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第14話:擬態の亡霊、あるいは密やかな眼差し


 地下水路の隠れ家に潜伏して二週間。

 芸術検閲塔の追跡は日増しに激しさを増していたが、皮肉にもその「密閉された空間」は、お姉さんたちのカツミ(北斎)への溺愛を加速させる、究極の培養液と化していた。

「……計算によれば、カツミ。この閉鎖空間であなたが抱えるストレス値は、私の『膝枕による周波数調整』でしか相殺できないわ」

「 ふ、ふみゅうぅ……。 レオよ、その計算はもう聞き飽きたぞえ。わしは今、次の原稿の構想を……」

 レオ(ダ・ヴィンチ)が、銀色の指先でカツミの耳を優しく、かつ科学的なリズムで刺激する。カツミの思考回路が、心地よい痺れとともに「 ふにゃり 」と強制終了させられた。

「……ダメよ。……今のあなたの瞳には、地下の湿気が混じっている。……私の光で、あなたの視界を『真実のウルトラマリン』に染め直してあげないと」

 メアリ(フェルメール)が至近距離から真珠の髪留めを光らせ、カツミの視覚を完璧な美学の中に閉じ込める。横ではヴィン(ゴッホ)が「カツミさんが冷えないように!」と、背後から熱烈なハグで文字通り物理的な暖を提供し続けていた。

「 はわわわ……っ! おぬしたち、狭い部屋で三人がかりで密着するでないわい! 暑苦しい、光が眩しい、耳がとろけるわぁ!!」

 そんな「過保護な檻」の中へ、地上から戻ったパブロ(ピカソ)が、不敵な笑みを浮かべて現れた。

「……いいニュースよ。地下版『週刊パレット』は、今や王都のパン屋の裏側から騎士団の詰所にまで出回っているわ。……検閲塔の連中、自分たちの足元で何が起きているか分からなくて、発狂寸前よ」

 パブロが鞄から取り出したのは、ボロボロに読み込まれた一冊の漫画。市民たちが隠れて回し読みした証拠である。

「……にゃはは! そうかえ。……禁じられれば禁じられるほど、人はその奥にある『粋』を求めるものじゃのう」

 カツミの紅い瞳に、瞬時に「画狂」の火が灯る。彼女はお姉さんたちの腕をすり抜け、机に飛びついた。

「パブロ! 次の作戦……いや、次の『連載ネタ』が決まったわい! この街を覆う検閲という名の『影』、その正体をも笑い飛ばす、最高に不敬な物語マンガを描いてやるぞえ!!」

「……いいわ。そのアバンギャルド、気に入った。……でも、その前に」

 パブロがカツミの襟元をひょいと捕まえた。

「地上の空気、吸いたいでしょう? 配送ルートの最終確認ロケハンに行くわよ。……ただし、レオたちの『擬態魔法』の中で、一歩も離れずにね」

 深夜のリベルタ。霧の立ち込める路地裏を、五人の影が音もなく進む。

 レオの幾何学的な「迷彩演算」とメアリの「屈折光学」により、彼女たちは誰の目にも止まらない「透明な亡霊」と化していた。

 カツミが見たのは、検閲官たちが目を光らせる広場の影で、こっそりと漫画を開き、押し殺した笑い声を上げるスラムの若者たちの姿だった。

「……見ろ。……あやつら、いい顔をしておる。……わしの線が、あやつらの心の中で踊っておるわい」

 カツミは、自分が描いた物語が、石造りの冷たい街に「熱」を与えている光景を、その目に焼き付けた。その充足感は、どんなご褒美よりもカツミを昂らせる。

「……そうね。……でもカツミ、あんまり興奮して魔力を漏らさないで。……私たちの『光』がバレてしまうわ」

 メアリが背後からカツミの手をぎゅっと握りしめ、レオが耳元で「帰ったら、今の興奮を全てキャンバスにぶつけなさい」と囁く。

「 ふ、ふみゅうぅ……。 分かっておる。……最高の『新作』、描いてやるわい!!」

 地下への帰り道。お姉さんたちの「護衛(という名の密着)」はさらに激しさを増したが、今のカツミには、それが心地よい重みに感じられた。

 最強の五人による、地下からの文化革命。

 芸術検閲塔が見逃しているその「小さな線」が、やがて街全体を塗り替える巨大なグレート・ウェーブになることを、カツミたちは確信していた。

「さあ、カツミ。アトリエに戻ったら……まずはその冷えた指先を、私の体温で解きほぐすのが先よ。……締切は、その次ね」

「 はわわ……っ! パブロ、レオを止めい! 筆が持てぬと言っておるのじゃぁぁ!!」

(つづく)


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