Day Six ep.3
すぐ横にエルザの顔がある
近い……さすがに一緒に寝るのはどうなのだろう
今まで何度も抱えて運んだし、身体を洗う手伝いだってした
それなのに、今はただ横にいるだけで落ち着かなかった
風邪を引いていなければ理性が負けそうだ
彼女の信頼を裏切るわけにはいかない
俺は彼女の額へ手を伸ばした
「少しだけ、確かめるよ」
手のひらに、青白い光が出る
エルザがすぐに眉を寄せた
「休んでって言ったでしょ!?」
「まだ残っていないか、確認するだけ。 すぐに終わるよ」
俺は彼女の中を探った
昨夜と同じだ、悪いものは見つからない
隅々まで確かめてから、魔法を止めた
「うん、大丈夫。 病気は治っている」
エルザは俺を見ていた
「私のことはいいから、ハロルドが治ってよ。 魔法で風邪は治せないの?」
「それは無理なんだ。 俺は悪いものの動きを目印にして探しているからね。 君の病気の原因は、ねじのように回りながら進む。 その動きであたりをつけたら、そこへ意識を集中して、同じ形のものも探して殺すんだ。 でも、風邪の原因は自分では動かないから、身体の一部と見分けがつかないよ」
そう言う俺を見て、彼女は少し笑った
「難しくて私にはよく分からないけど。 それじゃ、お互いに寝て治すしかないね」
「そうだな、それがいい」
俺は手を下ろした、もう、彼女に治療は要らない
「俺は、嬉しいよ」
気づくと、そう口にしていた
エルザが俺を見る
「落ちこぼれの俺が、君の病気を、自分の魔法で治せたんだ。 こんなに誇らしい気持ちは初めてだ」
エルザは静かに頷いた
「すごいことだと思う」
「ありがとう」
彼女は少し考えてから聞いた
「でも…… どうして、ハロルドは自分を落ちこぼれなんて言うの?」
俺は彼女を見た
「こんなに凄い魔法が使えるのに。 どうして落ちこぼれなの?」
「それは、攻撃魔法がまともに使えないからだよ」
「お風呂をわかす時に使ってた魔法?」
「そうさ、俺のは風呂をわかすくらいの力しかない。 でも、ほかの魔導士が同じ魔法を使えば、家を壊したり、城壁を崩したりできる」
俺は天井を見た
「魔導士は、その威力で評価されるんだ。 どれだけ強くて大きな魔法を使えるかが大事なんだよ。 俺には、その才能がまるでなかった」
「じゃあ、ほかのことは?」
「ほか?」
「こういう治療とか、他の魔法だってあるんでしょ?」
俺は少し考えた
「長くやっているからね。 できることは、いろいろあるよ」
「それも、他の魔導士の方がもっと凄いの?」
「他の魔導士はこんなこと殆どやらないから分からないけど、少なくともエルザを治した魔法だけは誰にも負けない自信があるよ。 長くやってれば、少しは形になってくれるもんさ」
エルザは俺を見つめていた
「ハロルドはずっと……頑張ってきたんだよね。 だから私は、助けてもらえた」
俺は一瞬、答えられなかった
俺はまた、天井へ目を向けた
この家で、毎日同じことを繰り返してきた
魔法に触れている間は、ほかのことを考えずに済んだから
昨日も、その前も、ずっと同じ……
気がつけば、二十年が過ぎていた
「趣味みたいなもの……だよ」
俺はそう答えた
エルザはただ、小さく頷いた
「私は、ハロルドの魔法が好き」
俺は彼女へ顔を向けた
「暖かいし、お風呂にも入れたし。 お水は少しだけ苦かったけど、嫌いじゃないよ」
「の、飲んだの?」
「男心に配慮して、お風呂の時にちょっとだけ舐めただけだよ」
彼女は少し笑った
「それから……私にも、充電のやり方を教えてくれた」
俺はその顔を見た
「君も、できたね。 ちゃんと、仕事にできるよ」
エルザは笑みを残したまま、黙った
俺は続けた
「元気になったら、少しずつ充電を練習しよう。 生活のことは、心配しなくていい」
「うん……」
「それでね、エルザ」
俺は言葉を探した
「君と出会った時に交わした最初の約束は、もう忘れて欲しいんだ」
彼女の目が定まらないように動いてから俺を見つめた
「……なんで……?」
俺は彼女を見つめ返した
「君はもう、俺の奥さんになるしかない人じゃない。 俺が病気を治したからって、そこまでする必要はないよ。 助けたことで、君を縛りたくない」
エルザは何も言わなかった
「君が自分で暮らしていけるようになるまではちゃんと手伝う。 それは、約束した通りだ」
「そのあと……私は……」
彼女の声が小さくなる
俺は頷いた
「好きに生きていいんだ。 仕事も、住むところも、誰と暮らすかだって」
俺は少し笑った
「俺なんかに、遠慮しなくていい」
エルザは俺を見つめた
「ハロルドは……そうしてほしいの?」
胸の奥が、少し痛んだ
俺は彼女の目を見ていられなくなった
「君が困らずに暮らせるようになれば、今までの俺が、無駄じゃなかったと思える」
エルザは黙っている
「それなら、俺の人生も、悪くはなかったんだって思えそうだ」
部屋が静かになった
俺はその沈黙に耐えられず、口を開いた
「まずは、体力を戻そう。 俺も、ちゃんと休まないといけないね」
エルザは毛布の上へ目を落とした
それからゆっくりと上半身を起こしてベッドに座る
「エルザ?」
すると彼女は上着を脱ぎ、それを胸に抱えて俺の方を向いた
抱えた上着を少し下げ、胸の谷間をこちらへ見せる
エルザは泣きそうな目で、俺の反応をうかがっていた
「ハロルドは私のことが欲しくないの? 私……ハロルドのためならなんだってする。 身体だって少し戻ってきたし、跡だって薄くなってるよ。 奥さんじゃなくてもいい。 だから――」
「だめだ!」
エルザがびくっとした
俺は上半身を起こして毛布を彼女の身体に掛けた
「俺は君にそんなことをして欲しいとは思っていない。 そんなことをする必要はもうないんだ。 俺のことは忘れたほうがいい」
エルザの目が見開かれた
「わす……れ……」
エルザは泣きそうな顔で俺を見つめている
彼女のことだ、何か俺に恩を返したいと考えると思っていた
彼女が俺に差し出せるものといえば、その身体だ
そんなことをさせたら、彼女を苦しめる過去と大して変わらないじゃないか
「俺が、エルザにそうして欲しいんだ」
エルザは俯いた、そして涙が数滴毛布に落ちた
「……わかった……変なことを言ってごめんなさい」
俺は少し息を吐く
エルザは上着を着直して俺に向けて少し笑ってくれた
「さあ、横になって休もう」
「うん」
俺たちはベッドに並んで横になった
するとエルザが口を開いた
「別の話を、聞いてもいい? どうしても……知りたいの」
「別の話?」
「私ね、ハロルドの書斎に入ったの」
俺は天井を見つめたままエルザの話を聞く
「掃除しようと思って。 そこで、写真を見つけた」
エルザも天井を見つめている
「勝手に入って、ごめんなさい」
「いや……いいよ」
遠い昔の話、そして今も俺が縛られている話
エルザになら聞いてもらいたいと思った
「女の人と俺が写っていただろ?」
エルザは頷いた
「あの人が、ハロルドの大切な人なんでしょ?」
俺はすぐに答えられなかった
写真の中で、俺たちは笑っている
まだ、何も知らなかった頃の顔だ
「ああ」
ようやく、それだけ答えた
「もう、二十年以上前の話だよ」
エルザは俺の横顔を見た
「あの女の人は、今は……」
そこまで言って、彼女は言葉を止めた
「もう、いない」
エルザの表情が曇って目を落とす
「ごめん……」
「気にしなくていいよ、俺もエルザに聞いてもらいたいんだ。 あまり、聞いて気分のいい話じゃないけどね」
エルザは少し考えた、それから、はっきりとした声で答えた
「私、知りたい。 ハロルドが嫌じゃなければ、話してくれたら、嬉しい」
俺は黙っていた
今まで、誰かに話したいと思ったことはなかった
彼女とのことは、考えないようにしてきた
何も考えずに仕事をして、帰って、食べて、魔法の訓練をして、眠る
眠れなければ、また訓練をする
でも、ふとした時に、ついあの写真を見てしまう
俺の二十年は……その繰り返し
だが、今はエルザがここにいて俺の話を聞きたいと言ってくれた
そのことが嬉しいと……俺は思った
「長くなるかもしれないよ」
エルザは頷いた
「うん」




