第4話:はじめての締切と、お姉さんたちの「ご褒美」
自由都市リベルタの片隅。ボロアトリエの一角は、今や「戦場」と化していた。
中央に鎮座するのは、一枚の大きな画用紙。そこには、カツミ(北斎)の筆によって、ルーシーの店のパンが生き生きと描き出されている。
「パブロ! 文字の配置はこれで良いかえ? 読者の目線をこう、右から左へ『粋』に流してやりたいのじゃ!」
「悪くないわ。でも、一番重要な『パンを噛み締める瞬間の多角的感動』が足りないわね。この余白に、食べた人の魂が昇天するような一コマを加えなさい」
パレットナイフを指揮棒のように振り、厳しい指示を飛ばすのは編集長・パブロ(ピカソ)。彼女の鋭い審美眼は、妥協を一切許さない。
「 ふ、ふみゅうぅ……! 言うてくれるわい。レオ! 背景はどうなっておる!」
「完璧よ。このパン屋の石造りの質感を、魔導演算で導き出した『最高に郷愁を誘うテクスチャ』で仕上げておいたわ」
レオ(ダ・ヴィンチ)が銀色の指先を走らせると、白紙だった背景に驚くほど緻密な街並みが浮かび上がる。そこへメアリ(フェルメール)が、静かに筆を差し入れた。
「……光を置くわ。このパンの表面に、焼きたての温もりを感じさせる『朝露のようなハイライト』を。これで、読者は香りを錯覚するはずよ」
「あぅ……! 皆さんの線が熱いです! 私、この『美味しい!』という感情を、爆発するような向日葵色の情熱で包み込みますっ!!」
ヴィン(ゴッホ)が杖を振ると、漫画のコマの周囲に黄金の火花が飛び散る。五人の天才が、たった一枚の「チラシ漫画」のために、国家機密級の技術を注ぎ込んでいく。
だが、この戦場にはもう一つの「障害」があった。
執筆に集中するカツミの周囲で、お姉さんたちの過剰なケアが止まらないのだ。
「カツミ、脳の糖分が足りないわ。はい、あーん」
「レオ! 今は大事な『目入れ』の最中じゃと言…… むぐっ! 」
レオが強引に口へ放り込んだのは、計算された最高級の甘味。カツミがモグモグしている隙に、今度はメアリが背後から忍び寄る。
「……集中しすぎて姿勢が崩れているわ。腰を支えてあげる」
「メアリ、くすぐったい! 手を離せ…… ふみゅうぅ……っ。 」
メアリの柔らかな腕に抱えられ、カツミの腰が「粋」な角度に矯正される。さらに仕上げとばかりに、ヴィンがカツミの頭をワシワシと撫で回した。
「カツミさんの銀髪、インクで汚れてますよ! 私の熱気で乾かして、ピカピカにしますね!」
「わーっ! 髪を引っ張るな! 暑苦しいわい!!」
「……ちょっと、あんたたち。イチャつくのは入稿にしてからにしなさい。あと三十分で印刷ギルドに持ち込むわよ!」
パブロの怒声が響き、四人は一気に正気に戻った。
カツミは乱れた髪を振り乱し、最後の一線を――ルーシーのパンを食べて微笑む、名もなき老人のシワの深さに、職人としての魂(粋)を込めた。
「――上がったのじゃぁぁ!!」
数時間後。リベルタの市場に、不思議な「読み物」が貼り出された。
それは、ただの宣伝ではない。
『頑固なパン屋と、そこに差し込んだ一筋の光』を描いた、短くも心を揺さぶる物語。
「なんだ、この絵は……。まるでパンが語りかけてくるようだ」
「この店、知ってるぞ。目立たないけど、こんなに熱い想いで焼いてたのか……」
チラシを見た人々が、吸い寄せられるようにルーシーの店へと歩き出す。
静かだったパン屋の前に、行列ができ始めた。ルーシーが涙を拭いながらパンを包む姿を、カツミたちは遠くの屋根の上から眺めていた。
「にゃはは! 見たかえ、これぞ『漫画』の力じゃわい!」
「……ええ。あなたのデタラメな線が、リベルタの冷たい市場原理にバグ(奇跡)を起こしたわね」
レオが満足げに頷くと、同時にカツミの体が「カクッ」と折れた。
限界まで魔力と魂を絞り出した、画狂のエネルギー切れだ。
「……あ、あぅ……。……真っ白に、燃え尽きたぞえ……」
白目をむいて倒れそうになるカツミを、お姉さんたちが待ってましたと言わんばかりにキャッチする。
「ご褒美タイムね。さあ、カツミ。アトリエに帰って、最高のお風呂とブラッシング、そして私の膝の上での完全睡眠が待っているわ」
「……真珠の粉を混ぜた、光り輝くお湯を用意しておいたわよ」
「カツミさーん! 私が布団の中でぬくぬくに温めてあげますからねっ!」
「 ふ、ふみゅうぅ……。 おらぬしたち、わしを……休ませ……て……」
銀髪をなびかせ、三人の姉たちに「お持ち帰り」されるカツミ。
一枚の原稿を終えた充足感と、逃れられない溺愛の嵐。
パレットハウスの「新連載」は、この街の人々の心に、確かな熱を灯し始めていた。
(つづく)




