第32話:共鳴の星灯り(アンドン)、あるいは二人の画狂
自由都市リベルタの夏を締めくくる「一星祭」。
この祭りのハイライトは、広場の中心に掲げられる巨大な六角灯籠に、その年を象徴する「粋」な絵を描き上げることだった。例年であれば街の重鎮絵師が務める大役だが、今年は街中の話題を独占する「パレットハウス」に、ギルドから異例の速さで依頼が舞い込んだのである。
その大仕事に、居候中のお栄(応為)が待ったをかけた。
「親父、そしてそこの別嬪さんたち。リベルタの連中に、本当の『江戸の夜』ってやつを見せてやろうじゃねぇか。アタシがこの灯籠を、火を灯す前から燃え上がるような一線で埋めてやるよ」
「にゃはは! よい度胸じゃ、お栄! ならば競い合うかえ?」
「……演算終了。お栄の独走は、祭りのコンセプトである『調和』に反するわ。……でも、カツミがやる気なら、私が最高の『筆記計算』で補助してあげる」
レオ(ダ・ヴィンチ)が眼鏡を光らせるが、お栄は鼻で笑った。
「計算で絵が描けるかよ。……親父、アタシと二人でやらねぇかい? 余計な『助け』は抜きだ。江戸の鉄蔵と、その娘のお栄。二本の筆だけで、この街を黙らせるのさ」
お姉さんたちの猛反対を「これもお勉強じゃわい!」と押し切り、カツミと栄は巨大な灯籠の前に立った。
祭りの前夜。静まり返った広場で、二人の画狂が舞い始める。
お栄の筆は、鋭く、重い。
彼女が描くのは、夜の闇を裂いて現れる雷神。一線ごとに、リベルタの湿った空気が江戸の熱風に塗り替えられていく。
対するカツミの筆は、しなやかで、速い。
お栄が描く雷神の足元に、彼女はリベルタの街並みを、そしてそこで笑う人々を「粋」なデフォルメで描き加えていく。
「……っ、親父、その線……! 昔よりずっと『図太く』なってやがるね!」
「にゃはは! 当たり前じゃわい! わしはこの街で、おぬしの知らぬ『重み』を知ったのじゃからな!!」
カツミの筆には、レオから教わった建物の「奥行き」が、メアリに授けられた影の「深み」が、そしてヴィンに火をつけられた魂の「震え」が宿っていた。
お栄の純粋な江戸の技法と、カツミがリベルタで吸収した巨匠たちのエッセンス。二つの才能が、灯籠の上で火花を散らしながら混ざり合っていく。
夜明け。完成したのは、雷鳴轟く夜空の下、それでも力強く笑い、踊るリベルタの民たちの図。
それはお栄の「毒」と、カツミの「愛」が、奇跡的なバランスで融合した巨大な一枚の物語だった。
灯籠に火が灯った瞬間、広場に集まった市民たちから、割れんばかりの歓声が上がった。
「……ふん。……悪くないね。親父、あんたの周りにいるあの『やかましい女たち』も、案外、良いバフになってるってわけだ」
お栄はそう言い残すと、腰の筆を片付け、パレットハウスの面々を振り返った。
「……さて。アタシの役目はここまでだ。江戸の風を浴びて、少しは親父の筆もシャキッとしたろ? ……これ以上ここにいたら、アタシまでその甘っちょろい『溺愛』ってやつに絆されちまいそうだからね」
「 ふ、ふみゅうぅ……っ!? お栄、もう行くのかえ!?」
「ああ。アタシはアタシの『粋』を探しに、この広い世界をもう少し歩いてみるよ。……親父、次に会う時まで、そのお姉さんたちに骨まで抜かれるんじゃないよ!!」
お栄は、レオたちの制止を軽やかにかわし、朝焼けの街へと消えていった。嵐のような三日間が、静かに幕を閉じた。
「……行って……しまったわい……」
カツミがぽつりと呟き、そのまま膝から崩れ落ちそうになった瞬間。
「……演算終了。……カツミ、寂しがる暇なんてないわ。三日間、私の管理下から離れていたあなたのバイタルは最悪よ。……さあ、今すぐ私の膝の上で『フルメンテナンス』を開始するわ」
「……そうね。……お栄さんの言った通り。……あなたの骨の髄まで、私の光で、私の色で、二度と江戸を思い出せないくらいに塗り替えてあげる……」
「カツミさぁぁぁん!! 寂しかったですよぉぉ!! もう一秒も離しませんからねっ!!」
「 はわわわわ!! おぬしたち、お栄がいなくなって余計に熱気が増しておらぬかえ!? 苦しい、暑い、にゃはははは!!」
パブロ(ピカソ)が、お栄が残した灯籠の絵を「限定記念ポスター」として即座に商品化する段取りを整えながら、満足げに微笑む。
訪問者は去り、パレットハウスにはいつもの五人の日常が戻ってきた。
だが、カツミの筆先には、江戸の誇りとリベルタの愛が、より深く、より粋に宿り続けている。
(つづく)




