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第34話:鍵開け師(アルティザン)の挑戦、あるいは愛の防壁(シェルター)


 山頂に鎮座するパレットハウスの周囲に、王都の魔導科学と芸術的執念が結集した「攻城兵器」が展開された。……といっても、それは巨大な大砲などではない。

 現れたのは、無数の銀の糸を操り、空間の「継ぎ目」を指先で探り当てる一人の女、シモーヌだった。

「……計算通りね、レオ。……あなたの構築した『黄金比の結界』。……確かに美しいけれど、美しすぎるものは、一箇所を突けば全体が瓦解する。……それが芸術の脆さよ」

 シモーヌが空中に描いた「銀の鍵」が、レオ(ダ・ヴィンチ)の魔導障壁に触れた瞬間、パレットハウス全体が嫌な音を立てて軋んだ。

「……チッ。……空間の脆弱性を突いてくるとはね。レオ、あなたの計算も焼きが回ったんじゃない?」

 パブロ(ピカソ)がパレットナイフを弄びながら挑発する。

「……黙りなさい、パブロ。……演算を再構築アップデートするわ。……シモーヌ。……私の設計した迷宮に足を踏み入れたこと、後悔させてあげる」

 レオが銀色の指先をフル稼働させ、アトリエ内の回廊を「非ユークリッド幾何学」に基づいた無限ループへと書き換える。

 だが、その防衛戦の最中、最も「被害」を被っているのは、中心部に隔離されたカツミ(北斎)だった。

「 ふ、ふみゅうぅ……っ!! 揺れる、回る、壁が迫ってくるわい!! おぬしたち、わしを守っておるのか、それともわしを万力プレスで潰すつもりかえ!!」

「……大丈夫よ。……カツミ。……外部の光は一筋も通さない。……私が、あなたの瞳を真珠の闇で完全に保護してあげる。……この嵐が去るまで、私の腕の中で静止していなさい」

 メアリ(フェルメール)がカツミを背後から羽交い締めにし、その視界を完全にシャットアウトする。

「あぅぅ! カツミさんを奪おうとする泥棒さんは、私が情熱の火柱で焼き尽くしますぅぅ!! 逃がしません、誰にも触らせません!!」

 ヴィン(ゴッホ)がカツミの足元に抱きつき、その圧倒的な熱量で外部からの「侵入」を文字通り蒸発させようとする。

 外からの鍵開け、内側からの過剰防衛。二つの「芸術的圧力」の板挟みになり、カツミの堪忍袋の緒が「ブチッ」と音を立てて切れた。

「 にゃはは!! もう我慢ならぬわい!! 」

 カツミは、メアリの腕を「 ふみゅうぅ……っ!! 」と全力ですり抜けると、レオの制御盤を蹴り飛ばした。

「レオ! メアリ! ヴィン! おぬしたちの守りは粋ではないわい! ……シモーヌとやら! 鍵など使わずとも、ここを開けてやるゆえ、正々堂々と入ってこい!!」

 カツミが自らアトリエの正面扉を全開にした。

 突風とともに、銀の糸を纏ったシモーヌが、驚きの表情でアトリエ内に滑り込んできた。

「……あら。……自ら扉を開けるなんて、どんな『罠』かしら。……葛飾カツミ」

「罠などないわい! おぬし、王都の使いじゃろう? ……ならば、わしの『一線』を見ろ!! おぬしの鍵が、わしの漫画の面白さを開けられるかどうか、ここで試してやるわい!!」

 カツミは、侵入者であるシモーヌを「新しい読者」として、机に叩きつけるように座らせた。そして、描きかけの原稿――変装して街で見てきた「パレットハウスを待ち侘びる民衆」のギャグ回を、その鼻先に突きつけた。

 数分後。

 静まり返ったアトリエに、シモーヌの「……ふふっ、あははは!!」という、場違いに明るい笑い声が響き渡った。

「……負けたわ。……空間の鍵は開けられても、この『笑いの結界』は壊せない。……パブロ。……あなた、最高に面白い『爆弾』を抱え込んだわね」

 シモーヌは銀の糸を収めると、パブロにウィンクをして、開いたままの扉から山を下りていった。

「……王都には伝えておくわ。……『パレットハウスは空飛ぶ龍に連れ去られ、もうどこにもいない』ってね」

「……ふぅ。……これでおぬしも、満足かえ」

 嵐が去り、再び訪れた静寂。カツミは糸の切れた人形のようにレオの膝の上に沈んだ。

「お疲れ様、カツミ。……勝手に扉を開けた罰よ。……今夜は、シモーヌの銀の糸よりも細かく、私の指先であなたの神経を一線ずつ『再調整』してあげるわ」

「……そうね。……開け放たれた扉から、不純な光が入ってきたわ。……私が、あなたの瞳をもう一度、完璧な静寂で塗り替えてあげる……」

「カツミさぁぁぁん!! 鍵開け師さんより、私のハグの方が強力だったでしょう!? 離しませんよぉぉっ!!」

「 ふ、ふみゅうぅ……。 ……結局……要塞のここが……一番……危険な気がするわい……」

 パブロが、王都への「虚偽報告」の代償としてシモーヌに送る裏金の計算をしながら、満足げに微笑む。

 刺客さえも読者に変え、さらなる「粋」を研ぎ澄ます五人。

 パレットハウスの山籠もり生活は、お姉さんたちの愛をさらに深め、さらなる混沌へと突き進んでいく。

(つづく)


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