第3話 エルルーカの事情 2
「え? 何ですか、その渋いお顔は」
エルルーカが怪訝な表情で尋ねると、男三人は視線を彷徨わせ、父王が躊躇いがちに言った。
「エルルーカ、それが、その……正式な相手はまだ決まっていないが、あちらの候補者からは、すでに条件が出ているのだ」
「条件?」
「ああ。こちらの代表が男なら『屈強で戦闘経験がある者』。それで、女なら……『可憐でかわいらしい人』と」
「可憐で……かわいらしい」
エルルーカは目を丸くして、腕の中で震えている姉を見た。
「それは──ルリシアお姉様のことですわね」
全員が納得した視線を向けたせいで、ルリシアがビクリと大きく肩を揺らす。
その様子に、エルルーカは思いを振り払うようにプルプルと首を横に振り、言い返した。
「でも、やっぱりお姉様を行かせる訳にはいきません! お父様達は、魔獣がウヨウヨいる国で、ルリシアお姉様が心穏やかに暮らせると思いますか!?」
「……いや、思わないな」
「そうだね、毎日気絶していそうだ」
「魔獣に丸呑みにされている未来すら見える」
「私も、そう思うわ」
母も含めた家族の返事を聞き、エルルーカはさらにぎゅうと姉を抱き締めた。
「そんな環境に、お姉様をお嫁に行かせられません! その点、私ならどうですか!?」
家族が複雑な表情で視線を通わせる。
「……元気に逞しく暮らしていそうだな」
「そうだね、毎日笑っていそうだ」
「嬉々として魔獣を倒していそうな未来すら見える」
「私も、そう思うわ」
エルルーカは「そうでしょう、そうでしょう!」と頷いた。
彼女はこの国の誰よりも魔法の腕前に長けていて、騎士団長を務める屈強な兄よりも遥かに、めちゃめちゃ強かったのだ。
「属国になったおかげで、帝国の騎士様達も駐屯してくれています。私が魔法を使えることは、そもそも家族しか知りませんし、抜けても国の守りが傾くこともありません。魔王の国へ行くなら、自衛できる私の方が適しています」
「まあ……そもそも、大切な娘を戦いに出すつもりもなかったし、国の戦力のことは気にしていない。だが、条件が……」
「私だって、お父様達から『かわいい、かわいい』と言って育てられました! 条件にぴったりです!」
キリッとした表情で言えば、父は困惑を見せた。
「いや、まあ確かにそれはそうだよ。でも私達が言う『かわいい』と、あちらが言う『かわいらしい』は、恐らくすこーしだけ、違う気がする……というか……」
「エルルーカだって、本当に可愛い妹だよ。ルリシアとはタイプが違うけど、見目だって整っていると思う。でも『可憐』の部分はどうするんだ」
心配そうな長兄の横で、次兄も「うん、うん」と頷いている。
「そこはアレです。大人しく過ごします。お姉様をお手本にして暮らします」
皆が戸惑う中、姉が震える声で小さく引き留めた。
「エルルーカ……私、頑張れるわ。どんなお相手なのかも、どんな暮らしかもわからないのに……あなたを行かせられない」
その瞳には恐怖がありありと浮かんでおり、強がっているだけなのがはっきりとわかる。
「良いんです、お姉様。大好きなお姉様が安全に暮らせる方が、私にとってはよっぽど大事です」
エルルーカはにっこりと微笑んだ。
(確かに、お相手も暮らしも……想像もつかないわ。不安もあるし……きっと……私の夢は叶わない。それでも、怯えているお姉様が行くよりは、私が行った方がよっぽど良いはずよ)
そう思い、未だ泣いている姉の背を撫で慰めていると、父が言った。
「エルルーカが行くとして、お前からの希望条件はどうするんだ?」
「希望条件?」
きょとんとして尋ねれば、長兄が持っていた書状を掲げ文面を見せてきた。
「ほら、ここに書いてあるだろう。『結婚相手に希望条件があれば、申し出ること。婚姻が両国の架け橋となり平和を導く支えとなれるよう、出来る限り条件に合う者を候補者の中から選定する』って。あっちの候補者は、魔王軍から選ばれているらしい」
「魔王軍!?」
途端に瞳を輝かせたエルルーカは、声を弾ませた。
「お相手って、ま、ままま魔王軍の方なんですか!? それならもっと早く言って下さい!! 絶対私が行きます!! 絶対!!」
興奮を滲ませ、希望条件を高らかに告げた。
「お相手は『強い人』でお願いします! 『うんと強くて、かっこいい人』で!!」
エルルーカには、実は幼い頃からの密かな夢があった。
それは、自分よりも強い人と結婚し、物語のお姫様のように守って貰うこと。
(国内にも、近隣国にも、帝国の騎士様達にも良い方はいらっしゃらなかったけど……魔王軍になら、私より強い方がいらっしゃるかもしれない! 颯爽と危機から守ってくれる、強くてかっこいい理想の人が……!)
ただ身代わりになるとしか思っていなかった彼女は、まさかの展開に喜んだ。
そうして、魔王城にて初めてグレイニーグと出会った、のだが。
挨拶もできず気絶したエルルーカが目を覚ますと、彼女の瞳に最初に映ったのは、明らかにお説教を始める空気を全身に纏う専属侍女──アンヌの恐ろしい微笑みだった。
「姫様。私、言いましたよね? 『お願いしますよ』……って」
大広間での失態を思い出したエルルーカは、顔を青ざめさせ、寝かされていた寝台から飛び起きた。




