管理局、止める
十一階層の潜行を重ねて、日が経った。
配信は週三回のペースを崩さなかった。月曜は通常探索、水曜と金曜は超深層。園田がデータを積み上げて、真凛が管理局との報告を重ねた。
真凛曰く、視聴者は増え続けていて、配信の広告収入も最初の振込の頃とは桁が変わってきたそうだ。
一方、スフィアからの返事は、来なかった。真凛が送った法的反論が効いたのか、
それとも別の手を考えているのか。静かすぎて不気味だ。
そんな生活的不安定さを脱出できたかのように思えた金曜日の朝、管理局から電話が来た。
真凛がスピーカーにして、テーブルの上に置いた。村瀬の声が聞こえた。
「C-087の超深層探索について、一時停止の要請をさせていただきたく」
真凛の手が止まった。コーヒーカップを持ったまま、動かない。
「理由をお聞かせください」
「十一階層のデータを解析した結果、深層構造の安定性に懸念があると判断しました。壁面の結晶素材から検出された周波数パターンに、崩落リスクを示す兆候が出ています」
俺は卵かけご飯を食べていた。箸を止めた。
「崩落リスクか」
「はい。管理局の地質調査部が、十一階層以深の安定性が確認されるまで潜行を見合わせるよう勧告しています。目安は二週間から一ヶ月です」
二週間から一ヶ月。長い。
「データの根拠は」
「後ほど書面で送ります」
電話が切れた。真凛が口を開いた。
「篠塚さん、これは二つの見方ができます」
「聞かせてくれ」
「一つ目。管理局が本当に崩落リスクを懸念している。ダンジョンの深層構造は前例が少なく、十一階層以深のデータは人類の知見にほぼ存在しません。安全確認は行政として当然の判断です」
「二つ目は」
「スフィアが管理局に働きかけた可能性です。黒沢常務の内容証明への法的反論を送った直後です。法では止められないと分かったなら、行政指導で時間を稼ぐ方向に切り替えてもおかしくない」
「真凛はどう見てる」
「両方だと思います。崩落リスクは本物かもしれない。でも、タイミングが良すぎる」
卵かけご飯の残りを口に入れた。黄身の甘さが舌に残る。
止められた。一時的にせよ、超深層に入れなくなる。
「真凛」
「はい」
「崩落リスクのデータが届いたら、園田と一緒に検証してくれ。本物かどうか、俺たちの手持ちデータと突き合わせれば分かる」
「了解です」
「それと、管理局の勧告は一旦受ける。正面から断って探索権を危険にさらすのは得策じゃない」
「同意します」
*
翌日。管理局からデータが届いた。
園田がアパートのテーブルでノートパソコンを広げて、解析を始めた。真凛が隣に座って、管理局の報告書と突き合わせている。
二時間後、園田が顔を上げた。
「篠塚さん。崩落リスクのデータ、半分は本物です」
「半分?」
「十一階層の結晶素材から検出された周波数パターンに不安定な兆候があるのは事実です。ただし、それは崩落リスクではなく、構造変化の兆候です」
「構造変化」
「はい。壁面の結晶が変質しています。紫色の光が強くなっている。僕たちが潜るたびに、十一階層の壁が微妙に変わっている。管理局はそれを崩落の兆候と読んだ。でも、僕の見立てでは——活性化です」
「何が活性化してる」
「ダンジョンそのものが、です。僕たちが来るたびに、十一階層以深が目覚めている。壁面の紋様の発光パターンが変わっている。摩耗パターンも変化している。死んでいた空間が、動き始めている」
園田の目が光っていた。技術屋が発見に触れた時の目。
真凛が園田のデータと管理局の報告書を並べて見ていた。
「園田さんの解析が正しければ、管理局に反論できます。崩落リスクではなく構造変化であると。ただし——」
「ただし」
「活性化しているダンジョンに潜り続けるリスクは、崩落リスクとは別に存在します。管理局はそこを突いてくるでしょう」
「つまり、どっちにしろ簡単には再開できない」
「はい。ですが、データの読み替えは武器になります。管理局に『崩落ではないが慎重な再調査を行う』という提案を出せば、完全停止より早く再開できます」
「それでいこう。真凛、提案書を作ってくれ」
「了解です」
園田が椅子の背にもたれた。長時間の解析で目が赤くなっている。
「園田、目薬差したほうがいいぞ」
「あ、ありがとうございます」
真凛が自分のポーチから目薬を出した。園田がそれを受け取った。
個人で抱えられる問題じゃなくなっている。管理局の行政判断を動かすには、データと交渉と法的根拠が必要だ。俺一人では書類一枚書けない。
でも、三人ならできる。




