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第5話:画狂の休日、あるいは過保護な監禁

チラシ漫画の大成功から一夜。自由都市リベルタの空は、抜けるような青に染まっていた。

 だが、パレットハウスの二階、カツミ(北斎)の寝室には、表の喧騒とは無縁の「異様な空気」が漂っていた。

「……ん、んん……。ふみゅう……。よく寝たわい……」

 カツミが銀髪を乱しながら、ゆっくりと身体を起こす。昨夜はルーシーの店のパンを腹一杯食べ、泥のように眠りについた。

 だが、視界がはっきりした瞬間、カツミの身体に戦慄が走った。

 枕元には、眼鏡を光らせたレオ(ダ・ヴィンチ)が。

 足元には、静かに真珠を磨くメアリ(フェルメール)が。

 そして、布団の横には、今にも飛びかからんとするヴィン(ゴッホ)が。

 三人の天才が、獲物を狙う猛獣のような眼差しで、カツミを見つめていたのである。

「は、はわわ……っ!? おぬしたち、起きておったのかえ」

「おはよう、私たちの小さなマエストロ。演算によれば、あなたの疲労回復率は現在八十二パーセント。完全なる『粋』を取り戻すには、あと十八パーセントの徹底的なメンテナンスが必要よ」

 レオが銀色の指先をパチンと鳴らす。それが合図だった。

「さあ、カツミ。昨日のインク汚れ、毛穴の奥まで残さず洗い流してあげるわ」

「……真珠の粉と、秘蔵の香油を混ぜたお湯が沸いているわ。……逃がさないわよ」

「 ふ、ふみゅうぅ……っ!? よせ、レオ! メアリ! わしは自分で洗えると言ってお…… わーっ! 」

 抵抗も虚しく、カツミは二人の手によって軽々と持ち上げられ、階下の浴室へと拉致された。

 浴室には、メアリの魔術によって「最も肌が美しく見えるライティング」が施されていた。

「ひゃうっ! 冷たい、いや、温かい……っ。レオ、そこはくすぐったいと言っておる……っ!」

「我慢しなさい。あなたの髪は、私の設計図における最も重要な曲線なのよ。最高級のコンディショナーで、指通りを黄金比に整えさせてもらうわ」

 レオがカツミの銀髪を丁寧に泡立て、指先で頭皮をマッサージする。そのあまりの心地よさに、カツミの脳が「ふにゃり」と溶け始める。

「……次は私よ。……カツミ、お肌の水分量が足りないわ。この香油を塗り込んであげる……」

 メアリの静かだが力強い手つきで、全身を磨き上げられる。カツミはおじさんの魂で「 恥ずかしいわい! 」と叫ぼうとするが、お姉さんたちのあまりにも真剣な「奉仕」の前に、言葉が続かない。

 仕上げに、メアリが昨日よりも一段と輝く真珠の髪留めを、丁寧にカツミの髪に差し込んだ。

「……よし。これでようやく、私の光に見合う姿になったわ」

「にゃはは……。……もう、好きにするがよいわい……」

 風呂から上がり、とろとろに脱力したカツミを待っていたのは、ヴィンの「情熱」だった。

「カツミさぁぁぁん! 湯冷めしちゃダメですぅぅ!!」

 ヴィンが大きな毛布を持って突進し、カツミをミノムシのように包み込んだ。そのまま「ぎゅうぅぅ!」と全力のハグ。

「ヴィン、苦しい、暑苦しいわい! 離せ!」

「離しません! カツミさんの体温を、私の情熱パッションで三十六・五度に固定するまでは!!」

「そんな変な固定をするでないわい!」

 揉みくちゃにされるカツミの口に、パブロ(ピカソ)がひょいと一切れの果物を放り込んだ。

「はい、お疲れ様。……あんたが大人しく甘やかされてる間に、ギルドから『次の仕事』が来てるわよ」

 カツミは果物をモグモグしながら、パブロが持ってきた書状を覗き込んだ。

「ぬ? これは……」

「ルーシーの店のチラシを見た写本ギルドの会長が、あんたたちに『週刊連載』の枠を用意したいってさ。タイトルは自由、ページ数も自由。ただし、締切だけは絶対。……どうする? 冒険者家業より、ずっと地獄よ?」

 パブロの不敵な問いかけに、カツミの紅い瞳に再び職人の火が灯った。

 お姉さんたちの腕の中で、小さな画狂が「にゃはは!」と高らかに笑う。

「面白そうではないか! 魔王を倒すより、この街の連中をわしの絵で『中毒』にしてやる方が、よっぽど粋な戦じゃわい!!」

「……そう言うと思ったわ。じゃあ、休みはここまでね。レオ、メアリ、ヴィン。……私たちのマエストロを、さっさと仕事場アトリエへ運びなさい!」

「「「イエス、プロデューサー!」」」

「 ふ、ふみゅうぅ……っ!? わしは、自分の足で歩けると言っておる……! 降ろせ、降ろすのじゃぁぁ!!」

 銀髪をなびかせ、三人の姉たちに神輿のように担がれて、カツミは再び机の前へと運ばれていく。

 最強の五人による、リベルタ初の「週刊漫画連載」。

 魔王より恐ろしいパブロの督促と、お姉さんたちの過剰な溺愛に囲まれて、カツミの新しい伝説が、今ここから本格的に走り出す。

(つづく)


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