第3話 貴方に会いたい・・・・
「ほら、少しは食べないと・・・・」
そう言いながら男が絵里奈の口元に食べ物を掬ったスプーンを当てる。
しかし、絵里奈はそれを頑なに受け付けない。
外部からの助けが来ない事を知ってから、絵里奈は完全に無気力になった。
男に抱きしめられようが、犯されようが、もう何も感じなくなりつつある。
ただ、涙を流し、うわ言のように「もう、死なせて・・・」というだけ。
しかし、絵里奈が「死なせて」と言う度に男は激しく激怒するのだ。
「俺はこんなにも君を愛しているのに・・・」と・・・・。
男が激怒し声を荒げる度に絵里奈は恐怖を抱く。
監禁生活が続くなら、いっそ死を・・・と、死を望んでいたとしても、
彼女の中でまだ僅かに残る生への意識が、「死にたくない」「殺されたくない」と思わせるのだ。
「食欲が無いなら、せめて水だけでも飲もう?
もう、随分と何も口にしていないから、喉もカラカラでしょ?」
そう言いながら絵里奈の口元に水の入ったコップを押し付ける。
それでも、絵里奈は頑なに拒む。
ついに苛立ちを感じた男が低い声で絵里奈に言う。
「・・・・そろそろいい加減にしないと、どうなるか解っているよね?」
「!」
男の低い声に絵里奈の身体がビクッと揺れる。
仕方がなく、コップの水を口に含む。
「よし、いい子だね」
そう言い優しく髪を撫でる。
「俺はそろそろ仕事に行くけど、いい子で待っているんだよ」
「・・・はい」
「フフ、いい子だ。・・・じゃぁ、行って来るね」
暫くすると扉の閉まる音が聞こえた。
どうやら男は何かの仕事をしているらしく、
ある一定時間になると必ず何処かへと出かける。
しかし、そちらの方が逆に都合が良いと絵里奈は思う。
ずっと一緒に居られたら本当に気が狂ってしまう・・・。
「んっ・・・取れない・・・」
拘束された腕を何とかしようと、拘束するロープを壁などに擦り付けてみるが、
びくともしない。
「うっ・・・・なんで・・・・なんでなの・・・・?」
涙が流れる。
何故、自分は愛されてしまったのだろう・・・・?
こんな異常者に・・・・何故・・・・?
“俺が永遠に君を愛してあげるよ”
狂った男の声が脳裏に蘇る。
そんなの嫌だ・・・・絶対に・・・。
自分は帰るのだ。
自由を取り戻し、絶対に帰ってみせる。
自分の家に。
友達が居るところへ・・・・。
そして――・・・・・。
「とう・・やくんに・・・・透弥くんに逢いたいよ・・・・」
朝霧透弥――・・・・・。
中学生のときに出会った絵里奈の初恋の人。
中学・高校と同じ学校に通っていたけれども、
結局、想いを告げる事は出来ずに高校を卒業してしまい、
彼とはそれっきりとなってしまった。
しかし、彼の事が好きである気持ちは高校卒業後も変わらず、今も好きだ。
初恋の人が忘れられないと言う話はよく耳にするが、
大体の人は気が付いたら吹っ切れている事が多い。
しかし、絵里奈の場合、高校を卒業し、短大を卒業して就職した今でも、
初恋の相手である透弥の事が忘れられずに居る。
夕鶴や静香など、周りの友人たちは「今時珍しいタイプだ」と口にするが、
それ程、絵里奈にとっての初恋は本気の物だった。
「たす・・けて・・・・・・助けて・・・透弥くん・・・・」
助けに来るはずなど無いとは解っていた。
しかし、絵里奈は何度も何度も彼の名前を呼んだ。
大好きだった、彼の名前を――・・・・・。
<続く>