第30話:江戸からの風、あるいは「酔いどれ愛弟子」の襲来
リベルタの夏が、藍染の流行とともに静かに過ぎ去ろうとしていたある日の午後。パレットハウスの平穏は、玄関先で響いた「度肝を抜くほど威勢の良い声」によって、完膚なきまでに破壊された。
「――おーい! 鉄蔵の親父! どこに隠れてやがる、この画狂老人!!」
アトリエの扉を蹴り開ける勢いで入ってきたのは、着物を着崩し、筆を髪に刺した一人の勝気な娘だった。その背中には、江戸の風をそのまま背負ってきたような、凛とした「粋」が宿っている。
「 ふ、ふみゅうぅ……っ!? お、おぬしは……お栄ではないかえ!!」
カツミ(北斎)がレオ(ダ・ヴィンチ)の膝から跳ね起き、紅い瞳を丸くする。お栄――江戸でのカツミの愛娘であり、最高にして最悪の弟子が、時空を超えてリベルタに現れたのである。
アトリエ内に、かつてないほどの「冷気」と「火花」が走った。
お栄は、カツミを取り囲む美少女お姉さんたちをジロジロと眺めると、鼻で笑って言い放った。
「なんだい、親父。こんなお高そうな別嬪さんに囲まれて、鼻の下を伸ばしてやがんのか? 江戸の長屋でゴミに埋もれて描いてた頃の『毒』が、すっかり抜け落ちちまったみたいだねぇ」
「……演算終了。この乱入者、カツミの過去を知る重要人物ね。……でも、私のマエストロを『ゴミ』と同列に語る無礼、黄金比に基づいた制裁が必要だわ」
レオが銀色の指先で魔導回路を展開し、カツミの前に立ちはだかる。
「……あなたの瞳。……江戸の光を宿しているけれど、乱暴すぎるわ。……カツミ。……汚れた言葉を聴かないで。……私が、あなたの耳を優しく塞いで……」
メアリ(フェルメール)がカツミを背後から抱き寄せ、冷たい視線でお栄を射抜く。
「あぅぅ! カツミさんの過去を馬鹿にするなんて、私がその生意気な態度ごと、情熱で焼き尽くしてあげますぅぅ!!」
ヴィン(ゴッホ)の背後に、巨大な向日葵の炎が渦巻く。
「 はわわわわ!! 待て待て、おぬしたち! お栄はわしの……その、なんじゃ、身内のようなものじゃわい!!」
お栄は怯むどころか、カツミの描きかけの原稿をひょいと手に取った。
「……ふん。相変わらず線は踊ってる。……でもねぇ、親父。このパンがどうとかいう物語、ちょっと『甘すぎ』やしないかい? このお姉さんたちの色気に当てられて、筆先が丸くなってんだよ!」
「な、なぬぅ……っ! わしの筆が丸いだと!? 言うてくれるわい!!」
カツミの「画狂」のプライドに火がついた。彼女はお姉さんたちの腕を強引にすり抜け、机を叩いた。
「にゃはは! よいだろう、お栄! ならば見せてやるわい! この新天地リベルタで、わしが手に入れた『新しい粋』をな!!」
カツミは再び筆を握ると、レオの計算、メアリの光、ヴィンの熱――お姉さんたちが注いでくれる「過剰な愛」を、すべて筆先に凝縮し、一気に叩きつけた。
それは、江戸のリアリズムを遥かに超えた、「読者の魂を物理的に揺さぶる、熱狂の渦」。
描き終えた原稿を見たお栄は、しばらく絶句したのち、「……ちっ。……江戸より、ずっと面白いことやってんじゃねぇか」と、悔しそうに笑った。
「……ふぅ。……見たかえ、わしの進化を……」
精根尽き果て、そのままレオの膝に倒れ込むカツミ。
「お疲れ様、マエストロ。……あなたの過去さえも、私の演算に取り込んであげたわ。……さあ、今夜は、この乱入者(お栄)も一緒に……家族水入らずで、徹底的に甘やかし(メンテナンス)てあげる」
「……そうね。……江戸の物語、ゆっくり聴かせて。……カツミ。……あなたの銀髪、夜の光で磨き直してあげるから……」
「カツミさぁぁぁん!! 娘さん(?)が来ても、私の一番は譲りませんからねぇぇっ!!」
「 ふ、ふみゅうぅ……。 ……結局……一人増えて……重くなっただけではないかえ……」
パブロ(ピカソ)が、お栄の江戸風の絵を「新連載:江戸浮世絵・異聞録」として掲載する契約書を既に書き上げながら、満足げに微笑む。
江戸からの刺客(?)さえも味方に取り込み、パレットハウスはさらに賑やかに、そして「粋」な修羅場へと突き進んでいく。
(つづく)




