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第2話:お姉さんたちの過剰な日常

自由都市リベルタ。そこは「あらゆる表現が許される」と謳われる、混沌と色彩の吹き溜まりだ。

 魔獣ベヒーモスを「背景素材」として叩き潰した一行が辿り着いたのは、スラムの端に建つ、一軒のボロボロな空き家だった。

「――よし、ここが今日から我らの城、**『スタジオ・パレットハウス』**のリベルタ支部じゃわい!」

 カツミが威勢よく扉を蹴り開けると、立ち込める埃に「 ふぇっ、ふぇっくしゅ! 」と小さくくしゃみをした。その瞬間、背後から四つの影が音もなく忍び寄る。

「ちょっと、カツミ! 掃除もしていない部屋に飛び込むなんて、演算ミスもいいところだわ」

 真っ先に動いたのは、眩い金髪を縦ロールに巻き上げた美少女、レオナルドだ。

 ルネサンスの巨匠たる彼女は、異世界ではあらゆる事象を数式で捉える「万能の天才」。銀色に輝く自作の魔導指先を器用に動かし、瞬時にカツミの周囲の埃を風の魔術で吹き飛ばした。

「ほら、こっちへ来なさい。髪に埃がついているわ。私の黄金比に基づいたブラッシングが必要ね」

「 ふ、ふみゅう……っ! レオよ、わしは子供ではないと言っておろうが!」

 カツミがジタバタと暴れるが、レオの「お世話モード」は止まらない。彼女にとってカツミは、自らの計算を唯一狂わせる「最高の被写体」であり、溺愛の対象なのだ。

「……動かないで、カツミ。光の角度がズレるわ」

 静かに、けれど有無を言わさぬ圧力を放つのは、メアリ。

 一七世紀オランダの「光の魔術師」フェルメール。彼女はこの世界でも、一筋の光から真実を見抜く写実の極致を歩んでいる。メアリはカツミの耳元にある真珠の髪留めを指先でなぞり、満足げに微笑んだ。

「この真珠は、あなたの銀髪の中でこそ最も『粋』に輝く。……誰にも触れさせたくないほどにね」

「メアリまで何を……っ! そもそもこの真珠はおぬしが勝手に付けたんじゃろうが!」

 そして、そんな二人を押し退けるようにして、情熱の塊が突っ込んできた。

「あぅぅ! カツミさーん! 異世界の強い風に吹かれて、心まで冷え切っていませんか!? 私の向日葵の抱擁ハグで温めてあげますっ!」

「 はわわわわ!! ヴィン! 苦しい、圧が強いわい!!」

 黄金の瞳を爛々と輝かせ、全力でカツミを抱きしめるのは、ヴィン(ゴッホ)。

 ポスト印象派の魂を宿す彼女は、常に感情が爆発寸前だ。カツミの存在を「自分の太陽」と呼び、隙あらば物理的な距離をゼロにしてくる。

「……まったく。新天地に着く早々、呆れた姉妹愛ね」

 パレットナイフを弄びながら、冷めた、けれどどこか楽しげな声を出すのは、パブロ(ピカソ)。

 多角的な視点で「市場」と「締切」を支配する現代芸術の覇者。彼女はかつてカツミと競い合った仲だが、現在はパレットハウスの運営とプロデュースを一手に引き受けている。

「いい? あんたたち。レオの計算によれば、私たちの路銀はさっきの魔獣の素材を売っても、一週間分にしかならないわ。……つまり、カツミ。あんたがこの街で『新作』を当てない限り、私たちはこのボロ屋の畳すら買えないってことよ」

 パブロが突きつけた現実に、レオ、メアリ、ヴィンの三人がピキリと凍りついた。

「「「私たちのマエストロ(カツミ)に……ひもじい思いをさせるですって!?」」」

「ぬ? おらぬしたち、なぜそんなに殺気立っておる……?」

 三人のお姉さんたちの瞳に、かつて魔王を追い詰めた時以上の、恐ろしくも苛烈な「仕事への情熱」が宿る。

「レオ、レオナルド・エンジンを最大出力で起動しなさい。リベルタで一番の画材と食料を確保するわ!」

「……光の計算は済んでいるわ。……カツミが描くためだけの、最高のライティングを構築しましょう」

「カツミさん! 私、インクがなくなるまで背景を塗りまくります! 太陽だって描いてみせます!!」

「 ふ、ふみゅうぅ……。 おぬしら、わしの意見は無視かえ……」

 最強の五人は、世界を救ったその力で――今度は「一冊の漫画」を完成させ、日々の糧を得るための戦いに身を投じることになった。

 銀髪をなびかせ、三人の過保護な姉たちに揉みくちゃにされるカツミ。

 彼女たちの新天地リベルタでの「生活」という名の連載が、騒がしく幕を開ける。

(つづく)


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