第25話:白日の画狂、あるいは喝采の檻
リベルタの街が、かつてない熱気に包まれていた。
『週刊パレット』の爆発的ヒットを受け、中央広場にて開催されることになった**「大・芸術祭」**。その目玉イベントとして、あろうことか「葛飾カツミによる公開筆画」が発表されたのである。
「パブロ! おぬし、わしを祭り上げすぎじゃわい! 大勢の者の前で描くなど、見世物小屋の猿になった気分ぞえ!!」
カツミ(北斎)が真っ赤になって抗議するが、パブロ(ピカソ)は不敵にパレットナイフを弄ぶ。
「これは最高のプロモーションよ。……あんたの『一線』が本物だと、この街の連中の脳に直接刻み込みなさい。……大丈夫、最高の『ガードマン』を配備してあるから」
当日。広場に特設された巨大な白壁を前に、カツミは震えていた。
周囲を埋め尽くす群衆。だがそれ以上に、カツミを取り囲む「三人の姉たち」の密度が異常だった。
「……演算終了。群衆からの視線による精神的負荷は、私の『特製防護マント』で九割カットするわ。カツミ。私の腕の中から一歩も出ずに描きなさい」
レオ(ダ・ヴィンチ)が、幾何学的な刺繍が施された重厚なマントでカツミを背後から包み込む。もはや抱っこされている状態である。
「 ふ、ふみゅうぅ……っ!! 重い、重いわいレオ! これでは腕が振れぬ!」
「……静かに。……カツミ。……日光が強すぎるわ。……あなたの瞳が灼かれないよう、私が光の屈折で『究極の木漏れ日』を演出してあげる。……瞬きも、私に合わせて」
メアリ(フェルメール)が至近距離でカツミの瞳を覗き込み、髪を整えるフリをして首筋を優しくなぞる。
「あぅぅ! カツミさんの情熱が、緊張で冷え切っています! 私の魂を、このハグで直接筆へと伝導させますっ!!」
ヴィン(ゴッホ)が足元からカツミの腰に密着し、自らの魔力で物理的な熱を送り込む。
「 はわわわわ!! おぬしたち、衆人環視の中で何を……! 恥ずかしい、暑苦しい、光が眩しいわぁぁ!!」
観衆のどよめきが聞こえる。
「……あの小さな先生、お姉さんたちに揉みくちゃにされてないか?」
「いや、あれは最先端の芸術的儀式に違いないぞ!」
その時、群衆の隙間から、かつての「伝説の読者」である老人が声を張り上げた。
「――何を遊んでいる、画狂! 貴様の『粋』は、そんな柔なものか!」
その一喝が、カツミの脳を貫いた。
紅い瞳が、お姉さんたちの腕をすり抜け、目の前の真っ白な壁へと吸い寄せられる。
「……にゃはは! そうじゃな。……おぬしたち、そこを退けい!!」
カツミはレオたちの「過剰なバフ」を全身で弾き飛ばすようにして、特大の筆を墨壺へと叩き込んだ。
描き始めたのは、リベルタの街そのもの。
広場に集まった人々の驚き、お姉さんたちの重すぎる愛、そして自分が今、この新天地で生きているという「熱」。
レオの計算された奥行きが、
メアリの緻密な光の設計が、
ヴィンの燃えるような情熱が、
カツミの一線に合流し、巨大な**「墨の波」**となって白壁の上で咆哮を上げた。
「――見たかえ、これぞリベルタの、わしたちの『粋』じゃわい!!」
最後の一線を壁の端まで引き切り、カツミは高らかに筆を掲げた。
一瞬の静寂ののち、広場を揺るがすような大喝采が巻き起こる。
「……ふぅ。……これでもう、一歩も動けぬわい……」
イベント終了後。アトリエに戻るなり、カツミは糸の切れた人形のようにレオの膝の上へと沈んだ。
「お疲れ様、カツミ。……大勢の人間にあなたの『一線』を見せびらかした罰よ。……今夜は朝まで、私の黄金比マッサージから逃がさないわ」
「……よく頑張ったわね。……汚れた顔は、私が綺麗にしてあげる。……誰にも見えない場所で、二人きりで……」
「カツミさぁぁぁん!! 素敵すぎて、私、向日葵の涙が止まりませんぅぅっ!!」
「 ふ、ふみゅうぅ……っ!! ……にゃはは。……まあ、おぬしたちの愛も……たまには悪くないわい……」
パブロが、大・芸術祭の限定版売上がアトリエの一年分の家賃を超えたことを計算し、満足げに鼻を鳴らす。
リベルタの至宝となった小さな画狂。
お姉さんたちの「愛の檻」はますます強固になるが、その中で紡がれる物語は、さらに自由な高みへと飛翔していく。
(つづく)




