第7話:ファンレターと、過保護な防衛線
『週刊パレット』創刊号の衝撃は、自由都市リベルタの静かな朝を鮮やかに塗り替えていた。
アトリエ「パレットハウス」の玄関先には、早朝からパン屋のルーシーが、顔を上気させて駆け込んできた。
「カツミさん! 皆さん! 見てください、これ!」
ルーシーが抱えていたのは、バスケットいっぱいの焼き立てパン……ではなく、街の人々から預かってきたという、不恰好に折り畳まれた大量の紙片――「ファンレター」だった。
「……ぬ? なうんじゃ、この紙屑の山は」
寝ぼけ眼で、レオ(ダ・ヴィンチ)の膝の上から顔を上げたカツミ(北斎)が、不思議そうに首を傾げる。レオはカツミを逃がすまいと、その細い腰をガッチリとホールドしたまま、銀色の指先で一通の紙を開いた。
「演算によれば、これは『感謝』と『期待』の集積体……つまり、あなたの漫画を読んだ市民たちの生の声ね」
「……読んであげるわ。……『パン職人の勇気に涙が出ました。続きを早く読ませてください』。……あら、カツミ。あなたの汚い(・・)掠れ線が、この街の連中の涙腺をバグらせたみたいね」
メアリ(フェルメール)が冷淡な口調で、けれどその瞳に誇らしげな光を宿して代読する。
「あぅぅ! カツミさぁぁん! 読者の情熱が、こんなに届いてます! 私、嬉しくて、もう一回カツミさんを抱きしめたくなっちゃいました!」
「 はわわわわ!! ヴィン、暑い! 離せ、わしは自分の目でそれを読みたいのじゃ!!」
カツミがバタバタと暴れるが、レオが「ダメよ。今のあなたはまだ安静が必要なフェーズだわ」と、テコでも動かない。
そこへ、山のような返信用の羊皮紙とインク瓶を抱えたパブロ(ピカソ)が、不敵な足取りで現れた。
「いいニュースね。読者の反応は上々、ギルドからの追加発注も決まったわ。……でも、悪いニュースもある。……あんたたちの『マエストロ』を、独り占めしたがる連中が増えそうよ」
「……独り占め?」
レオとメアリ、そしてヴィンの三人の空気が、一瞬で「零度」に変わった。
アトリエの窓の外には、カツミを一目見ようと、あるいは「続きを直接教えろ」と詰め寄ろうとする、気の早い読者たちが集まり始めていたのだ。
「カツミに……直接触れようとする不届き者がいるというの?」
「……私のライティング(監視下)から、カツミを連れ出すなんて、許さない……」
「カツミさんに変な虫がつかないように、私が火炎放射(情熱)で追い払ってきます!!」
「 ふ、ふみゅうぅ……っ!? 待て待て、おぬしたち! 読者は敵ではないわい!!」
カツミの制止も虚しく、お姉さんたちの「防衛本能」が臨界点を超えた。
レオがアトリエの周囲に、知覚を狂わせる幾何学的な「迷彩魔術」を展開し、メアリが光の屈折でパレットハウスを「存在しない幻」へと変える。
「……これで良し。カツミ。あなたは今日一日、この部屋から一歩も出てはダメよ。……私たちの手の届く範囲で、ゆっくりとファンレター(ご褒美)を楽しみなさい」
「そうよ。……おやつも、私たちが一口ずつ運んであげるから」
カツミは三人の姉たちに四方から「密着」され、身動き一つ取れない状態で、山のような手紙を読まされることになった。
(……九十まで生きて、これほどまでに『重い』愛に囲まれる日が来るとはのう……)
カツミは「ふみゅう……」と小さくため息をつきながらも、手紙の一通一通に宿る、リベルタ市民たちの「熱」を感じ取っていた。
文字も満足に書けない子供が描いた、不恰好なカツミの似顔絵。
それを見た瞬間、カツミの紅い瞳に、江戸の画狂としての――そして最強の「漫画家」としての、いたずらっぽい輝きが戻った。
「パブロ! おぬし、隠れて笑っておらんで、さっさと次の紙を持ってまいれ! ……わしに続きを強請る不届きな読者どもに、最高に粋な『お返し(原稿)』を叩きつけてやるわい!!」
「……ええ。その意気よ、カツミ。……ただし、一ページ描くごとに、レオたちの『甘やかしタイム』を五分挟むのが、私の決めた新しいスケジュールよ」
「 ふ、ふみゅうぅ……っ!! それでは一生、描き終わらぬではないかえ!!」
パブロの非情な(?)管理と、お姉さんたちの過剰な溺愛。
カツミの「新連載」は、愛という名の障害物をなぎ倒しながら、さらなる熱狂の渦へと突っ込んでいく。
(つづく)




