第15話:白の静寂、あるいは墨の咆哮
地下水路のアトリエに、緊張の走る一報が舞い込んだ。
偵察から戻ったパブロ(ピカソ)が、これまでにないほど冷徹な、けれど興奮を孕んだ瞳で机を叩く。
「……検閲塔が『本気』を出してきたわ。リベルタの全域に、広域魔導結界『白の静寂』を展開したそうよ」
「……演算終了。……街中の『色』が消去されているわね。カツミの漫画も、スラムの落書きも、すべてが魔導的な『白』で塗り潰されている。……知性の冒涜だわ」
レオ(ダ・ヴィンチ)が、銀色の指先で空中に映し出した街の俯瞰図は、不気味なほど真っ白に染まっていた。検閲塔は物理的に「表現」を消し去る暴挙に出たのだ。
「……冷たい。……街から光の遊びが消えて、ただの『均質な虚無』になっているわ」
メアリ(フェルメール)が真珠の髪留めを硬く握りしめる。彼女にとって、色彩と光の否定は、魂を削られるのと同じ苦痛だ。
「 ふ、ふみゅうぅ……っ。 せっかくあやつらが漫画を読んで笑っておったのに……。それを力ずくで消すとは、粋の欠片もない奴らじゃわい!!」
カツミ(北斎)の紅い瞳に、静かな、けれど逃れようのない怒りの火が灯った。彼女はレオの膝からひょいと飛び降りると、愛用の特大筆を、まるで刀のように構えた。
「パブロ! 準備せい! 街が白く塗り潰されたのなら、わしがそれを上回る『墨』で、リベルタの魂を叩き起こしてやるまでじゃ!!」
「……その言葉を待っていたわ。カツミ。……ただし、今回の作戦は一晩よ。夜が明けるまでに、結界を物理的に破壊するほどの『情熱の奔流』を描きなさい」
地下の最深部で、前代未聞の「作戦」が始まった。
カツミを支える四人の天才たちが、それぞれの「溺愛」を全開にして、画狂のブーストをかける。
「カツミ、エネルギー効率を最大化するわ。私の魔力をあなたの背骨に直接同期させ、筆の速度を三倍に引き上げる!」
「 ふにゃぁぁ!? レオ、電気が走るような感覚じゃ、でも……筆が、止まらぬわい!!」
レオの演算ブーストを受け、カツミの腕が残像を残すほどの速さで動き出す。
「……暗闇を恐れないで、カツミ。……あなたの筆先だけを、世界で一番純粋な『白』より明るい光で照らしてあげる」
「メアリ! 眩しいが、線の『先』がはっきり見えるぞえ!!」
メアリの光彩誘導が、カツミの視覚を神の領域へと引き上げる。
「カツミさぁぁぁん!! 街の冷たい白なんて、私の太陽で溶かしてあげます! さあ、私の命ごと吸い取ってください!!」
「ヴィン、熱い! 暑苦しいが……勇気が湧いてくるわい!! にゃはは!!」
ヴィンの抱擁がカツミの肉体を極限まで活性化させ、一滴の墨が、巨大な波となって紙の上で咆哮を上げた。
数時間後。リベルタの夜。
検閲塔の執行官たちが「完璧な白」に満足していたその時、地下のマンホールから、目に見えぬ「墨の波動」が噴き出した。
それは漫画のコマから溢れ出した、人々の「感情」そのもの。
カツミが描いたのは、白い壁を力強く突き破り、自由を求めて笑う巨大な龍の姿。
白く塗り潰された壁が、カツミの漫画の続きを「思い出そう」とする市民たちの記憶と共鳴し、次々と色彩を取り戻していく。
「な、なんだ!? 消したはずの漫画が、壁の向こうから浮かび上がってくるぞ!」
「見てくれ、この龍! 街全体を飲み込もうとしている!!」
結界『白の静寂』が、たった一人の少女の「不敬な一線」によって、派手な音を立てて崩壊していった。
「……ふぅ。……これぞ、江戸っ子の意地じゃわい……」
地下アトリエで、カツミは筆を握ったまま、白目を剥いて倒れ込んだ。
同時に、四人のお姉さんたちが「 カツミぃぃ!! 」と一斉に飛びつく。
「お疲れ様、カツミ。……さあ、冷え切った身体を私の体温で……」
「……汚れた指を、私の光で……」
「カツミさん、一緒に朝焼けを見ましょうねぇぇっ!!」
パブロが、リベルタの街に再び色が戻っていく光景を確認し、満足げに鼻を鳴らした。
「……勝利ね。……さあ、戦士たち。今のうちに、私たちの小さなマエストロを『徹底的に』甘やかしてあげなさい。……明日の朝には、また次の締切が来るんだから」
「 ふ、ふみゅうぅ……。 ……最後に……寝かせて……くれ……」
銀髪を撫でられ、抱きしめられ、お姉さんたちの愛の重みに沈んでいくカツミ。
リベルタの街に訪れた朝は、昨日よりもずっと、色鮮やかで「粋」なものになっていた。
(つづく)




