管理局、条件を出す
管理局から正式な書面が届いた。
真凛がプリントアウトした紙を台所のテーブルに広げた。A4三枚。文字が小さい。行政用語が並んでいて、一読しただけでは何を言っているのか分からない。
「要約すると、三つです」
真凛が赤ペンで番号を振った紙を隣に置いた。
「一つ目。C-087の深層調査データを管理局と共有すること。月次報告を義務化する案が出ています」
「月次か。まあ、そのくらいはいいだろ」
「二つ目。超深層――九階層以下への潜行には、事前申請を求めたいと。申請から許可まで最大七営業日」
「七日」
「はい」
「毎回か」
「毎回です」
七日待ってから潜る。思いつきで奥に行けなくなる。面倒だが――管理局の立場を考えれば、分からなくもない。底辺扱いのダンジョンから竜が出てきた。放っておける話じゃない。
「三つ目は」
「探索班の構成人員と装備の定期報告。これは形式的なものですが、実質的に管理局の監督下に入ることを意味します」
真凛の声が平坦だった。感情を挟まないように話している。
「拒否したらどうなる」
「個人探索権の停止審査に進む可能性があります。法的根拠は薄いですが、管理局には行政指導の裁量がありますから」
「つまり、受けるしかない」
「条件を詰める余地はあります。七営業日を三営業日に短縮させるのは交渉で通せる線です。月次報告の範囲も、全データではなく要約のみに限定できます」
真凛が赤ペンでテーブルの紙に書き込み始めた。修正案。カウンター・オファーの骨子。字が小さくて読めない。
「真凛」
「はい」
「それ、お前の判断で進めてくれ。俺が口出すより、お前がやったほうが条件は良くなる」
「……分かりました。交渉の結果は篠塚さんに確認を取ります」
「頼む」
*
その日の夕方。吉田食堂。
今日は焼き鯖定食だ。昨日の味噌煮とは違う。塩焼き。皮がぱりっとしていて、脂がじゅっと出る。大根おろしにポン酢を垂らして、鯖の上に乗せた。箸で身を崩して、大根おろしと一緒に口に入れた。酸味と脂のバランスがいい。白飯が進む。
園田がスマホを見ながら箸を止めた。
「篠塚さん。管理局が高梨部長にも接触しているみたいです」
「高梨に?」
「はい。元C-087の管理責任者として、スフィア在籍時の運用記録を求めているらしいと。探索者掲示板に情報が出ています」
掲示板の情報がどこまで正確か分からない。だが、管理局がスフィアに資料を要求するのは自然な流れだ。C-087はもともとスフィアが持っていた物件だ。三年間放置していた間の記録がある。
「高梨さん、応じるかな」
「分かりません。でも、管理局からの正式要請なら断れないでしょう」
真凛が漬物をかじりながら言った。
「高梨部長が何を出すかによっては、スフィアの管理不備が記録に残ります。C-087に超深層があることを知らなかった――あるいは知っていて放置していたとなれば、スフィアの責任問題になります」
「会社に不利な資料を出すかどうか、か」
「はい。高梨部長は、止めきれなかった人です。でも、無罪ではない」
真凛の声が静かだった。事実を並べているだけの声。感情は入れていない。だが、真凛が高梨をどう見ているかは、言葉の選び方に出ている。
じいさんが味噌汁を置いてくれた。わかめとねぎ。湯気が立っている。
「遥一」
「ん」
「お前のところ、大変そうだな」
「大変なのは真凛だよ」
「お前もだ。顔が曇ってる」
じいさんの目が、カウンター越しにまっすぐ俺を見ていた。詮索はしない。ただ、見ている。
「……大丈夫だよ。飯がうまいから」
「そうか」
味噌汁を啜った。出汁が胃に沁みた。
管理局の条件は飲むしかない。だが、飲み方は選べる。真凛がそれをやってくれる。
問題は——高梨がどう動くか、だ。




