三人で超深層
十一階層が開いた。
十階層の最奥壁に触れた時、六階層の結晶と壁が共鳴した。ぶん、という低い振動が足元から伝わってきて、結晶がかすかに鳴った。ガラスの杯を指で弾いたような、高い音。
六階層の結晶が深層のゲートキーになっている
——触れるたびに構造が変わるのは分かっていたが、ここまで離れた階層にも影響するのか。
壁に走る亀裂が広がって、人二人分の幅の通路が現れた。奥から冷たい風が吹いてくる。十階層よりさらに重い空気。肌が粟立つ。
「篠塚さん、魔力濃度が十階層の一・四倍です」
真凛が測定器を構えている。画面の数値を読み上げる声が硬い。だが、手は震えていない。三人で超深層に入るのは、これが四回目だ。
いつも通り、俺が先に最初の区画を歩いて安全を確認してから二人を呼んだ。真凛の測定機材は現場でなければ精度が出ない。園田は壁面素材を直接触って確認しないと、装備の調整方針が決められない。遠隔で済むなら二人を連れて入る理由はないが、この階層ではそうもいかない。
「園田、カメラは」
「回ってます。バッテリーは三時間持ちます。予備もあります」
「よし。行くか」
通路に入った。
十一階層は、十階層とは空気が違った。壁の紋様がさらに密度を増している。文字が重なり合って、もう個別の文字としては読めない。模様のように見えるが、園田に言わせれば「情報の圧縮」だという。大量の文字を一つの紋様に畳み込んでいる。
通路を五十メートルほど歩いたところで、空間が開けた。
天井が高い。十階層のドーム状空間よりもさらに広い。壁は黒い石ではなく、半透明の結晶質の素材でできていて、紫色の光がその内部を流れている。光が壁の中を走る様子は、血管の中を血液が流れるのに似ている。
空間の中央に、台座があった。
石造りの台。高さは膝丈ほど。上面は平らで、何も置かれていない。だが、台座の表面に文字が刻まれていた。十階層の壁面と同じ文字。
「これは——」
園田がヘッドライトで台座を照らした。文字の溝に光が入ると、紋様が浮き上がる。
「篠塚さん。この台座の上面、何かが載っていた痕があります。円形の圧痕。直径三十センチくらい。載せていた物の重さで台座が微妙に歪んでいます」
「何が載ってたか分かるか」
「分かりません。でも、かなり重いものです。石の歪み具合から推定すると——」
園田が台座の縁を指でなぞった。
「最低でも五十キロ。この石材の硬度でこの歪みなら、もっと重いかもしれません」
真凛がスマホで台座を撮影していた。複数の角度から。記録用だ。
「篠塚さん、ここの映像、管理局に出しますか」
「出す。ただし、台座の詳細写真は出さなくていい。まだ俺たちも何か分かっていない」
「了解です」
配信のコメント欄が騒いでいた。視聴者数は四万を超えている。
『十一階層きたああああああああああああ』
『B級ダンジョンに十一階層。もう意味が分からん』
『てかC-087のCって初期登録がC級だった時の管理番号だろ。もう実態と全然合ってない』
『台座だ。何かが置いてあった。これ、古代文明の遺跡だろ』
『おっさんの判断が冷静すぎる。管理局に出すデータと出さないデータを分けてる』
『プロだよなあ。二十年の経験は伊達じゃない』
十一階層の奥にはさらに通路が続いていた。だが、今日は引き返す。三時間の装備限界と、飯の時間がある。
「帰るぞ」
「はい」
「園田、データは」
「全部録ってます」
三人で来た道を戻った。十階層、九階層、八階層。階層を上がるたびに空気が軽くなる。体にまとわりついていた圧力が、一枚ずつ剥がれていく。
五階層を抜けて地上に出た。夕暮れ。空が赤い。住宅街の電柱が黒く立っている。
三人とも、しばらく無言だった。
「……腹減った」
「はい」
「吉田食堂、行くか」
「行きましょう」
園田が装備ケースを肩に担いだ。真凛がノートパソコンをバッグにしまった。
引き戸を開けた。出汁の匂い。
今日は焼き魚だった。ほっけ。大きい。皮がぱりぱりで、身が白くて、箸を入れると脂がじわっと滲む。
うまい。こういう飯を食うために、帰ってくる。




