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第13話:潜伏のアトリエ、逃亡の口づけ


 地下水路の奥深く、石壁に反響する足音が静寂を乱していた。

 芸術検閲塔の執行官たちが放つ魔導探知機の蒼白い光が、迷路のような通路を舐めるように進んでいく。

「……計算通りね。あと三十秒で、あいつらの探知範囲がここを掠めるわ」

 レオ(ダ・ヴィンチ)が銀色の指先で空中に幾何学的な座標を描き、冷徹に告げる。

 狭い隠れ家の中、カツミ(北斎)はレオの膝の上に抱え込まれ、メアリ(フェルメール)の「真実の光」を遮断する闇のカーテンに包まれていた。

「 ふ、ふみゅうぅ……っ。 レオよ、くすぐったいし、何よりこの体勢は腰が落ち着かぬのじゃ……!」

「黙ってなさい。……あなたの呼吸音一つで、私の『不可視の演算』が乱れるわ」

 レオはそう言うと、カツミの小さな口を自らの指で塞いだ。

 すぐ側を、執行官たちの軍靴の音が通り過ぎていく。カツミの紅い瞳が、緊張でレオの胸元に押し付けられた。

「……行ったわ。……ふぅ、光の屈折を維持するのは、意外と疲れるものね」

 メアリが真珠の髪留めを優しく撫でながら、安堵の溜息を漏らす。その瞬間、足元で「人間暖房」と化していたヴィン(ゴッホ)が、堪えきれずにカツミに抱きついた。

「カツミさぁぁん! 怖かったですよね!? 大丈夫です、私たちがあなたを、この『粋な漫画』を、絶対に守り抜きますから!!」

「 はわわわ! ヴィン、声が大きいわい! 捕まったら元も子もないぞえ!」

 カツミが小声で叱責するが、お姉さんたちの「防衛本能」は既に決壊していた。危機のあとの反動は、常に過剰なまでの溺愛としてカツミに降り注ぐ。

「……そうね。恐怖は知性を鈍らせるわ。カツミ、あなたの精神を安定させるために、私の膝枕メンテナンスをさらに三十分追加するわ」

「……私の光で、あなたの心の不安を全て焼き払ってあげる……」

「 ふ、ふみゅうぅ……。 ……おぬしたち、わしは病人でも迷子でもないと言っておるのに……」

 揉みくちゃにされるカツミの横で、パブロ(ピカソ)が完成したばかりの「禁じられた新刊」を鞄に詰め込み、不敵に笑った。

「……いいわ。この『抑圧された空気』こそが、作品に狂気を宿らせる。……リベルタの市民たちは、今頃、闇に紛れて配られたこの漫画を、震える手で読んでいるはずよ」

 実際、地上では小さな奇跡が起きていた。

 検閲官の目を盗み、パン屋の包み紙や、路地裏の隙間に潜ませた『週刊パレット・地下版』。

 そこに描かれた「自由を叫ぶ名もなき絵描き」の姿は、リベルタ市民の心に、消し去ることのできない「熱」を灯していたのだ。

「……にゃはは! そうかえ。……わしの線が、あの冷たい石の街を少しでも温めておるなら、この湿った地下生活も悪くないわい!」

 カツミは三人の姉に抱えられながら、満足げに鼻を鳴らした。

 芸術検閲塔との戦いは、まだ始まったばかり。

 だが、最強の五人による「禁じられた物語」は、地下から溢れ出し、リベルタの街を、そして人々の魂を、鮮やかに塗り替えようとしていた。

「さあ、カツミ。勝利の祝杯(特製ミルク)よ。……飲み終わったら、次の原稿のネーム(構成)に入りなさい」

「 ふ、ふみゅう……。 結局、最後は締切が追いかけてくるのじゃな……」

 お姉さんたちの甘い抱擁と、パブロの冷徹な督促。

 カツミの「潜伏連載」は、地下の暗闇を最高のキャンバスに変えて、さらなる加速を続けていく。

(つづく)


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