↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/29

Day Four ep.4

俺は浴槽の横に腰を下ろした


用意しておいたコップへ水を注ぎ、彼女へ渡す


「水を飲んでおこう。 お風呂は、意外と疲れるから、無理はしちゃだめだよ」


「うん、ありがとう」


エルザは水を一口飲んだ


それからコップを持ったまま、俺を見つめる


「どうした?」


「ひょっとして…… ハロルドって、天使様なの?」


予想もしていなかった言葉に、俺はすぐに返事ができなかった


「天使? どうしてそう思うんだい?」


エルザは湯へ目を落とした


「私たちって、汚れてるから、教会には行けないんだって。 神様は、汚れたものが嫌いだから」


俺は口を開きかけて止めた


彼女はまだ話そうとしていたから


「でもね、天使様の中には、違うお方がいるんだって。 汚れてても……その人が、本当は良い人だったら、全部許して、天国へ連れていってくれるんだって」


食事の前に聞いていた、エルザのお祈りを思い出す


『優しい天使様』


エルザは、その天使に祈っていたのか


「ハロルドは、私を嫌がらなかった。 こんなに、よくしてくれるし、誰にもできないようなことまで、してくれる」


彼女はまた俺を見た


「だから、そうなのかなって」


俺は少しだけ顔を伏せた


「俺は……天使なんかじゃないよ」


エルザは黙っていた


湯船の水面が、ゆっくりと揺れる


「それじゃ……」


彼女の声が小さくなった


「全部、夢なのかな」


「夢?」


「こんなこと、あるわけないもの。 私に、こんなことしてくれる人がいるなんて」


彼女はコップを浴槽の縁へ置いた


俺はそれを手に取り、床へ下ろす


彼女はうなだれるように俯いていた


「それだったら…… 目が覚める前に、私が終わってくれたらいいのに」


俺は息を止めた


エルザの目からこぼれた涙が、頬を伝って湯船へ落ちた


「また、あそこに戻るのは……嫌だよ……」


俺は彼女の頭へ手を伸ばした


濡れた髪を、そっと撫でる


「これは夢じゃないよ」


エルザは顔を上げた


「ほら、俺がエルザの頭を撫でているのが、伝わるだろ?」


彼女は小さく頷いた


俺はもう一度、その髪を撫でた


『終わってくれたらいい』


その言葉が耳に残っていた


エルザに、そんなことを思わせたくない


ここで温まって、食べて、眠って、何度でも笑ってほしい


俺は彼女の目を見た


「天使様っていうのはね、人間の誰かに頼むこともあるんだって」


「え?」


「軍にいた頃、従軍していた神父様から聞いたんだ。 天使は、人間に声を掛けることがあるって」


「声を?」


「ああ、困っている人を見つけた時に、放っておけないと思うことがあるだろ? その時は、天使が、その人を助けてくれと頼んでいるんだって」


エルザは黙って聞いていた


俺は昔のことを思い出す


水も薬も足りなかった、あの診療所


もう天国に行ってしまった神父は、俺と一緒にそこにいた


「ある日、その神父様は、敵の兵士の手当てをしていたんだ。 それを嫌がる者もいてね。 どうして敵まで助けるんだって、問い詰められていたよ」


「敵なのに?」


俺は頷いた


「神父様は、この人にも天使がついているからだって答えた。 苦しんでいるから助けてくれと、頼まれたんだって」


エルザは湯の中で、自分の肩に手を置いた


「私にも……ついてるのかな」


「その神父様なら、そう言うだろうね」


「でも、私は……」


「エルザ」


俺は彼女の目をまっすぐに見つめた


「俺は君を見つけて、助けたいと思った。 今も、元気になってほしいと思っている。 それは本当だよ、夢なんかじゃない」


エルザは俺を見つめたまま、小さく頷いた


「天使様が……ハロルドに頼んでくれたのかな」


「そうかもしれないね」


俺は少し笑った


「だったら、ちゃんと助けないとな」


エルザも、少しだけ笑った


まだ頬には涙が残っている


俺はタオルで、それをそっと押さえた


「天国へ行くのは、もっとずっと先でいい。 まずはここで、元気になろう」


「うん……」


彼女は長く息を吐いた


「ハロルドって、本当にすごいね。 天使様みたい……」


俺はタオルを畳んだ


「俺は……歳をとっているだけだよ」


エルザは俺を見て笑った


「ハロルドは、いつもそう言うね」


俺もエルザに笑い返した


「そろそろ、上がろうか」


「うん」


彼女を支えて湯船から出し、椅子へ座らせる


身体の水気を押さえ、着替えるのを手伝った


髪もタオルで包んで拭く


エルザは目を細め、俺に身を任せてくれた


「疲れた?」


「少し……でも、すごく気持ちよかった」


「それはよかった」


俺は彼女を抱えて寝室へ戻った


ベッドへ寝かせ、毛布を掛ける


エルザがその端を握った


「ハロルド」


「どうした?」


「明日も、ここにいていい? ハロルドと一緒だと……安心する」


俺は彼女を見た


「もちろんだよ。 エルザはここにいていいんだ」


「うん……」


エルザは安心したように目を閉じた


俺は濡れた自分の服を着替え、浴室を片づけた


それから寝室へ戻り、椅子に積まれた本をベッドの下へ片づけて腰を下ろした


「もう少し、治療を続けるね」


エルザは目を閉じたまま頷いた


俺が両手をかざすと、青白い光が彼女を包んだ


髪はまだ少し湿っている


額に触れると、さっきの湯の温かさが残っていた


「ありがとう……」


小さな声がしてから、寝息に変わった


俺はエルザの顔を見つめる


安心する……か……


「俺もだよ……エルザ」


俺は両手へ意識を戻した


彼女の中の悪いものは、全て俺が取り除いてみせる


窓の外が暗くなり、暖炉の薪が崩れる音がした


エルザに頭を撫でて貰って、あの夢を見ていた間


俺は安心して眠っていた、だからまだ治療ができる


エルザを自由にすることができたら


俺も……もう、自由になろう


エルザに未来を与えられたら……俺はもう、十分だ


俺はしばらく治療を続けた


するとふいにめまいがする


「限界か……」


俺はエルザの毛布を掛け直して、頭をそっと撫でた


「おやすみ、エルザ」


返事はない、穏やかな寝息だけが聞こえている


俺はソファーへ身体を横たえた


朝のおだやかな夢の続きを期待して目を閉じた


でも……


目を閉じた俺の頭に思い浮かぶのはエルザの顔ばかりだった




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。