Day Six ep.4
俺はしばらく天井を見ていた
それから、話し始めた
「彼女は、俺と同い年の魔導士だった。 まだ若い頃から、ずっと付き合っていたんだ」
エルザが静かに聞いている
「俺とは違って、すごく優秀でね。 特に雷の魔法が得意で、雷姫なんて呼ばれていたよ」
俺は写真の顔を思い出した、大好きだった笑顔
「よく喋る人でね。 俺はいつも聞き役だった。 意地悪な質問をしてきて、俺が返事に困っていると、待ちきれずにまた自分から話し始める。 休日には寝ている俺をひっぱり出して、もったいないって怒って連れ回す。 そんな人だったよ」
俺は彼女を思い出して口元が緩む
そんな俺をみてエルザが少し笑った
「彼女はその雷の魔法が高く評価されて軍に召集された。 そうなっては断ることはできない。 だから俺は彼女の傍にいたくて同じ軍に入ったんだ。 彼女は軍でも選りすぐりの魔法部隊に所属したけど、俺は攻撃魔法がからっきしだから、魔道具の修理や補給の部隊に入ったよ」
俺は一度、息を吐いた
「軍での生活にも慣れて、二人で暮らし始めた頃に、内戦が起きたんだ」
エルザの表情が固いものに変わる
「前に話しただろ。 軍の魔導士が、何をさせられたのか」
「うん」
「俺には、壊す力がなかった。 だから、その仕事はしなかった。 充電したり、病人を治療したりしていた」
俺は毛布の上にある、自分の手を見た
「でも、彼女は違った」
言葉が、一度止まった
エルザは何も言わず待っていてくれた
「戦争が続くうちに、彼女はみるみる変わっていったよ。 いつも苛立っていて、少しのことで怒鳴るようになった」
俺はあの頃の彼女を思い出す
「帰ってきても、一度も目が合わない日が増えた。 食事に手をつけない日が増えた。 俺が何か言うと、放っておいてと怒った。 かとおもえば、俺が出かけようとしただけで大泣きして引き止めた。 今思えば、あの頃から彼女は壊れていたのかもしれない」
俺は目を閉じた
「俺は、彼女の傍にいようと思った。 せめて、少しでも支えられたらいいと。 でも、何をすればよかったのか、あの頃の俺には分からなかった。 いや……正直、今の俺にも分からない……」
エルザの手が俺の手にそっと触れた
俺は話を続けた
「ようやく戦争が終わって、俺たちは軍を辞めて、彼女の故郷に移り住むことにした。 俺はほっとした、もう彼女は、嫌な仕事をしなくていい。 静かに暮らしていれば、少しずつ元の彼女に戻ると思っていたんだ」
部屋には暖炉の音がしていた
俺はその音を聞きながら気が遠くなるような感覚がした
でも、エルザの手の温もりが俺を引き戻してくれた気がした
喉が渇くような感覚を覚えながら、俺は話を続けた
「よく二人で教会へ行った。 彼女は教会に行きたがったから、俺も隣で祈る日が増えた」
エルザは頷いた
「彼女の故郷へ移り住んで、三回目の週末だった。 その日は、ミサがあって、それが終わった後も、彼女はなかなか帰ろうとしなくてね。 俺も、一緒に残っていたんだ」
俺は自分の右胸へ手を当てた、服の下にある古い火傷の跡
「ほかの人が帰って、静かになってから、彼女は突然、大声で神様に罪を告白し始めたんだ。 戦争で、自分が何をしたのか。 井戸や水道を破壊して住民に多数の犠牲者が出た。 敵の拠点にならないよう、避難民が残っていた学校を破壊した。 降伏してきた敵兵士を、かまわず焼き払った。 他にも酷い話ばかりしていたよ」
渇く……俺は一度、唾を飲み込んだ
「俺は彼女を止めようとした。 もう終わったことだって、あれは戦争だったんだから、君が悪いわけじゃないって、これからは、二人で穏やかに暮らせばいいって」
エルザは息を殺すように俺の話を聞いていた
「そしたら、彼女に殴られて、こう言われた」
あの声は、今も耳にこびりついている
あれからずっと、毎日のように夢で聞いた
「おまえに何が分かる。 おちこぼれのくせに。 うしろでのうのうとしていたくせに。 綺麗な手のままなくせに。 お前にはうんざりだ。 私は幸せになんかなっちゃ駄目なんだ。 私はお前とは違う、人殺しなんだよ」
「そう……言って……」
目の前に、あの日の彼女の顔が浮かぶ
眉をきつく寄せ、怒りに満ちた目で俺を睨みつけていた
涙で顔をぐしゃぐしゃにし、声を裏返らせながら、必死に俺に訴えかけていた
とても自分では抱えきれないものにボロボロにされた彼女の顔
俺は今でもはっきりと覚えている
エルザが小さく息を吸った、目を伏せて、毛布を握り締めている
「それから、彼女は……」
俺は少し黙った、口にしたくなかった
口にしなければ、忘れていられる気がしたから
でもそうではないことは、この二十年で思い知っている
俺はエルザに話したいだけなんだろう……エルザには悪いことをしている
「自分へ、雷の魔法を放った」
部屋がさらに静かになった気がした
「俺は、すぐそばにいた。 手を伸ばしたけど、間に合わなかった。 巻き込まれて、この傷を負ったんだ」
俺は右胸へ当てた手を動かした
「とてもじゃないが、助けられなかったよ。 彼女は、そのまま亡くなった」
エルザは何も言わなかった
話している間、ずっと俺の手を握っていてくれた
「写真の横に手紙があっただろ?」
エルザは頷いた
「読んだ?」
「読んでない」
「そうか」
俺は少し息を吐いた
「あれは彼女の遺書なんだ」
エルザが顔を上げた
「ひどく崩れた字で、一文だけ書いてあった」
俺は目を閉じた、何度も読んだ文字だ
目を閉じると、形まで思い出せる
「ハロルドが死ぬのは許さない」
俺はゆっくり目を開けた
エルザが俺の手を少しだけ強く握ってくれた
「横に、銃もあっただろ?」
「うん」
「あの銃は、二人で住んでいた家に護身用として置いてあった。 手紙は、その銃の上に置いてあったよ」
俺は天井を見つめ続けた
「放っておけば、俺があの銃で彼女の後を追うって、分かっていたんだろうな。 だから、手紙を置いておいたんだと思う」
エルザは黙っている
「俺は、生前の彼女に何もしてやれなかった。 最後に彼女が残した言葉なら、守りたかった」
エルザの手の温もりが支えてくれている
俺はエルザの顔を見る、エルザも俺を見つめ返した
「それで、ただ……生きてきた」
胸の奥に、何かが詰まる
熱のせいかもしれない、俺は少し呼吸を整えた
「彼女の故郷を離れて、この町へ来た。 この町で、ブルーノと知り合ったんだ。 リサの父親だよ」
「ブルーノさん……」
「彼に勧められて、この店を始めた。 充電なら仕事になるからって」
俺は寝室の扉を見た、その向こうに店がある
二十年間、毎日開けてきた店だ
「仕事をして、暮らして、帰ったら、魔法の練習をしていた。 もう使わないような魔法まで、ずっと……。 そうしている間は、考えずに済んだから」
俺は毎日魔法の練習を続けてきたことに安堵した
だから俺はエルザを病気から救えた
そして俺も……エルザに救われていたんだ
エルザは俺の手を握って支えてくれていた
「気がつけば四十五歳になっていた。 四十歳になった頃にリサちゃんが嫁さんを探せと言ってくれてね。 ブルーノたちも強く勧めてくれた」
エルザが小さく頷く
「俺も、そろそろ前へ進んでみてもいいかと思った。 それで、結婚相手を探し始めた。 でも、見つからなかった」
今思えば、見つからないことに、どこかほっとしていたのかもしれない
同じ探し方を繰り返していれば、見つからずにすんだ
俺はエルザを見た
「そんな時、君に出会った」
彼女の目が、少し潤んでいた
俺はその目を見ていられず、視線を下げる
「助けたら、奥さんにできると思った。 それなら自分も、もう一度やり直せるなんて思ったんだ。 そう思った……」
言葉が続かなかった
最初の俺の約束は本気で言ったつもりだった
でも違う……あれは最初から嘘だった
俺はエルザを治してから、自分を終わらせようとしていた
エルザを助けたことを、自分の二十年の意味に置き換えて
満足してあの銃を使おうとしていた
それが……彼女を治療しながら気づいた俺の本音だ
でも……今は……
エルザが俺の手を握り直した
「ハロルド?」
俺は顔を上げて小さく笑おうとした
「少し疲れたみたいだ。 ごめん、こんな話を聞かせてしまって」
エルザは首を横に振った
「話してくれて、ありがとう」
俺は黙っていた
何を返せばいいか、分からなかった
エルザは俺の左腕にそっと身を寄せた
握られた手だけでなく、腕にも彼女の温もりが伝わってきた
「その人は、ずっとハロルドの大切な人なんだね」
俺は頷いた
エルザは俺の手を握ったまま、少し目を伏せた
「うん……分かった……」
俺には、その言葉の意味が分からなかった
聞き返そうとした時、彼女が顔を上げる
「一つだけ、私もハロルドに教えてあげる」
「なに?」
「私って頑固なの、自分の気持ちは変えない。 絶対に変えてあげないから」
俺は小さな微笑みを浮かべる彼女の顔を見た
「知ってるよ。 昨日だって、掃除をやめてくれなかったじゃないか」
エルザは少しだけ握った手に力を入れた
「じゃあ、覚えておいて。 今度、無理して倒れそうになったら本気で怒っちゃうから」
「もう、十分怒られた気がするけど」
「ハロルドには、まだ足りない」
俺は思わず微笑んだ
笑ったら、胸の奥が痛くなった
エルザが俺の顔を見る
「もう休もう、ゆっくり眠って、ハロルド」
「うんエルザも、ちゃんと休むんだよ」
「分かってる」
彼女は頷いた
俺は目を閉じかけて、もう一度開けた
エルザはまだ俺の顔を覗き込んでいた
「どうした?」
「ううん。 おやすみ、ハロルド」
「おやすみ」
俺は目を閉じる
エルザに、あの話をした、途中でやめず、最後まで
口にする前とは、何かが変わった気がした
どう変わったのかは分からない
ただ、隣にいるエルザは今も俺の手を握ってくれている
俺はその手へ、少しだけ力を返した
返事をするように、彼女の指が動く
その感触を確かめながら、俺は眠った
* * *
ハロルドの息が、少しずつ深くなった
私は横になったまま、その顔を見ていた
まだ、熱がある、でも、穏やかな顔だった
私は握っていた手を、そっと離した
朝、身体の跡が薄くなっているのを見つけた時は、嬉しかった
これなら、ハロルドに気に入ってもらえるかもしれないと思った
でも、奥さんじゃなくてもいいと伝えても、駄目だった
私は……いらないんだ
写真の女の人を思い出す
あの人を、ハロルドは今も大切にしている
二十年も、その人に残された言葉を守って、生きてきた
そして今は、私に他の場所で生きてほしいと望んでいる
私がそうすれば、ハロルドは自分がしてきたことに……大切な人との出来事や時間に……意味を見出せるんだと思った
私はハロルドの左腕に身を寄せた
今日くらい、これくらいなら、いいよね……
目を覚ました時、私がいなければ、ハロルドは私を探すだろうか
それとも、少しだけ気が楽になるだろうか
私は考えて、すぐに首を振った
そんなことを、考えたくなかった
本当はここにいたい、この人が目を覚ましたら、おはようと言いたい
一緒にご飯を食べたい、また、笑ってほしい
私は口を開きかけた
ハロルドは眠っている
今なら、何を言っても聞こえないかもしれない
私の本音を言っても、きっと迷惑じゃない
でも、言えなかった
ハロルドの大切な人の隣へ
私なんかが、入ろうとしていいわけがない
いや……
そうじゃなかった……
入れてなんか……もらえなかっただけ
彼は死にかけた私を助けてくれた
暮らしていく方法まで、教えてくれた
全てを与えてくれたこの人に、これ以上なにを求めるの?
「本当にありがとう……ハロルド」
小さく声に出した
彼は目を覚まさなかった
明日の朝、ハロルドの熱が下がっていたら……
私は、その先を考えないようにした
ハロルドに寄せた身体が暖かい
私はハロルドの肩に頬を寄せた
もう少しだけ、今だけ、ここにいさせてほしい
ハロルドの暖かさを、私はずっと覚えていたいから
そう思いながら、私は目を閉じた




