Day Six ep.1
「ハロルド、見て!」
目を覚ますと、エルザが俺を覗き込んでいた
俺はソファーの上で身体を起こす
頭が重かった、寝不足が続いたせいだろうか
「おはよう、エルザ。 どうしたの?」
彼女は寝間着の袖をめくって俺へ自分の腕を差し出す
「これ! すごく薄くなってる!」
俺はその腕を見た
昨日まではっきりしていた斑点が薄くなっていた
完全に消えたわけではないが、軽いアザにも見えるくらいに目立たなくなっている
「本当だ……」
俺は彼女の手を取り、手のひらも見る
こちらも、薄くなっていた
「ハロルド、私の顔はどう?」
そう言われて俺はエルザの顔へ目を向けた
エルザの顔も同じように跡が薄くなっていた
「同じ様に良くなっているよ。 昨日より、ずっと」
エルザは両手をほほに当てて嬉しそうに笑った
「そっか……嬉しい」
その顔を見て、ようやく実感が湧いてきた
昨夜、何度確認しても、もう悪いものは見つからなかった
あとは、彼女の身体が戻っていくのを待てばいい
俺はやれたんだ、エルザを助けられた
エルザは嬉しそうに俺を見下ろしている
「本当にありがとう、ハロルド」
「君も、よく頑張ったね」
彼女は首を横に振った
「私は寝てただけだよ」
「ちゃんと食べて、病気と闘ってたじゃないか」
「ハロルドが食べさせてくれた。 身体を拭いて、お風呂にまで入れてくれて……どうお礼をしたらいいのか……」
エルザの笑顔を見て、俺はこの光景が見たかったんだと思った
「そんなことは考えなくてもいい、朝食にしようか」
「うん、私も手伝う」
彼女の足取りは昨日と違ってしっかりしていた
「大丈夫そうだけど、急に動きすぎないようにね」
「分かってる。 ハロルドに心配を掛けたくないから気を付ける」
エルザは俺を振り返り、いたずらっぽく笑った
「でも、わざと無理しちゃおうかな」
「え? だめだよ、なんでそんなことするの?」
「だって、ハロルドが抱っこしてくれるもの」
「え?」
俺は少しきょとんとして彼女を見た
そして彼女に駆け寄って足と背中に手を回して持ち上げた
「きゃっ」
「こうすれば、無理しなくていいだろ?」
エルザは最初驚いた顔をしていたが、直ぐに笑って俺の首に両腕を回して抱き着いた
う……胸の感触が……
駄目とは分かっていても意識してしまう……俺はなんと意志が弱いのだろう
エルザを手放すのが惜しいなんて……思ってはだめだ
俺はキッチンへ行き、エルザを降ろす
鍋にはリサちゃんが作ってくれたポトフが残っている
火に掛けると、エルザが皿を出してくれた
俺がパンを切っている間に、彼女が食卓を拭く
俺はポトフを注いだ皿を持ち上げようとして、手を止める
少し寒い、暖炉の火が弱くなっているのかもしれない
「ハロルド?」
「なんでもないよ、寒くない? エルザ」
「ううん、寒くないよ」
「そうか」
なんだか立っているだけなのに、身体が重い
連日の疲れが出たのかもしれない
食べれば、少しはましになるだろう
二人で食卓に座り、朝食を食べた
エルザは昨日より食べてくれた
俺はそれを見ながら、温かい汁を飲む
なんだか喉を通らない、食欲もわかなかった
「ハロルド、大丈夫?」
「え? なにが?」
「あまり食べていないようだから」
「寝起きだからね。 残しておいて後で食べるよ」
俺はスプーンを置いた
彼女はまだ、心配そうにこちらを見ていた
先ほどから、エルザの表情はころころ変わる
これが彼女の本来の姿なのだと思うと、胸が熱くなった
食事を終えると、エルザが食器を重ねる
「洗うの、私がやってもいい?」
「ああ、それくらいなら」
彼女は嬉しそうに皿を持った
洗い物をしながら、鼻歌を歌い始めた
俺は息を整えた、とても寒い
寒いはずなのに額から汗がわきだしてくる
俺は袖で汗を拭ってから、寝室へ向かおうとした
ソファーで、もう少し休めばよくなるだろう
俺は立ち上がって一歩踏み出す、足に力が入らない
壁へ手を伸ばし、そのまま膝をつく
肩が棚に当たり、上の空き箱が床へ落ちた
ガッコン!
大きな音がした
「ハロルド!?」
エルザがすぐに駆け寄ってくる
「どうしたの!?」
「大丈夫……」
俺の前に膝をつき、顔をのぞき込んで額に手を当てた
「熱い……」
エルザの冷たい手が、気持ちよかった
俺は思わず目を閉じる
「ハロルド、ベッドへ行こう」
「いや、ソファーでいいよ」
「よくない!」
エルザは俺の腕を取って、自分の肩へ回す
「立てる?」
「君こそ、無理は……」
「今は、ハロルドの話をしてるの!」
エルザの肩を借りて、壁に手をつきながら、ゆっくり立ち上がった
足は動いた、だがふらつく
彼女に支えられ、少しずつ寝室へ歩いた
ベッドへ腰を下ろすと、エルザが枕を直してくれた
「横になって、ハロルド」
「このベッドは、君が……」
「今はハロルドが使って! お願いだから横になってよ」
俺は頷き、ゆっくりと身体を横たえた
背中が布団へ沈む、するとエルザが毛布を掛けてくれた
「ちょっと待っててね」
彼女はすぐに寝室を出ていった
俺は天井を見る
やってしまった、エルザを助けられたと喜んだ途端にこれだ
俺は顔へ手を当てた、確かに熱い
身体の節々も痛かった、風邪でもひいたのだろう
気が抜けたのかもしれない
もう、若い頃のようにはいかないらしい
エルザが水とタオルを持って戻ってきた
椅子をベッドへ寄せ、桶を置く
タオルを絞って、俺の額へ載せた
「気持ちいい……楽になるよありがとう。 どうやら風邪を引いたらしい」
そう言った俺を見て彼女は少しだけ安心したように息を吐いた
「ごめんね、私のためにあんなに無理したから」
「少し寝れば、よくなるさ」
「ハロルドは寝たから大丈夫って、毎朝言ってた。 もう信用しませんからね、私がいいって言うまで寝てもらいます」
エルザの声が、少し震えた
俺は彼女の顔を見た
「手厳しいね。 ごめんね、心配をかけて」
「謝らないでほしい、ちゃんと休んで。 お水飲む?」
「ああ」
彼女は水の入ったコップを持った
俺の頭の下へ腕を差し入れて、少しだけ起こそうとする
「自分で起きられるよ」
「昨日、私が歩けるって言っても、抱っこしてくれたでしょ。 今はハロルドが大人しく介抱されなさい」
「立場が逆になっちゃったな」
俺は肘をつき、ゆっくり身体を起こした
エルザが背中を支えて、口元にコップをあてる
「ゆっくりね。 水は、ちゃんとあるから」
俺は一口飲んだ、水が乾いた喉を通っていく
彼女は俺が飲み込むまで待っていた
「もう少し飲める?」
「ああ」
エルザがまた、コップを傾ける
その手を見て、俺は思い出した
最初に水を飲ませた時、彼女は俺の手へすがりついていた
今は、その手が俺を支えてくれている
「ありがとう」
エルザは少し笑った
「どういたしまして」
水を飲み終えると、彼女は俺を寝かせた
それから額のタオルを裏返す
「少し眠って」
「エルザも休んでね」
「うん、歩き回ったりしないで座ってるから、心配しないで」
彼女はこれみよがしに椅子に座って俺に見せた
「ほら」
「うん……」
俺は目を閉じた、そばで、タオルを絞る音がした
水が桶へ落ちる音を聞いているうちに、俺は眠った




