表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
43/50

第43話:波の再来、あるいは画狂の進化


 パレットハウスの喧騒が消え、アトリエには真夜中の静寂だけが残されていた。

 カツミ(北斎)の机の上には、真っ白な特製和紙が広げられている。メアリ(フェルメール)が流したあの涙への、そしてリベルタという街への、カツミなりの「返礼」の舞台だ。

「……にゃはは。あの日、わしは路地裏の泥の中で、ただ認められたくて波を描いたのじゃったな」

 カツミは目を閉じ、Season 1の冒頭――この異世界に降り立ち、初めて筆を走らせた瞬間の記憶を呼び起こす。

 当時の筆には、焦りと、空腹と、江戸への未練が混ざっていた。だが、今の筆には、パレットハウスの仲間と共に過ごした、熱すぎるほどの半年間の重みがある。

 カツミが筆を執った。

 迷いはない。墨が紙に触れた瞬間、アトリエの空気が震えた。

「レオ! おぬしに教わった、この世界のことわり……構造スケルトンを、この一線に込めるぞえ!!」

 波の飛沫のひと粒ひとつぶに、レオから学んだ遠近法と解剖学的な正確さが宿る。波は単なる絵ではなく、意志を持って動き出す「生き物」へと変貌していく。

「メアリ! おぬしの光……影の中にこそ潜む真実の色を、わしのスミで表現してやるわい!!」

 濃淡だけで描かれる波の裏側に、色彩がないはずの紙の上に、確かにリベルタの湿った空気が、そしてメアリが見守る温かな光が宿る。

「ヴィン! おぬしの情熱……キャンバスを突き破らんとする魂の震えを、わしの筆速スピードに乗せるぞえ!!」

 うねる波頭は、もはや北斎のそれだけではない。ヴィンの「星月夜」のような渦を巻き、見る者の心を掴んで離さない圧倒的なエネルギーを放ち始めた。

 作業を見守っていたお姉さんたちは、言葉を失っていた。

 カツミの背中が、以前よりもずっと大きく、そして孤高に見える。

「……演算不能。……かつて私たちが教えた技術が、カツミの中で完全に『溶解』して、新しい一つの生命体アートになっているわ……」

「……そうね。……あの日、路地裏で見た波は、ただの美しいスケッチだった。……でも、今のこの波は……世界を飲み込んで、新しく創り変えるための咆哮だわ」

 レオとメアリが、震える声で囁き合う。ヴィンは言葉にならず、ただカツミの背中に向かって、祈るように手を合わせていた。

「――できたわい!!」

 カツミが筆を放り出し、天を仰ぐ。

 描き直された第1話。

 それは、江戸の北斎でもなく、パレットハウスの居候でもない。リベルタの民に笑いと救いを与える**「漫画家・葛飾カツミ」**としての、真の産声だった。

 完成した原稿の最後の一コマ。

 荒れ狂う波の向こうに、小さく、しかし確かな光を放つパレットハウスの影が描き加えられていた。

「にゃはは! これで、わしの『一巻』に魂が入ったわい!!」

 カツミは、窓の外から差し込み始めた朝焼けを全身に浴びながら、力強く笑った。

 原点は、超えるためにある。

 かつて孤独に描いた波は、今や最高のお姉さんたちという「うしお」を得て、リベルタ全土へと、そして王都へと、巨大なうねりとなって広がっていこうとしていた。

(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ