↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/29

Day Five ep.5

「エルザ! おなかが空いただろ? リサちゃんが作ったポトフを食べよう、しっかり食べれば、もう大丈夫だ!」


「う、うん」


俺はポトフを温めて器へよそった


机に二人で向かい合って座る


今回はエルザは天使様へのお祈りを口にしようとはしなかった


二人でいただきますと言って食べ始める


柔らかくなったじゃがいもを食べた


肉と野菜の味がしみている


「うまいね」


エルザも頷いた


「うん、すごくおいしい。 リサの料理は本当に美味しい。 私も、こんなの作れるようになれたらいいな」


「リサちゃんに頼めば、すぐに教えてくれるよ」


エルザは困ったように少し笑った


「そ、そうだね」


「エルザの体力が戻ったら、充電の練習をやろう。 もう生活の心配はいらない。 もう嫌なことなんかしなくていいんだ。 エルザは自分が望んだ、新しい人生を歩めるんだよ。 辛かったことだって、いつか遠い過去の話になって、幸せになれる」


自分でも今の俺がうかれているのが分かった


それだけエルザを助けられたことが嬉しかった


そのせいで俺は気づけなかった


エルザの食事の手は止まって、手に持ったスプーンは小さく震えていた


「あの……ハロルド…… 出会った時の……約束なんだけど……」


「そんなの気にしなくていい!」


「え……」


エルザが泣きそうな顔でぱっと俺を見つめた


「前にも言ったろ? エルザは好きに生きて良いんだよ。 俺の奥さんにならなくてもいい」


「あの……私は……」


エルザは言葉をのみ込み、俺から目をそらした


「そう……だよね……私には……そうしてほしいもんね」


エルザが唇を噛んで、スプーンを置いた


「ハロルド」


「ん?」


「リサみたいな子は……大事にしたくなるよね」


俺は首を傾げる


「もちろん、リサちゃんは大事だよ」


「そうだよね」


エルザは器へ目を落としたままだった


「ああいう子なら、誰も遠ざけたりなんかしない。 ハロルドだって…… 私も……そう思う」


俺はエルザの様子がどうも変だと気づいて、スプーンを置いた


「エルザのことも大事に思っているよ」


彼女が顔を上げた


「私が病人だから? 死んじゃいそうだったから?」


「それだけじゃない」


しまった、浮かれすぎた、エルザを不安にさせてしまったんだ


それはそうだ、わずか数日で彼女の世界はがらりと変わったはず


戸惑うのは当たり前だったじゃないか……


「俺が眠っている時に、エルザは頭を撫でてくれただろ。 あの時、俺はよく眠れたんだ、安心して眠れた、ずっとなかったことなんだよ」


エルザは黙って俺を見ている


「エルザの方がよほど大変なはずなのに、俺を気遣ってくれたり、今朝なんか、まだ体調が悪いはずなのに掃除までしてくれたりして。 それに、こうして食べながら、おいしいねって、笑い合えるじゃないか。 エルザと一緒に食べるのが、俺は好きなんだ」


俺は彼女を見たが、エルザは避けるように視線を下げた


「俺は、そういうエルザが好きだし、大事だよ。 なにも急ぐ必要はない、ゆっくりで大丈夫だから」


彼女は動かなくなった


それから、少しの静寂の後にゆっくり顔を上げる


「ハロルド……」


「うん?」


「なんで……そんなことが言えちゃうの?」


俺は少し戸惑った


「そんなことって?」


「私は……数えきれないくらいの男の人の相手をしてきたんだよ。 ハロルドにはとても言えないようなことだって、たくさんされたよ。 それなのに……」


エルザは両手を膝へ下ろした


「汚い……って、思わないの? 私はすごく……汚れてる」


俺は彼女の顔を見つめる


苦しそうで、悲しそうで、申し訳なさそう


まるで自分の言葉で自分を叩いているようだった


俺を信用して、胸の中にあった葛藤を打ち明けてくれている


だから俺も包み隠さずに答えたい


「俺はエルザが汚いとは思わない。 そういうことで、君の価値は決まらない」


エルザは俺を見つめる


「俺も若い頃なら、違うことを考えたかもしれない。 嫉妬のような感情で心を乱したかもしれない。 でも……今の俺は、歳をとったから……」


俺は気持ちを伝えようとエルザの目を見つめた


「君が辛そうにしている方がずっと気になるよ。 俺のことを気遣ってくれたのは、今の君だ。 一緒に食べて、笑ってくれたのも、今の君だ。 過去の君じゃない。 俺は、それがなにより嬉しいんだよ。 だから、君にだけは幸せになって欲しい」


俺は思わず身を乗り出した


「エルザは身体も心も綺麗だ! 悪いものなら、俺が全部やっつける! だから、そんな風に言わないで」


エルザは両手で顔を覆った


俺は少し慌てた


「具合が悪い?」


彼女は首を振った


「違う……ごめん……少しだけ待って……」


俺はかける言葉を探したが、何も出てこなかった


エルザは顔を覆ったまま、しばらく動かなかった


やがて、小さく息を吐いて手を下ろす


口元には笑みがあったが、俺とは目を合わせなかった


「ハロルド、ありがとう……ごめん……そういうことじゃないよね」


「いや」


エルザはスプーンを持ち直した


俺も食事へ目を戻したが、なぜか落ち着かなかった


言ったことは俺の本心だ


彼女には過去から離れて、新しい未来を掴んでほしい


改めてそう思った


だが、エルザがいなくなると想像すると胸が騒ぐ


俺は手放すのが惜しくなったとでもいうのだろうか


なんとも身勝手な話だ


俺は考えるのをやめた


「冷めないうちに食べよう」


「うん」


エルザはポトフを一口食べた


俺も自分の器へスプーンを入れる


それから、二人ともあまり話さなかった


食べ終わると、エルザはスプーンを置き、椅子へ背中を預けた


「エルザ、今日は動き回ったから疲れただろ?」


「少しだけ……それに今日は色々あったな」


「もう寝た方がいいよ」


「うん、そうするね」


エルザは立ち上がろうとして、机の端へ手をついた


そのまま、少し動きを止める


俺は慌てて彼女のそばへ駆け寄った


「ちょっと待って、エルザ」


「え?」


「帰りくらいは、俺に運ばせて」


エルザは少し笑った


「まだ、私は歩けるよ」


「知ってる、でも疲れたろ? 少しくらい俺に甘えてくれても罰は当たらないんじゃないか?」


彼女は少し考えてから、両腕を俺へ伸ばした


「うん、甘えさせて、ハロルド」


俺がエルザの身体を抱き上げると、彼女は俺の肩へ手を回した


胸のあたりに、柔らかく温かい感触が伝わった


う……エルザの胸が……あたって……


正直に言うと健康的になってきた彼女は魅力的だった


駄目だとは分かっている


彼女は俺が好きでここにいるわけじゃない


治療した恩人だから心を許しているだけ


そこにつけ込むようなことはしないと俺は決めたはずだ


エルザを寝室へ運びベッドへ寝かせた


毛布を掛けると、彼女は俺を見た


「ハロルド、明日も……ここにいていい?」


「もちろん」


「掃除してもいい?」


「君の具合を見ながら、少しずつならね」


エルザは頷いた


「念には念をだ、まだ取りこぼしがないか調べるね」


俺は椅子へ座り、治療魔法を使った


青白い光が彼女を包む


エルザのまぶたが、ゆっくりと重くなる


「ねえ……私が元気になっても……」


その先は聞き取れなかった


「なに?」


「ううん……なんでもない」


そう言って、彼女は目を閉じた、やがて、寝息が聞こえ始める


俺は両手をかざしたまま、その顔を見つめた


まったく……いい年こいて……俺も男ってことか


そりゃ、寂しい中年男が、こんな子に気遣ってもらったら、こんな気持ちにもなるか


眠っている彼女の髪が頬へ落ちていた、俺はそれをそっと払った


頬に触れた手を、すぐには離せなかった


俺は自由になったエルザを想像する


朝に充電士の仕事へ行き、夜に誰かと食卓を囲む


彼女の過去を知らない誰かと、辛い過去など忘れて生きていける


エルザは自分のことを汚れてると言った


彼女は俺が想像もできないようなものを抱えているんだ


過去をなかったことにはできない


でも、忘れることなら出来るはずだ


その食卓に……俺はいない方がいい


俺が彼女を縛れば……嫌でも過去を思い出させる


俺があの写真を見た時のように


エルザの頬から手を離して、魔法へ意識を戻した


見落としがないか、もう一度、身体の中を確かめる


やはり、悪いものは見つからない


俺は小さく息を吐いた


それでも、すぐには魔法を止められなかった


もう一度だけ、隅々まで確かめておこう


暖炉の火が小さく音を立てる


俺は眠っている彼女のそばで、確認を続けた




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。