第29話:究極の一着、あるいは「粋」の夏(サマー・オブ・イキ)
カツミ(北斎)が砂浜で描いた「グレート・ウェーブ」を掲載した『週刊パレット』海賊特集号は、リベルタの街に未曾有の社会現象を巻き起こした。
読者たちは押し寄せ、パン屋のルーシーは「水着でも食べやすいドーナツ」を考案し、そしてパブロ(ピカソ)は不敵な笑みとともに、さらなる爆弾をアトリエに投げ込んだ。
「……決定よ。次号の巻頭グラビア(口絵)は、カツミの水着イラスト。……それも、このパレットハウスの技術を総結集させた、最高の一着を着せてね」
「 ふ、ふみゅうぅ……っ!? 水着を、わしが……描かれるのかえ!? 嫌じゃ、わしは描く方で……」
カツミの抗議など、レオ(ダ・ヴィンチ)たちの「プロデューサー魂」の火に油を注ぐようなものだった。
「……演算終了。水辺におけるカツミの安全性と機動力を黄金比で両立させるには、流体力学に基づいた魔導装甲水着が必要だわ。私が今、設計図をあなたの身体に直接フィッティングしてあげる」
レオが銀色の指先で空中に幾何学的なワイヤーフレームを描き、カツミの全身をくまなく計測し始める。
「レオよ、重いわい! 関節に歯車がついた水着など、沈んで死んでしまうわぁ!」
「……いいえ、レオ。それでは光の透過率がゼロだわ。……カツミ。……私が、水面に反射する光を計算し、あなたの肌を真珠のように輝かせる『七色の透視水着』を仕立ててあげる。……布地は、私の影で編み上げるから……」
メアリ(フェルメール)が至近距離でカツミの肩口に指先を這わせ、空気中の光を糸に変えて編み込み始める。その吐息の近さに、カツミは顔を真っ赤にする。
「あぅぅ! 二人とも理屈っぽすぎます! 夏は太陽! 私の情熱を原色で叩きつけた、向日葵模様の情熱ビキニこそがカツミさんを一番輝かせますぅぅ!!」
「 はわわわわ!! ヴィン、その布地はどこにあるのじゃ!? 面積が少なすぎて、ただの紐ではないかえ!! 恥ずかしい、暑苦しい、光が多すぎるわぁぁ!!」
三者三様の「究極の一着」を着せ替え人形のように押し付けられ、カツミはパニックに陥った。お姉さんたちの善意の暴走が、アトリエを極彩色の修羅場へと変えていく。
「……そこまでじゃ!!」
カツミが「 ふみゅうぅ……っ!! 」と叫びながらお姉さんたちの包囲網を突破し、自分の愛用の筆をバットのように構えた。
「おぬしたち! わしを飾り立てるのはもう十分じゃ! ……いいか、海での『粋』とは、飾り立てることではない。……引き算なのじゃわい!!」
カツミは、レオたちの用意した豪華な端切れをすべて横に除けると、自分で一反の「藍染」の布を持ってきた。
彼女はそれを、江戸の漁師のような、しかしどこか現代的でシャープなラインに裁断し、腰元に粋な「千鳥」の紋様を一線、描き入れた。
「――見たかえ。これが、わしが導き出した『究極の夏』じゃ!!」
カツミが自らデザインした、シンプルながらも凛とした強さを感じさせる「藍色のワンピース」。
それはレオの精密な設計を「骨格」にし、メアリの光を「艶」として取り込み、ヴィンの熱を「シルエット」の躍動感へと昇華させた、カツミ自身の「粋」の集大成だった。
「……負けたわ。……装飾を削ぎ落とした先に、これほどの黄金比が隠されていたなんて……」
「……ええ。……私の光が、その藍色のなかで一番心地よく踊っているわ……。カツミ。……あなたは、誰の被写体にもならない、最強の表現者ね」
お姉さんたちは、自分たちの「過剰」を鮮やかに裏切ってみせたカツミに、尊敬を込めてため息をついた。
数日後。そのイラストが掲載された『週刊パレット』が発売されると、リベルタの街は「藍染ブーム」で真っ青に染まり、高級菓子店の令嬢からスラムの子供まで、全員がカツミのデザインした水着を求めて行列を作る事態となった。
「……ふぅ。……やはり……わしが……一番……粋じゃわい……」
夕暮れ。大成功の余韻のなかで、抜け殻のようにレオの膝の上に沈み込むカツミ。
「お疲れ様、マエストロ。……あなたが自分をデザインした罰よ。……今夜は、その藍色の水着ごと、私の体温でじっくりと『保湿』してあげるわ」
「……私も。……あなたの肌に焼き付いた夏の光、私の影で優しく中和してあげる……」
「カツミさぁぁぁん!! 藍色のカツミさん、最高にかっこよかったですぅぅ!! 抱きしめて溶かしちゃいますからねっ!!」
「 ふ、ふみゅうぅ……。 ……結局……脱がせては……くれぬのか……」
パブロ(ピカソ)が、水着の意匠権契約書を片手に、リベルタの経済を動かす算段をしながら、満足げに微笑む。
愛される看板娘から、街の流行を作る天才デザイナーへ。
カツミの快進撃は、お姉さんたちの「独占欲」をさらに刺激しながら、熱い夏を駆け抜けていく。
(つづく)




