Day Five ep.4
「エルザはにんじんの皮むいてよ」
「うん、任せて」
「ハロの家の包丁ってなんか変だね。 なんで刃の反対側がのこぎりみたいになってるの?」
「包丁っていうか、ナイフかも。 昔、軍にいたらしいから、そのナイフなんじゃない?」
「包丁くらい買えばいいのに。 全然お金使わないんだから」
「そうなの?」
「そうそう、このお店は繁盛してるから、稼ぎはいいはずなんだけど。 今日着てた服だって、私が物心ついた頃から着てるからね」
「え、そうなんだ!?」
「あとさ~エルザ、ハロが帰ってくる前に言っとくけど~」
「え? なに?」
「ハロって、グイグイ行かないと逃げるよ。 あいつビビりだから、変な誠実さに酔って勘違いするってさ」
「な、なんのこと? どういうこと?」
「私だって分かんないよ。 でもエルザには言った方がいいんだってさ。 ハロはエルザみたいな子にグイグイ迫られたら絶対受け入れるから、心配いらないんだって」
エルザはそこまできいて唇を噛んだ
少しのあいだ、人参の皮をむく音だけが響く
そして、小さくエルザの声が響いた
「そんなこと……したくない……」
「え?」
「私は……胸を張ってハロルドに抱きしめてなんて言えない。 私なんかじゃ……もうしわけが……ないもの」
「どういうこと? え、え!? どういうことになってる!?」
リサはエルザの腕の赤茶色の斑点を見る
「ああ、その跡ならちゃんと消えるよ、心配いらないって」
「リサ、なんとなくだけど、あなたには不思議な力があるの?」
「そ、そんなようなものだけど」
「あなたのような子が、ハロルドの近くにいてくれて嬉しい。 とても可愛くて、すごく綺麗で、眩しくて、神様に愛されていそうな子」
リサはエルザがなにを言っているのか分からず、不思議そうにエルザを見つめる
「私ね……夢を見ちゃったなって……。 充電のお仕事が手伝えたら、ハロルドは私が欲しいはずだと思った。 掃除なんかより、ずっとずっと確かな繋がりになるって、傍にいられるって……凄く嬉しかった」
エルザはにんじんを持ったまま、手を止めた
「でも、ほかのお店を紹介するって。 私が一人で暮らせるようになるって……ハロルドは、すごく安心してた。 私をここに置かなくてもよくなったから。 ハロルドは優しいから、出ていけとは言えないだけなんだよ。 私が勝手に期待しちゃったの。 私は……リサみたいに綺麗じゃないもの」
「ちょ……ちょっと!? それじゃ駄目だよ!!!」
その時、店の扉の鍵が回り、勢いよく扉が開いた
* * *
「ただいま!!」
俺は息を切らせながら店の扉を開けた
びっくりした顔でエルザとリサちゃんが俺を見る
よかった、何事もなさそうだ
「はあ、か、買ってきた、はあ、肉、はあ、はあ」
こんなに全力疾走したのは久しぶりだった
四十五歳になってやるもんじゃない……
リサちゃんが眉をひそめて困った顔をした
「なんで帰ってきちゃうのよ~!?」
エルザがにこりと笑った
「おかえり、ハロルド、なんでそんなに息をきらしてるの?」
「エルザが心配だったから、急いだよ」
「私は大丈夫だって」
「ああ、そうだな、そうだけど、急ぐの勝手だろ?」
「うん」
俺とエルザを見ながらリサちゃんがおろおろしている
「はい、リサちゃん、胸肉、皮ははいでもらった」
リサちゃんは俺から鶏肉を受け取る
そんな俺を恨めしそうに睨みつけてきた
「あ、ありがとう……」
あれ……なんで怒ってるんだ?
それからリサちゃんはせっせとポトフを作ってくれた
「じゃ……あとは一時間くらい弱火にかけといて。 今でも食べられるけど、もう少し煮た方が美味しいよ」
そう言ってリサちゃんは上着を着て帰って行った
リサちゃんは俺がかえってからずっと不機嫌そうだった
何か気に障ることでもしたかな?
「リサ、なんかハロルドに怒ってなかった?」
「みたいだね、気まぐれな子だし、良く分からないけど怒られたこともあるから、気にしなくていいよ」
「そうなんだ、でもリサって凄くいい子だね。 ほんとに眩しい位にいい子……ハロルドの傍には、あんな子がいいよ」
「ああ、小さい頃から知ってる。 でも最近、急に生意気になっちゃってね、困らされることが増えたよ」
エルザが小さく笑った
「贅沢な……悩みだね」
「それよりエルザ、少し煮た方が美味しいらしいから、それまでは治療を再開しよう。 多分今日で君の中にいる悪い物は全て排除できそうなんだ」
「ほんとに? ありがとう……ハロルド」
「お礼はまだ早いだろ? ほら、はやくベッドに寝て」
「うん、分かった」
エルザをベッドに寝かせると俺は治療を再開した
すぐに分かった、やはりもう殆ど悪い物は見当たらなくなっている
残っているのは、あとわずかだった
ここまで来たんだ
この病気を治せば、エルザはもう苦しまなくて済む
元気になれば、充電士として働くこともできる
誰かに頼らなくても、自分で暮らしていけるんだ
自由になって、辛いことなんか遠い過去として忘れて
幸せそうに笑うエルザを、俺は見ていたい
かざした両手へ意識を戻した
あと少しだ、絶対に最後までやりとげる
ポトフが煮えるまでのつもりだった
だが、治療を続けているうちに、変化に気づいた
俺の魔法に応えるように、エルザの身体が病魔に強く抵抗し始めていた
その働きを魔法で助けると、残っていた悪いものが次々に消えていく
今までとは、明らかに治療の進み方が違う
このまま、一気に全て取り除けるかもしれない
俺は彼女の身体の働きに合わせて、治療を続けた
窓の外が暗くなっても、その勢いは衰えなかった
そして俺は治療魔法を止めた
「終わった…… もう、エルザのなかに悪い物はなにもない。 やった…… やったぞ!!!」
つい出てしまった俺の声にエルザが目を覚ました
「ハロルド?」
「エルザ、治療は終わった、君の病気は俺が治したよ!」
「え、ほんとに?」
「ああ! 間違いない! あとはエルザが沢山食べて、元気になるだけさ!」
俺は興奮気味にエルザの両手を握った
「そっか……私は……もう治ったんだね……」




