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リストラされたので底辺ダンジョンでひっそり配信してたら、なぜか世界中にバレた  作者: 凪乃


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27/30

浅層

 翌朝、宿の食堂。和洋折衷の朝食膳が並んでいた。


 鮭の塩焼き、温泉卵、ひじきの煮物、豆腐の味噌汁、白飯、香の物。


 真凛が向かいに座って、湯呑みに口をつけた。緑茶。湯気が立ち上る。


「篠塚さん、霧島さんは?」


「まだ来てない」


 ロビーから足音。霧島が紙コップのコーヒーを片手に、もう片方の手でスマートウォッチをいじりながら入ってきた。スーツのジャケットの肩にしわが寄っている。


「あ、おはようございますー。すみません、本省からのメールが朝から十二通溜まってまして」


「大変だな……朝飯は?」


「あ、私、朝はこれだけで」


 霧島が紙コップのコーヒーを軽く持ち上げた。寝不足の顔だ。


「食べたほうがいい」


「えー、いいんですよ。お腹空かないんで」


「いいから」


 霧島が一瞬、目を瞬いた。それから、にこりと笑った。


「はーい、食べまーす。おかあさんみたいですね!」


 宿の女将が膳をもう一つ運んできた。霧島が箸を取って、温泉卵を白飯にかける。一口食べて、ふっと息を吐いた。


「美味しいです!」


「だろ」


 真凛が淡々と鮭をほぐしている。


 俺はひじきを一口食った。出汁が染みている。


     *


 午前九時、C-243の入口。


 山の中腹にある、苔むした石碑の脇に、ぽっかりと洞窟が口を開けている。深さは目視で五メートル。下層への階段が組まれている。


 霧島は入口の手前、規制線の外で待機。スマートウォッチの通知音が、入口の静けさの中で何度も鳴る。


 真凛も入口で待機。タブレットで配信の準備をしている。今日は浅層偵察だけだから、配信は入れない。


 俺は装備を確認した。剣、軽装の革鎧、ヘルメット、腰のポーチに非常薬。いつもの装備。


「行ってくる」


「お願いします」


 階段を降りた。冷たい空気が下から上がってくる。岩壁に苔。視界に光源を置いた。


 ……ここで、一度、足を止めた。


 冷たい空気、と言ったが、それだけでは言い足りない。肺に入って、奥に、わずかに重さが残る。外気の冷たさとは、密度が違う。それから、苔と湿気の匂いの下に、薄く、鉄臭さが沈んでる。鉄錆寄りの、深層側で覚えのある匂いだ。浅層段で、もう、これが来る。


 足の裏。動かずに立っていると、地面が、ごく低く、震えている。


 ……C-243、ただの山の湿洞じゃないな。


 浅層は広い空洞だった。岩肌が黒い。湿った匂い。


 奥から、ガサガサと音がした。三体の岩蜥蜴。サイズは犬くらい。目はない。


 近づいてきた。剣を抜き一振り。一体目の首が落ちた。返す刀で二体目。三体目が突進してきたところを横から斬った。


 血の匂いが広がる。死骸を岩壁の脇に寄せて、奥へ進んだ。


 中層への入口を確認した。岩の裂け目。中から、別の匂いがする。鉄錆のような、強い匂い。


 上位種か?


 深く入らずに、入口の状況だけ確認した。岩の崩落跡に爪痕。三倍サイズの足跡が複数。


 戻った。


 階段を上がって、地上に出た。陽の光が眩しい。


「篠塚さん、お疲れ様です」


 真凛がペットボトルを差し出してきた。


「ありがとう」


 水を飲んだ。冷たい。喉を通る。


「中層で上位種が複数。明日、配信入れて入ってみよう」


「了解です。装備の補充、必要ですか」


「いや、今のままでいいよ」


 水を一口、もう一度飲んだ。


「C-087と少し似ていた。もう少し調査が必要だ」


「似てる、というのは」


「完全に同じってわけじゃないが雰囲気が少し似ているんだ。配信データ取れ次第、園田に解析準備をするよう、伝えておいてくれ」


「はい。今日、夕方、園田さんに送っておきます」


 霧島がスマートウォッチから目を離して、こちらを見た。


「あ、もう、出てきたんですか?往復で30分でしたけど」


「浅層だけだ」


「えーと、浅層って、普通はどれくらいかかるものなんですか?」


「片道、四十分程度です」


 真凛が答える。


 霧島がにこりと笑った。


「すご……。じゃ、午後、役場行きましょっか。聞き取り、必要なんですよね?」


「はい」


     *


 午後、甲斐佐野町役場。産業課の小さな会議室。


 町の職員と、地元探索者協会の支部長と、警察の駐在さん。三人が並んでいる。


 霧島が書類を出して、依頼の経緯を説明していく。


「内閣府ダンジョン安全対策室として、こちらの篠塚班に対処をお願いしました。明日、本格対処に入りまーす」


 協会支部長が頭を下げた。


「ありがとうございます。松本君のことは、後ほど」


「あ、松本さんの容体、伺ってもいいですか?」


「意識は戻りました。けど、まだ起き上がれません。脊椎を打ってまして」


「そうですか……」


 霧島の声が、また一段だけ落ちた。


     *


 会議が終わって、外に出た。役場の駐車場で、真凛と霧島が並んで立っている。


「篠塚さーん、久我さーん、ちょっとお土産屋、寄ってもいいですかぁ?」


「いいよ」


「せっかくだし、久我さんも買っていきましょうよー」


「いえ……私は……」


 二人が並んで歩き出した。役場の隣にある、信玄餅と桔梗信玄餅の専門店。


「久我さん、これ、職場の方にどうですか?」


「配るほど職場に人がいません。園田さんくらいですね」


「あ、そっか。そういえば、久我さんってご実家はどちらでしたっけ?」


「茨城です」


「あー、距離あるー。私の親戚も茨城ですよー」


 霧島はそう言いつつ、並びの黒糖の試食をつまんでいる。


 俺は店の入口の脇で、二人を見ていた。


 結局、真凛もお土産を買うことにしたようで桔梗信玄餅を一箱、レジに持って行った。霧島が「私も、私も」と慌ててもう一箱を取った。


     *


 夕方、宿の風呂。


 露天の湯に、一人で浸かっていた。山の風が顔を撫でる。


 肩の張りが、湯で少し抜けた。


 明日、中層に入る。おそらく上位種。判断は、現場に入ってからでいい。


 湯から上がって、部屋に戻った。


 真凛から、机にメモが置いてあった。


『園田さんに連絡済み。岩蜥蜴の甲皮、市場価格を調べてくれています。装備転用案も考えてくれるそうです』


 助かる。


 部屋の電気を消して寝た。


 明日、朝九時、C-243中層。


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