第23話:極彩色の攻防、あるいはパレットの反乱
自由都市リベルタの空に、一際大きな「号外」が舞った。
『週刊パレット』初の巻頭カラー掲載の決定である。
「パブロよ、正気かえ!? わしの漫画は墨の一色でこそ粋が宿るのじゃ。色を塗るなど、職人(パン屋)の顔を紅おしろいで塗り潰すようなものぞえ!」
カツミ(北斎)が筆を振り回して抗議するが、パブロ(ピカソ)は涼しい顔で、山のような高級絵具を机に置いた。
「読者はあんたの『色』が見たいのよ。……安心なさい、最強の彩色スタッフを用意してあるわ。……ただし、誰が主導権を握るかは別問題だけど」
その言葉を合図に、背後で三人の巨匠たちが「彩色」という名の聖戦を開始した。
「……演算終了。カラーページにおける視覚誘導は、波長に基づいた補色関係で構築すべきだわ。カツミ。このページの空は、私の計算した『完璧な大気屈折』の青で埋めるのが黄金比よ」
レオ(ダ・ヴィンチ)が、試験管に入った科学的な顔料をカツミの原稿に垂らそうとする。
「レオよ、理屈で空を塗るな! 空はもっと、こう、パッと抜けたような色が粋なのじゃ!」
「……いいえ、レオ。それは少し冷たすぎるわ。……カツミ。……このシーンに必要なのは、真珠のような光沢を含んだ、重厚な色彩の層。……私が、あなたの線を七色の光で優しく包んであげる」
メアリ(フェルメール)が、カツミの指先に筆を握らせ、その上から自分の手を重ねる。至近距離での「手取り足取り」に、カツミの心拍数が跳ね上がる。
「あぅぅ! 二人ともお上品すぎます! 読者が求めているのは魂の叫びです! カツミさん、私の原色の情熱で、このページを向日葵のように燃え上がらせましょう!!」
ヴィン(ゴッホ)が、今にも原稿に直接絵具をぶちまけそうな勢いで迫る。
「 はわわわわ!! おぬしたち、わしの原稿を勝手な色で塗り潰すでないわい!! 混ぜるな、重ねるな、ぶちまけるな!! 脳が……色が……混ざってドロドロになってしまうわぁ!!」
三方向からの「過剰な彩色指導」と「密着ケア」により、カツミは「 ふみゅうぅ……っ!! 」と叫び、その場に崩れ落ちた。
「……そこまでね。……あんたたち、マエストロが色彩で酔っているわよ」
パブロが冷たく言い放ち、気絶しかけたカツミをレオの膝の上へと投げ出した。
「……うぅ。……色など……色など、もう見たくないぞえ……」
「……カツミ。……ごめんなさい。……あなたの瞳、光を浴びすぎたわね。……暗い部屋で、私の『影』のなかで休ませてあげる……」
メアリがカツミを抱き寄せ、その視界をそっと遮る。レオが銀色の指先で、カツミの首筋の「色彩ストレス」を緩和するツボを正確に指圧し、ヴィンが毛布代わりのハグで体温を安定させる。
「 ふ、ふみゅうぅ……。 ……心地よい……。だが、原稿が……真っ白なままじゃ……」
お姉さんたちに包み込まれ、究極の「安らぎ」を得た瞬間。
カツミの閉じた瞼の裏に、不思議な景色が浮かんだ。
レオの計算された青、メアリの静かな光、ヴィンの燃えるような赤。それらが、お姉さんたちの「愛」という名のパレットの上で、かつてないほど美しく融和していた。
「……にゃはは! そうか。……混ぜるのではない。……おぬしたちの『想い』を、わしの一線に、一滴ずつ垂らせばよいのじゃな!」
カツミは、お姉さんたちの腕を強引にすり抜けると、三人のパレットから少しずつ絵具を筆に取った。
描いたのは、夕暮れのリベルタ。
レオの遠近法でどこまでも広がる空に、メアリの繊細な光が差し込み、ヴィンの情熱的な色が雲を焼き尽くす。
その中心で、カツミの「粋」な墨線が、すべての色彩を一本の物語へと束ねていた。
「――上がったのじゃぁぁ!! これぞパレットハウスの『極彩色』じゃわい!!」
最後の一線を書き込み、カツミは満足げに鼻を鳴らした。
その原稿は、リベルタの街中の色彩を奪い去るほどに輝いていた。
「……完璧ね。……演算上のエラーを、すべて情熱でねじ伏せた。……流石は私のマエストロよ」
「お疲れ様、カツミ。……さあ、使い切ったあなたの色彩受容体を、今度は私の体温で……じっくりと再構築してあげるわ」
「……次は、私の番よ。……あなたの銀髪を、夕焼けよりも美しく磨いてあげる……」
「カツミさぁぁぁん!! 素敵です! 抱きしめさせてくださいぃぃっ!!」
「 ふ、ふみゅうぅ……っ!! ……最後に……エビ天……色に揚がったやつを……食べさせて……くれ……」
お姉さんたちの色とりどりの愛に染まりながら、カツミは幸せな深い眠りへと落ちていった。
パレットハウスのカラーページは、明日の朝、リベルタの街をかつてない「粋」な輝きで塗り替えることになる。
(つづく)




