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第8話:黄金のパトロンと、折れない筆


 自由都市リベルタの成功者は、二つのものを欲しがるという。一つは金、もう一つは己の権威を誇示するための「芸術」だ。

 パレットハウスの前に、一台の豪華な馬車が止まったのは、カツミ(北斎)がファンレターの山に埋もれながら、レオ(ダ・ヴィンチ)に特製の蒸し菓子を口に放り込まれていた時だった。

「はい、カツミ。咀嚼回数は三十回よ。顎の筋肉の動きを黄金比に……あら、騒々しい客ね」

 レオが不快そうに眼鏡の奥の瞳を細める。馬車から降りてきたのは、宝石を指にいくつも嵌めた、見るからに恰幅の良い貴族――商人の街リベルタでも指折りのパトロン、ギルバート卿だった。

「ここが噂の『パレットハウス』か。……ほう、描いているのはこの小娘か」

 ギルバート卿は土足同然の勢いでアトリエに踏み込むと、カツミの描きかけの原稿をジロジロと眺めた。

「汚い掠れ線だ。だが、不思議と民衆が熱狂している。……良かろう、小娘。このくだらんチラシ連載は今すぐ辞めろ。代わりに、私の肖像画を描け。報酬は今の十倍、いや百倍出そう」

 その言葉が発せられた瞬間、アトリエ内の空気が「沸騰」した。

「……私の演算によれば、あなたの審美眼はゼロ、いえ、マイナスだわ。カツミの線を『汚い』と言った罪、金貨数千枚ではあがなえないわよ」

 レオが銀色の指先からバチバチと静電気(物理演算エラー)を放つ。

「……静かにして。あなたの脂ぎった顔、私のキャンバスには一秒たりとも映したくない『ノイズ』だわ」

 メアリ(フェルメール)が真珠の髪留めを冷たく光らせ、光の屈折でギルバート卿の足元に深い「影」を落とす。

「カツミさんの魂を、お金で買おうなんて……! 私の情熱ひまわりで、その傲慢な魂ごと焼き尽くしてあげますっ!!」

 ヴィン(ゴッホ)が今にも杖を振り抜かんとした時、カツミが「 にゃはは! 」と高らかに笑い声を上げた。

「待て待て、おぬしたち! 殺気立つでないわい。……ギルバートとやら。おぬし、一つ勘違いをしておるぞえ」

 カツミはレオの膝からひょいと降りると、使い古した筆を耳にかけ、紅い瞳を爛々と輝かせた。

「わしが描いておるのは、金のためでも、権威のためでもない。……この街のパン屋の娘や、泥だらけのガキどもが、続きを読みたくてウズウズしておる『粋な時間』を描いておるのじゃ」

 カツミはギルバート卿が差し出した金の詰まった袋を、見向きもせずに押し返した。

「おぬしの顔を綺麗に描くより、わしの描いた『戦うパン職人』を見て、スラムの連中が拳を握る方が、よっぽど価値があるわい。……お引き取り願おう。わしの筆は、わしを驚かせてくれる奴のためにしか動かぬのじゃ!」

「な……っ、この小娘が! 後悔させてやるぞ!」

 ギルバート卿が捨て台詞を残して逃げ去るのを、パブロ(ピカソ)が玄関先でパレットナイフを弄びながら見送った。

「……言ったわね、カツミ。これで私たちの家賃の『百倍』のチャンスが消えたわ。……責任、取ってくれるんでしょうね?」

 パブロの不敵な笑みに、カツミは「 ふみゅう……。 」と少しだけ縮こまった。

「……そ、それは……。パブロよ、おぬしも今の奴の顔は『不細工(粋じゃない)』と思ったじゃろう?」

「ええ。構成的に最悪だったわ。……だから、代わりに今夜は徹夜で描きなさい。浮いた肖像画の時間の分、最高の新作ネームを仕上げるのよ。いいわね?」

「 はわわわわ!! 結局、締切が早まるだけではないかえ!!」

 カツミの絶叫を遮るように、三人の姉たちが再び彼女を包囲した。

「よく言ったわ、カツミ。流石は私のマエストロね。……さあ、その心意気への『ご褒美』よ」

「……誇り高いあなたの銀髪、もう一度磨き直してあげる……」

「カツミさん、本当にかっこよかったです! 好きです! 抱きしめさせてくださいっ!!」

「 ふ、ふみゅうぅ……っ!! おぬしたち、感動の余韻を台無しにするでないわい!! 離せ、わしは今すぐ描き始めたいのじゃ!!」

 銀髪を振り乱し、姉たちの「愛の檻」から逃れようとジタバタする小さな画狂。

 金よりも、名声よりも、ただ一枚の紙の上に宿る「粋」を求めて。

 パレットハウスの戦いは、リベルタの権威さえも笑い飛ばしながら、さらなる熱狂へと加速していく。

(つづく)


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