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『バッテリー・リボーン』  作者: shaaawan


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8/11

夏の終わりに、それぞれの場所で

七月が来て、練習試合と個人練習の夏が始まった。


全日本での敗戦は、東都大に何かを残した。


怒りではない。焦りでもない。


静かな、確かな課題の意識だった。


浅野巧のあの投球を、打てるようになること。


桐嶋の完投能力をさらに上げること。


そして奏汰自身の打撃を、もう一段上げること。


それが夏の目標になった。


---


七月の下旬、奏汰のスマートフォンに陸から連絡が来た。


「都市対抗、決勝まで行きました」


奏汰は驚いた。


東和スチールが都市対抗野球の決勝進出。社会人野球の最高峰の舞台で、陸が戦っていた。


「決勝はいつだ」


「明後日です。東京ドームです。来られますか?」


奏汰は練習スケジュールを確認した。


「行く」


---


東京ドーム。


陸が都市対抗決勝のグラウンドに立っている。


奏汰は外野スタンドから試合を見た。


プロ野球と同じ舞台に、東和スチールのユニフォームを着た朝比奈陸がいた。


試合開始。


3回、先頭の8番センター・朝比奈陸が打席に入った。


奏汰は陸の構えを見た。


春の練習試合と変わっていない。リラックスしたスタンス。しかし今日は何かが違った。


違いがわかった瞬間、奏汰は目を細めた。


陸の目が、落ち着いている。


東京ドームの大舞台でも、全く緊張していない。


いや、正確には緊張していないのではなく、緊張を野球のエネルギーに変換できている。


初球、内角のストレート。


陸はそれをきっちり引き付けて、センター返しした。


弾丸ライナーがセンターの頭上を越えた。ツーベースヒット。


スタンドが沸いた。


奏汰は声を出さなかった。ただ静かに、「あいつは本物だな」と思った。


試合は東和スチールが3対2で競り勝ち、都市対抗初優勝を果たした。


---


試合後、奏汰は出口近くで陸を待った。


陸が選手の列に混じってドームから出てきたとき、奏汰を見つけてぱっと顔が明るくなった。


「来てくれたんですね!」


「来た」


「一緒に写真撮りましょうよ、優勝の日ですよ!」


「俺は関係ない」


「関係大ありですよ!来てくれたじゃないですか!」


陸はそう言って、横断幕を持った状態で強引に奏汰を引き寄せた。


奏汰は結局、都市対抗優勝の記念写真に映り込んだ。


その後、近くのファミリーレストランで二人で飯を食べた。


「ドラフト、狙えるな」と奏汰は言った。


「今年か来年では出してもらえると思います」陸はポテトをつまみながら言った。「監督も今年の成績次第で推薦するって言ってました」


「都市対抗優勝は大きい」


「ですね。ただ、ドラフトで指名されても、プロで使われるかどうかは別の話なんで。そこが怖いといえば怖い」


「怖い?お前が怖いと言うとは思わなかった」


陸は少し笑った。「怖いっすよ。奏汰さんこそ、もう怖くないんですか、野球」


奏汰は少し考えた。


「全日本で負けた後、浅野と話した。あいつは七年かけて自分の武器を作った。俺は一年半、野球から逃げてた。その差はまだある」


「でも戻ってきた」


「ああ」


「それでいいじゃないですか」陸はあっさりと言った。「逃げた分、戻ってきた分、全部含めて今の奏汰さんじゃないですか。帝星での一年半も、全部経験ですよ」


奏汰は陸の顔を見た。


十八歳の口から出る言葉にしては、ずいぶん重かった。


「お前は昔からそういうことを言うな」


「昔から奏汰さんを見てたんで」


「じゃあ見過ぎだ」


陸がまた笑った。


「秋の神宮、見に行きます」


「神宮大会は秋季リーグを勝ってから出られる」


「東都大なら絶対出ますよ。桐嶋さんがいて、奏汰さんがリードしてるんですから」


根拠のない自信だったが、それが奏汰には少し力になった。


「来い」と奏汰は言った。「ただし試合中は静かにしてろ」


「そんなにうるさくないですよ!」


「春の練習試合、声でかかったぞ」


「あれは久我くんが盗塁阻止したから!すごかったんで!」


奏汰は黙って水を飲んだ。


陸がけらけら笑った。


夏の夜が、店の外で蒸し暑く続いていた。


---


八月の中旬、浅野巧から短いメッセージが来た。


「都市対抗、東和が優勝したんだな。朝比奈、すごいな。葛城の幼馴染だっけ」


奏汰は「そうだ」と返信した。


「秋も頑張れ。俺もドラフトに向けて後期リーグ全力でいく」


「お互いな」と奏汰は返した。


浅野とのやり取りはそれだけだった。


しかしその短さが、お互いの立場を理解した上での距離感だった。


ライバルであり、かつての仲間であり、それぞれの道を歩いている者同士の会話。


奏汰はスマートフォムを置いて、ノートを開いた。


秋季リーグの初戦まで、三週間。


準備は続く。


---


同じ頃、奏汰は知らなかったが。


京都帝都大学のグラウンドで、御堂壮馬が黙々とピッチング練習をしていた。


185センチの体が、マウンドの土を踏みしめる。


コーチが計測器を向けた。


「148キロ。今日は一番いい」


御堂は頷いたが、表情を変えなかった。


「来年の神宮で東都が来る」と御堂は呟いた。


コーチには聞こえなかった。


「葛城奏汰が来る」


御堂はグラブを外して、右手の感触を確かめた。


かつて遊撃手だった手は、今は投手の手になっていた。しかし遊撃手の本能、内野の中心で試合を支配する感覚は、投手になった今も消えていなかった。


「今度は、俺のマウンドに来い」


誰もいないグラウンドに、御堂の声が落ちた。


夕暮れの京都の空が、橙色に燃えていた。



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