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リストラされたので底辺ダンジョンでひっそり配信してたら、なぜか世界中にバレた  作者: 凪乃


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最後の案件

 昼前の班拠点は、給湯器の音だけがしていた。


 園田は何かを削っている。薄い金属音が、ときどき壁の向こうから来る。C-087の観測端末は、机の端で青いランプを点滅させていた。


 俺は椅子に腰を下ろすと、真凛が風呂敷を広げた。


「篠塚さん」


「なんだ?」


「弁当を作ってみました。食べてみてください」


 弁当箱の蓋が開いた瞬間、白飯の真ん中に梅干しが一つ。横に、少し甘そうな卵焼き。焼き色は薄く、切り口がきれいに重なっている。唐揚げは衣の角が立っていて、冷めても油が重くならないように紙が敷いてあった。青菜のおひたしと、細く切った漬物。漬物は胡瓜と大根で、表面に白胡麻。そして八つ足ウインナー。


 腹が鳴った。


「……ちょうど腹減ってた」


「そうだと思って」


 真凛が箸を渡してくる。俺はまず白飯を取った。米粒がほぐれる。わずかな甘い匂いが来る。唐揚げをひとつ。衣は薄いのに、歯を立てると、かりっと音がした。中の肉はまだ少し温かく、醤油の味が、白飯を呼ぶ。吉田食堂とは違った味付けだ、


「うまい」


「よかったです、作った甲斐がありました」


 卵焼きは、箸で切るとふわっと沈んだ。口に入れると、だしの甘さが先に来て、あとから卵の匂いが残る。青菜は冷えているのに、水っぽくない。漬物を噛むと、ぱりっとした音がして、口の中がリセットされる。


 真凛は、タブレットを立てた。


「食べながらでいいので、確認させてください」


「頼む」


「霧島さんから引き受けている依頼。これは本当にダンジョンC-087の異常現象と類似しているのでしょうか?」


「どういうことだ?」


「山梨のC-243。あれは、結果として危険変異ではありませんでした。岩蜥蜴の上位個体群ではありましたが、篠塚さんもダンジョンC-087ほどではないと」


「ああ」


「静岡のC-198。こちらはイレギュラーです。認定解除済みの旧ダンジョン跡、零戦の残骸を抱えた巨大スライム、海流異常の可能性。普通ではありません。ただ、C-087と同じ異変だと断定できる材料はないです」


「そうだな」


 俺は唐揚げをもうひとつ食べた。衣の端に、少しだけ黒胡椒が利いている。


「では、霧島さんは何が目的で、私たちに依頼を投げているのか、という話になります」


「住民被害だろ」


「それはあります。霧島さんは、そこを軽く扱う人ではありません」


「あぁ」


「ただ、それだけなら、C-087を止めてまで篠塚さんを動かす理由としては、少し弱いです」


「何か別の目的があるって言いたいのか?」


「現時点ではそれが何かを断定はできませんが、可能性は高いです」


 そういえば、霧島のことを気を付けたほうがいいって忠告してきたのは真凛だったな。


「仮に霧島が隠したいことがあっても、本人は言わないだろうな」


「えぇ。ただ目的が不明瞭という状態はよくありません。引き続き注視していきます」


「わかった。頼む」


 工房の向こうで、園田が何かを落とした音がした。すぐに「あ、すいません」と小声が聞こえる。誰に謝っているのか分からない。


 霧島の目的か……よくわからない。


 俺は漬物を噛んだ。塩気が、舌に残る。


     *


 正午少し前、拠点の前に白いハッチバックが停まった。


 霧島は紙コップのコーヒーを片手に入ってきた。黒のパンツスーツ。肩に少し皺。前髪がいつもより乱れていて、スマートウォッチが鳴るたびに、右手の指が勝手に動く。


「篠塚さーん、久我さん、お疲れさまでぇす」


「寝てないだろ」


「寝ましたよぉ。三時間。人間、三時間寝れば、だいたい動けます」


「動かないだろ」


「あはは、ですよねぇ」


 軽い。いつもの調子だ。


 霧島はテーブルに紙コップを置いた。底が、薄く机に濡れ跡を作る。


「ええと、今回の件です。群馬C-287。地元の管理者さんと自治体、あと探索者協会の合同チームが、一週間張り付いて撤退しました。被害は今のところ軽傷止まりですが、これ以上長引くと、周辺の山林と水路の管理に影響が出ます」


「いつものように、C-087側は園田さんが観測と工房待機。そこは安藤さんとも調整済みです」


 霧島は資料をめくった。


「とはいえ、これが最後の案件だな」


 俺は弁当の蓋を閉めながら言った。


「いやー、それがまだまだ案件自体は残っていて、お試しというかぁ……まだお願いしたいというかぁ」


「いや、もう無理だ。そろそろC-087の探索を再開しないといけないしな」


「だからそれがまずいんですってばぁ……」


「ん、何か言ったか」


「あ、いえ。こっちの話です」


 霧島は笑った。


 真凛が、静かに資料を受け取る。


「霧島さん、今回の観測値、生データももらえますか」


「もちろんです。久我さん用に、まとめてあります」


「ありがとうございます」


 霧島が出ていったあと、園田が工房から顔を出した。手には、C-087観測端末の小さいサブ画面を持っている。


「今のところ、C-087は安定です。深層側、通常範囲内。ただ、昨日から微振動が少し増えてます」


「まずいのか?」


「異常とは言えません。たまにあることではあるんですが、気になって。僕が神経質になっているだけかもしれません」


 園田はそう言ってから、画面を机に置いた。数値は青い。


 明日、群馬に行く。

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― 新着の感想 ―
お弁当作るなら、普通に全員分作ってきますよねえ。この品数凝り具合なら、一人分作るより3~4人分作る方が無駄が出ないし。地雷案件ですよねー。 親子位の年齢差ですし、そもそも女性だけ下の名前で呼ぶところが…
……園田の分の弁当はなし? なんの脈絡もなく職場の同僚(四十代)に弁当作る二十代女性はほぼ存在しないと思われます。 そもそも作るなら相手に要るかどうか尋ねる程度はするでしょうし。
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