表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リストラされたので底辺ダンジョンでひっそり配信してたら、なぜか世界中にバレた  作者: 凪乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/27

現地入り

 班拠点の前に白いハッチバックが停まっていた。霧島が運転席で手を振っている。


「篠塚さん、おはようございます。荷物、トランクに入れちゃってくださーい」


 助手席に真凛が座った。後部座席に俺。革のシートの匂い。


 霧島の声は朝でも明るい。紙コップのコーヒーを差し出してくる。


「飲みます?コンビニのですけど」


「ありがとう」


「はーい。久我さんは?」


「……いただきます」


 真凛が短く返した。膝の上にバッグを置いて、タブレットを開いている。


 霧島がハンドルを握って、車が走り出す。中央道に乗る。


 助手席の真凛が、タブレットの画面を見せながら霧島に話しかけた。


「霧島さん、書面、昨夜のうちに届きました。条文の引用と裁量予算の根拠、確認済です」


「あ、よかったぁ。安藤さんが急いで作ってくれたんですよ。深夜まで」


「安藤さんによろしくお伝えください」


「はーい。お伝えしまーす」


 真凛の口調は硬いままだが、霧島の方も変わらず口調は軽い。


 園田は今回、拠点に残る。C-087 の深層観測の継続と、新しい装備強化の作業がたまっており、現地に出るより拠点側にいた方が動ける、というのが園田自身の判断だった。観測機材も工房の設備も、拠点近くに揃っている。留守番と監視は、園田が一番得意な役割でもある。


 俺は窓の外を見た。八王子を過ぎたあたりで、富士山が遠くに見えた。雲がかかっている。


     *


 双葉のSAで一度休憩した。


 霧島がトイレから戻ってきて、車の前で背伸びをした。


「あー、もうすぐ甲府ですね。お昼、何にします?」


「現場入り前ですよ」


 真凛が淡々と返した。


「あ、でもですね、こっちの管理者さんとの面会、午後二時からなんです。だから、お昼は普通に食べられるんですよ」


「そうですか」


「ね、せっかく甲府入るなら、鳥もつ煮、行きません?地元の名物で。久我さん、食べたことあります?」


「ありません」


「えーっ、損してますよぉ。ね、行きましょう?」


 真凛がちらりと俺を見た。判断を待っている。


「鳥もつ煮、食べてみよう。ちょうど腹減っていたところだし」


「わーい、決まりっ。じゃあ、お店、調べておきますね」


 霧島がスマホで店を探し始めた。真凛は窓の外を見ている。横顔が、少しだけ柔らかい気がした。


 車が再び走り出した。霧島が選んだ店は、甲府市街の老舗だった。


     *


 昼。鳥もつ煮の店。


 古い民家を改築した店内。土間にテーブル。煮物の甘辛い匂いが店中に漂っている。


「鳥もつ煮、三人前。あと、ほうとうも一つ、シェアでお願いしまーす」


 霧島が注文した。店のおばさんが頷いて奥に消えた。


 すぐに鳥もつ煮が出てきた。鶏のレバーとハツとキンカン(玉子になる前の黄身)と砂肝が、甘辛いタレで煮込まれている。湯気が上がる。※鶏キンカンは卵巣そのものではなく、卵巣内や輸卵管内にある玉子になる前の黄身です。


「あ、これこれ。久我さん、見てくださいよ、このつや」


「……照りが、すごいですね」


「でしょ?写真、いいですか?」


「どうぞ」


 霧島がスマホで写真を撮った。何枚も。皿の角度を変えて。


「久我さんも、撮ってあげますよ。私が」


「いえ、結構です」


「えー、もったいない。じゃあ、料理だけ。いっぱい撮りますね」


 俺は箸を取って、レバーを一つ口に入れた。甘辛いタレが効いている。レバーがねっとり柔らかい。


 ほうとうも来た。麺が太い。汁が味噌仕立てで、かぼちゃが甘い。


 真凛がほうとうを一口食べて、湯呑みに口をつけた。


「美味しいです」


「でしょー?甲府来たら絶対これですよ」


 霧島がタブレットを開いて、店のレシートと別の書類を並べ始めた。経費精算の話を真凛にしている。話しながら鳥もつ煮を食べる。器用な女だ。


 俺はキンカンを一つ食った。卵の食感に、内臓の濃い味が乗っている。


 こういう昼飯は嫌いじゃないんだが、二人とも食べるペースが速いな。


     *


 午後二時。甲斐佐野町の細川家。


 町の外れにある古い農家だった。屋根瓦が黒い。庭に大きな柿の木。


 玄関で老人が一人、腰を曲げて立っていた。細川さん、七十二歳。元自衛官。C-243の管理者だ。


「霧島さん、わざわざすみません」


「あ、細川さん、お元気そうで。今日はね、篠塚さんを連れてきましたよ」


 細川さんが俺に向き直って、深く頭を下げた。


「篠塚さん。ありがとうございます」


 細川さんは最初に応接間に通してくれた。古い畳。床の間になにやら勲章が飾ってある。元自衛官の家らしい。


 霧島が現地の地図を畳の上に広げた。漏出ルートと、これまでの被害地点を赤いマーカーで指している。細川さんが補足説明をする。


「松本君が病院に運ばれた場所は、ここです。中層の入口の近く」


 細川さんが指で地図の一点を示す。彼が地元の探索者として大蝙蝠と戦った人だそうだ。


「松本さん、まだ意識は」


「まだ戻りません」


 真凛がメモを取っている。淡々と。


 細川さんが、地図を一度、指で押さえ直した。


「篠塚さんにお見せする前に一つだけ。私、ここの管理を二十年近くやってます。それでこの三月から、いつもと違うことがあるんです」


 細川さんが、指で、地図の入口あたりを軽く叩いた。


「入口周りの苔ですね。例年、四月の今頃は、雪解け水で苔が均一に濡れて緑が深くなる時期です。今年は、入口の正面だけが不自然に乾いてる。風が奥から抜けてきてるからです。前はこんなふうに奥から風は来なかった」


 細川さんが、指で、自分の胸のあたりを軽く押さえた。


「あと、これは感覚の話ですけど。例年と、入口の手前で立ってると、足の裏にきていたごくごく低い震動が増えたような気がします」


「なるほど」


「篠塚さん。一つ、お伺いしてもいいですか」


「どうぞ」


「霧島さんから、お話だけは伺ってます。あなた方が管理しているあの C-087 ですけど」


「はい」


「うちの C-243 と似てますか」


「まだ見てないので、断言はできないです」


「そうですか」


 細川さんが、わずかに頷いた。


「ニュースで御宅の件は見ました。正直、うちでも似たことが起きてるんじゃないかと、気にしてる人はいます。私には判断できません。だから、現場を見た人に聞きたかった」


 話が一段落して、細川さんが立ち上がった。


「もう一軒、寄っていただきたい場所があります」


「松本さんのお宅ですね」


 霧島が声を落とした。さっきまでの軽い音色が、消えている。


「はい」


     *


 松本さんの家は、細川家から車で五分の場所にあった。


 細川さんが先に立って、玄関のチャイムを鳴らした。「松本さん、細川です。霧島さんと、それから篠塚さんを連れてきました」。少しの間があって、引き戸が開いた。


 奥さんが出てきた。三十前後、髪を後ろで束ねている。エプロンを外しながら、深く頭を下げた。


「お忙しいところすみません」


「いえ、こちらこそ突然」


 霧島が頭を下げた。いつもの軽い声色は引いている。低く、抑えた声だ。


 奥さんの後ろから、五歳くらいの男の子が出てきて母親のスカートの裾を握った。じっと、こちらを見ている。


「松本さんの様子はいかがですか」


 霧島が訊いた。


「まだ、意識は戻りません。先生はもう少しかかるだろうって」


「そうですか……」


 霧島が一拍、息を呑んだ。それから奥さんの目を真っすぐに見て、はっきりと言った。


「奥さん。今日こちらに篠塚さんに来ていただいたのは、もう二度とこういうことが起こらないようにするためです。中層で松本さんが負った相手とその先のものは、篠塚さんが片付けてくれます。だから今後、ご近所の方や、お子さんが、同じ目に遭うことは、なくなりますから」


 奥さんが、ゆっくり頭を下げた。子供が母親の脚にしがみついたままこちらを見ている。


 俺は、子供の目線まで膝を曲げて、目を合わせた。


「お父さんが頑張った相手を、必ず、こっちで止めるよ」


 子供は握っていたスカートの裾を、少しだけ緩めた。


「ありがとうございます。主人が目を覚ましたら、必ず伝えます」


「お願いします」


 霧島が、もう一度頭を下げた。


 細川さんが、奥さんに二言三言、声をかけた。生活の不便はないか、買い物の手伝いは要らないか、近所で困りごとはないか。事務的なやり取りだが、地元の管理者として、長く近所を見てきた人の声だ。


 奥さんがもう一度頭を下げて、引き戸を閉めた。


 俺たちは車に戻った。霧島が運転席のドアを開ける前に一拍だけ立ち止まって、それからいつもの明るい声に戻った。


「じゃ、宿、行きましょうか」


 真凛がちらりと俺を見た。眼鏡の奥の目に、何か小さな反応があった。普段の霧島とのギャップを、目で確かめている。


 俺は、車のドアを開けて、後部座席に乗った。


     *


 夕方。宿。温泉付きの小さな旅館だった。


 部屋に荷物を置いて、共用ロビーで真凛と合流した。霧島はすでにロビーのソファでスマートウォッチを見ている。通知が止まらない。


 真凛が俺の隣に座って、タブレットを開いた。


「篠塚さん、管理局の月次報告、今週中です。私が処理しますが、念のため」


「ありがとう、見ておくよ」


 霧島がスマホを見たまま、こちらに声をかけてきた。


 明日は、C-243の浅層偵察。しっかり準備していこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
八王子側から来て双葉SAで休憩してからだと甲府は通り過ぎちゃってないですかね?
2026/04/27 12:54 通りすがりの逸般人
霧島さん、まじめにやろうと思えばできるのに主人公にはなめくさった態度でちょっと気分悪いですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ