第45話:王都への道、お栄との再会
リベルタの熱狂が冷めやらぬなか、パレットハウスに届けられたのは、黒い蝋で封印された黄金の招待状――大公閣下からの「最終召喚状」だった。
それは、もはや一都市の絵師への依頼ではない。逆らえば国賊、従えば自由の喪失。王都の巨大な権威が、カツミ(北斎)という異分子を正式に飲み込もうとしていた。
「……演算終了。王都への全行程、護衛魔法の展開を維持するわ。カツミ、馬車から一歩も出ないで。空気の成分さえ、私の管理下で清浄に保つから」
レオ(ダ・ヴィンチ)が、軍事レベルの魔導障壁を馬車に張り巡らせる。メアリ(フェルメール)とヴィン(ゴッホ)も、いつになく険しい表情でカツミの左右を固めていた。
「……王都の光は、鋭くて冷たい。……カツミ。……あなたの瞳がその光に焼かれないよう、私がずっと、あなたの影になってあげているわ……」
「あぅぅ……! 大公だろうが検閲塔だろうが、カツミさんの筆を奪おうとするなら、私がこの国ごと描き変えてやりますぅぅ!!」
馬車が王都へと続く街道を急ぐなか、休憩のために立ち寄った国境近くの寂れた茶屋。
そこに、周囲の殺伐とした空気などどこ吹く風で、一人、縁側に腰掛けて酒を煽る「粋」な背中があった。
ボサボサの髪、使い込まれた筆入れ。そして何より、リベルタの誰とも違う、江戸の土の匂い。
「――けっ。お迎えの馬車がえらく豪華じゃねぇか、親父」
「 ふ、ふみゅうぅ……っ!? おぬし、お栄かえ!!」
カツミが窓から身を乗り出す。お栄(応為)は、数ヶ月前と変わらぬふてぶてしい笑みを浮かべ、飲み干した盃をコト、と置いた。
「リベルタで派手に暴れてるって噂は聞いてたよ。……だけどなんだい、そのお姉さんたちに守られてる情けねぇツラは。王様に呼び出されて、ビビって筆が震えてるんじゃないだろうね?」
「にゃはは! 誰に向かって言うておる! わしは、この世界の巨匠たちを『わしの筆』にしてきたのじゃわい!!」
「……演算不能。この女性、カツミに対する無礼な言動が許容範囲を超えているわ。即座に排除を……」
レオが銀色の指先を光らせるが、カツミがそれを手で制した。
「待て、レオ。……お栄よ。おぬし、なぜここに?」
「決まってるだろ。親父が王様の前で無様な絵を描いて、江戸の恥を晒さねぇか見届けに来たんだよ。……いいかい、親父」
お栄はカツミに歩み寄ると、彼女の小さな肩を、無骨な手で力強く叩いた。
「相手が大公だろうが神様だろうが、あんたが描くのは『紙』の上だ。世界がどれだけ重苦しくなったって、あんたの一線だけは、誰にも縛らせるんじゃないよ」
その一言で、レオたちの過剰な保護によって少し縮こまっていたカツミの胸の内に、江戸の画狂としての「芯」が再び熱く燃え上がった。
「……にゃはは! そうじゃったわい。わしが描くのは王のためではなく、わしの『粋』のためじゃったな!!」
「だったらシャキッとしな。アタシもついてってやるよ。外野から、あんたの腰が引けてねぇか見張ってやるからな」
お栄が馬車の御者台にひょいと飛び乗る。
戸惑うお姉さんたちを余所に、カツミは晴れやかな顔で笑った。
王都という冷徹な監獄へと向かう旅路に、江戸の熱風が混ざり込む。
「さあ、行くぞえ!! 王都の連中に、度肝を抜くような『粋』を叩き込んでやるわい!!」




