軽い銅のつるぎでも、的確に急所を狙えば十分に通用する。
最後の一体が地面に倒れると、ニーナは剣を軽く振った。
「ふぅ。やっぱりちょっと軽いわね」
「……ニーナさん」
「何?」
「それでこれだけ戦えるなら、魔剣を持ったらどうなるんですか?」
ニーナは得意げに笑った。
「だから言ったでしょ。私の腕、みくびらないでって」
「……銅のつるぎなのに」
「そこはもういい!」
その後も何度か魔物に遭遇したが、二人は順調に進んだ。ニーナが前に出て、デイジーが周囲を警戒する。互いの動きにも少しずつ慣れてきた。
ニーナは先ほどの治療を思い出していた。
強さは十分。それに、倒れている人間を放っておけない性格らしい。
少なくとも、今のところは信用できそうだ。
「なんだかんだ、ニーナさんって頼りになりますね」
山頂が近づいた頃、デイジーが言った。
「なんだかんだって何よ」
「さすが、かつて軍最強と呼ばれた兵士長」
「その話はもういいのよ」
「銅のつるぎだけど」
「それ言わないと死ぬの?」
デイジーが笑い、ニーナもつられて笑った。
そのときだった。
ドォォォォン――!!
山頂の方角から大きな爆発音が響いた。足元の石が小さく跳ね、二人は同時に顔を上げた。
黒い煙が岩山の向こうから立ち上っている。
「……何?」
「頂上ですね」
もう一度、轟音が響いた。
直後、山道の上から何人もの冒険者が駆け下りてきた。鎧は焦げ、服は泥だらけで、中には武器を捨てている者までいる。
「逃げろ! あいつは化け物だ!」
「ちょっと! 何があったの?」
ニーナが一人を呼び止めると、男は息を切らしながら答えた。
「山頂まで行ったんだ! でも魔物が多すぎて、近づけなくて……」
「それで?」
「火を放ったんだよ! 魔物を追い払おうと思って!」
デイジーが眉を寄せた。
「火を?」
「そしたら、出てきたんだ!」
「何が?」
「ドラゴンだ! 見たこともないくらいでかいやつが、炎を吐いて暴れてる!」
男の後ろから、別の冒険者も叫んだ。
「お前らも討伐に来たんだろ! 悪いことは言わない、逃げろ!」
冒険者たちは二人の返事も待たず、麓へ走り去っていった。
ニーナは山頂を見上げた。
「……デイジー、どうする?」
「どうするも何も、ここまで来たんですよ?」
デイジーは煙の向こうを睨んだ。
「そんな危険なドラゴンを放っておいて、街まで降りられたら困ります」
「そうよね」
ニーナは銅のつるぎを抜いた。
「行きましょ」
二人は逃げる冒険者たちとは逆方向へ走り出した。
*
山頂に近づくほど空気は熱くなり、焦げた草木の匂いが強くなった。デイジーは燃えている木々に消火魔法をかけながら進む。
そして、開けた岩場へ出た瞬間、二人は足を止めた。
「……でか」
デイジーが呆然とつぶやいた。
目の前にいたのは、高さ五メートルを優に超える巨大なドラゴンだった。全身を真紅の鱗が覆い、広げた翼が熱風を巻き起こしている。
ドラゴンは大きく首を振り、何かを探すように周囲を見回していた。近くの岩には鋭い爪痕が残り、地面のあちこちで火が燃えている。
「ニーナさん、こいつです!」
デイジーは短剣を構えた。
しかし、隣から返事がない。
「ニーナさん?」
ニーナは剣を下ろし、ドラゴンを見つめていた。
「……なんだ」
その口元に、わずかに笑みが浮かぶ。
「あんただったの」
「え?」
「なるほどね」
「何がですか!?」
ニーナはふと思い出したように、赤い鱗を眺めた。
「ラッキーカラー、赤」
「今それ関係あります!?」
「そういうことね」
「だから何が!?」
ニーナは周囲を見回し、岩陰に生えていた木から赤い実を一つもぎ取った。そして鞄から小瓶を取り出す。
「それ、何ですか?」
「聖水」
「何する気ですか?」
ニーナは木の実に聖水を振りかけると、銅のつるぎを地面に放り投げた。
「ええっ!?」
そのまま、巨大なドラゴンへ向かって走り出す。
「ニーナさん! 何してるんですか!」
ドラゴンがこちらに気づいた。大きな口が開き、喉の奥に炎が揺らめく。
「危ない!!」
その直前、ニーナは木の実を投げた。
ぽん、と赤い実がドラゴンの口に飛び込む。
「……え?」
ドラゴンの動きが止まった。
「……グオォ……!」
苦しそうに首を振ると、巨大な身体がふらつき始めた。翼が縮み、鱗に覆われた身体がみるみる小さくなっていく。
「な、何が起きてるんですか!?」
「ちょっと待って」
ニーナは落ち着いた声で答えた。
やがて煙が広がり、巨大な影は人間ほどの大きさになった。そのまま地面に崩れ落ちる。
デイジーは慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
煙が晴れると、そこには一人の女性が倒れていた。
黒いボブヘアに、大きな目。頭には小さな二本の角が生え、赤い革をまとったような服を着ている。
「うぇ……ハァ……」
女性は苦しそうに咳き込んだ。
「人……?」
デイジーは目を疑った。
ニーナは女性の前にしゃがみ込んだ。
「あんた、何してんの」
「うぇ……」
「久しぶりに会ったと思ったら、またドラゴンになって暴れて」
女性がかすれた声を出した。
「み……水……」
「デイジー! 水!」
デイジーは急いで水筒を差し出した。女性は両手で受け取ると、勢いよく飲み始める。
「ゆっくり飲んでください!」
ようやく呼吸が落ち着いた頃、ニーナが声をかけた。
「久しぶり。元気だった?」
女性は顔を上げた。
しばらくニーナを見つめ、それから大きな目をさらに見開いた。
「……ニーナ?」
「そうよ」
「……ほんとに?」
「忘れた?」
次の瞬間、女性の目に涙が溜まった。
「ニーナ……!」
ニーナも嬉しそうに笑った。
「生きてたのね、マチルダ」
女性は何度も頷きながら、ニーナの腕にしがみついた。
デイジーだけが状況についていけず、二人を交互に見ていた。
「あの……すみません。どなたですか?」
「マチルダよ。国家サーカス団の」
「国家サーカス……?」
「ドラゴン使いのマチルダ。知らない?」
デイジーの顔色が変わった。
「えっ!? あのマチルダさん!?」
「……うん」
「本物!?」
「たぶん」
「たぶん!?」
ニーナが吹き出した。
かつて国が運営していた国家サーカス団は、国内外から観客が集まるほどの人気を誇っていた。その中でも、竜人のマチルダとコドラゴンのモグによる演目は特に有名だった。
「私の両親も国家サーカスの団員だったの。だから子どもの頃は、あそこで育ったのよ。マチルダも一緒にね」
「そうだったんですか」
「妹みたいなもんだったわ。私は途中で訓練が嫌になって逃げたんだけど」
「逃げたんですか!?」
「辛かったのよ。行くところもなくて困ってたら、レオナに拾われたの。軍に入らないかって」
デイジーは驚きながらマチルダを見た。
「でも、どうしてドラゴンの姿に?」
「マチルダは竜人なの。火に触れると竜化することがあるんだけど、昔から自分で戻るのが苦手でね」
ニーナはマチルダを見た。
「今も制御できないの?」
「……練習してる」
「五年以上?」
「やってるもん」
「全然できてないじゃない」
「うるさいなぁ……」
デイジーは周囲の焦げた岩を見回した。
「じゃあ、さっき冒険者たちが火を放ったって言ってたのは……」
マチルダは小さく頷いた。
「急に燃やされて、びっくりして……気づいたら、でっかくなってた」
「なるほど。だからあんなに暴れてたのね」
「暴れてない」
マチルダが口を尖らせる。
「怖かっただけ」
「炎を吐いてたわよ」
「勝手に出た」
「木も燃えてる」
「……知らない」
「山まで燃えてる」
「ごめん」
デイジーはようやく事情を理解した。
新聞に載っていた凶暴なドラゴン。その正体が、目の前にいるマチルダだったのだ。
「それにしても、よく逃げ延びたわね」
ニーナの声が少し低くなった。
五年前の戦争以降、魔族とのつながりを疑われた異種族や混血の人々への取り締まりが厳しくなった。竜人も強制収容の対象となり、人間以外の団員を多く抱えていた国家サーカス団は解散させられた。
「……逃げたよ」
マチルダがぽつりと言った。
「モグと、ずっと」
「うん」
「自分、何もしてないのに、お尋ね者になっちゃった」
その声が震えた。
「ステージにも立てなくなって、街にも行けなくなって。誰かに見つかったら、逃げて……」
マチルダは山の奥を見た。
「ここなら誰も来ないと思ったんだけど、最近は武器を持った人がいっぱい来るようになって」
「……」
「ドラゴンはどこだって探してて。怖かった」
ニーナは黙ってマチルダの前にしゃがみ、そっと抱きしめた。
「……マチルダ」
「うん」
「会いたかった……」
「私もよ」
マチルダはニーナの肩に顔を埋め、声を上げて泣いた。ニーナは何も言わず、その背中を撫で続けた。
「……生きててよかった」
デイジーは少し離れたところで、二人を見守っていた。
五年前の戦争は、多くの人を引き離した。もう会えないと思っていた相手と、こうして再会できることもあるのだ。
やがて、マチルダの泣き声が落ち着いた頃。
「……ところで」
ニーナが口を開いた。
「何?」
「岩山の下の畑、荒らしたのあんたでしょ」
マチルダの身体がぴたりと止まった。
「……違う!」
「じゃあ何?」
「荒らしてない!」
「野菜がなくなってるらしいけど?」
「ちょっと、お腹すいて……」
「うん」
「野菜、もらっただけ」
ニーナがじっと見つめる。
「勝手に?」
「……」
「勝手にでしょ?」
「……うん」
「それ、盗んだって言うのよ」
「でも、モグの分もいるし!」
「だから何?」
「ちょっとだけだよ!」
「あんたのちょっとは信用できない」
「ほんとにちょっと!」
デイジーが思わず吹き出した。
「それで街じゃ野菜が足りないって、値段が上がってるのよ!」
「……ごめんなさい」
「やっぱりあんたじゃない!」
「お腹すいてたんだもん!」
「人の畑から取っちゃダメ!」
「ごめんなさい!」
ニーナは呆れたようにため息をついた。けれど、その顔には笑みが戻っていた。
「もういいわ。帰りましょ」
マチルダが顔を上げる。
「帰る?」
「そう。とりあえず私のところに来なさい」
「でも、街に行ったら捕まるよ」
「分かってる」
「ニーナまで迷惑かかるかもしれないし……」
「いいから。こんなところに一人で置いていけるわけないでしょ」
「……一人じゃないよ。モグもいる」
「じゃあ、二人とも来なさい」
そのとき、近くの岩陰から小さな影が飛び出してきた。
「ガウッ!」
「あっ、モグ!」
マチルダが両手を広げると、コドラゴンが勢いよく飛びついた。
「無事だったんだね。よかったぁ……」
マチルダはモグを抱きしめた。ニーナも懐かしそうにその小さな頭を撫でた。
「相変わらず元気ね、あんたも」
「ガウ!」
「……ねえ、マチルダ」
「ん?」
「いつになるか分からないけど、また一緒にステージに立とう」
マチルダは驚いたようにニーナを見た。
「……また?」
「そうよ。昔みたいに」
「ニーナと?」
「うん」
マチルダはモグを抱いたまま、何度も頷いた。
「……うん。自分、またやりたい」
ニーナが手を差し出す。
「じゃあ決まりね」
マチルダがその手を取ろうとした、そのときだった。
「きゃああああああ!!」
山道の向こうから、女性たちの悲鳴が響いた。
続いて、地面を揺らすような音が近づいてくる。
ドドドドドド――!
「……何?」
ニーナが振り返る。
「また討伐に来た人かな」
マチルダは涙を拭いながら、音のする方を見た。
「もう大丈夫だからね。今度は私が追い払ってあげる」
ニーナが銅のつるぎを拾い上げると、マチルダは少しむっとした。
「自分だって戦えるよ」
「そうね」
その間にも、悲鳴はどんどん近づいてきた。
「ねぇ! ちょっと、一体何したの!?」
「知らんで! スライムいっぱいおったから、魔法で追い払おうとしただけやん!」
デイジーの表情が変わった。
「……ん?」
聞き覚えのある声だった。
「最初は普通のスライムだったんでしょ!?」
「そうやって!」
「じゃあ何でどんどん大きくなってるの!?」
「私が聞きたいわ!」
「いっぱいいるよぉぉぉ!」
「早く何とかしてよ!」
「無理やって! 多すぎんねん!」
山道の奥から、二人の女性が駆けてきた。
その背後には、巨大化したスライムの大群。どれも人間の背丈を優に超え、丸い身体が跳ねるたびに地面が揺れていた。
ニーナは呆然とそれを見た。
「……何あれ」
「巨大スライムの大群です」
デイジーが答える。
「見れば分かるわよ」
「じゃあ聞かないでください!」
そのとき、マチルダが前へ出た。
「スライムじゃん」
片手をかざすと、赤々と燃える炎が山道を走った。
ゴォォォォォ――!
「きゃあああああ!」
走ってきた二人が、その場で頭を抱える。
「ねぇ! 今度は炎!?」
「スライムって炎吐くん!?」
「そんなわけないでしょ!」
炎が消えると、巨大なスライムは一体残らず姿を消していた。
二人は恐る恐る顔を上げる。
「……助かった?」
「私ら、無事?」
顔を見合わせる二人の後ろで、声がした。
「スライムでしょ。弱いじゃん」
振り返ると、マチルダが立っていた。
「……え?」
二人が同時に固まる。
マチルダは首を傾げた。
「誰かと思ったら、ソフィとクロエじゃん」
「……マチルダ!?」
「マチルダ!!」
次の瞬間、二人が勢いよく飛びついた。
「うわっ!」
マチルダが後ろによろける。
「ちょっと、重い重い!」
「生きてたぁぁぁ!」
ソフィが抱きつき、クロエも反対側からしがみつく。
「ずっと探してたんやで!」
「本当にマチルダだった!」
「分かったから! 苦しいって!」
マチルダは困りながらも、嬉しそうに笑っていた。
「二人とも、何でここにいるの?」
「それこっちの台詞や!」
ソフィが顔を上げる。
「ていうか、さっきのスライム何だったの?」
クロエがすぐにソフィを指さした。
「ソフィのせい」
「何で私やねん!」
「スライムがいっぱい出たから、魔法で追い払ってってお願いしたの」
「せやからやったやん!」
「そしたら巨大化した」
「知らんて! 普通の魔法を撃っただけやで!」
クロエは指を折りながら説明した。
「一体が二体になって、二体が四体になって、四体が八体になって……」
「気づいたら」
二人は同時に言った。
「めっちゃおった」
デイジーが恐る恐る声をかける。
「あの……ソフィさん、クロエさん?」
「あっ!」
ソフィの顔が明るくなった。
「デイジーちゃんや! こんなところで何してんの!?」
「それ私が聞いてるんです!」
デイジーは二人を見た。
「ていうか、お二人ともかなり強いんじゃなかったですか?」
「うん、強いで」
「じゃあ、どうしてスライムに追われてたんですか?」
ソフィは顔をしかめた。
「ああいうの無理やねん」
「どういうこと?」
「いっぱい来るやつ」
「敵なら普通にありますけど!」
「気持ち悪いやん!」
「理由それ!?」
「しかもクロエ、全然助けてくれへんねん!」
「ソフィが魔法でやるって言ったんじゃん!」
「巨大化すると思わへんかったん!」
「知らないよ!」
また言い合いを始めた二人を見て、ニーナが呆れたように笑った。
「……ほんと、相変わらずね」
その声で二人が止まった。
「……え?」
ソフィがゆっくり振り返る。
「ニーナなの?」
ニーナは少し笑った。
「久しぶり」
「……ニーナ!!」
今度はソフィがニーナに飛びついた。
「ちょっと!」
「生きてたぁぁぁ!」
「分かったから!」
「ずっと心配してたんやで!」
クロエも少し遅れて近づいた。
「ニーナ、本当に生きてたんだ」
「そうよ。しぶといからね」
「学校を卒業して以来?」
「そうね」
ソフィはニーナの腕を握ったまま尋ねた。
「軍に入ってから、どうしてたん?」
ニーナは一瞬言葉に詰まった。
「……まあ、いろいろね」
「ニーナさんはね!」
なぜかデイジーが得意げに割り込んだ。
「元国家軍の兵士長です!」
「何であんたが誇らしげなの」
「当時、レオナ先輩と並んで軍最強と呼ばれた兵士長なんですよ!」
「すごいやん!」
ソフィが目を丸くする。
クロエはニーナの背中にある剣を見た。
「……え、でも兵士長って、銅のつるぎで戦うの?」
ニーナの顔が引きつった。
「今はたまたまよ!」
デイジーが慌てて援護する。
「そうです! 本当はもっとすごい魔剣を買う予定なんです!」
「そうよ! 今はたまたまこれなの!」
クロエはまだ剣を見ている。
「……初心者用じゃん」
「うるさい!」
マチルダが横から尋ねた。
「それ、いくら?」
ニーナが黙った。
「800ゴールドです」
デイジーが即答する。
「言わなくていいの!」
ソフィが笑い始めた。
「ニーナちゃん、だから銅のつるぎなんや」
マチルダがニーナの剣を見た。
「800ゴールド……」
「値段覚えなくていい!」
山頂に、再び笑い声が響いた。
デイジーはその輪を少し離れたところから眺めていた。
ニーナ、ソフィ、クロエ、マチルダ。五年前の戦争で散り散りになった仲間たちが、少しずつ集まり始めている。
レオナをどうやって救い出すのか、まだ答えは出ていない。三か月後、何が起こるのかも分からない。
それでも、もう一人ではなかった。
「さて!」
デイジーはみんなに声をかけた。
「そろそろ下山しましょう!」
マチルダは腕の中のモグを見た。
「帰ろっか、モグ」
「ガウ!」
モグが元気よく鳴いた。
読んでいただきありがとうございました!
ご評価が励みになります。少しでも気になったら、お手数ですがポチッと反応いただけると大変嬉しいです!
本作はすでに最終回まで完成してます。引き続きお楽しみください!




