第26話:画狂の逆襲、あるいは愛の写生(ハンティング)
その日のカツミ(北斎)は、いつになく「鋭い」瞳をしていた。
朝からレオ(ダ・ヴィンチ)に朝食を口に放り込まれ、メアリ(フェルメール)に寝癖を直され、ヴィン(ゴッホ)に全力で抱きしめられる――その「いつもの光景」のなかで、彼女は筆を休め、じっと四人を観察していたのである。
「……ぬう。おぬしたち、わしを甘やかすばかりで、自分たちの『粋』を忘れておらぬかえ?」
「あら、演算によれば、私の今の最優先事項はあなたの栄養管理よ。カツミ、ほら、口を開けて」
「……そうよ。……カツミ。……あなたの銀髪を最高の光で照らすこと以上に、美しい仕事なんてないわ」
「 ふ、ふみゅうぅ……っ!! 」
いつものように「ふみゅう」と鳴らされたカツミだったが、この日はそこからが違った。彼女はレオの腕をスルリと抜けると、ニヤリと不敵に笑った。
「にゃはは! 決めたわい。今日の原稿は、わし一人で描く! おぬしたちは一歩も近づくでないぞえ!!」
アトリエに激震が走った。
カツミが自ら「隔離」を宣言し、扉に「画狂執筆中・入るべからず」という無愛想な貼り紙を出したのだ。
「カ、カツミが私を拒絶した……? 演算が……私の存在意義の計算が合わないわ……っ!」
「……光が届かない。……カツミが、私の届かない闇の中に籠もってしまった……」
「カツミさぁぁぁん!! 寂しいです! ドア越しに私の情熱だけでも受け取ってくださいぃぃ!!」
扉の外でのたうち回る三人の巨匠たち。パブロ(ピカソ)だけが、「面白いじゃない」とパレットナイフを弄んで見守っていた。
数時間後。扉が静かに開いた。
そこから現れたカツミは、真っ白に燃え尽きたいつもの姿ではなく、どこか「やり遂げた男(少女)」の顔をしていた。
「……上がったのじゃ。……ただし、これは連載用ではない。おぬしたちへの、『逆襲』じゃわい」
カツミが机の上に広げたのは、一冊の「薄い冊子」だった。
そこには、連載中の『戦うパン職人』ではなく、パレットハウスで過ごす四人のお姉さんたちの姿が、カツミ特有の「粋」な一線で克明に描かれていた。
カツミの寝顔を見て、計算を忘れて蕩けた顔(だらしない顔)をしているレオ。
カツミの髪を梳かしながら、あまりの愛おしさに頬を染めて、普段の冷徹さが霧散しているメアリ。
カツミの背中に抱きつきながら、幸せそうに「むにゃむにゃ」と寝言を言っているヴィン。
そして、それらを特等席で眺めながら、こっそりと満足そうに鼻を鳴らすパブロ。
そこには、お姉さんたち自身さえ自覚していない、**「カツミを愛しすぎて、少しだけカッコ悪くて、どうしようもなく可愛い」**彼女たちの真実の姿があった。
「「「…………!!!」」」
三人の巨匠たちが、同時に顔を真っ赤にして絶句した。
「にゃはは! 見たかえ! おぬしたち、わしを観察しておるつもりじゃろうが、わしの方こそ、おぬしたちの『粋』ではない姿を山ほど写生しておったのじゃわい!!」
形勢逆転。いつも受け身だったカツミが、その「筆」という唯一無二の武器で、お姉さんたちの心の防壁を粉々に粉砕した瞬間だった。
「……あ、ありえないわ。私がこんな……こんな締まりのない顔を……」
「……私の『光』が……カツミの前では、こんなにデレデレに……っ」
「あぅぅ……! 恥ずかしいです、でも……宝物ですぅぅっ!!」
お姉さんたちが、今度は「 ふみゅうぅ……っ!! 」と顔を覆って悶絶する番だった。
「……やるわね、カツミ。まさか、あんたに一本取られるとはね」
パブロが、自分の照れ顔が描かれたページを指でなぞりながら、負けを認めるように笑った。
「……よし、おぬしたち! 今日はもう仕事はおしまいじゃ! 逆襲に成功した祝杯として……わしの口に、最高のエビ天を放り込むが良いわい!!」
カツミが高らかに命じると、お姉さんたちは「はいっ、マエストロ!」と、今度はいつも以上の(そして少しだけ照れを孕んだ)熱量で、カツミへの献身を開始した。
与えられる愛から、自ら奪い取り、そして「筆」で返す愛へ。
パレットハウスの日常は、カツミの仕掛けた「逆襲」によって、より一層深く、粋なものへと塗り替えられていく。
(つづく)




