第4章 第17話:月曜日の夜、触れ合う肩とほどけない戸惑い
「明日からの会社、私、やっぱり自信ないよ。相馬さんと如月さん、ただの同僚のフリをしなきゃいけないのに、頭の中があんたの体温ばっかり求めて、まともに業務連絡もできなくなりそう……」
潤んだ大きな瞳でまっすぐに俺を見つめ、本音を吐き出した千歳。
その言葉に含まれた圧倒的な甘さと切なさが、静まり返ったリビングの空気を一瞬にして支配する。
俺はもう、自分の胸の奥で暴れ狂うドギマギとした精神的狂瀾を抑え込むことができなかった。
ローテーブルの上に置いていた手をゆっくりと動かし、ソファの座面に手をつく。そして、彼女との距離をさらに数十センチ詰め、肩と肩が微かに触れ合う位置まで近づいた。
ピクッ、と千歳の華奢な身体が震えた。
サマーニット越しに伝わってくる彼女の柔らかな体温が、俺の理性を激しくかき乱す。
いつもならここで「ちょっと蓮、近すぎ!」と強がって距離を取るはずの彼女が、今夜はむしろ、触れ合った肩にほんの少しだけ体重を預けるようにして、じっと動きを止めていた。
「自信なんて、俺だってないよ」
俺は千歳のハーフアップにまとめられた髪の隙間、真っ赤に染まった耳たぶを見つめながら、低い声で応じた。
「フロアでお前とすれ違うたびに、この部屋で二人きりでいるときのことを考えてる。完璧な同僚のフリなんて、最初からできっこないんだ。でも……それでいいんじゃないか?」
「……何が、いいのよ」
千歳は俯いたまま、バッグのストラップを握る指先にさらに力を込めた。
「お前がオフィスで『如月さん』の仮面を被って戦っているのを、俺は誰よりも知ってる。その仮面がどんなに脆くひび割れそうでも、俺がここで、その裏側の本当のお前を全部受け止めてやるから。だから、会社では不器用なままでいい。一緒に立ち往生しよう」
「蓮……あんた、本当にバカね」
千歳は泣き出しそうな声で呟くと、膝の上で固く絡ませていた細い指先をゆっくりとほどき、俺の手のひらに、自分の手を重ねてきた。
ガラスの結露で濡れていたはずの彼女の指先は、今や俺の体温を吸い上げて、驚くほど熱くなっている。
エプロンという名の免罪符を完全に失い、料理という大義名分もない夜。
それでも俺たちはこうして隣り合い、互いの体温を分け合っている。
安全な逃げ道をすべて失ってしまったからこそ、重なり合う手のひらの確信が、迫りくる明日への不安をじりじりと溶かしていく。
歪なモラトリアムの袋小路の中で、俺たちの新しい関係の歯車は、どこまでもじれったく、濃密に回り続けていた。




