第3章 第15話:月曜日の夜、答え合わせの生姜焼き
月曜日の21時半。
オフィスでの息の詰まるような指先の接触から数時間後、俺の部屋のキッチンには、香ばしい醤油とみりんに、ピリッとした生姜が加わった芳醇な香りが立ち上っていた。
「――はい、今夜のメニューは生姜焼きよ! 別に海外でベチャベチャの生姜焼きを作らないための練習じゃないんだから、お肉の焼き加減はあんたの好きなようにしなさいよね!」
淡いピンク色のエプロンを身にまとった千歳が、フライパンの中の豚肉を真剣な表情で見つめながら言った。
オフィスのネイビーのジャケットをクローゼットに仕舞い、白ブラウスの袖を肘の上まで捲り上げた彼女の姿は、数時間前にデスクの前で冷徹なビジネス敬語を操っていた「広報部の如月さん」とは完全に別人だった。
「生姜焼きか。これならタレの配分さえ覚えれば、いつでも手軽に作れるな」
「でしょ? 感謝しなさいよね。ほら蓮、タレを入れる前に余分な油をペーパーでしっかり拭き取るプロセス、ちゃんと見ててよ!」
千歳はふんす、と鼻を鳴らして胸を張ってみせる。
口調も、態度も、いつもの生意気な「男友達」へのツンとした仕草そのままだ。
だが、フライパンに合わせ調味料を回し入れる千歳の横顔をカウンターキッチン越しに見つめながら、俺の胸の奥は、これまでとは違う意味でドギマギとした精神的狂瀾に激しく引き裂かれていた。
かつては俺を遠いロンドンへ送り出すための、切なくも必死な「自炊訓練」という免罪符だったこの時間。
それが今は、何の大義名分がなくても、ただ隣にいたいというお互いの剥き出しの本音の答え合わせの場所へと変わっていた。
(……あいつ、やっぱりまだ少し照れてるな)
タレが煮詰まるジジジという小気味よい音が響く中、千歳の耳たぶが、湯気のせいだけではなくほんのりとした桜色に染まっているのを、俺の目は見逃さなかった。
昼間のオフィスでは完璧に崩壊しかけている「他人のフリ」をして俺を翻弄するくせに、夜になればエプロンを身にまとって、昔ながらの安全な距離感に逃げ込もうとする不器用さ。
お互いを特別に想い合っているという事実を知ってしまったからこそ、隣に並ぶだけで、指先が触れそうになるだけで、心臓の鼓動がうるさいほどに鳴り響いてしまう。
「ほら、お皿に盛り付けるわよ。キャベツの千切りと一緒に熱いうちに食べなさい!」
「分かった、今運ぶよ」
千歳は動揺を隠すようにわざと声を弾ませ、出来立ての生姜焼きをテーブルへと運んだ。
香ばしい湯気の向こう側で、二人の言葉にできない本音が一瞬だけ交錯し、また静かに沈んでいく。
安全な仮面をすべて失い、新しい距離感を測りかねて立ち往生しながらも、俺たちの新しく、そして途方もなくじれったいモラトリアムは、甘辛い香りと一緒にどこまでも熱く煮詰まり続けていた。




