第12話:地下のアトリエ、密やかなる熱狂
王都アルスの地下、かつての水路跡に広がる忘れ去られた遺構。
カツミ(北斎)たちは、芸術検閲塔の追及を逃れ、湿り気とカビ臭さに満ちたこの「影の聖域」へと拠点を移していた。
「……ふみゅう。……暗い、狭い、おまけに腰が冷えるわい。江戸の長屋の方がまだマシというものじゃ」
カツミが魔導ランプの微かな光の下で、震える手で筆を動かす。だが、その背後には、地下の冷気を一切寄せ付けない「過剰なまでの熱源」が控えていた。
「カツミ、我慢なさい。演算によれば、この地下空間の湿度は八十八パーセント。あなたの筆の走りを黄金比に保つには、私の体温による『直接加熱』が最も効率的なのよ」
レオ(ダ・ヴィンチ)が、カツミを背後からガッチリと抱きかかえる。銀色の指先がカツミの腹部を優しく、かつ正確な圧力で温めていた。
「……そうよ。……この暗闇は、光を最も美しく際立たせるキャンバス。……カツミ、あなたの銀髪が影に溶けないよう、私がずっと後ろから照らしてあげるわ」
メアリ(フェルメール)が真珠の髪留めを至近距離で光らせ、カツミの視界だけを「奇跡の聖域」へと変えていく。もはや密着というレベルではない。
「あぅ……カツミさんが冷たい壁に触れないように、私が人間クッションになります! さあ、私の胸の中に埋もれて描いてくださいっ!!」
ヴィン(ゴッホ)がカツミの足元に丸まり、自らの情熱の魔力で物理的な暖炉と化していた。
「 はわわわわ!! おぬしたち、密着しすぎじゃ! 筆が動かせぬと言っておろうが! パブロ、何とかせい!!」
カツミの悲鳴に近い叫びに、パレットナイフで壁に「地下通路の地図」を刻んでいたパブロ(ピカソ)が、肩をすくめて振り返る。
「……いいじゃない。その『閉塞感』が、禁じられた漫画に最高のスパイスを与えるわ。……地上では検閲官たちが血眼で私たちを探している。……スリルがあって、構成としては最高よ」
パブロの不敵な笑みとともに、カツミは再び「白い紙」へと向き合わされた。
描くのは、検閲塔の独裁に立ち向かう、名もなき絵描きの物語。それはまさに、今現在の彼女たちの姿そのものだった。
数時間後。地下の静寂を切り裂くように、カツミの筆が最後の一線を叩きつけた。
「――上がったのじゃぁぁ!! これぞ、闇の中でこそ輝く真の『粋』じゃわい!!」
その瞬間、カツミの身体から力が抜け、レオの胸の中に「くたっ」と沈み込んだ。
「お疲れ様。……さあ、冷えた身体を解きほぐす、特製の温浴プログラム(お姉さんたちの手厚いマッサージ)の時間よ」
「……よく頑張ったわね、カツミ。……あなたの描いた『禁書』が、明日の朝、リベルタの全戸に密かに届けられるわ」
「 ふ、ふみゅうぅ……。 ……もう、お風呂でも何でも……好きにせい……」
お姉さんたちの甘い愛の檻に囚われながら、カツミは深い眠りへと落ちていく。
地上では検閲塔の支配が続いているが、地下から溢れ出す「自由な線」の熱狂を、もはや誰も止めることはできなかった。
(つづく)




